患者数が少なく極めて専門性が高い難病であるため、治療薬の開発が遅れている「空白の治療領域」がある。
シンバイオ製薬株式会社は、こうした希少疾病の治療薬開発に特化した新しいタイプのスペシャリティ・ファーマだ。社会貢献を目指して起業したソーシャル志向の会社が、成功確率2万分の1という壁を打ち破り短期間に新薬開発を成功させ、数年後には株主にもリターンを提供しようとしている。
このビジネス・モデルの中に、日本が今後進むべき1つの道が示されているのかもしれない。

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コントラリアン思考がブルー・オーシャンに導いた

――シンバイオ製薬のモデルに学んだ類似企業が出てきて、競合状態になることはありませんか。

吉田文紀氏吉田 私たちは現在、血液がんに特化していますが、あるベンチャーはがんに特化し、あるベンチャーはアルツハイマー病に特化するというスペシャリティ・ファーマがもっと出てくるべきです。
新しい企業が参入しても、それぞれに特化せざるを得ませんから、私たちのコピーはできないでしょう。むしろ残された空白の治療領域を埋めるために、当社のような会社が多く出てきてほしいと思います。

技術は日進月歩で、同じ治療領域でも新しい技術で疾患のとらえ方が変わることがあります。細胞レベルで分類していたのが、最近は遺伝子レベルで疾患を見るようになり、分類も変化しています。
他社と競合する以前に、専門化と細分化がどんどん進んでいくので、1つの領域で成果を上げれば、長期にわたってブルー・オーシャンを維持できるはずです。

――ヒトの健康、生命にかかわる新薬開発は社会資本的な側面を持ちますが、企業として利潤追求との兼ね合いをどうお考えですか。

吉田 私たちが、2010年12月に日本で抗悪性腫瘍剤「トレアキシン®」を発売してから3年以上が経ちました。現在、日本において再発・難治性低悪性度非ホジキンリンパ腫の患者さんは5,000人近くいますが、そのうち約60%の患者さんがトレアキシンで治療を受けており、もはやトレアキシンなしには治療ができないというエッセンシャル・ドラッグ(標準薬)になっています。これまでの治療法と比較して、トレアキシンの有効性が極めて高いうえ副作用も比較的少なく、患者さんの生存期間が長いからです。

経営面では、2つ目、3つ目の新薬開発に成功すれば間違いなく利益が出てきます。薬の開発は非常にハイリスクで、そこで承認が取れて利益が出てくるのは極めて稀なことです。
しかし、利益が出てくれば、100のものが200、300と階段状に上がるのではなく、桁違いの1000、2000になるようなリターンを投資家に提供することも可能です。そこが私たちのビジネス・モデルの良いところだと思います。つまり、ソーシャル志向でありながら、資本の論理にもかなっているのです。

――空白の治療領域に、大きなビジネス・チャンスがあったということですね。

吉田 まさにニッチな領域に行ったところ、そこがブルー・オーシャンだったということです。これは、「コントラリアン思考」と呼ばれるアプローチです。

コントラリアン思考とは、大勢の人とは逆からものごとを考えることで、多くの人たちが気付かない価値や変化を見極めて判断します。少数派ではありますが、物事の本質を客観的に見て判断し、新しい価値を生み出す人たちです。すべてのイノベーションはコントラリアンから出てくるとも言えます。

コントラリアン戦略を成功させるには、勝つことに対する執念と計算が求められます。それをやり抜けば競争相手はいません。私たちは、このコントラリアン戦略でやり抜き、骨髄異形成症候群という、血液がんの領域で患者数は少なく優れた治療薬が存在しない、極めて難しい疾患の治療薬の開発を導入できたのです。

直感はアナログなビッグデータ

――新薬の探索で大切なことは何ですか。

吉田文紀氏吉田 新薬の探索というのは、海岸に行って砂の中から2万分の1の確率で見つかるかもしれないダイヤモンドを探すようなものです。最初は原石かどうか、見分けが付かないこともあります。そのときは黒か白かをつけずに、グレーにしておくことも大切です。判断しないということも判断です。場合によっては白になる可能性が見えるのであれば、グレーにしておく。

自分の足で世界中のバイオベンチャーを訪問して確かめることも大事です。そのときは成果がなくても、次のステップで良いデータが出たと連絡をくれることもあります。
いまはインターネットの時代ですから、メールでもテレビ電話でも会話はできるのですが、現場に行かなければ見えないものがたくさんあります。デジタルでは、すり抜けて行くものがあるのです。特に、バイオ医薬品の開発は複雑で不確実性が高く、わずかなことで全体が大きく変わることがあります。現場に行って自分の目で見て、自分の肌で感じなければ真実に近づくことができません。私は社員に「価値ある無駄足を踏め」と言っています。手に入ったかもしれない宝の原石を逃すくらいなら、無駄足を踏んだほうがいい。むしろ、無駄足こそが良い判断を生むというのが、私の長年の経験から得た確信です。

――新薬の探索では、勘とか直感、経験は、言わば人間に備わったビッグデータなのでしょうね。

吉田 ITと、生身の人間の知恵・知見は矛盾するとは考えていません。コンピューターでできるところは、どんどんコンピューターに置き換えていけばいいと思います。システムズ・バイオロジーなどの手法は、創薬の世界で飛躍的に進化しており、今後もますます進化すると期待しています。

他方で、アナログで培われてきたものも大切だと思っています。
大事なことは、プリペアード・マインドがあるか否かです。何かが出てきたときに、それに直ちに対処できる意識を常に持ち合わせること。あるデータ、あるテクノロジー、ある案件が出てきたときに直ちに判断できるよう、言わば常に自分の意識を「臨戦態勢」にしておくことです。そうすると、アクションは速くなります。

抗がん剤「リゴサチブ」を見つけたのは2011年1月ですが、私たちはこれでいくと決めて2カ月後の3月15日には基本条件を提示し、相手の研究所に向かいました。4日間かけて研究所のデータに全部目を通し、4月末に当社のSABに諮って、連休明けには一気にライセンス契約の交渉に入り、7月8日にライセンス契約を締結しました。これには向こうの人たちも驚いていました。
結局、私たちには空白の治療領域を埋めるという使命があり、そのための用意ができていたので、アクションが速かったということです。

テクノロジーも情報システムもうまく利用するには、プリペアード・マインドがセットされている必要があります。それは、ある意味では直感の世界でもあります。いつかは直感も、ビッグデータなどの手法によってデジタルに置き換えられる時が来るのかもしれませんが。

創薬産業で進むコンピューター利用

――新薬開発で、コンピューターはどのように利用されていますか。

吉田文紀氏吉田 コンピューターなしにはできないことの1つが臨床試験です。
臨床試験では、新薬の承認に向けて患者さんのテスト・データを集め、有効性、安全性、副作用などを確認します。その臨床試験に際して、効果と副作用のバランスや、テストすべき患者数、投資する費用・期間などをシミュレートして臨床試験の全体像をデザインします。シミュレーションでは複雑な統計解析を行いますが、そのプロセスを、コンピューターなしに処理することはできません。
また、何百人から何千人の人に対して遺伝子解析をし、ある遺伝子を持った患者さんにはある薬が非常に効いているけれど、別の遺伝子を持った患者さんには効いていないということを判断するときにも、膨大なデータを分析するうえでコンピューター解析が重要な働きをします。

――遺伝子解析はかなり進んでいるのですか。

吉田 例えば、細胞の突然変異があるところまで進むとがんになりますが、遺伝子解析によってがんの発症リスクが評価できるようになりました。将来的には、年に1度、遺伝子検診をして突然変異の状況を解析し、がんを発症しないようにする逆算の予防ができるようになるでしょう。ITによって、遺伝子解析が一般化していくと思います。

最近、1つの遺伝子だけではなく、複数の遺伝子が組み合わさってある疾患になることが分かってきました。その膨大な組み合わせの解析も、やはりコンピューターの世界です。私たちにとっては、コンピューターによって遺伝子レベルでの疾患の解析を行い、そのデータの蓄積のもとに新薬開発の成功確率を上げることができれば、より一層効率化され、多くの新薬が患者さんのもとに届けられることになり、一番助かります。

text:佐藤 譲

吉田文紀氏

よしだ・ふみのり
吉田 文紀

シンバイオ製薬株式会社 代表取締役社長
1971年に学習院大学理学部卒業。MITでゲノム研究。同大学院修士課程修了。ハーバード大学大学院で医療政策論、経営学管理学を研究。同大学大学院修士課程修了。三菱商事、エイ・エッチ・エス・ジャパンに勤務。1980年に日本バイオ・ラッドラボラトリーズを創業。その後、日本シンテックス代表取締役社長を経て、1993年アムジェン株式会社を創業し代表取締役社長。アムジェン米国本社副社長。2005年3月にシンバイオ製薬株式会社を創業し、現在代表取締役社長。著書に『バイオの開拓者物語―アムジェン成功の軌跡』、『人と社会を幸せにする仕事』他。


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