水虫から生命の危機にいたる感染症まで、世界中で毎年10億人を超える患者を生んでいる真菌感染症。従来の抗菌治療法では、菌が薬剤に対する耐性を持ってしまうという問題や、健康な細胞までも攻撃してしまい副作用を生むという欠点を抱えていた。
IBMの研究員と、シンガポールのバイオ工学・ナノテクノロジー研究所の研究員は、この問題に着目し、狙った菌に耐性を持たせることなく静かに殺し、あとは水に分解され体外に排出されるという、「ニンジャ・ポリマー」という愛称で呼ばれる非毒性生体適合性材料を研究・開発した。
このニンジャ・ポリマー開発の経緯、そしてその応用は、我々の生活をどう変えていくのかを、2009年〜2011年まで米国IBMアルマデン研究所で同研究に携われた山形大学 大学院理工学研究科 機能高分子工学専攻の助教 福島和樹博士にお話を伺った。

まったく新しい深刻な健康ハザードとたたかう道具となり得るニンジャ・ポリマーはどう使われるのか

ひとことで分かりやすく説明するならニンジャ・ポリマーは抗生物質に替わるものです。従来の抗生物質の多くは、病原性を持つ細菌の細胞の中のとあるシグナルをカットしたり、毒素を出す部分だけを切除したりすることで作用していたのですが、ニンジャ・ポリマーの場合は物理的に細胞膜を破壊するんです。この作用の仕方の違いにより、耐性を生み出させない。これまでの薬剤のような感覚で使えるのですが、作用のしくみや、再生プラスチックを素材としたナノメディシンであるという点が違います。

ニンジャ・ポリマーは、基本的に血管に注射して体内に投与する、薬剤としての使い方をされると思いますが、それ以外の応用も考えられます。ポリマーですので、加工することでシートやフィルム状にもできるんです。分解性ということを強みにするのであれば、ジェル状にして、塗布したものを一時的に抗菌状態にする使い方も考えられますね。価格次第にはなるでしょうが、食品関係の防腐剤にも転用できると思います。あらためて安全性の検証をする必要がありますが、万が一食べてしまっても分解され水に溶けて排出されるので、身体への影響は低いと考えています。

どの菌を狙うようにプログラミングするかについてはまだ研究段階で、手探りの部分が多い印象ですが、1種類の材料で病原性を持つ複数の細菌に対応したいと考えて研究していました。当時は、大腸菌などの実際に感染症を引き起こしている菌と、ふだんは害がなくても免疫力が弱った人たちに重篤な症例が出てしまう黄色ブドウ球菌や緑膿菌のような菌とその薬剤耐性菌を主に狙ってテストしていました。そういった実験は今も続けられていることと思います。

なぜIBMが医療用ポリマーの研究を行っているのか

福島和樹氏もともとはIBMが行っていた半導体材料の研究・開発にさかのぼります。基本的にポリマー(重合体)というものは金属を触媒にして合成しているのですが、半導体材料の場合、金属が触媒だと、半導体の性能が落ちてしまいます。そこで金属ではない触媒を研究しているうちに、有機系の触媒が生分解性ポリマーの合成にとても有効だと分かってきたんです。
それから生分解性ポリマーに特化した触媒を探そうということになり、徐々に色々なものが作れるということが判明しました。そこで「何に応用しようか?」と考えたときに魅力的だったのが、医療材料という分野だったのです。

私が米国のIBMアルマデン研究所で主に行っていた研究は、PET(ポリエチレンテレフタレート)というプラスチック材料のリサイクルをメインとしたプロジェクトでした。他にも医療用ポリマーの研究も行っていて、私は両方の研究に携わっていました。そこで研究しているうちに、生分解性ポリマーをつなぐ結合の構造がPETと同じことから、有機系の触媒がPETの結合を切ることにも有効なことが分かりました。この両方を組み合わせたら面白いんじゃないかと考え、やってみたんです。ニンジャ・ポリマーが再生プラスチックを材料としているのは、こういった流れがあったからです。結果、プラスチックのリサイクルと同時に、医療材料としても成り立ちそうだということになりました。

IBMアルマデン研究所は、小高い丘の上にあってコンビニも近くにないという環境でしたが、刺激的でした。私は医療材料を専門にしていることもあって、IBMに身を置くことがなければ、半導体材料についての研究には触れることもなかったでしょう。
また、分野を問わず世界的な研究者を招いて勉強会が行われているのも大きかった。たとえば、NASAの職員が最先端の宇宙物理学に関する話をしてくれる、という機会もあり、浅く広くかもしれませんが、いろいろなことを知ることができました。今後の研究で新しい材料を発明したときに、その応用を考えるうえで、そういった経験が役立つ気がしています。
ロケーション的には「陸の孤島」のような印象もありましたけど、ちょっとしたジムやシャワーもあって、昼になるとみんな自転車に乗ったり、ランニングをしたりと、のびのびした環境でしたね。広い原っぱには鹿や豚が出たりもしました(笑)

現在はIBMを離れて山形大学で働いていますが、ニンジャ・ポリマーについては、早く誰かがなにかしら製品化してほしいと期待しています。こういった発明の製品化には、安全性の担保が何よりも重要なので、時間や手間はかかってしまうと思いますが、とても楽しみです。

text:照沼健太

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福島和樹氏

ふくしま・かずき
福島 和樹

大学院卒業後、2007年に米国スタンフォード大学化学科の客員研究員として渡米。2011年まで米国IBMリサーチ契約研究員としてニンジャ・ポリマーなどの研究に携わる。2011年から現在までは山形大学で研究室を開設。助教として指導・研究を行っている。

研究室公式サイト:http://polyweb.yz.yamagata-u.ac.jp/~fukushimagroup/


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