『月刊アスキー』編集長として、PCやネットの最新事情をながく世の中に伝えてきた、遠藤諭氏。ユーザー視点からテクノロジーをとらえてきたことを活かし、現在は、角川アスキー総合研究所の主席研究員として、スマートフォン以降の消費行動に関するコンサルティングを行っている。
デジタルとライフスタイルの両方を知る遠藤氏に、これからの未来、社会や人々の生活はどう変化していくのか? を聞いた。

「トイレでメール読みたい」が世界をひっくり返した

冒頭、遠藤氏に「今もっとも注目している新技術」について尋ねた。
「当たり前のことを言うなと思われそうですが、やはり“クラウド”が影響力としては大きいですよね。『アップルvs.グーグル:どちらが世界を支配するのか』というスマートフォン戦争を現場の当事者たちに取材した本があるのですが、その中で、iPhoneはスティーブ・ジョブズが「トイレでメールを読む端末が欲しい」と言って、製品仕様はそれだけだったという話が出てきます。一方、タブレットの試作を始めたのは「トイレで新聞を読みたい」だった。

そのメールや新聞を読むための端末が、いまやPCそのものを脅かす存在になっている。どこで話が変わったのか? iPhoneの発売は2007年、iPad発売は2010年ですが、時期を同じくしてクラウドコンピューティングが言われたわけですよね。

リッチインターネットという言葉があって、Webの表現力が豊かになってマルチメディア的な表現が可能になるという議論がりました。結果的に、iPhoneというのはリッチインターネットに対するアップルとしての答えになったんですね。

今後、あらゆるものがクラウドと無関係ではない社会になっていくと言っても大げさではないと思います。それを牽引したのがスマートフォンだったわけですが、その正体はクラウドであるという見方が大切だと思います。

会社で使っているパソコンを、クラウドで動かしますよというサービスも現れてきています。いままでもこういう技術はVMWareなどが提供してきましたけど。あれなど、昔はみんな電卓を持っていたのが、いまはスマートフォンの中のアプリになっているのとソックリですよね。クラウドとは、いま形としてあるものが消えるというところで非常にインパクトがあります」

クラウドが持つ3つの可能性、そして課題

遠藤氏が注目しているというクラウドの技術。具体的には、どのような変化がもたらされるのだろうか。

遠藤諭氏「クラウドがもたらすものは、ユーザー側の視点から見ると3つくらいに分けられますよね。1つ目は、なにか物理的に動いていたものが必要なくなる。2つ目は、マッチング機能で距離や時間の制約をこえていろいろな組み合わせが生じる。3つ目は、神の視点ともいえる全体最適化です。実は、もう1つ気づきにくいものがあるのですが、それについては後で触れますね。

仕事の多くはソフト化できると思うんですよ。会議にしても一人でやる作業もですが。そして、ソフトウェアになるものは、バーチャル化できるし、クラウド化できる。
はじめて携帯電話を会社から持たされたとき、持つのを拒んだ記憶がある人がいると思います。いまはそんな人はいないでしょうが、首に鈴を付けられるみたいだし、いつでも呼び出されるのがいやだった。ところが、実際に使ってみると、出先からタクシーで会社に戻ろうとしている間に携帯で話をしていたら要件が済んでしまい会社に戻らなくてもよくなった。これは、打ち合わせがバーチャル化したんですよ。
それと同じようなことが、あらゆる場面で起こる。マッチングや最適化に関しても、現実に起こり始めていますよね。最近、いちばん驚いたのが、「トランスファーワイズ」(TransferWise)という送金サービスです。たとえば、ユーロからポンド、ポンドからユーロへ送金する人たちをまとめることで、為替手数料の発生を限りなくゼロに近づけますというものです。

かつて、アメリカのゴア元副大統領が情報スーパーハイウェイ構想を言い出した時、労働問題、教育問題、バーチャルカンパニー、それから生産から消費までの効率化といったことをあげました。必ずしもいまのネットを代表するネットショッピングやソーシャルメディアのことなどは目立っていませんでしたよね。あの時代に目指していた本題ともいえる話に、ようやく追いついてきている気がします」

では、クラウド化にあたっての課題や、実現のために必要な要素とは一体なんなのだろうか。

「いろんな分野でクラウドが活用されるようになるには、クラウドの中身もさることながら、むしろインターフェイスの部分が注目ではないでしょうか? グーグルの“グラス”を触ると分かるのですが、まだ快適というのにはほど遠い。ジェスチャーや音声で操作することを、ナチュラル・ユーザーインターフェイスと呼びますが、まだこれからが本番という感じです。クラウドで物理的なデバイスが姿を消すという流れがある一方、インターフェイス的な意味での新しいデバイスが生まれるという流れもある。インターネット・オブ・シングスとはまさにこちらの方向ですよね」

ガジェットに見える新しい市場原理

我々はこれから、クラウド化によって変わりゆくデバイスの海の中にいるようになる。遠藤氏がここ最近、最も注目しているデバイスやガジェットについて聞いた。

「昨年春、アメリカで売り出されたウーヤ(OUYA)を99ドル99セントで買いました。アメリカでは、インディーズのゲームが非常に盛り上がっているわけですが、ウーヤはそれを象徴する商品ともいえます。これまでの家庭用のゲーム機では、ある程度の企業でないとソフトも作れなかったし、ロイヤリティの契約なんかも必要だった。ウーヤでは、誰でも作ったゲームを提供できるんですね。

ウーヤのコンセプトは、『もう一回、テレビの前に皆を引き戻したい』ということだそうです。今、みんなスマートフォンで遊んでいるけれど、もう一度、テレビでゲームをやってもらいたい。そのための適切なハードウェアとアプリストアを作った。逆に、操作性などでは新しい部分はあまりない。このプロジェクトで見るべきは、クラウドファンディングをやって注目されてお金が集まりユーザーも応援したということなんですね。現状、ウーヤが成功しているかというとまだ厳しいようですが、このようなガジェットが、ネットのコミュニティや市場の要望がもとになって商品化してくるというのも、クラウド時代ならではです。新しい市場原理が生まれるというのは大変なことだと思うのですが、これがクラウドコンピューティングによって起こっている4つ目の動きというわけです」

text:野田香里

後編はこちらから

遠藤諭氏

えんどう・さとし
遠藤 諭

株式会社角川アスキー総合研究所 取締役主席研究員
1956年長岡市生まれ。1985年アスキー入社、1991年~2002年『月刊アスキー』編集長。株式会社アスキー、および関連会社(当時)のアスペクト取締役などを経て、2008年よりアスキー・メディアワークス アスキー総合研究所所長、2013年より現職。角川アスキー総合研究所では、2010年より実施している1万人調査をはじめネット時代のライフスタイルを分析・コンサルティングしている。著書に『計算機屋かく戦えり』、『ソーシャルネイティブの時代』など。


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