「このビル全体が1つの巨大な実験場です」
「東大グリーンICTプロジェクト」の代表を務める東京大学大学院情報理工学系研究科の江崎浩教授は、東大工学部2号館をそう表現する。ゼネコン、家電、商社、エネルギー、ITなど50にのぼる企業や団体が参加してコンソーシアムを結成するこのプロジェクトでは、それぞれの世界で動いてきたものをオープン化し統合化することにより、情報通信技術を活用した省エネに取り組んできた。
その結果、消費電力量はピークで44%、研究室によっては最大70%もの削減を達成した。この実験の成果からは、新しいスマート・シティーに向けたビジネス・モデルも創出されようとしている。そこで、江崎教授に東大グリーンICTプロジェクトの成果と、スマート・シティーの構築におけるICTの役割、ICT産業の新たな可能性などについて伺った。

節電にとどまらず、研究開発の実験場として、新産業の創出を目指す

――江崎先生は、1990年から92年まで米国で高速インターネット・アーキテクチャーの研究に携わられました。その中で、黎明期のインターネットに触れ、現在はIPv6普及・高度化推進協議会専務理事や東大グリーンICTプロジェクト代表を務められ、スマート・シティー構築の研究と実践活動に携わっておられます。
まずは、東大グリーンICTプロジェクトの目的と内容をお聞かせいただけますか。

江崎 一般に、ビル1棟の維持費のおよそ3分の1は電気代だといわれます。私の研究室がある工学部2号館は、3・11以前は年間1億円ほどの電気代がかかっていました。たまたまビルのスマート化に関する私の講演を聞いた工学部長から、「何とか電気代を減らせないか」と相談を受けたことから、インターネットの技術を使って、ビルの省エネ・高機能化を図ることにしました。

そして、節電だけでは目的が限られるので、高機能化・新機能の創成も活動の目的として、企業等に参加を呼びかけて2008年にコンソーシアム「東大グリーンICTプロジェクト」を結成しました。情報通信技術を活用した省エネに取り組むとともに、工学部2号館の建物全体を研究開発の1つの巨大実験場にして、新しい産業の創出に取り組んできたのです。このプロジェクトには、ゼネコン、家電、商社、エネルギー、ITなどの産業分野から50もの企業や団体が参加しています。

東京大学工学部2号館

東京大学工学部2号館

インターネットの進化と同じ考え方で、スマート・シティーの構築を

――50もの企業が参加すると、東大グリーンICTプロジェクトのオープン化、統合化は大変だったのではありませんか。

江崎浩氏江崎 ビルのスマート化に取り組むこのプロジェクトを始めた時、最初の悩みは「どうしたら、オープン化できるか」でした。スマート・シティー構築で重要な役割を担う建築産業やエネルギー産業は自らのビジネス・モデルを守るために、規制だらけの中で、それぞれ独自技術で構築・運用されています。照明や空調、電力と別々のシステムで動いているものを、どうしたら統合できるのか。「まずは素直に、神経系のところから入っていこう」と、横串を刺す形で動くシステムを作りました。その中で、例えば不要になるACアダプターなど次の課題が見えてきて、電力系を直流にすれば、面倒な交流の制御が要らなくなることなども分かってきました。

インターネットは「まず、直面する問題を解決しよう。そして次の問題に行こう」というのが原則です。10年後のことは分からないが、10年後を見据えながら、今日の問題、明日の問題に取り組もうという考え方です。電話のように、最初から全体像となる大きな絵を描いて設計していくわけではない。しかし、方法論や原則は明確なので、途中で出てくる革新的なものを取り込んで、進化させることができるのです。

研究室では70%も節電。さらに連鎖的に広がる取り組みの成果とは

――省エネ効果はいかがでしたか。

江崎 プロジェクトは最初、節電・省エネからスタートしましたが、作り出すインフラが新しい価値を生むはずであるという信念のもとに、その可能性を明らかにしてきました。実際、3・11の直後から、電力消費量の節減に取り組み、工学部2号館はピークで44%を減らすことができました。さらに、そのインフラが、BCP(Business Continuity Planning:事業継続計画)や効率化、ビッグデータ活用などの可能性を確認することができました。

例えば、電力消費量を見ると、明け方4時まで働いて、朝10時にはもう仕事を始めている研究室などがデータから分かります。
最近の生命保険会社は、加入者から血圧や体重などを聞いて、健康状態を改善させ、長生きできるようにしようとしています。そのため、日頃の行動や生活に関する情報は、生命保険会社が喉から手が出るほど欲しがっているものです。こうして、あるデータが別のビジネス領域で価値を生むことが、実感を持って分かってきました。

さらに、電力消費量の削減には、コンピューターのクラウド化が大きな役割を果たしました。当初、担当する学生はあまり乗り気ではなかったのですが、研究室があまりに暑いので、涼しくしたいとサーバーを仮想化しました。その結果、江崎研究室では70%も消費電力を減らすことに成功し、わずか半年で投資を回収することができたのです。

学生が一番望んだのは涼しい部屋にすることでした。 そこでクラウドにしたことで、サーバーがなくなって部屋は片づき広くきれいになり、コンピューターのパフォーマンスはアップし、BCP(事業継続計画)対策にもなったのです。なおかつ、シンクライアントになったので、学生のライフスタイルも変わりました。

ICTとの融合で、様々な産業が異なる次元に進化する

――東大グリーンICTプロジェクトの成果は、今後どのように展開していくのでしょうか。

江崎浩氏江崎 東大ではこの実証実験をスタートとして、東大キャンパスの全てに対して積極的に東大グリーンICTプロジェクトの成果を広めていく方針ですが、本郷キャンパスでは、その後もう1つビルを改装してスマート化することにしました。
ところが、そのビルは音響システムがアナログのままなので、非常に使いにくい。今は音響システムのネットワーク化が進んでいて、イーサネットでスピーカーのコントロールができるようになってきています。そこで、音響システムを全て、クラウドでコントロールできるようにする取り組みを進めています。

そこでは、LED照明にはイーサネットで電力供給を実現していますし、将来的には、LEDで照明だけでなく、通信もできるようにすることを考えています。LEDは形が自由にできること、熱が出ないこと、そして可視光通信が可能なことが大きな特長です。無線LANは壁があっても電波が漏れますが、可視光通信は漏れがないため、エリアを限定した通信環境ができます。加えて、照明ですから、データ転送にとって障害物がない、部屋の中で一番良い場所に設置されるため、アクセス・ポイントにするという構想も出てきます。

音響コントロールを待望しているのが住宅メーカーです。家屋の中は雑音が充満しており、住宅メーカーはそれをコントロールしたいと考えていますが、全く手が着いていない状況とのことです。最先端のデジタル・プロセッシング技術を使えば、音響・音場を自由にコントロールできるようになります。究極的には部屋の中で、特定の場所にいる人だけにしか聞こえない音を作り出すことが可能になります。それによって、例えば重役室に社長だけに聞こえる仕組みを作れば、交渉相手に知られず、アイコンタクトを維持しながら、必要な助言を音を使って行えるようになります。

このように考えると、ICTはとても大きな可能性を持っていることが分かります。 工場では、ICTを使って管理や制御(FA、Factory Automation)を行っていますが、それだけでは、実は、ICTの古い使い方となっています。工場の様子を人間の感覚でモニタリングすれば、世界中どこでも、現場を忠実に反映・再現させたモノ作りの環境構築が可能になります。
そして、「匠の技」のデータ化・デジタル化も可能です。実際、杜氏の技をデータ化・デジタル化したICTとバイオテクノロジーの知見を併せて、酒造りを全く新しいものに変えた日本酒メーカーも出てきています。あるいは、畑で使われているトラクターはセンサーになることが認識されつつあります。作物に関するたくさんのデータを収集できるので、それをネットワークで収集・蓄積・分析すれば、穀物などの先物市場に大きな影響を与えることも可能性も考えられます。

そうしたことが全産業で起こります。ICTとの融合で、今までとは全く違う次元に、全産業の生産現場が進化できる可能性を持っていると考えることができます。

既存の常識を変える可能性や、イノベーションを起こすような可能性を持つ技術を見つけることができるかどうかは、新しいものを面白いと感じるかどうかにかかっています。それに気づくセンスが大事で、次代を拓くイノベーションはそこから拡がるのだと感じています。

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