燃料電池の時代がやってきた。それは言い換えれば「水素時代」の幕開けである。自動車の分野では2015年に燃料電池車が市販される。
そんな中で、京都市のベンチャー企業アクアフェアリー株式会社が開発した「固体水素源型燃料電池」が、大地震など災害時の緊急電源や軽くて便利なスマートフォン用電源として注目されている。水素ガスといえば重い高圧ボンベに貯蔵されたものを運搬するのが常識だったが、水素化カルシウムを樹脂封止することによって安全で手軽に利用できるようにしたのがポイントで、さまざまな用途への展開が期待されている。

同社は大手電子部品メーカーであるローム株式会社や、京都大学の平尾一之教授とともに、「メイド・イン・京都」の技術サンプルの販売を開始し、2015年の量販・発展を目指している。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)も助成を決め、2014年1月には企業16社、地方自治体、京都大学などが参加する「京都燃料電池アライアンス」が発足。国際標準化や安全規制の緩和、デザイン、量産体制の整備、リサイクルなどの課題解決に向けて動き出した。
アクアフェアリー副社長の石坂整氏と、ローム研究開発本部副部長の神澤公氏に、この燃料電池の特長や将来の可能性について伺った。

前編はこちらから

「君たちの残骸をオレが使ってやるよ」

――ここまで来るにはベンチャー企業として大変なご苦労があったのでは。

石坂 ベンチャーの経営は水の中にエイヤッと飛び込んでも、そこにつかまる物がなければ沈んでしまうような感じです。私たちも危なっかしい開発を続け、何度も壁にぶつかり、水面下に沈みかけながら、3つのコア技術を突き止め確立しました。まさに「つかんだぞ!」という感じでした。

――この燃料電池の開発には、ローム株式会社と京都大学の平尾一之教授が全面支援をしておられます。ベンチャー・大手企業・大学という組み合わせですが、どのように役割分担しておられるのでしょうか。

石坂整氏

アクアフェアリー株式会社 副社長 石坂整氏

石坂 アクアフェアリーは京都大学桂ベンチャープラザに本社があります。そのセンター長が水素研究者である平尾先生で、私たちの特許が登録されたのを機に「一緒にやりましょう」ということになり、技術的な支援をいただくことになりました。先生の研究テーマはアルミ箔と水酸化カルシウム<Ca(OH)2>を反応させて水素を発生させるという、私たちにとっては次世代の技術です。

実は、この水酸化カルシウムは、水素発生源である水素化カルシウムが水と反応した後に生まれる物質です。平尾先生は「君たちの残骸をオレが使ってやるよ」と冗談を言われますが、リサイクルできるので一層の低コスト化が期待できます。

ちなみに私たちが現在使っている水素化カルシウムは、化学メーカーから購入しています。生産量が少ない物質なので今のところ価格は高めですが、原料は地球上に大量に存在するカルシウムですので、普及すれば量産化で安くなると思います。

神澤公氏

ローム株式会社 研究開発本部副部長 神澤公氏

神澤 ロームは回路、量産、マーケティングを担当していますが、私どもが一緒にやるようになったのは、京都大学に寄贈したローム記念館で2010年に開いたAES(Advanced Electronics Symposium)がきっかけです。ベンチャー企業にも声をかけたところ、展示コーナーにアクアフェアリーさんが参加されたのです。「水素を固体で運ぶ」という発想に本当にびっくりしました。固体水素源は火の中に入れても分解していくだけ。水素といえば、頑丈な高圧ボンベを使うのが常識でしたから、これは画期的だと直感しました。

2007年ごろに国内の電機メーカーがメタノール方式の携帯型燃料電池を発表したものの、問題がいろいろあっていまだ普及していません。アクアフェアリーさんの開発した電池は、その時の電池の3分の1ほどの大きさで2倍のパワーを出します。安全性と効率の良さにも驚きました。
今ロームはアクアフェアリーさんに技術者たちを数人派遣し、一緒に電子制御回路やアプリケーション開発、マーケティング、販売などにあたっています。

石坂 ロームさんにはまさにベンチャーの苦手なところを助けていただいています。私どもの会社はもともと7人で創業したのですが、当初のメンバーは今、社長と私の2人だけになり、その後加わった人やロームさんからの応援の方たちも合わせて計10人で開発を進めています。

「メイド・イン・京都」の技術を世界に展開させたい

――幕張で開かれた「CEATEC(シーテック)JAPAN2013」はじめ各地の展示会でデモンストレーションを行っておられますが、反応はいかがですか。

神澤公氏神澤 2013年のCEATECでは独自技術の優秀さが認められ、コアテクノロジー部門グランプリである「CEATEC AWARD」を受賞しました。そのほかドイツで開催されたElectronicaなどの展示会やマーケティングを通じて、数十ヵ国から100件以上の問い合わせが来ています。
特にアフリカ、インド、中東、ロシア、東欧、アセアン各国などが関心を示しています。つまり電力事情の良くない国です。需要がいろいろあることが分かったので、最適な電源で応えたいと考えています。後はいかに安くするかがポイントです。ちなみに、資源としてのカルシウムは海中に大量に存在しています。

用途としては、軽量で持ち運びに便利ということから欧米では軍事用が先行し、レジャー、交通インフラ、気象観測装置、スマホなど通信機器の充電用など。国内では災害対策、緊急時の医療・情報表示、辺地でのモニタリング、照明などが今のところ引き合いが多い分野です。海洋分野では資源探査、海難事故などに需要があります。災害救助の際に通信用に重い電池をたくさん持って行くと、その分おにぎりの数が減るんだそうです。私としてはぜひそれを軽くして、お腹いっぱいおにぎりを食べさせてあげたい。

この種のポータブル型燃料電池の市場規模は富士総研によると、2015年に国内39億円、海外291億円ですが、2020年には国内153億円、海外490億円、2030年には国内215億円、海外1100億円と急成長する予測が出ています。

――2014年1月には、実用化と普及を促進するための産官学一体の組織「京都燃料電池アライアンス」が誕生しました。期待が膨らみますね。

神澤 アライアンスには、我々のほかに東洋製缶、東洋エアゾール、ULジャパン、京都試作ネット(7社)などの企業16社、自治体は京都府、京都市、三重県、島根県、秋田県産業技術センターなどが参加しています。

我々の燃料電池は平成25年と26年度の2年間にわたり新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成を受け、地方自治体を中心とした実証試験を進めています。今回のアライアンスは単に製造技術や燃料供給体制を確立するだけでなく、特許戦略、工業デザイン、安全性確保と規制緩和、国際標準化、リサイクルなど多岐にわたる課題を解決することを目的にしています。

安全性確保のための国際規格をしっかり確立して、まがい物が出て来ないようにしたい。国内での利用や規制緩和には経済産業省のご指導の下に、水素の貯蔵や輸送に関する法規制について消防庁に規制緩和の相談をしています。この「メイド・イン・京都」の技術を保全し、強くして日本だけでなく世界に発展させていきたいと思います。

――国際標準化をめぐって海外にライバル企業はいないのですか。

石坂 同じような燃料電池を手掛けている企業は世界にいくつかありますが、競争相手というより、同じ仲間として、早く標準化してこの事業を世界に広めようという感じでやっています。

3.11の被災地を見て、緊急時の電源確保の重要性を痛感

――遠からず首都直下地震や南海トラフ巨大地震が大きな確率で発生するという予測がされています。これに備える意味でも、まずは日本国内にこそ大きな貢献ができるのではありませんか。

神澤公氏神澤 その通りです。2011年に3.11の大震災が起き、5月に被災地を見て回りました。あまりの惨状に言葉が出ないほどでしたが、固体水素源型の燃料電池には、避難所の電源、災害救助の電源、緊急医療の電源、警察・自衛隊・消防用の電源など多くの用途があると思いました。この分野で貢献するにはハイパワー(数百Wh以上)を目指すべきだと、石坂さんにそう提案しました。

世の中ではスマート・グリッドで電気を効率的に供給するための議論が盛んですが、私はそれだけではなく、大震災などいざという時に使えるオフ・グリッドな電源の確保の重要性を痛感しています。京都府、京都市、三重県、島根県、愛知県、秋田県など、災害が起きると何日も孤立しやすい地域や都市部の防災訓練に参加し、我々の電池で実証実験する予定です。リチウムイオン電池と併用してハイブリッドにすれば、固体燃料源を交換している間はリチウムイオンを使うというやり方も可能になります。

他にもすでに「満点計画」といって、地震・火山活動を今までよりもっと精密に長期にわたり観測調査しようという計画が進んでいます。以前は山中の観測地点まで十数kgもある自動車用バッテリーを背負って運ぶのがひと苦労だったのですが、我々の燃料電池は4~5kgと軽い。しかも6カ月間程度の電力供給を継続できるので効率的です。

このほか防災面で、橋やビルなど社会インフラの老朽化を監視するセンサーの電源としても有用だと思います。被災地の非常用電源としては言うまでもありません。

今後のマーケティングにより、もっといろいろな用途が広がると思います。お客様や現場を熟知したパートナーのニーズやアドバイスも参考にしながら、2015年からの量販開始に向け全力を上げていきます。いつ大地震や台風などが襲ってきても、日本中の人々が電源を確保でき安心できるように頑張りたいと思います。

text:木代泰之

photo(main):Thinkstock / Getty Images

石坂整氏

いしざか・ひとし
石坂 整

アクアフェアリー株式会社 取締役 副社長 CTO
1964年生まれ。1987年3月 兵庫県立大学(旧姫路工業大学)電気工学科卒業。同年 日東電工株式会社に入社。2003年 小型燃料電池 発電セルの開発に従事。2006年 アクアフェアリー株式会社設立と同時に入社、2007年 取締役開発部長、2011年 取締役副社長CTO、現在に至る。
主にプロセス技術、システム開発、生産技術に従事。2006年からは燃料電池の開発に専念。

神澤公氏

かみさわ・あきら
神澤 公

ローム株式会社 研究本部(兼)燃料電池事業ユニット 副本部長(兼)ユニットリーダー
1954年生まれ。1982年 ローム株式会社入社、半導体デバイスの微細加工技術の研究開発。1999年 半導体研究開発本部 副部長。強誘電体メモリー(FRAM)の研究開発、 国家プロジェクト(MIRAI、HALCA、ASUKA)の計画作成および推進メンバー。 2008年 研究開発本部 副本部長、現在に至る。
パワーデバイス、センサ&ネットワーク、光デバイス、バイオデバイス、マイクロエネルギーデバイス、燃料電池などの研究開発に従事。


Sponsor Content Presented ByIBM

※日本IBM社外からの寄稿や発言内容は、必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。