IBM Think History 第5回 「二代目社長と、新たな船出」

初代社長トーマス・ジョン・ワトソン・シニアは、1952年、自らの息子であるトム・ワトソンJr.を社長に就任させると、その4年後には長年勤めたチーフ・エグゼクティブ・オフィサー(CEO)の地位も譲り、ビジネス界から引退します。世代交代を無事に成し遂げたワトソンSr.は、その年、1956年の6月19日にこの世を去りました。偉大なる中興の祖を失った悲しみにくれつつも、新しきリーダーの元で、IBMは新しい進路へと突入していきます。
トーマス・ワトソンJr.の経営方針、それは、過去の達成を元に、現代のニーズを広くカバーして事業を進めるというものでした。従来のパンチカードなど、ビジネス支援以外の領域に広く手を伸ばし始めたのもこの頃。宇宙探査への協力や研究・開発機関の設立――そして現在に至るまでのIBMに最も大きなインパクトを残した事業、それがSystem/360の開発でした。

技術革新と事業拡大を支えた研究開発

1960年代におけるIBMコンピューターの普及を支えたのは、通信技術の進歩、そして宇宙探査計画の推進でした。IBMエンジニアが行った、米国・ニューヨーク州エンディコットとフランス・ラゴード間における、衛星を経由したデータ通信実験。そして、宇宙船設計や宇宙飛行計画のために書かれた何百万ものコンピューター命令。これらが世に広まるにつれ、IBMの名声はさらに高まっていきました。
この高度な技術を可能にしたのが、ワトソンJr.が力を入れていた、研究開発基盤の整備でした。1961年にはニューヨーク州ヨークタウンにトーマス・J.ワトソン研究所がオープン。また、スイスのチューリッヒにも研究所が整備され、欧米のどちらにも研究拠点を持つに至り、技術開発競争をリードする準備が完成したのです。

「IBMの歴史の中でもっとも重要な製品発表」

これらの研究開発は、ひとつの製品に結実することとなります。1964年、IBMの設立年とされる1914年のまさに50年後、ワトソンJr.が「IBMの歴史の中でもっとも重要な製品発表」と呼んだ製品が世に姿を表します。それが、System/360でした。
『フォーチュン』誌には「IBMの50億ドルの賭け」と評された、技術的にもビジネス的にも超大規模な挑戦。IBMの開発してきたソフトウェアと周辺機器を組み合わせた、コンピューター・ファミリー、後に「メインフレーム」と呼ばれる仕組みでした。コンピューターが必要とされるあらゆる用途をカバーし、商用から科学技術まで幅広く使用されたこのシステム。これをきっかけに、ワトソンJr.率いるIBMは「メインフレーム市場の巨人」として君臨することになるのです。

50年目を迎えるSystem/360から始まったIBMメインフレームの歴史