特定非営利法人育て上げネットは、さまざまな事情で「働きたいのに求職活動ができない」「働く意思を持ちづらい」若者の就労支援に取り組んでいる。昨年、民間で初の『若年無業者白書』を作成し、10年間蓄積してきたデータを分析して就労支援の現場に活かそうとしている。
一人ひとりの個別性が重視される対人支援のプロセスに、データ分析で明らかになったどのような知見が効果をもたらすのだろうか。社会課題の解決にデータを活用する方策を工藤啓理事長に伺った。

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データ分析で支援に役立つ知見を抽出

育て上げネットの業務分析やコスト解析は、IBM社員がボランティア活動のプロボノとして支援したので、業務時間外の夜間や土日を使って行われた。さまざまな発見があって役立ったものの、やはりそれだと互いに負担も大きい。
IBMにはサービス・グランツという社会貢献プログラムもある。社会課題の解決に取り組む非営利団体に対して、ワークショップや研修、コンサルテーション、ソフトウェアといったサービスや技術を無償で提供し助成するものだ。この支援活動では、社員は業務の一環としてサービスを提供するので、業務時間内に行われる。

サービス・グランツとしてIBMは、統計解析ソフトウェア「SPSS Modeler」のライセンスと、活用するためのコンサルテーションを提供した。育て上げネットが10年間で蓄積してきた支援データにデータ・アナリティクスの技術を適用し、現場に役立つ知見の抽出に取り組んだ。その結果「支援データの項目間の相関が明らかになり、何が効いているのか見えてきた」と工藤氏は語る。

「一般的な就労支援のプロセスは、最初に保護者と本人に接点をもち、病院での初診に相当するインテーク面談を実施します。そこで状況や課題を把握し、ゴールを設定して、本人とともに最適と思われる支援プログラムを策定するわけです。ITスキルの習得なのか、コミュニケーション系のワークショップなのか、職場体験なのか、インターンシップなのか、各々オーダーメイドなので、そこが〈個別性〉のひとことで片付けられてしまうところです。
しかし、一定の母数が集まれば、そのデータを解析することで、たとえば〈特定の属性〉と〈ゴールまでの時間〉の相関関係が見いだせます。仮にですが〈高校中退の女性で現在○歳〉であればより丁寧な支援が必要、ということがわかっていれば、プログラム設計の目安になり、初診から方針決定までの確度が上がるわけです。必要な時間を支援にかけることは当然ですが、個人の負担を考えれば短いほうがいいわけです。」

現場の〈感覚知〉の正しさをデータで裏付ける

データの分析結果を現場のスタッフにフィードバックしたところ「感覚的にはわかっていた」との声が多かったと言う。しかし、工藤氏は「それがとても重要」と考えている。

工藤啓氏「まさに現場の〈感覚知〉を証明するエビデンスだからです。分析の結果が意外なものだったら、そのほうがまずい。良かれと思って実施していた支援策が的外れだったことになりますから。これまでは、やってきたことが正しい根拠を問われると答えにくかったのですが、IBMさんの分析でこうした結果が出ています、と言えれば正当性が生まれます。現場の人間からすれば、情報発信や政策提案の場で発言の根拠となるデータを示せるのは心強い。体験談の裏付けとなるエビデンスがあれば、組織の発信力と信頼性も上がります」

データの取り方に関してもIBMからサジェスチョンを受け、データ項目を増強できた。以前は「支援に必要な項目」だけしかチェックしていなかったが、「何かを明らかにするために必要な項目」についても目配りするようになった。結果的に同じゴールにたどり着いたとしても、たとえば家庭の困窮度といった条件によってプロセスがさまざまに違ってくるかもしれない。すると、直接は就労支援に紐づかないそうした項目についてもデータを取るようになる。

ただし、データのみを根拠に物事を決定するのは戒めなければならない。
「86%はこうだから、こうだよねといったような決めつけは危険です。対人援助は、あくまでも一人ひとりの個別性が前提になります。データは判断材料の一つとして活用すべきであり、決定材料ではありません。データから発見したことを基に仮説を立て実践し検証するのが僕ら現場の仕事です。発見がそのまま結論であるかのように一足飛びしないよう気をつけなければいけません」

ライフステージを一気通貫するデータ突合へ

育て上げネットが蓄積している若年無業者の就労支援データは、同様の社会課題に取り組んでいる団体や組織からも注目を集めている。

工藤啓氏「たとえば学齢期の児童・生徒を支援している人たちからすると、子どもたちのその後を知りたいわけです。僕らの支援データと突合すれば、ライフステージを一気通貫して新しい発見が得られるのではないか、という依頼や提案が来ています。世代をまたいでデータの相関を見れば、この段階でこのような支援をしたほうがよいのではないか、という仮説が成り立つ可能性が高い」

若年無業者の問題はまだ潜在的で一般的には知られてない、と工藤氏は捉えている。顕在化するにはソーシャルプロモーションを積み重ねて認知度を高めなければならない。そのためにもデータを活用していくつもりだ。

「今後10年間でやりたいことは主に3つあります。第1に、これは僕らだけで解決できる問題ではないので、社会全体の関心の底上げに寄与したい。第2に、将来無業にならないための予防的な取り組み、すなわち幼少期や学齢期の子どもたちへのサポートをさらに強化したい。そして第3にアジアへのアプローチ。社会課題先進国といわれる日本のソリューションモデルは世界の先頭を切っています。2011年に〈HIKIKOMORI〉という言葉がオックスフォードの辞書に載りました。若年無業者の問題が発生しだしている韓国や台湾からの視察も増えています。僕らの積み重ねてきた就労支援のノウハウとデータが他のアジアの国々でも役立てることができたら素晴らしいことです」

text:谷川国彦

工藤啓氏

くどう・けい
工藤 啓

NPO法人育て上げネット理事長
1977年東京生まれ。成城大学中退、米国ベルビューコミュニティーカレッジ卒業。帰国後、NPO法人設立。金沢工業大学客員教授、東洋大学非常勤講師なども務める。著書に『育て上げ-ワカモノの自立を支援する』(駿河台出版)、『NPOで働く-社会の課題を解決する仕事-』(東洋経済新報社)、『大卒だって無職になる “はたらく”につまずく若者たち』(エンターブレイン)他。
育て上げネットホームページ http://www.sodateage.net/


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