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患者数が少なく極めて専門性が高い難病であるため、治療薬の開発が遅れている「空白の治療領域」がある。
シンバイオ製薬株式会社は、こうした希少疾病の治療薬開発に特化した新しいタイプのスペシャリティ・ファーマだ。社会貢献を目指して起業したソーシャル志向の会社が、成功確率2万分の1という壁を打ち破り短期間に新薬開発を成功させ、数年後には株主にもリターンを提供しようとしている。
このビジネス・モデルの中に、日本が今後進むべき1つの道が示されているのかもしれない。

世界中のバイオベンチャーの研究所が私たちの研究所

――シンバイオ製薬は、「空白の領域」となっている新薬の開発に特化した新しい事業形態の製薬会社として注目されています。MIT(マサチューセッツ工科大学)やハーバード大学で研究をし、世界最大のバイオ医薬品企業の経営者まで務められた吉田さんがその座を捨ててベンチャーに転じ、この「空白の治療領域」に特化して事業を始められたのはなぜですか。

吉田 大手製薬会社は、患者数が多い薬品を中心に事業を構築しています。特に糖尿病・高脂血症・高血圧といった生活習慣病などの薬はブロックバスターと呼ばれ大きな売り上げがあり、大手はそこに主力を置いています。しかし、新薬開発には巨額の投資が必要なため、利益の大部分は研究開発費としてブロックバスターに再投資されてきました。それが繰り返されてきたため、医療ニーズは高いものの患者数が少なく商業ベースに乗りにくい疾患の新薬開発は、遅々として進まないという事態が生じています。

吉田文紀氏政府はオーファン・ドラッグ(希少疾病用医薬品)指定などで改善を促していますが、いまだに手の届かない領域が多く残されているのが実情です。
治療方法が開発されるのを切実な思いで待っている患者さんに、何とかして優れた新薬を一日も早くお届けしたいという思いから、私は「空白の治療領域」を埋めるという事業目標を掲げ、ゼロから事業を立ち上げました。

初めはNPO法人にすることも考えましたが、新薬を生み出すには、10年以上の長い年月と数百億円以上の巨額な開発費が必要です。患者さんに継続的に良い薬を届けようとすると、多額の資金調達が可能で経営基盤も強固な組織でなければなりません。そこで、企業という形態を選択しました。

――立ち上げに当たって特に重視されたのはどのような点ですか。

吉田 限られた開発資金で、事業をいかに効率化し新薬開発の確度を高めるかということでした。創薬の成功確率は極端に低く、研究所で膨大な数のシーズの中からスクリーニングして生理活性を持つ2万個を選び出し、その中から有望なものが見つかったとしても、さまざまな試験を経て、最終的に患者さんに届けることができるのはわずか1個という確率です。
近年では成功率がさらに低下しており、そのために開発コストは増大し、投資効率が低下しています。そのような厳しい条件のもとで事業目標を達成し、持続可能にするためには、まず経営の効率化を図る必要がありました。それに対する1つの答えが、ファブレス(研究所・生産設備を所有せずに活動を行う企業形態)でした。

私たちは現在、世界中のバイオベンチャーが行っている研究開発中の新薬候補品の中から、医療ニーズの高いものを探索し導入しています。なかでも欧米において既にレイト・ステージ(開発が後期段階)で開発中のものの中からPOC(Proof of Concept: 概念・理論の実用化が可能であることを示すこと)が確立されたと判断される新薬候補の導入・臨床開発に特化しており、日本においての臨床試験から承認・販売までを事業としています。そのため自社で研究所を持つ必要がなく、かなり固定費を抑えることができるうえ、開発リスクを大幅に軽減できます。結果として、新薬候補を導入してから販売までを5~6年以内という、製薬業界では極めて短時間での開発に成功しています。

――「持たないこと」を経営の強みにしたわけですね。しかも、開発期間が短ければコストも低減され、ローコストで高収益経営が期待できます。

吉田 私たちは、治療が特に難しいとされる「がん・血液・自己免疫疾患」の3分野に特化しています。
この分野は非常に専門性が高く、高度な知識と経験が求められます。そこで、少数の人材で高度な専門家集団を構成することにしました。プロフェッショナルを集めた「七人の侍」のイメージです。
このような少数精鋭の強力な組織とファブレスという形態をもって、成功確率の高いパイプライン(新薬誕生に結びつく候補品)を継続的に導入することで、空白の治療領域を埋めようとしています。同時に、事業を持続可能にするために収益を積み重ね、企業価値を高めていくというのがシンバイオ製薬のビジネス・モデルです。

――日本では初めてのモデルのようですが、欧米ではどうですか。

吉田 欧米では、得意分野に研究開発を絞り込んだ「スペシャリティ・ファーマ」があります。シンバイオ製薬は形態は同じですが、単に新薬を開発するのではなく、医療ニーズが高い空白化した治療領域を埋めることを事業目的としている点が違います。

私たちは世界のどこでどのような研究がなされ開発が行われ、どの開発段階にあるかを常にモニターしています。世界中のバイオベンチャーの研究所が私たちの研究所なのです。欧米には多くのスペシャリティ・ファーマがありますが、私たちが誇ることができるのは、空白の治療領域で苦しむ患者さんのために優れた医薬品を常時世界中の研究所から探索しようとする強烈な目的意識です。

夢を語るのではなく具体的な成果を出す

――成功確率2万分の1の世界で、バイオベンチャーはどのようにして活路を見い出すべきでしょうか。

吉田文紀氏吉田 バイオベンチャーは世界で4,000社ほどありますが、次々と消えては生まれる新陳代謝の非常に激しい業界です。例えば、アメリカで3,500社ある中で上場している企業は300社程度で、黒字の会社は全体の2%くらいの70社ほど。残る98%近くは赤字です。これがバイオベンチャーの産業としての極めて過酷な実態です。

研究所のベンチから患者さんのベッドに薬が届くまでを「ベンチ・ツー・ベッドサイド」と言いますが、ベッド・サイドに行くまでの間には何段階もの険しい関門があります。そこで効果が確認できなかったり、毒性が強くて副作用が大きかったり等々うまくいかないことの方がほとんどで、成功確率2万分の1の中で次々とドロップアウトしていきます。

私たちが最初に承認を取った抗悪性腫瘍剤「トレアキシン®」は、その2万分の1をくぐり抜けて患者さんに届けることができました。次の候補品である血液がんの薬「リゴサチブ」も、あと数年で市場に出すことができると思います。この確度の高さは、この業界では極めて珍しいことです。

――シンバイオ製薬はバイオベンチャーの側面を持ちながら、機能としては製薬会社であるということでしょうか。

吉田 投資家から資金を集めて、世界中のバイオベンチャーが開発中のものの中から有力な新薬のシーズを買うというのが私たちのモデルです。
バイオベンチャーは、臨床で効果が出てきた段階で資金を回収しようとするので、私たちがそのシーズを買い、そこから先はバトンタッチして私たちが承認・販売に向けた開発を進めるという役割分担をしています。
玉石混交の中から最もポテンシャルが高く、確度の高いものを選び出して提示していく点で、新しいタイプの製薬会社と言えるかと思います。

――確度の高いものを選別するには、非常に高度な“目利き”の力が必要ですね。

吉田 幸いにして、私にはこれまでのキャリアの積み重ねによるネットワークがあります。シンバイオ製薬の活動は最先端の臨床、研究の場と直結しており、世界最高峰の知見をこの事業に集約することができています。空白の治療領域を埋めるという理念に賛同してくださる医師・研究者の方々のご協力に、私たちの事業は支えられています。

例えば、毎年3回開催される定例のSAB(サイエンティフィック・アドバイザリー・ボード)には、世界中から優れた実績と豊富な経験を持つ臨床医・基礎科学者が、創薬研究と新薬開発のアドバイザーとして参画しています。
SABでは膨大な新薬候補を基に、医療ニーズの高さや収益性などについて、それぞれの専門の立場から意見や提言を交え議論したうえで、パイプライン戦略を構築しています。

――世界のバイオベンチャーの中でもシンバイオ製薬の認知度が高まっているようですが、シーズの探索ではどのようなご苦労がありますか。

吉田 私たちは、相手のバイオベンチャーのバックグラウンドを慎重に調査・確認し、彼らに直接会ってどういう思考で経営しているかを確認します。
相手のCEOとフェース・ツー・フェースで話し合い、3時間も4時間もディスカッションをすれば、そこが本当に患者さんのために薬を開発しているかどうかが分かります。たとえ良いものを持っていたとしても、経営の思考、カルチャーが合わないとうまくいきません。

text:佐藤 譲

後編はこちらから

吉田文紀氏

よしだ・ふみのり
吉田 文紀

シンバイオ製薬株式会社 代表取締役社長
1971年に学習院大学理学部卒業。MITでゲノム研究。同大学院修士課程修了。ハーバード大学大学院で医療政策論、経営学管理学を研究。同大学大学院修士課程修了。三菱商事、エイ・エッチ・エス・ジャパンに勤務。1980年に日本バイオ・ラッドラボラトリーズを創業。その後、日本シンテックス代表取締役社長を経て、1993年アムジェン株式会社を創業し代表取締役社長。アムジェン米国本社副社長。2005年3月にシンバイオ製薬株式会社を創業し、現在代表取締役社長。著書に『バイオの開拓者物語―アムジェン成功の軌跡』、『人と社会を幸せにする仕事』他。


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