デジタル化が進む中で、世界のイノベーションのあり方が急激に変化している。とりわけ複数の企業が各々の優位性を生かしてネットワークを組み、Win – Winの関係を作る「オープン・イノベーション」の動きが活発だ。
しかし、筑波大学ビジネス科学研究科の立本博文准教授は、「日本のエレクトロニクス企業がオープン・イノベーションで成功した事例はあまり聞かない。これは柔軟性を欠いた事業部制が障害になり、変化に追随できていないためだ」と分析し、経営の統括力を強める戦略的改革が必要だとしている。
自動車分野のイノベーションでは、米大手IT企業による車情報システムへの積極的な進出に注目が集まる。立本准教授は車メーカーの競争優位がすぐには覆ることはないとしながらも「オープン・イノベーションは技術のみが重要な点ではない。エレクトロニクス産業で起きたような大規模なゲーム・チェンジの可能性もある。車メーカーは油断することはできない」と、巨大産業の将来に警鐘を鳴らしている。

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「オールジャパン」より、「ジャパン・イニシアチブ」

――話は変わりますが、経済産業省などの国家プロジェクトを見ると、ほとんど「オールジャパン」です。日本企業だけが集まり、外国企業などが参加する事例をあまり聞きません。

立本博文氏立本 オールジャパン型の国家プロジェクトは、超LSI研究組合(1976~1980年)が代表的な成功例とされます。なぜ成功したかと言えば、ちょうど米国の半導体技術を貪欲に吸収しキャッチアップする時期にあたっていたことが大きいからです。

現在のように新技術を生み出そうという時期は、この方式がうまく機能するかどうか疑問です。新技術を開発する企業にとっては自社に好ましい相手とだけで組むなどいろいろな選択肢があります。このように利害の異なる会社が10社近くも参加する場合、国家プロジェクトの運営は非常に難しいものとなります。初期段階に相当考えないと、うまくいかないと思います。少なくとも、「みんなで共同して技術開発しよう」という素朴な目的だけでは機能しないと思います。

かといって、国家が支援する研究開発プロジェクトが時代遅れかというと、そういう単純な話ではありません。オープン・イノベーションの時代では、企業は利益が出る短期的な研究開発には興味を示しますが、長期にわたる基礎研究にはお金を出そうとしません。しかも、このような長期プロジェクトは不景気になったからと言って、研究資金を減らすことはできません。ですから、米国もEUも、政府由来の研究開発資金は一貫して増加しています。

もう1つの論点は、このような国家プロジェクトに海外企業が参加することをどう考えるか、という点です。「国の税金を使うのになぜ海外企業を入れるのか」という議論が、必ず出ます。「オールジャパンの方が技術流出がなく安全だ」となりがちですが、それでは世界市場の創造に寄与できません。

このような議論は、1990年代から米国やEUでも頻繁に行われています。ですから、日本だけが直面している問題ではありません。結論としては、オープンなグローバル経済下では、全ての分野を日本企業が行う「オールジャパン」は難しく、ある特定の分野を日本企業が行い、その周辺分野を海外企業に任せる「ジャパン・イニシアチブ」が目指すべき将来像だと思います。

先ほど、経済産業省の名前が出ましたが、多くの省庁の中で、このような議論を最も理解しているのが経済産業省だと思います。その背景として、経済産業省が、国内経済の振興だけでなく、海外との貿易促進も担っていることがあります。また、産業の国際競争力を考えざる得ない立場にあることも影響しています。

むしろ問題が大きいと思うのが、国内産業のみを対象としている他の省庁の組織慣性です。今のイノベーションというのは、いわゆる従来的な製造業の境界を越えてしまうことが多いのです。そうすると、省庁の境界も簡単に越えてしまいます。海外も見据えた施策立案をする省庁と、国内を管轄する省庁が共同して事案に当たる必要があります。例えば、バイオのイノベーションは、医薬品や農作物に関連します。国内の消費者の安全を考えることは当然ですが、同時に、世界市場創出のために海外との協調を考える必要があります。

同様の事例はいくつもあります。CO2削減に重要なエコカー技術は、自動車だけでなく、充電スポットや水素ステーションなどインフラ技術も必要です。インフラは主に国内向けですが、エコカーは輸出も輸入もするので海外との協調が必要です。とすると、インフラの施策も国内単独で決めることはできません。テレビも同じです。テレビ画素が繊細になったとしても、それはテレビだけの問題でなく、放送システムや通信技術全体を考える必要があるわけです。

また、このような新しい技術が広がる過程では、技術者のスキル・セットを新しくする職業訓練や教育が必須となります。ソフトウェアやシステムの領域では、この問題が顕在化していると思います。全体システムをトータルに考える必要があります。

先進国の自動車メーカーに構造変化を迫る標準化の流れ

――自動車産業についてお聞きします。このところ、車のエレクトロニクス化が急速に進んでいます。そうすると、産業構造や付加価値構造に大変化が起きる予感がします。

立本 まず自動車メーカーの競争力の源泉を考えてみましょう。日本の自動車メーカーの強さとして、生産面の強さのみがクローズアップされがちです。しかし、それはビジネスの全体像から見れば、バランスを欠いています。

現在のグローバルな自動車産業で、競争力を持っている自動車メーカーは、例外なく強いディーラーシップ(販売網)を持っています。この点が、コンシューマー・エレクトロニクスとの大きな違いです。自動車のディーラーシップは、独占的な販売チャネルです。

この販売チャネルを、世界市場の津々浦々まで張り巡らすことが、グローバルな自動車産業のゲームのルールです。そのために、自動車メーカーは、売れる車種モデルを作り、サービス・メンテナンス工場を造り、サプライ・チェーンの整備に躍起になっているわけです。

ですから、先ほどエレクトロニクス産業のケースで紹介したように、もしも仮に自動車メーカーが海外企業に生産委託をしたからといっても、それがそのまま競争力低下につながるわけではありません。自動車産業は強いディーラーシップを持っています。エレクトロニクス産業は、そこまで強いディーラーシップを持っていませんでした。

ところが今、この構造を根本から壊すような可能性が出てきました。これがオープン・イノベーションの怖いところです。「そんなことあるはずない」という人もいるかもしれません。しかし、ちょっと10年前を考えてみて下さい。携帯電話産業を牛耳っていたのは通信オペレーター企業でした。彼らは電波帯域の使用権という独占的な権利を持っており、ディーラーシップも完成させていました。通信オペレーターの競争力は盤石なように見えました。

しかし、2007年にスマートフォンが登場すると、通信オペレーター企業の競争力はどんどん低下していきました。その代わりに、競争力を持ったのは、スマートフォン企業とか、ソフトウェアやネットサービスを提供する企業でした。また、通信チップを提供する企業も台頭しました。

近年、自動車産業に訪れているエレクトロニクス化の波が、大きな変化をもたらすのか、それとも、比較的小さなもので終わるのかは不明です。しかし、自動車メーカーは、いろいろなシナリオを考えておく必要があると思います。というのは、こういう変化は、加速度的に進行するからです。あらかじめシナリオを考えておかないと、どうしていいか分からず、組織的混乱に陥ります。1990年代のエレクトロニクス産業と同じです。

自動車産業に予測される2つのシナリオ

――どういったシナリオがあり得そうでしょうか。

立本 もし大きな変化を起こすとすると、2つぐらいのシナリオがありそうです。
1つ目は、米国のIT企業が目指している「販売網によらない付加価値の獲得」が起こるか、という点です。運転席の情報端末のトップ画面を専有し、さまざまなコンテンツをユーザーに使ってもらうことで、そのライフスタイル全体から付加価値を得るビジネス・モデルです。

もし、こういうビジネス・モデルが現実化すれば、自動車メーカーがいくら販売網を押さえても、意味がありません。端末をどう使うかはユーザー次第です。車の付加価値は車そのものより、そこで過ごす時間の全てになります。そして、そこから生まれる付加価値をお金にかえるのは、自動車メーカーではないかもしれません。

また、このようなビジネス・モデルが広がれば、ユーザーの購買行動に変化があるかもしれません。ユーザーにとっても、どの車に乗るかよりも、どの情報端末が搭載されている車に乗るのか、が重要になるからです。ちょうど、どのスマートフォンを使っているのかが重要であって、どの通信キャリアを使っているのかは重要でなくなるのと同じような現象です。

これは自動車メーカーから見れば深刻な問題です。多大な投資をして作ってきたブランドが、全く機能しなくなるからです。そうすれば、自動車は単なる移動・運搬の道具になってしまいます。単なる移動・運搬の道具に、今と同じお金を消費者が払ってくれるか難しい問題になってきます。

2つ目は、「下もの」の標準化です。先ほどの1つ目の例は、コックピットでの車の操作や、外部通信サービスとつながる領域を対象としており、「上もの」と呼ばれています。それに対して、「走る」「曲がる」「止まる」という車の基本性能に関係する領域は「下もの」と呼ばれています。

ご承知のように、現在、車には多くのエレクトロニクス部品が搭載されており、車の基本的性能を実現するために役立っています。この1つひとつのエレクトロニクス部品にコンピューターが搭載されています。このコンピューターのことをECU(Electric Control Unit)と呼びます。普通の乗用車であれば数十個、少し高級な車では100個以上のECUが搭載されています。これらECUは車載ネットワークで連結されています。

ECUの開発は自動車メーカーではなく、部品メーカーが行います。特に難しいのが搭載するソフトウェアの開発です。そもそもECUの開発が難しいのに、ソフトウェアの開発工数が増大しています。さらにネットワークでECU同士がつながっているので、ある機能を実現するのに複数のECUが関係することがあります。このような統合機能では、ソフトウェアにバグがないことを証明するには驚くほどの工数がかかります。

2009年から2010年頃に北米で自動車の急加速事故が問題になりました。あの時も、まず車載エレクトロニクスやソフトウェアが原因ではないか、と疑われました。結局、その後の検証で車載エレクトロニクスには問題が無かったことが分かりましたが、風評被害もふくめて、多くの社会的コストがかかりました。

自動車メーカーや部品メーカーは、少しでもこのようなことがないように、さまざまな取り組みをしています。その1つが標準化です。車載エレクトロニクスのアーキテクチャーの標準化を行えば、ソフトウェアの再利用が可能になったり、テスト・ツールを使ったりする検証が容易になります。

一方で、オープン標準が設定されれば、誰でも容易に車載エレクトロニクスを搭載した車両を作りやすくなる、ということも起きます。今は、下ものの技術は、先進国の自動車メーカーが技術を独占しています。しかし、部品がオープン標準化されると、部品メーカーは新興国の車メーカーに自由に売ることが可能になります。新興国の自動車メーカーは、キャッチアップ段階にいるので、こういう新技術部品の売り込みに対して好意的です。

この構図は、先に紹介したパソコン産業における台湾エレクトロニクス企業と米国の半導体部品企業の関係に似ています。

――自動車メーカーとしては、どうしたらよいのでしょうか。

立本 先進国の自動車メーカーの組織内部では、「上もの」「下もの」の領域で起こっているオープン化に対して、どのように対処したらいいかを議論しているはずです。この議論で難しいのは、技術だけの問題ではない点です。技術だけの問題ならば、自動車メーカーが有利です。今までの経験も生かせると思います。

しかし、これまで紹介してきたように、オープン・イノベーションの難しいところは、純粋に技術の問題だけではないという点です。この意味では、一足先にオープン・イノベーションを経験したITエレクトロニクス産業の経験が生きると思います。

自動車メーカーは、「オープン・イノベーションで勝ち残った企業が、どのような企業戦略を持っていたのか」「どういうメカニズムでゲーム・チェンジが起こるのか」を、いろいろ考える必要が出てきたのだと思います。現在、米国の西海岸に先進国の自動車メーカーが、大挙して研究所を設立しているのも、このような動きの一部でしょう。

少なくとも、今までの延長上の思考方法で、事業戦略を決定するのは危険だと思います。当然、既に手を打っている自動車メーカーもあると思います。

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