日本の化学産業は厳しい環境にさらされている。高い原料コストや電気代、国内の人口減少と高齢化、そこへ中国の供給過剰がのしかかる。そんな中で国内化学最大手の株式会社三菱ケミカルホールディングスが掲げる共通コンセプトは、「THE KAITEKI(カイテキ) COMPANY」。傘下企業間のシナジー効果を引き出し、高付加価値の製品やサービスを展開しようという経営戦略だ。
同社の小林喜光・取締役社長は、7月に各企業の経営者層を対象に開かれた日本アイ・ビー・エム株式会社の天城経営変革セミナーで、「人類は温暖化や天然資源の枯渇、食糧不足などグローバルな危機に直面している」と指摘し、サステナビリティー(持続可能性)を重視する「KAITEKI経営」を提唱した。

三菱ケミカルホールディングスの経営の3本柱

小林 三菱ケミカルホールディングスの社長になって8年目になります。就任した2007年には三菱化学鹿島事業所で火災事故が起き、2008年にはリーマンショック、2011年には東日本大震災が起きました。相次ぐ逆風の中、自分なりに経営のあり方を考え、社内で共通のコンセプトを広めようと努力してきました。

小林喜光社長三菱ケミカルホールディングスの傘下には三菱化学、田辺三菱製薬、三菱樹脂、三菱レイヨンのほか、4月に設立した生命科学インスティテュートがあります。今年は産業ガス国内首位の大陽日酸を連結子会社にする予定なので売上高は約4兆円になり、規模では世界の5~10番手。ホールディングス制のもとでの枠組み作りとしては7~8合目まで来たかなと思います。

当社は機能商品、ヘルスケア、素材を事業の3本柱にしています。
機能商品の中心は高機能なフィルム類や、食品機能材、各種情報電子部材、炭素繊維複合材、リチウムイオン電池部材などです。炭素繊維の用途は、以前はゴルフシャフトが有名でしたが、今ではBMWなどで自動車の構造材として本格的に使われようとしています。

ヘルスケアは医薬品や製薬材料、診断検査、総合的な予防医学などです。例えば「じぶんからだクラブ」はドラッグストアで自分で採血して簡単に健康状態をチェックできるサービス事業。また、ドーピング検査は日本で1社だけ公認された検査機関を有しています。2014年3月期における当社の売上高3兆5000億円のうち、ヘルスケアは15%ですが、営業利益の割合は62%に達しています。

素材は経営的に一番苦労している分野です。中国企業による供給過剰や高い原料代、電気代のために、どうすれば日本で生き残っていけるか悩んでいます。素材の売上高は全体の52%ですが、営業利益の割合は3%しかありません。

中国企業の大量生産とグローバルな供給過剰

小林喜光社長小林 中国の素材の供給過剰が緩む気配は全くありません。例えばポリエステル原料になるテレフタル酸は、中国がリーマンショック後に投資して大量生産を始めた結果、今では世界のテレフタル酸の需要5000万トンに対し、生産能力は中国だけで4000万トン、世界全体では7000万トンもあるのです。

中国の化学大手の首脳に聞くと、「政府はPM2.5対策など、環境規制は国家・北京レベルで厳しくやるが、それはあくまで右手の話。企業の生産活動は左手で自由にやらせる。現に中国国内の需要に対して中国の供給能力はまだ十分ではない。外国企業が中国に輸出しようとするから供給過剰に見えるだけだ」という理屈です。

したがって、中国を中心にグローバルな供給過剰はまだ続くと見なければいけません。需給を無視した過度な設備投資が続くと、その産業自体が疲弊してしまいます。

日本企業が直面する課題をどう解決していくか

小林 日本企業が直面する大きな課題は、グローバリゼーションとサステナビリティです。そんな中、東日本大震災後のエネルギー・コスト高、先進国経済の成長鈍化、北米のシェール革命、中東やウクライナのカントリー・リスクなど、さまざまな事象が生じています。

特にサステナビリティは重要です。環境(地球温暖化や水環境悪化など)、経済(天然資源枯渇や金融危機など)、社会(人口爆発や高齢化など)、いずれの面においても世界は転換点を迎えています。例えば農業では耕地面積の拡大が限界に達しつつあり、人工窒素肥料による海洋の砂漠化や温室効果ガス増加が問題になっています。

エネルギー資源の将来も考えねばなりません。石油は残り40年といわれます。石炭は120年、ウランですら100年。シェールガスが化石資源の可採年数を300年近く延ばしましたが、それとて人類の未来からすればほんの短い期間に過ぎませんし、地球温暖化は日々深刻化しています。地球環境はまさに「どんづまり」とでも言うべきところまで来ていると思います。

こうした中、世界人口は爆発的に増え続けていますが、日本の人口は2012年をピークに減り続けています。高齢化は東アジアに共通する問題ですが、日本の高齢化のスピードは特に速い。生産年齢人口は減り、潜在成長率を押し下げており、ようやく政府を中心に2060年に1億人をキープしようという議論が始まったところです。
アベノミクスによって過度な円高が是正され、法人税率引き下げや労働法制改革の議論も始まるなど、グローバルな競合企業に対する不利な競争条件は一部改善されつつあります。しかし、原料コストや電力コストが高いという問題は依然として残っており、解決の兆しが見えません。

一方、世界の製造業ではデジタル化とモジュール化が進み、日本企業が得意としてきた「擦り合わせ、造り込み」が以前ほどの有効性を失いつつあります。
しかも、新興国企業による技術のキャッチアップは早くなっています。特許を取っていたとしても全く安心はできません。特にエレクトロニクスは、以前は先行者利得を10年ぐらいは享受できました。しかし今日では、液晶テレビやシリコン系太陽電池で見られるように、あっと言う間に追いつき追い越されてしまいます。日本が強いと言われている素材と言えども安心はできません。ケミカル部材も韓国が政策的にキャッチアップに力を入れています。

こうした状況への対応策として、日本企業は強みを持つエネルギー多消費型の事業は海外に出して果敢に戦い、一方国内では、ライフイノベーションやグリーンイノベーションといった言葉に代表されるような、差異化された高付加価値事業に集中する、という仕掛けを作らねばなりません。よって、海外に直接投資をしてその果実を配当や知財収入として日本に回収するというビジネスモデルが重要になってきます。ですから、GDP(国内総生産)だけではなくて、GNI(国民総所得)という視点も必要なのです。

共通の旗印は「THE KAITEKI COMPANY」

小林 当社は「THE KAITEKI(カイテキ) COMPANY」というコンセプトのもと、「サステナビリティ(環境・新エネルギー)」「ヘルス(健康・医療)」「コンフォート(快適・新素材)」を3つの判断基準とし、企業活動を行っています。経営資源を集中投入する事業はこれらの判断基準を満たすものだけですし、仮に利益が大きくても、これらと相反する事業はやりません。

当社は、営業利益やROEなど資本効率を重視する経営(MOE:マネジメント・オブ・エコノミクス)、革新的な技術とイノベーションを追求する経営(MOT:マネジメント・オブ・テクノロジー)、そして、人・社会・地球の持続可能性向上を目指す経営(MOS:マネジメント・オブ・サステナビリティ)という3つの経営を、時間の要素を加味しながら一体的に実践して、総合的な企業価値を高めようとしています。MOEは3カ月単位、MOTは10年単位、MOSは100年単位という時間軸の違いはありますが、これら3つの経営が生み出す企業価値の総和が「KAITEKI価値」なのです。

三軸による経営管理の概念の図 出所:日経ビジネス(2013.7.29)

三軸による経営管理の概念
出所:日経ビジネス(2013.7.29)

当社グループは、例えば白い医薬品から真っ黒いコークスに至るまで、多種多様な製品を手がけており、社員自身が自分たちの会社のことをよく分かっていないという弱点がありました。そこで三菱ケミカルホールディングスの目指す方向性や手がける事業の社会的意義などを集約し、グループが一体となってシナジー効果を出すための共通の旗印として「KAITEKI」というコンセプトを作ったのです。

また、シンクタンク機能を持ったネットワーク志向の研究機関として「地球快適化インスティテュート(TKI)」を作り、水、太陽、生命をキーワードにして、世界が抱えるさまざまな問題の解決に向けた調査、研究を行っています。TKIには世界各国の有識者によるアドバイザリー・ボードを設置して貴重な助言を受けており、それらを当社の経営にも反映させています。

「秘伝のたれ」を加えて高機能化と差別化を

小林 事業は「サステナビリティ」「ヘルス」「コンフォート」の3つの判断基準に基づいて評価することは既にお話ししました。
さらに、「商品のライフ・サイクル」に基づいた事業管理も行っています。将来の収益化を期待して研究開発に注力する「創造事業」、今まさにしっかり稼いでいてさらに伸長させていく「成長事業」、さらなる成長は期待しにくいものの安定的な利益が見込める「基幹・中堅事業」、事業撤退も含めたリストラが必要な「再編・再構築事業」の4つに事業を分類し、ステージごとに必要な手を打っていくのです。この結果、肥料やナイロン、国内のテレフタル酸、塩化ビニルなど、売上高で約3000億円相当の事業から順次撤退しました。

小林喜光社長ある事業から撤退する場合、その人員の受け皿になる新しい成長・創造事業を早く育てないといけません。しかし、事業がダメになるのは非常に速いのに対して、新しい事業がものになるまでには情けなくなるほど時間とお金がかかります。研究者は頑張っていますが、時間の流れが5倍ほど遅いというのが私の感覚です。
例えば1970年代から始めたリチウムイオン電池部材は、電気自動車の普及の遅れでまだ花開いていません。そうこうしているうちに、遅れるほど競争者が入ってきて供給過剰になり、みんなで市場をつぶしてしまう。日本企業が手がけている分野は特にそういう傾向があり、大きなジレンマを抱えています。国家としてもったいない話です。

話題のシェールガスについては、MMAというアクリル樹脂の原料の製造プロセスで、まさにシェールガスを利用するのにぴったりな独自技術を三菱レイヨンが持っています。ダウ・ケミカルと共同で米国にプラントを新設することを考えています。TOBでの連結子会社化を予定している大陽日酸が傘下に入れば、さらにシェールガス関連需要を取り込むシナジー効果を期待できます。

ご存知のように製造業には「スマイルカーブ」という付加価値曲線があります。物量やエネルギー勝負になる中流域の組立型製造は外部に委託し、付加価値の高い上流と下流に注力するというビジネスモデルですが、今日ではそれほど単純にはいかなくなってしまいました。アイテムごとに、強いところはクローズ(ブラックボックス化)にし、弱いところは積極的に他社とコラボレーションする。そういう意識を最初から持ってビジネスそのものを設計しています。

その際、クローズする決め手になるのは「秘伝のたれ」とでも呼ぶべき、他社には作れない材料です。当社は化学メーカーですから有機合成が得意であり、例えば有機太陽電池の材料になる有機化合物は、欧米や中国企業もまだ真似できません。トップランナーとして5年や10年は先行し続けたいですね。

text:木代泰之

後編はこちらから

小林喜光社長

こばやし・よしみつ
小林 喜光

株式会社三菱ケミカルホールディングス 取締役社長
1946年 山梨県生まれ
1971年 東京大学理学系大学院相関理化学修士課程修了
1972年 ヘブライ大学(イスラエル)物理化学科
1973年 ピサ大学(イタリア)化学科
1974年 東京大学理学博士号取得
1974年 三菱化成工業(現・三菱化学)入社
1996年 三菱化学記憶材料事業部長兼三菱化学メディア取締役社長
2005年 三菱化学常務執行役員
2007年 三菱ケミカルホールディングス取締役社長兼三菱化学取締役社長
2008年 日本経団連欧州地域委員会共同委員長就任
2011年 経済同友会副代表幹事就任
2012年 三菱ケミカルホールディングス取締役社長兼三菱化学取締役会長
    東京電力、ジャパンディスプレイ社外取締役就任
2013年 経済財政諮問会議議員就任
2014年 日本化学工業協会会長就任

著書に「KAITEKI化学-サスティナブルな社会への挑戦」(2010年、阪急コミュニケーションズ)、「地球と共存する経営-MOS改革宣言」(2011年、日本経済新聞出版社)、「危機に立ち向かう覚悟-次世代へのメッセージ」(2013年、化学工業日報社)


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