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日本の少子化の流れが深刻化している。総人口に占める子どもの割合は、2005年の合計特殊出生率(以下、出生率)1.26を底に、2012年現在の数字では1.41と少し改善したものの、世界でみると最低水準だ。総務省は50年後の日本の生産労働人口が現在の半分になると試算した。つまり、単純計算すればGDPも半減することになる。
政府の専門調査会は、出産・子育て支援への予算を倍増し、50年後も1億人程度の人口維持を目指すとの数値目標を示した。しかしそれを達成するには、現在の出生率1.41を2030年までに人口置換水準の2.07~2.08に上げなければならない。
出生率向上への対応は待ったなしの状況だが、解決の糸口はあるのか。日本の事情に詳しく、日本とフランスの懸け橋として活躍するドラ・トーザン(Dora Tauzin)さんに、出生率向上に取り組んできたフランスの例を挙げながら、そのヒントを語っていただいた。

人を幸せにするフレンチ・パラドックス

――“フレンチ・パラドックス”について、少しご紹介いただけますか。

ドラ・トーザン氏ドラ これは、フランス人は脂肪の多い料理を食べているにもかかわらず、心臓疾患が少ないのは、赤ワインに含まれるポリフェノールの働きによるという説から生まれた言葉です。
「休暇をたくさん取るのに、GDPは世界5位」
「男女平等を主張するけれど、男性はジェントルマン」
「女性は、ママになっても女性でいようとする」
など、フランスにはたくさんのパラドックスがあります。中でも、「結婚が減少しているのに出生率は伸び続け、子どもができても仕事を辞める女性がほとんどいない」というのは、最大のパラドックスでしょうね。フランスでは1994年に1.65まで下がった出生率を、2011年には2.03まで回復させています。

――なぜフランスではそのようなことが可能になったのですか。

ドラ まず、安心して出産・育児ができるよう、環境を整えたからです。
出産奨励手当から子育て手当まで、さまざまな手当が充実しており、育児休暇の手当は母親だけでなく父親が休暇を取ったときにも支給されます。子どもが増えると子ども手当が増額され、税金は安くなります。充実した社会保障が、出産への大きなモチベーションになっています。
また、仕事と子育てが両立できるさまざまな支援があります。例えば、母親は法律で3年間の育児休暇を取ることができ、その後は同じポジションに戻ることができます。育児休暇を取らずに仕事を続ける人には、ベビーシッターや保育ママの援助があります。政府の援助はあらゆるケースが想定されており、ヨーロッパで一番手厚いといわれています。

――待機児童のような問題はないのですか。

ドラ フランスはいまベビーブームなので多少あり、問題になっています。
共働きの母親は妊娠中に役所に登録しておけば、10週間の産休の後に託児所に預けて仕事に出ることができます。託児所のほかにも、私立の施設や、県や区と契約した保育ママによる少人数の受け入れ施設もあり、母親の状況に応じた選択が可能です。
また、たとえ待機児童などのような問題があったとしても、フランスでは子どもは3歳から学校に行きますし、先ほど言いましたように、3年間の育児休暇が取れてまた元の職場に復帰できますので、その3年間は安心して子育てを楽しむという選択肢もあります。

――教育はどうでしょう。

ドラ 大学まで無料です。これは日本とは大きな違いです。日本では、大学を卒業させるまでに子ども1人あたり1,400万円から2,000万円かかるといわれていますね。妻に収入がない場合、これだけの出費は夫がよほど高収入でなければできないでしょう。日本では子育ては大きな負担ですが、フランスでは、国の将来を担う子育てを社会的にサポートするのは当然で、教育は国の責任だと考えられています。

――そのためには、国民も税金を多く払っていいと納得しているわけですね。

ドラ フランスの税金は高いけれど、教育と家族計画について良い使い方をしていると国民は考えています。
また、子育ての負担を軽くするうえでもう1つ大きいのは、ベビーシッターのような社会環境が充実していることです。
ベビーシッターは母親が仕事をするためだけでなく、両親が「遊ぶため」でもあります。フランスの女性は、母親になっても1人の女性、1人の人間でいようとします。特に多くのパリジェンヌは、男性のパートナーを持ち、出産しても仕事も続け、いつも自分らしくあることが、女性としての満たされた生き方だと考えています。
子どもがいても1、2週間に1度は夫や友人と外で食事を楽しんだり、映画を観たりして、自分のための時間を大切にします。そのような夜は、ベビーシッターに来てもらいます。もちろんこの場合の費用は自己負担ですが。

――日本ではベビーシッターを探すのが大変です。

ドラ フランスでは、女子学生の良いアルバイトです。子どもと遊んで、子どもが寝てしまえばテレビを観たりしていればいいので、良い小遣い稼ぎになります。フランスの若い人たちは親元から離れて1人で住むことが多いので、アパート代の足しにもなります。また、子どもと触れることは、自分が母親になったときのウォーミング・アップにもなります。フランスではベビーシッターは社会のシステムとして定着しています。

フランスの社会を変えた事実婚

――フランスでは結婚が減少していると聞きますが、それはなぜですか。

ドラ・トーザン氏ドラ 世の中が多様化し、結婚がすべてではなくなったからです。
フェミニズムの影響もありました。1968年の五月革命の後、女性も自立して、充実した生き方をするべきだという新しい考え方がもたらされたのです。昔のフランスは保守的で女性差別もありましたが、フェミニズムはそれを打破したのです。

女性が社会進出をして経済的に自立すると、結婚する必要性が低くなりました。それまでは、仕事がないし結婚することが当たり前の環境でしたが、この40年間で状況は大きく変わりました。
いまのフランスには「主婦」という言葉がありません。かつてはありましたが、いまはコンセプト自体がないので死語になっています。
最近は女性の医者や裁判官、弁護士、警察官などが増え、男性より数が多い職種もあります。日本の企業では女性の役員や管理職の比率はまだたいてい1桁台ですが、フランスでは4割ほどになっています。

男女が恋愛をすれば、同棲したり別々に住むこともありますが、やがて親や周りの知人・友人にも相手を紹介し、より安定した関係を「ユニオン・リーブル」(自由でありながら結ばれている関係、事実上の結婚)、あるいは「ヴィーヴル・アンサンブル」(一緒に暮らす関係)と呼んでいます。
このような関係は若い世代に好まれ、現在ではユニオン・リーブルが結婚より多くなっています。結果として、新生児の半分以上が婚外子です。
もちろん白いウエディングドレスを着て結婚式を挙げたいという人も中にはいます。事実婚から結婚に移行する人もいます。いずれにしろ、ユニオン・リーブルはフランスでは大きな流れになっています。

――それで不都合はありませんか。

ドラ・トーザン氏ドラ フランスには戸籍というものがないうえ、社会保障が充実しているので、結婚しなくても多くの問題はカバーされます。
ただ、ユニオン・リーブルであるカップルの税金や財産などの権利についてはクリアになっていませんでした。
そこで、1999年に「PACS」という同性または異性の成人2名による共同生活を結ぶために締結される契約の考え方が法制化されました。これによって、ユニオン・リーブルであっても、税金の控除や財産権の引き継ぎなどで結婚と同等の扱いを受けることができることになりました。また、婚外子にも嫡出子と同じ権利が与えられ、遺産相続もできるよう法改正がされています。

――女性だけでなく男性も変わりましたか。

ドラ 女性の社会進出が進む一方で、家庭に目を向ける男性が多くなりました。料理をしたり子どもの世話をし、保育園や学校に迎えに行ったりもします。
私たちの世代では、男性だから女性だからという考え方がありません。勉強のときも仕事のときも平等です。女性だから結婚しなければいけないと親から言われたこともありません。
でも、おもしろいことに男性はいまだにジェントルマンです。常にレディー・ファーストで、乗り物でも女性には「どうぞ座ってください」と言いますし、女性が身につけているものや着ているものを褒めたりするのは昔からのフランスの文化です。
それに対して女性はどうかというと、フランス語で「セデュクシオン」(séduction)と言うのですが、自分の魅力や女らしさをさりげなくアピールして相手を惹きつけようとします。髪の毛を軽くかきあげるしぐさや、ちょっとした流し目、足を組み直したりするのもセデュクシオンです。

――男女平等と言いながら、男女でさりげないゲームを忘れずに楽しんでいるのも、フランスらしいところですね。

ドラ フランスの男性は、女性に対して女らしさだけでなく、知性や人間性を求めます。女性も、1人の人間、1人の女性としての意識を強く持っています。そのようなカルチャーがあってのセデュクシオンです。そして、男女が自然に惹かれ合う気持ちがあってこその高出産率だとも言えますね。

text:佐藤 譲

後編はこちらから

ドラ・トーザン氏

ドラ・トーザン
Dora Tauzin

パリ生まれ。国際ジャーナリスト、エッセイスト。
ソルボンヌ大学応用外国語修士号取得後、パリ政治学院(Institut d’Etudes Politiques de Paris, Sciences-Po)成績優秀者の認定を受けて卒業。5カ国語を話し、ベルリン、ロンドン、ニューヨークで暮らした経験をもつ。 国連広報部勤務後、NHK教育テレビ「フランス語会話」に5年間出演。慶應義塾大学講師などを経て、現在、東京日仏学院、アカデミー・デュ・ヴァンなどで講師を務めながら、日本とフランスの架け橋として、各種メディアで執筆、講演、イベントの司会などを行う。テレビ、ラジオ番組のコメンテーター、レポーターとしての出演も多い。朝日新聞で「Doraのドラ猫ボンジュール」(07-08年)、東京新聞で「本音のコラム」 (09-10年)を連載。著書に『ママより女』(小学館)、『パリジェンヌ流 今を楽しむ! 自分革命』(河出書房新社)など多数。文化庁より長官表彰(文化発信部門)。
http://www.doratauzin.net/
https://www.facebook.com/dora.tauzin.official
ドラ・トーザン氏書籍紹介


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