デジタル化が進む中で、世界のイノベーションのあり方が急激に変化している。とりわけ複数の企業が各々の優位性を生かしてネットワークを組み、Win – Winの関係を作る「オープン・イノベーション」の動きが活発だ。
しかし、筑波大学ビジネス科学研究科の立本博文准教授は、「日本のエレクトロニクス企業がオープン・イノベーションで成功した事例はあまり聞かない。これは柔軟性を欠いた事業部制が障害になり、変化に追随できていないためだ」と分析し、経営の統括力を強める戦略的改革が必要だとしている。
自動車分野のイノベーションでは、米大手IT企業による車情報システムへの積極的な進出に注目が集まる。立本准教授は車メーカーの競争優位がすぐには覆ることはないとしながらも「オープン・イノベーションは技術のみが重要な点ではない。エレクトロニクス産業で起きたような大規模なゲーム・チェンジの可能性もある。車メーカーは油断することはできない」と、巨大産業の将来に警鐘を鳴らしている。

「オープン」だから、多くの企業が企業ネットワークに集まって来る

――イノベーションは大企業主導型からネットワーク型のオープン・イノベーションに移行していると言われます。オープン・イノベーションとはどのようなものでしょうか。

立本博文氏立本 少し歴史をお話します。米国では第2次大戦後、大企業主導のイノベーションが盛んでした。中央研究所、事業部制、販売網、ブランドなどをトータルに兼ね備えた大企業が先頭を切っていたのです。その当時、米国の自動車企業は部品会社から製鉄会社まで自社で経営していました。このような形態の会社を完全垂直統合企業といいます。完全垂直統合が最も進んだ経営形態であると考えられていたのです。

ところが、1970年代以降、米国産業はドイツや日本の猛烈な追い上げを受けました。特に日本は先進国と認められていなかったので、米国産業人や研究者にとっては大きなショックだったようです。

そこで日本経済研究が盛んに行われるようになりました。特に注目されたのは、日本の自動車産業で頻繁に見られる企業ネットワーク型の産業形態でした。日本人ならば、系列取引など当たり前だと思いますが、米国の研究者はとても驚いたようです。というのも、完全垂直統合企業が最も進んだ経営形態だと考えていたからです。そこから、ネットワーク型の産業形態の研究が盛んに行われるようになりました。

調べてみると、米国にもネットワーク型の産業形態があることが分かりました。しかし、それは日本の系列ネットワークとはずいぶんと異なるものでした。その典型例がシリコンバレーのベンチャー企業などがオープンなネットワークを作って成功しているモデルでした。

日本の企業ネットワークは、自動車企業を中心に部品企業が集まっている「セントラル(集権的)」型です。それに対して、シリコンバレーの企業ネットワークはそういう集権的な会社がいなくて「ディ・セントラル(分権的)」であったり、「オートノマス(自律的)」である、という風に評価されました。また創業間もない企業も容易に企業ネットワークに参加できる「オープンなネットワーク」であることも、重視されました。

小さい新規企業でもネットワークに参加しやすい。現在オープン・イノベーションと呼ばれるのはこのモデルが原型です。1990年代以降、同じネットワーク型イノベーションでも、日系の大手自動車会社のようなモデルより、成功例が続出したシリコンバレーのオープンなモデルが重視されるようになりました。

オープン・イノベーションは、このような歴史的背景がある言葉です。ですから、日本人にとってオープン・イノベーションという用語を使うには注意が必要です。というのも、米国では、企業ネットワーク的なイノベーションのことを全てオープン・イノベーションと呼ぶ傾向があります。これは、もともと原型であった「垂直統合企業型イノベーション」が念頭にあるためです。

ところが、日本にはそもそも、別のタイプの企業ネットワークが存在していたわけです。自動車産業の系列ネットワークなどは、その典型例です。企業間のコラボレーションという意味では、日本の系列ネットワークの方が濃密でよくできています。

ですから、「オープン・イノベーションには企業間のコラボレーションが重要だ」というような意見は、日本人にとってあまり意味がありません。既に系列取引のような企業ネットワークが存在しているからです。自動車企業と部品企業は、開発から生産にわたる全てのプロセスでコラボレーションしています。そして、強い国際競争力を発揮しています。

日本人にとって重要なのは、オープン・イノベーションが「企業ネットワーク的であること」ではなくて、「オープンであること」です。「オープン」であるから、多くの企業が企業ネットワークに集まって来る。これが、オープン・イノベーションの強さの根源的理由です。いくら、企業同士のコラボレーションのみを声高に言っても、意味がありません。

デジタル技術の進歩とグローバリゼーションがオープン・イノベーションを促した

――オープンとは言っても、何か共通基盤がないと企業は集まりにくいでしょうね。

立本 そのとおりです。新しい企業が参加したり、複数企業が協調して何かを行うことができるように、基盤となる「標準」が必要です。企業間の標準であることを強調するために、この標準を「オープン標準」と呼びます。オープン標準がたくさんできることがオープン・イノベーションの特徴です。

オープン標準は、いわゆる「標準規格」であることもありますが、もっと広い概念です。「業界のロードマップ」や「設計レファレンス」なども含まれますし、「ガイドライン」や「第三者認証」のようなものまで含まれます。

では、オープン標準はどこで誰が作るのか、というのが、次の論点です。これには3つのパターンがあります。1つが、ドミナント企業が単独で作るパターンです。これはデファクト標準と呼ばれます。2つ目が、公的組織が作るパターンで、デジュリ標準と呼ばれます。ISOやIECなどの国際標準規格がこれに当たります。

3つ目が、企業がコンソーシアムやフォーラムを結成して、オープン標準を作るパターンです。これをコンセンサス標準と呼びます。コンセンサス標準は、複数企業が集まって柔軟に標準化活動を行うことができるので、オープン・イノベーションでは最も利用されています。

オープン標準を基盤としたオープン・イノベーションは、1990年代以降、爆発的に増えています。最近では大企業もオープン・イノベーションをやらないと成長できないことが分かってきて、大小さまざまなコンソーシアムができています。

――なぜ1990年代以降に、オープン・イノベーションが増えたのでしょうか?

立本 大きな要因の1つは、デジタル技術の進歩です。もともとデジタル技術にはいろいろな製品を結合させる働きがあります。例えば携帯電話には音楽や地図のコンテンツが入り、車とも一体化できる。そうすると、いろいろな企業がオープン標準をもとに協調することに価値が出てきます。これがオープン・イノベーションを加速しています。

もう1つの要因はグローバリゼーションです。かつて世界経済は日米欧の先進国が形成していましたが、90年代以降、旧共産圏や中国などの新興国が加わってきました。

新興国産業にとってオープン・イノベーションは自由に参加でき、しかも勝つチャンスがあるという点で好都合です。パソコン産業の主役はシリコンバレーのハイテク企業でしたが、同時に、台湾のパソコン製造企業や韓国のメモリー半導体企業も成長することができました。

この点は、参入の厳しい日本の大手自動車会社などの系列型イノベーションと大きく違うところです。デジタル化やグローバル化の力が背景にあるので、オープン・イノベーションは1度回り始めると、とても強力です。

オープン・イノベーションを回す難しさは技術ではなく、自社の位置取り

――こうした変化に日本企業はきちんと対応できているのでしょうか。

立本博文氏立本 残念ながらうまくいっているとは言えません。世界の変化が激しすぎて追随できていないのです。オープン・イノベーションを回す難しさは技術ではなく、コンソーシアム内での自社の位置取りを絶えず考えなくてはいけない点にあり、これまでの日本企業の組織的対応力や思考範囲を大きく超えているのです。

オープン標準は決め方次第で企業競争力に大きな影響を与えます。ですから非常に重要な戦略要素です。しかし、調査してみると、驚いたことにほとんどの日本企業にはオープン標準を統括的に見る部署がありませんでした。多くは「技術統括部」という部門が、オープン標準ができた後になって、それを取り入れるかどうか検討している程度です。

本当はそれでは手遅れで、オープン標準ができる前に行動しなくてはいけないのです。自社に有利なオープン標準を作り出したり、不利なオープン標準が作り出されないようするためには、従来とは異なる組織力が必要です。

従来、日本企業の組織力の構築はサプライ・チェーンの流れにそってなされてきました。原材料から部品、部品から製品、製品から販売、という流れです。しかし、オープン標準に対処するためには、そういう流れとはまったく異なる組織力が必要となります。日本企業にとっては新しいチャレンジであるといえます。

標準担当部門を作っても、それ自体は重要ではありません。逆に、標準専任の組織を作ることで安心してしまうのであれば、有害であるかもしれません。オープン標準を統括的に見る、というのは、社内の横串機能を強めるということです。特に、ビジネス・モデル(事業部)と知的財産権(知財部)を連携させることが必須となります。

というのは、特定のオープン標準が「良い」のか「悪い」のかは、企業のビジネス・モデルに大きく依存するからです。オープン標準自体に、絶対的な「良い」「悪い」があるわけではありません。ある企業にとって「良い」オープン標準は、別の企業にとっては「悪い」オープン標準かもしれません。

また、オープン標準には多くの特許が含まれます。これを標準必須特許と言います。昨今、標準必須特許を巡って多くの係争を起こしているので、よく知られるようになりました。標準化というのは、自社が保有している特許を戦略的に活用できるチャンスでもあるわけです。

もし、特許を多く保有していれば交渉力が上がるでしょう。もし、特許を保有していないのであれば、別の対抗手段を取る必要があります。新しいパートナーシップを築くことが必要になるかもしれません。

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