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高齢化や後継者不足に加え、TPPにより市場開放も迫られる日本の農業で、独自の経営により現状を乗り越えようとしている農家の存在がクローズアップされている。
茨城県龍ケ崎市でコメを栽培する有限会社横田農場は、2013年の農林水産祭で農家として最高の栄誉である天皇杯を受賞するなど、国内で注目を集める農家の1つである。横田修一社長は東京ドーム24個分、112ヘクタールの農地に、7品種のコメを栽培している。かけるコストは普通の農家の半分以下だ。
横田社長はいったいどのようにしてコメ作りの生産性を高め、魅力的な商品を世に送り出しているのか。そして日本の農業の未来にどのような展望を抱いているのか。注目の若き農業経営者に話を聞いた。

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経験と勘の小規模農業から、ITデータも活用した大規模農業へ

規模の拡大は従来の手法を考え直すきっかけにもなっている。小規模農業と大規模農業の経営がまったく同じやり方というわけにはいかない。規模の拡大に伴い、若手社員たちも増えた。経験重視のやり方ばかりでは立ちいかない。

そこで目を付けたのがIT(情報技術)だ。若い人たちはITへの抵抗感もない。
稲の生育状況、手入れの頻度、作業内容などの記録や、圃場の特性、気温などの環境情報を自動的または半自動的に連続し記録する。それをクラウドなどで共有することにより、情報伝達が潤滑に行われるようにした。若手社員への技術伝承にと、ベテラン社員の帽子に小型ビデオカメラを装着してもらい、コンバイン作業を撮影して動画で残すなどの取り組みも行っている。

さらにIT機器を活用した効率的な農業経営を目指し、パイプラインバルブに水管理用のICタグを設置するなど、ICタグやスマートフォン、自動温湿度計、経営・圃場管理ソフトなどを連携させた総合的な経営管理も試行している。

「ITをうまく活用していくことで、将来的には作業のピークがいつ来るかが分かり、それに応じて人を増やすとか、よそに作業を委託するなどの対応がスムーズにできるようになります。データが蓄積されれば経営全体のシミュレーションにもつなげられると思います」

現時点でITが大幅なコスト削減につながっているわけではないが、将来的には大きな期待がある。横田農場は規模の拡大により、以前はどの田んぼにどの品種を作付けするかすぐに決まったものが、50ヘクタールを超えたあたりからなかなか決まらなくなったという。面積の拡大に伴っていろいろな要素が複雑に絡み合い、ベストの選択が難しくなったのだ。

「農家は、経験で作業をします。意識してやっていることであれば、聞き取りによって経験の伝承は可能ですが、無意識にやっている部分となると、聞き取りで受け継ぐことはできない。ITがそうした部分を補えるようになれば理想的だと思います」

原発の放射線汚染騒ぎが教えてくれたこと

こうしてコメ作りを続けてきた横田農場を突然大きな危機が襲った。2011年に起きた東日本大震災である。茨城県南部の龍ケ崎市は直接的に大きな被害はなかったが、福島で起きた原発事故は龍ケ崎をも直撃した。

「茨城県産のホウレンソウから放射性物質が検出されたという記者会見が開かれたとき、コメの返品、キャンセルの電話がじゃんじゃんかかってきました。これは昨年穫れたおコメですから大丈夫です、といくら説明してもダメでしたね」

農協を通さずコメの直売をしている横田農場は、当時その6割をインターネット販売に頼っていた。「消費者に対し、農家として生産物に責任を持つ顔の見える販売がしたい」という父親のかねてよりの念願が、インターネットを通じて実現されたのだった。
しかし、放射性物質検出のニュースをきっかけに販売が激減。インターネット販売は8割も落ち込んでしまった。それを補ったのは地元スーパーでの販売だった。震災直後、スーパーの棚からコメがまったくなくなってしまったとき、精米機をフル稼働していち早く供給を続け、しばらくはスーパーの棚に横田農場のコメしか並ばない時期が続いたほど。横田社長の6人の子どものうち、2人の子どもの笑顔が米袋にプリントされたコメは、先行きの見えない暗い世相の中で大きなインパクトを消費者に与えたという。横田社長はこの一件で多くを学んだ。

「インターネットのお客さんが大量に離れたのですが、一方で、ネットのお客さんの中にも残ってくれたお客さんもいた。残ってくれた人たちというのは『横田農場のコメじゃなくちゃダメだ』という人たちなんですよね。こういうお客さんは、安全性が確保されているのであればうちのコメを買ってくれます。うちは価格は変えないのですけど、仮に価格が変わっても買ってくれる人たちだと思うのです。そういういわばファンを作ることが大事なんだと。そのことを教えてもらいました」

コメ粉スイーツ――農業の6次産業化をどの方向に展開するか

2009年から取り組んでいるコメ粉によるお菓子作りと販売は、ファンの獲得に一役買っていると言えるだろう。もともと横田社長の奥さんがお菓子作りが好きだったことから、おコメより親しみやすいであろうスイーツを作ろうと考えたのだ。

横田夫妻とコメ粉のシフォンケーキ

横田社長の奥さんが手にしているのはコメ粉のシフォンケーキ。手前のコシヒカリのパッケージには2人の子どもたちの満面の笑顔がある。夫妻は6人の子宝にも恵まれ、横田農場の後継者体制は万全だ。

「自分たちが手塩にかけて作ったコメを誰に食べてもらいたいかを考えたとき、海外の富裕層向けに輸出したり、国内の一部のお金持ちに高く買ってもらうのではなく、次代を担う子どもたちに食べてもらいたいという思いがあります。大きく言えば、子どもたちにこそ、おコメのおいしさや、安心安全な日本のおコメの価値を知ってもらいたい。それにはお母さんたちに興味を持ってもらう必要がある。いきなり私たちのおコメの良さをアピールしても難しいのかなと思い、その入り口としてスイーツを活用しようと考えました」

コメ粉で作ったスイーツは主に農場の直売所で販売している。消費者の評判は高く、もっと大きく展開すればいわゆる6次産業としていいモデルになるのではないか、と勧める人もいる。しかし横田社長はそのような結論に達しなかった。

「だんだん売れるようになってきて、この先どこに向かおうかと悩みました。たとえばコンビニに置くという話。当然コンビニにはたくさんお客さんが来ます。その結果たくさん買ってもらえるのかもしれない。でも、それで横田農場のコメ粉のスイーツの良さ、おコメの価値などが本当に伝わるのかと考えると、ちょっと違うのかなと。直売所に来てもらうと他の農作物やコメが置いてあって、目の前には田んぼが広がっています。こういうところに来てもらうからこそ、そこで作られている安心安全なおいしいコメの価値が伝わるのではないか。だから、広げるにしても田んぼの風景を見ながらコメ粉のスイーツを食べられるカフェを作るとか、そういう方向なのかなと感じています」

実際に直売所まで買いに来た客が、横田農場がお菓子屋さんではなく、コメ農家であることを知ってびっくりすることがあるのだという。こうしたシーンこそが、横田社長が望むスタイルなのだ。

毎年開いている「田んぼの学校」も、地元の子どもたちにコメ作りを体験させることによって、コメ作りの大切さを伝える。田んぼの学校は春と秋に3回ずつ、年間延べ600人の保育園児や小学生を招くイベントだ。子どもたちは田んぼで泥んこになり、夢中になって田植え作業を楽しむ。秋は稲刈りだ。作業のあとのおにぎりはそれまで味わったことのないおいしさで、どの子も思わず笑顔がこぼれる。こうした地道な活動が結果的に横田農場のファンを増やしているのだろう。

TPPを恐れるより、常識にとらわれない大胆な挑戦を

いま参加国で協議が進められているTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)。この協定に日本が参加することにより、安いコメが海外からどんどん輸入され、日本のコメ農家は立ち行かなくなるのではないか。そんな心配も広がっている。横田社長は「TPPは農業だけの話ではなく、単純に語ることはできないが」と前置きしてから次のように語った。

「確かに海外の安いコメを買いたいという人はいると思います。ただし、毎年海外に視察に行くのですが、まだ海外のコメが次々と入ってくる段階ではないと思います。農業大国のオーストラリアは、水不足でそれほどコメを作れない。また、日本の消費者は難しい、品質にも味にもこだわる、という点も高いハードルになるでしょう。アメリカの関係者の中には、日本向けの商品を作るくらいなら、長粒種を作って中近東に輸出したほうがいい、と言っている人がいました。アジアに目を向けると、まだかなりの農薬を使ってコメを栽培している地域が多い。食べ方も求められる品質も違いますし、そちらも日本にたくさん輸出できそうな雰囲気はありません」

そうした状況で、まずやるべきは、日本のコメがほしい、横田農場のコメが食べたいという人を日本国内に少しでも多く増やすことではないだろうか。そういう努力をすべできではないか、というのが横田社長の意見である。

「ヨーロッパの農業国であるフランス国民は自国の農産物を選ぼうという意識が高い。国民性の違いはありますが、そうした意識を育てることが大事なのではないでしょうか。消費者にもう一度日本のコメの価値を伝える。日本のコメは安全だしおいしいよね、食べたいよね、そう考える人を増やしていくことがまずは大事なのではないかと思っています」

ちなみに日本の食料自給率はカロリーベースで39%(2013年)であるのに対し、フランスは129%(2011年)。日本の場合、家畜のエサの自給率がゼロに近いため、カロリーベースの自給率を下げる要因となっている。そこで飼料にコメを使うという動きが出ている。

「コメの値段は現在エサにされているトウモロコシの10倍です。コメをエサにするのは、コスト的に到底無理というのが常識ということになりますが、最初からエサ用のコメを集約的に作ってコストを下げるというのは、1つの方法だと思います。いずれにしても、従来の常識にとらわれない大胆な取り組みが必要とされているのではないでしょうか」

日本の農業が抱える深刻な問題から目をそらさず、常識にとらわれないで新しい手法を模索していく。そうすればまだまだ日本の農業には可能性があるのではないか。チャレンジを続ける横田社長の姿はそう思わせてくれた。

text:渋谷 淳

横田修一氏

よこた・しゅういち
横田 修一

有限会社横田農場 代表取締役
1976年 茨城県生まれ
1998年 茨城大学農学部生物生産学科卒業
2003年 茨城県環境にやさしい農業 推進大会 最優秀賞受賞
2013年 毎日新聞社主催 第62回全国農業コンクール 名誉賞・農林水産大臣賞受賞
2013年 第52回農林水産祭農産部門 天皇杯受賞
現在、全国稲作経営者会議 青年部会長も務める。


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※日本IBM社外からの寄稿や発言内容は、必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。


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