ビッグデータが企業経営者の関心を集めている。ビッグデータを分析することで、新たな顧客を開拓し、企業の成長をドライブすると言われているからだ。
だが、国立情報学研究所 アーキテクチャ科学研究系の佐藤一郎教授は、「日本ではビッグデータを活用して新規顧客の開拓で成功している企業は、まだそれほど多くない。ビッグデータで成功している企業の多くは、別の狙いでビッグデータを活用している傾向がある」と指摘する。
ビッグデータを経営に生かすにはどうすべきか。そして、そのために経営者は何をすべきか。佐藤教授に、企業経営に生きるビッグデータ活用法について聞いた。

ビッグデータの歴史はコンピューターの歴史より古い

ここ数年、ビッグデータは、IT産業における重要なキーワードの1つとなっている。
だが、ビッグデータの定義は、ITベンダーやユーザー企業によって異なる。
 国立情報学研究所の佐藤一郎教授は、「置かれた立場によって、ビッグデータの捉え方は異なってもいいのではないか」と前置きしながらも、1つの指針として、「企業や組織が手持ちのシステムで持て余すほどの大量のデータは、すべてビッグデータと言っていいだろう」と広く定義する。

その上で、佐藤教授が、「世界最古のビッグデータの活用事例」としてあげるのが、1890年に米国で行われた国勢調査だ。

ホレリス式タビュレーティング・マシン

当時、国勢調査の集計はすべて手作業で行われ、結果が出るまでに7年もの歳月を要したといわれる。国勢調査は10年ごとに実施されるが、1890年頃になると移民の増加によって13年間もかかると予測され、次の調査時点までに集計が終わらないという事態が懸念された。
このため米政府は集計を高速化する技術を公募することになった。そこで採用されたのが、後にIBMの母体の1つとなるTabulating Machine Company の創業者Herman Hollerith氏が発明したパンチ・カードによる集計機(ホレリス式タビュレーティング・マシン)だった。集計作業はわずか18ヵ月ほどで終わった。

「ビッグデータの歴史はコンピューターの歴史よりも長い。そして、コンピューターの歴史はビッグデータの歴史そのものでもある」と、佐藤教授は指摘する。

もうひとつ、佐藤教授はビッグデータを定義する上でこんな言い方もする。
「『ビッグデータ』から、『ビッグ』の文字を取るための処理が、ビッグデータ」
禅問答のような定義だが、これはビッグデータの本質を理解している人にとってはうなずける言葉であろう。
ビッグデータの約9割は、テキストや画像、映像などの非構造化データだといわれる。これらのデータは、もともとコンピューターの処理には適していないものだ。

「コンピューター・サイエンスの立場からいえば、データ処理に適していない非構造化データを、Hadoopなどの分散処理技術を活用して分析し、構造化したデータとして結果を導き出したのがビッグデータ。一度、構造化データにしてしまえば、データ量も少なくて済み、従来技術でデータを分析できるようになる」
ビッグデータから「ビッグ」を取ることが、ビッグデータの正体というのが、佐藤教授の持論だ。

ビッグデータを成功させる鍵は「損失の縮小」

佐藤一郎ビッグデータを活用した流通・販売産業での事例が、このところ新聞や専門媒体などで数多く紹介されている。

「企業にとって、ビッグデータの活用には、2つの狙いがある。1つは、収益拡大のための利用。もう1つは損失を縮小するための利用。新聞に出てくるのは収益を拡大するための利用がほとんどであり、ビッグデータを活用して新たな顧客を発見し、新たな市場を創出するというもの。しかし、これはそう簡単にはいかないのが実情。
一方で、私が知っている成功事例の90%以上は、損失の縮小を目指したものだ」

その例として佐藤教授があげるのが、ネットゲーム企業の取り組みである。
ネットゲーム企業は、ビッグデータを活用することで、退会するユーザーの行動特性を把握する。その特性に該当するユーザーに対して、キャンペーンを打ったり、ポイントを付与したりすることで、退会を食い止めることにつなげている。
新規顧客を10件獲得しても、一方で何らかの原因で100件の顧客を失っているようなビジネスであってはならない。それを未然に防いで損失を縮小することは、ビッグデータ活用の重要な成功といえる。
また、クレジットカード会社の使用履歴分析による不正使用の検出や、工場における不良品発生パターンの分析なども企業の損失縮小への活用だ。

「損失の縮小は、過去の事例の蓄積から分析できる。あとは、現在のデータとマッチングするだけなので、成功につながりやすい。
ビッグデータを新規顧客獲得に活用したいと考えている経営者は、まずはここに着目すべきだ」

成功へのもうひとつの鍵は、経営者の「現場への権限委譲」

佐藤教授は、「ビッグデータは、もともと経営者向けのものではなく、現場のためのものである」と位置づける。
商品の陳列を変えると売上高が1%上昇したというように、現場における細かいトライアル&エラーの繰り返しで成功につなげるのがビッグデータの得意分野。経営層が求める全体を俯瞰した分析データには、経営に必要なデータを分析する従来からのBI(ビジネス・インテリジェンス)の方が適しているともいえそうだ。

ビッグデータ活用を成功させるには、企業内に散在するデータをいかにして共有するかが、重要な課題になってくる。ところが、自分の所属する部門以外となると、自社が保有しているデータについて存在すら知らないといった社員は多い。そのような状態では「データを選び組み合わせて、新たな価値あるデータを導き出す」というアプローチなどできない。組織の壁を超えたデータ共有こそが、ビッグデータを活用するための第一歩であり、そこに経営者の強い意思が必要となる。

「大切なことは、経営者が現場にどれだけ裁量を与えることができるか。経営者自身が全社規模で現場のデータ活用を加速していくのだという明確な意思を持ち、それを全社に浸透させることができるかが、ビッグデータ活用の成否を左右することになる」と佐藤教授は強調する。

「また、ビッグデータから導き出した結果について、仮説検証を繰り返せる組織になっているか。一度の失敗だけで、責任を問わない組織になっているか。ビッグデータの活用には、現場が挑戦できる風土を、経営者が率先して醸成していくことが不可欠になる。
日本には現場で改善していく活動が行われてきた風土がある。トヨタ生産方式のカイゼン活動や、製造現場におけるQC活動などはその最たる例だ。
現場型のビッグデータは、日本の企業に適したものだといえよう」と佐藤教授は断言する。

text:大河原克行

後編は次週公開

佐藤一郎

さとう・いちろう
佐藤 一郎

慶應義塾大学理工学部電気工学科卒、同大大学院計算機科学専攻修了、博士(工学)。2001年国立情報学研究所・助教授を経て、2006年より同研究所・教授。また、国立大学法人 総合研究大学院大学複合科学研究科情報学専攻・教授を併任。科学技術分野文部科学大臣表彰 若手科学者賞他多数を受賞。


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