80年代からF1レーサーとして名を馳せた鈴木亜久里氏。2006年にはチームのオーナーとしてF1に参戦し、今年9月からはじまる電気自動車の世界選手権・フォーミュラEにも「スーパーアグリ・フォーミュラE」を率いて参戦する。
東京ミッドタウンで行われたIBM Smarter Computing Forumでの特別講演とその直後に行われたインタビューで、メカニカルなキャブレターの時代から車の世界に関わっていた氏が、ゼロ・エミッションで、よりコンピューターライクな次世代カーレースにいち早く着眼したその意図を伺った。

今のF1はドライバー同士の戦いではなく、コンピューター同士の闘争と言える

鈴木亜久里氏僕がハンドルを握っていたころのレーシングカーは、エンジンを制御するところくらいまでしかコンピューターを使っていなかったんですけど、今の最先端のF1は凄いです。
コーナーリングの速度や姿勢、ハンドルの角度やアクセル・ブレ-キ量など、車のすべてのデータがリアルタイムでピット、そしてファクトリーに送られている。走行中でも車の状態を確認できます。

また、ドライバーが車をどう操作しているのかもピット内でわかるようになっている。僕らの時代はけっこう嘘をつけたんですけどね(笑)。エンジニアに「どうだ?」と言われても曖昧に答えたりとか。今はドライバーとエンジニアがコミュニケーションしなくてもいいくらい、すべてがデータとして伝えられちゃう。ドライバーがどこでどのようにミスしたのかも見えている。

コースを走れない時間帯でもレーシングカーから送られてきたデータ、そして実車から吸い上げた情報をコンピューターにインプットして、気温や天候、使うタイヤのデータを入力してシミュレートを行うと、どれくらいの時間で周回できるかをはじき出せてしまう。言ってしまえばドライバー同士の戦いではなくて、コンピューター同士の闘争になっていると言っても過言ではないくらい、今のF1は進化していますね。

そういう意味ではモータースポーツと言いながら、スポーツではなくなってしまっているかな。そしてどうしても規制が多くなってきています。

ただ、今はトラクションコントロールやABSを使ってはいけないことになっているんだけど、なぜかホイールがスピンしない。ルール違反とならない新しい技術を作る人がいて、翌年ルールがアップデートされても新たな一手を打つ人が出てきているんです。結局は新しい発想をできる人が勝つ。

テクノロジーも進化しているけど使うのは人間

鈴木亜久里氏2000年ぐらいから車とコンピューターの距離が一気に近づいた。当時はまだチームによって差があったんですよ。データの使い方だとか処理の仕方だとか。でも次第に、どこのチームも差がなくなってきたように感じます。

僕らの手に届くものだった車が、ITが進化することで正直面白くないかなと感じることもあります。やっぱりレースは、個性があって、走り方の違う人間同士が戦うかたちであってほしいとは思いますね。

ただ、進化していくことで環境にやさしい車になり、安全性が高くなったという側面もあります。車の設計にコンピューターを使うようになってから、強度やクラッシュ時の安全性能なども加味していくようになり、ドライバーにとって優しい車になってくれました。実際今のF1カーは200km/hで壁にぶつかっても、ドライバーはなんともないですからね。

これだけコンピューターも進化しているしテクノロジーも進化しているけど、やはり使うのは人間。将棋やチェスなどで、何万通りもの手の中から瞬時に最適手を選び出すその力はすばらしいけど、プログラミングしているのは結局人間なんですよね。コンピューター、ITという武器をどう使いこなすかが重要だし、面白いところかもしれません。

電気自動車の世界選手権、フォーミュラE

鈴木亜久里氏私たちは今年からはじまる電気自動車の世界選手権、フォーミュラEに参戦します。

レースを通じて様々な技術の開発が進み、その技術が一般の電気自動車にフィードバックされると、さらにモータリゼーションは進化するんじゃないですかね。それも劇的に。だからこそ電気自動車のレースをやりたいな、って思ったんですよ。だって近い将来、排気ガスを出す車はなくなるでしょうし。それこそあと50年経ったら、子どもたちが「おじいちゃんの若い頃の車は音がしていたんだね」と言う時代がくるのではないでしょうか。

電気自動車で重要なのはモーターと制御システムとバッテリー。現在の技術でも、今の化石燃料の自動車と比べて半分以下の部品点数で作れてしまう。そしてレースをすることで、コストはかかってもハイクオリティなバッテリーや制御システム、高性能なモーターが開発されるでしょう。その技術を元に大量生産の一般車両にフィードバックすれば、安価に高品質な電気自動車が作られていくでしょう。それが面白いなって感じていますね。

小さい技術の集まりでチームが強くなっていく

鈴木亜久里氏今までのレースはドライバーにばかりスポットライトが当たっていたけど、フォーミュラEは効率のいい回路設計のプロフェッショナル、電力マネージメントのプロフェッショナル、モーター制御のプロフェッショナルの方々など、今まで様々な分野の土台を作り上げてきたエンジニアがクローズアップされる世界でもいいと思うんですよ。

既存のレースもそうなんだけど、フォーミュラEはより1つ1つの技術を持った方々が集まって、チームを強くしていくと思うんですね。

それに電気自動車でのレースは未知の世界だから……うん、フォーミュラEは走る実験室ですね。いうなれば、1950年代、60年代に戻るのではと。本田のおやじさん(故本田宗一郎氏)がマン島TTレースやF1に参戦しはじめたあの頃のように、世の中を変えていく力を持った人たちが登場するレースになるのかもしれないですね。

だって日本の技術って素晴らしいんですよ。素晴らしい技術を持っている小さな会社がいっぱいあるんですよ。

エンジンは作るのが非常に難しい。しかし電気の世界は、1つ1つの電気部品は、アイディアを持っている人たちが勝負をしやすい世界でもあります。大きなメーカーよりもいいパーツを作る人たちがいっぱいいますし。そういう意味でも面白いなと感じています。

今年はワンメイクで、全チームで使う車両が決まっているからエキシビションのようなものです。そして来年の車を作るための準備期間ですね。電気自動車をどう運用していくのがいいかを個々のチームが考えて、翌年用のレース車両に反映して、それからが本番ですね……でもルールで縛らなければ、ウチのチーム、日本のチームが一番強いと思いますよ(笑)。

text:武者良太

鈴木亜久里氏

すずき・あぐり
鈴木 亜久里

スーパーアグリ・フォーミュラE代表。元F1ドライバー
1960年生まれ。1990年の日本GPで3位と日本人で初めてF1の表彰台に上った。1998年ル・マン24時間耐久レース3位入賞。1997年に日本人若手ドライバー育成プロジェクトであるARTA Project(オートバックス・レーシング・チーム・アグリ・プロジェクト)を立ち上げ活動を行っている。またスーパーアグリF1チームの代表として2008年シーズンまでF1に参戦。今年9月に開幕するフォーミュラEでは、スーパーアグリ・フォーミュラEとして参戦予定。


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