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近年、インドのIT産業は目覚ましい成長を見せてきた。政府支援の下、世界の企業からアウトソーシングやソフト開発を受託するビジネスが成功した。一方でインド経済は財政と経常収支の双子の赤字を抱え、高インフレに苦しんでいる。経済成長率はかつての10%台から4%台に低迷したままだ。
そんな折、2014年5月の総選挙では人民党(BJP)が圧勝して10年ぶりに政権交代が実現した。インフラ開発や企業誘致を訴えるナレンドラ・モディ首相に、大胆な改革断行への期待が高まっている。
インド経済復活のカギは何か――インド出身で有限責任監査法人トーマツのインドビジネス アドバイザリー マネジャー 帝羽(純子)ニルマラ氏は、「ITに加えて製造業を育成し、安定した中間層を増やすことだ。日本企業がそれに貢献できるところは大きい」と指摘。中間層の拡大で消費が伸びれば、5年後に10%の成長を回復することも可能になると予測する。
日本企業の進出は1,000社とまだ少数だが、経済改革が進めば日本企業は進出しやすくなる。同氏は、2020年の東京オリンピックが日印両国の相互理解を深める好機になると期待する。

IT大国インド。次の戦略はIT企業の海外進出と、国内のITサービス・インフラの整備

――インドのIT産業の発展は目覚ましいものがあり、世界の企業と関係を深めています。その現状と今後の見通しをお聞かせ下さい。

帝羽(純子)ニルマラ氏ニルマラ IT産業の規模は2012年に800億ドル(8兆円)でしたが、14年には1,180億ドル(12兆円)に達する見通しです。これはGDPの8%に相当しており、インド経済を支える柱です。中身はアウトソーシング(業務受託)が40%を占め、ソフトウエア開発は20%、残りがエンジニアリングと製品開発という構成です。

アウトソーシングの発注元は金融機関、製造業、医療・薬品業界など多彩で、世界上位500社の大企業のうち大多数がインドを活用しています。利用国は80カ国以上に上ります。

インドのIT企業は低コストを武器に発展してきましたが、最近は人件費が上がり、他の国々との競争が激しくなってきました。そこで次の戦略として海外に進出する企業が増えています。例えばフィリピンやハンガリー、メキシコにアウトソーシング・センターを作り、現地の人を採用して業務を行うのです。

もう1つの戦略は国内のIT市場の拡大です。インドはIT大国であるにもかかわらず、行政などの情報を国民にサービスする体制ができていません。そうしたインフラの不備が、日本企業など外資が進出をためらう理由の1つになっています。
そこで、新政府はITを生かした行政を推進しようとしています。インドの35州はそれぞれがITを生かし、法律や税制、教育制度などの透明性を高めるための改革を行おうとしています。こうした動きが国内のIT市場を活性化させると思います。

2000年問題への対応を契機に大躍進したインドのアウトソーシング事業

――なぜインドのIT産業はこんなに急速に発展できたのでしょうか。その理由はどこにあるとお考えですか。

ニルマラ 第2次世界大戦後、英国から独立したとき、インドには産業と言えるものは何もありませんでした。食料ですら米国から多くを輸入していたので、1960年までは農業振興に力を入れました。半面、工業化やインフラ整備、教育には手が回らなかったので、研究開発は進まず製造業は発展しませんでした。

70~80年代に少数の若者たちが米国に勉強に行き、ちょうど勃興期だったコンピューター・サイエンスの技術をインドに持ち帰りました。インド初のコンピューターが輸入されたのもこの時期です。

帝羽(純子)ニルマラ氏86年には若いラジブ・ガンジー首相の下で新ソフトウエア政策が決まり、ITの育成に必要なハード機器の関税をゼロにして輸入を拡大しました。他の商品の関税が200~300%であるのに対し、IT機器だけゼロにするという思い切った決断でした。

90年代には数学的能力を生かして米国のIT企業に雇用される若者が現れ、それが前例となって、米国に移住する若者が増えました。その流れは途切れず、現在シリコンバレーで働く人の60%はインド人です。

90年代末に「コンピューターの2000年問題(Y2K)」で、世界中が既存のソフトを2000年に対応することを迫られるようになると、旧式のプログラミング言語であるコボルを扱える戦力を大量に抱えていたインドが注目を集めました。英語が話せて時差も米国とは都合が良いので、注文が殺到しました。それが本格的なアウトソーシングの始まりで、インド最大級のIT企業であるインフォシス社もこれが急成長するきっかけとなった理由の1つです。
その後、工学系の私立大学が次々設立され、若者の起業ラッシュが起き、新しいコンピューター技術をいち早く取り入れていきました。

さらに、ソフトウエア・テクノロジー・パーク(STP)が、バンガロールやハイデラバードなど全国40カ所に建設されました。そこに来るIT企業を許認可や税制などで優遇したので、米GEやIBM、マイクロソフトのような海外企業がこぞって進出してくるようになり、インドのIT産業は大躍進をしていったのです。

現在のインドの若者は才能を自国のために十分に発揮できていない

――ITが発達したのは、昔“ゼロ”を発見したようにインド人に数学的な才能があるからでしょうか。

ニルマラ ゼロの発見は何千年も前のこと。現在のインドの若者は、そうした才能を十分に自国で発揮できていないと思います。というのは、国内経済が発展しておらず、才能ある人は米国などに活躍の場を求めて出ていき、そこで貢献しているのです。インドにとっては大きな損失です。

識字率はいま84%です。独立前後に生まれた世代は識字率がゼロに近く、全体比率を下げています。でも30歳以下の若い人はほぼ100%ですから、今後はIT以外の産業でも才能を発揮できるようになるでしょう。政権交代で状況が変わることを期待しています。

――ITは新しい産業なので、カースト制度に関係なく優秀な人材が活躍できるという見方があります。

ニルマラ そうです。カーストによる差別は減りましたが、製造業や農業、サービス業などの産業には歴史的な背景があって、才能がある人もなかなか入って行けなかった。その点、IT産業は新分野ですし仕事が増えているので、能力があればカーストに関係なく採用されます。人々の考え方も変わり、低いカーストからマネジャーや社長になる人も出ています。5月に圧倒的な勝利で新首相に選出されたナレンドラ・モディ氏も、最下層に近いカーストの出身です。

――リーマン・ショック後、「BRICs」(ブラジル、ロシア、インド、中国)はどこも経済運営に課題を抱えています。インドの経済成長率もかつて10%前後あったのに2013年は4.4%になってしまいました。何が原因なのでしょうか。

帝羽(純子)ニルマラ氏ニルマラ リーマン・ショックのインドへの影響は2008~2009年はさほどではありませんでしたが、2010~2012年は世界経済全体が縮んだためにインドのIT産業の業績は悪化しました。インドの製造業はまだ弱体なので、成長率はITの業績に左右されやすいのです。
IT産業の主力であるBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)がクラウドやビッグデータといった新技術に移行したこと、他国の競争相手が増えたこと、そして米国でアウトソーシングを国内に戻す動きがあり、そのためインド人へのビザ発給を抑制したことも響きました。ただ、IT産業は新技術をスピーディーに取り込みつつあり、今後とも成長が望めます。

一方で、インド経済全体を考えれば、分厚い中間所得層を育てる必要があり、それにはITだけでなく、やはり製造業の強化が必要です。
今後日本企業の協力を得て、製造業の強化やインフラの整備などを進めることができれば、若者の雇用創出と12億人のインド国内市場の活性化につながり、両国経済の発展や安定化ができると期待しています。

text:木代泰之

後編はこちらから

帝羽(純子)ニルマラ氏

ていわ・じゅんこ・ニルマラ
帝羽(純子)ニルマラ

有限責任監査法人トーマツ エンタープライズリスクサービス インドビジネスアドバイザリー マネジャー
インド共和国・バンガロール生まれ。法政大学大学院修了(イノベーションマネジメント専攻)。日本国籍を取得。日印コンサルタント会社起業を経て、2012年より現職。これまで13年間、日本企業の海外展開、外国企業の日本市場参入を中心に活動。主なプロジェクト実績として、サプライチェーン・マネジメント、市場参入、マーケティング、流通、特許申請、合弁・提携など。
著書:『勇気をくれる、インドのことわざ 幸せをつかむ タミル語、ことばの魔法』、『日本人が理解できない混沌(カオス)の国 インド1―玉ねぎの価格で政権安定度がわかる!』、『日本人が理解できない混沌の国インド2―政権交代で9億人の巨大中間層が生まれる』他。


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