日本は世界第6位の広大な排他的経済水域(EEZ)を持つ潜在的な海洋エネルギー資源大国である。
中でも太平洋岸を流れる黒潮(日本海流)は、我が国固有の巨大海流エネルギー資源であり、それを利用して海中で常時安定的に発電しようという研究開発が進んでいる。国立大学法人東京大学と株式会社IHI、株式会社東芝、株式会社三井物産戦略研究所が共同で取り組む「水中浮遊式海流発電」がそれだ。2011年11月には新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「次世代海洋エネルギー発電技術研究開発」の委託研究として採択されている。
目指すは、2030年に20円/kwhという再生可能エネルギーの中でも最も安い発電コストの実現。プロジェクトを主導する東京大学大学院新領域創成科学研究科の高木健教授に、海洋エネルギー利用の最前線と将来の展望を語ってもらった。

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環境に優しく、海上に浮上させられるのでメンテナンスも易しい

――環境汚染リスク低減やメンテナンス簡素化も大切な要素だと思いますが、どのような工夫が行われていますか。

高木健氏高木 重要なのは、タービンと発電機の間に増速ギアを入れない「ダイレクト・ドライブ方式」を採用することです。この方式は風力発電と大きく違う点です。増速機は故障が起きやすく、内部で使う大量の潤滑油が漏れ出して海洋汚染の原因になることも考えられます。それを避けるために潤滑油のいらないダイレクト・ドライブ方式にしました。

この方式では発電機が低速回転になるので、タービンとの組み合わせ方が重要です。発電機のサイズは大きくなりますが、浮力で海中に浮いているので問題ありません。また増速機がないのでメンテナンスも簡素化できます。年1回ほどタービンを止めて発電装置を浮力で海面に浮上させ、点検や修理をすることを考えています。

2030年頃には100基、総発電量20万kwをめどに

――将来、海流発電を実用化する際には、どの程度の発電能力の装置を何台ぐらい設置する計画でしょうか。その実用化に向けたロードマップもお聞かせください。

高木 1カ所で100基を1つの目安としており、1基(発電機2台)で2,000kw、総発電量は20万kwを想定しています。これを2030年ごろには実現したい。

その実現に向けて2014年後半には模型レベルのものを海中に入れて実験し、15年以降にはタービン直径が約15メートル、200kwを発電できる装置で実験する計画です。2020年には実際に近い大きさのものを5基程度設置して実証実験することを目標にしています。

――NEDOのプロジェクトでは、2020年以降の事業化時に発電コスト20円/kwhというかなり高い目標が設定されています。これまでの研究で目標達成は視野に入ってきたのでしょうか。

高木 発電装置の設置費用などについて欧州の現在のコストを適用する限りでは、20円/kwhは達成できそうな感じです。もちろん100基設置といった一定の条件下での試算ですし、我が国には欧州のように安価に装置を設置できる設置船が存在しないという問題もあります。しかし、この試算どおりにいけば利益率などを加味しても23~25円となり、陸上風力発電(22円)に匹敵する数字になります。

設置場所は和歌山県串本町や、鹿児島県のトカラ列島付近が有力候補

――発電装置を設置する場所として、和歌山県串本町が候補地になっていますが、そこが選ばれた理由は何でしょうか。黒潮の蛇行変動で影響を受ける心配はないのでしょうか。また地元の反応はいかがですか。

高木健氏高木 和歌山県串本町の沖合は流速が速く、以前から考えていたポイントの1つです。県も海洋エネルギーの利用に熱心で、「和歌山県再生可能エネルギー検討委員会」を立ち上げ、地元漁協の方々も協力的です。
黒潮の蛇行は時々起きており、海流が潮岬から離れるのですが、その曲がるポイントのちょっと手前に比較的安定している所があるのです。

ただ、私たちが慎重に見ているのは、付近に黒潮とは別の、潮の満ち引きで生じる「潮流」が流れていることです。一定方向に流れる黒潮と違い、潮流は6時間おきに流れの方向が変わり、発電装置の向きも変わってしまうので、新たな技術開発が必要かもしれません。
もう1点、地元の委員会が考えている水深は300~500メートルですが、黒潮の本流が流れているのは少し南の水深1,000メートルあたりではないかという意見があります。1,000メートルだと深すぎて電線代などのコストが高くついてしまいます。

一方、鹿児島県のトカラ列島付近も有力な候補の1つです。ここは蛇行が少なく、水深が約500メートルです。離島での電力供給は、電力会社にとって一般的に逆ザヤ(高コストの電力を安く売る)なので、発電した電力は島で使ってもいいし、ケーブルで九州に運んでもいい。

ただ、欧州と違って日本には太い電力ケーブルを海底に敷設する専用船がないので、欧州並みのコストでできるかどうかが課題です。将来、日本だけでなくアジア各国で海洋再生可能エネルギーが普及すれば、専用船を共同で安く利用する案も考えられます。

潮流、波力など海洋エネルギーを利用した発電について

――海洋エネルギーの利用は、海流発電の他に潮流発電、波力発電など多様なテーマ研究があります。それぞれどのような特徴があり、将来性はどうなのでしょうか。

高木 潮流発電は海流発電と基本的には同じ原理ですが、潮の満ち引きのエネルギーを利用するものなので、流れの向きが変わることにきちんと対応する必要があります。発電装置を海底にしっかり固定するので、基礎工事にコストがかかります。潮流発電のポテンシャルが高いエリアは海の幅が狭く流れが速い所で、欧州では氷河で削られた狭い海峡などで実用化されています。ただ、日本では流れが速くて狭い所はたいてい豊富な漁場になっているのが難しいところです。

波力発電は波の上下動の力を利用するもので、波が高ければ効率的に発電できますが、コストが割高になるので、やはり電力供給が不便な離島などに向いていると思います。

水素社会の到来が見えてきたいま、再浮上するセイリング式洋上風力発電

――高木先生の研究室では「セイリング式洋上風力発電」(図3)や「低炭素海運」の研究も行われています。それらについてもお聞かせいただけますか。

高木 私は日本のエネルギー計画のポートフォリオとして、海洋エネルギー全体で少なくとも5%ぐらいを占める未来図や技術を考えています。それには他の海洋利用が行われている近海より沖合に行ったほうがいいということで、未来志向の海洋技術イノベーションとして2004年~2008年に国立環境研とセイリング式洋上風力発電を研究しました。

図3:セイリング式洋上風力発電

図3:セイリング式洋上風力発電(出典:東京大学 高木研究室)

これは風力発電機を載せた大型浮体構造物を、係留して固定するのではなく、帆船のように帆をコントロールして海上移動させるというアイデアです。浮体は帆の推進力で風力発電の定格風速毎秒14メートルの場所を探し、たえず移動します。台風が来れば移動し避けられるので、暴風や大波に遭わずにすみます。1基の長さは約1,000メートル。5,000kwの風力発電機を11基備え、計5.5万kwの発電が可能です。
係留して固定する浮体式洋上風力発電は、設置区域として係留が可能な水深や海底土質の海域に限定されるため、導入規模に限界があります。しかし水素社会が到来し燃料電池が一般化するころ、あるいは大容量のキャパシターが実現するころには、もはや電力系統につなぐ必要はなく、高価な送電線は不要です。キャパシターや水素を船で運ぶとすると、陸地までの距離も関係ありません。そうなれば適度な風が吹いている場所を求めて移動できるようにすれば、水深や海底土質を気にして係留に悩む必要もなくなってきます。

発電した電力で海水を電気分解し、水素に変換して陸地に運んでくる発想でしたが、当時は水素を受け入れる需要側のシステムが未整備だったために研究を中断しました。しかし、燃料電池車の市販車が近く登場し、水素ステーションも建設されるなど、水素社会の到来が少しずつ見えてきているので、もう1度研究を再スタートさせても良いと思っています。
水素を運搬する以外に、放電後の自動車用リチウムイオン電池を船に積んで持って行き、海上で充電して陸地に戻すという別のアイデアもあります。

海洋技術のグリーン・イノベーションで日本が世界をリードする日を目指して

――このアイデアの実現には最新の海象・気象の予測情報をきめ細かく入手する必要がありますね。クラウドやビッグデータなどの駆使が重要になるのではありませんか。

高木 その通りです。海流や海象については従来、科学者が自然の謎を明かすことが目的の研究しかしていなかったので、エンジニアリング的には不足しているデータがたくさんあります。それら不足しているものは船舶の情報や気象情報、衛星情報など大量のビッグデータであり、それらを最新のITで解析して利用する技術が必要です。この分野に得意なIT企業と協力ができればうれしいですね。

――もう1つの研究テーマ「低炭素海運」というのはどういったものですか。

高木 世界の船舶が出すCO2はドイツ一国の総排出量に匹敵するほどもあり、地球温暖化防止に向けて、これを減らすための燃費規制が2013年に始まりました。ところが船の燃費をどう測るかという国際基準がないので、いま自動車に倣って「海の10モード指標」を海上技術安全研究所(NMRI)と共同で世界に提言しています。造船はアジア中心ですが、船舶のオーナーは欧州が多い。いま標準化をめぐって欧州勢と戦っているところです。

こうした海洋技術は、その成果が産業として花開くにはまだ年月がかかりますが、日本がこの分野で世界をリードするためのグリーン・イノベーションを研究・開発し、未来予測ができる研究者を1人でも多く育てたいと考えています。

東京大学大学院新領域環境棟

東京大学大学院新領域環境棟(千葉県柏市柏の葉)

text:木代泰之

高木健氏

たかぎ・けん
高木 健

東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授
1985年4月大阪大学大学院工学研究科造船学専攻後期課程中退、大阪大学工学部助手、大阪大学工学博士、米国カリフォルニア工科大学客員研究員を経て、1995年12月大阪大学工学部助教授。
1998年4月~1999年1月英国ブリストル大学客員研究員、2008年8月より現職。
研究分野は、海流発電に関する研究、海運CO2削減に資する政策評価指標に関する研究、次世代深海探査技術を用いた深海の調査観測技術に関する研究など。


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