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日本の化学産業は厳しい環境にさらされている。高い原料コストや電気代、国内の人口減少と高齢化、そこへ中国の供給過剰がのしかかる。そんな中で国内化学最大手の株式会社三菱ケミカルホールディングスが掲げる共通コンセプトは、「THE KAITEKI(カイテキ) COMPANY」。傘下企業間のシナジー効果を引き出し、高付加価値の製品やサービスを展開しようという経営戦略だ。
同社の小林喜光・取締役社長は、7月に各企業の経営者層を対象に開かれた日本アイ・ビー・エム株式会社の天城経営変革セミナーで、「人類は温暖化や天然資源の枯渇、食糧不足などグローバルな危機に直面している」と指摘し、サステナビリティー(持続可能性)を重視する「KAITEKI経営」を提唱した。

前編はこちらから

「ミッションコーディネーター」で各社に横串を刺す

小林 企業合併だと社長をはじめ2つあったポストを1つにして荒療治が可能ですが、その分なかなか合併を決断できないきらいもあります。これに対して、当社のホールディングス制は「この指とまれ」方式なので、各社が参加しやすいのです。反面、マネージメントのやり方も給与体系も各社でみな違ったまま、というような問題も生じます。

小林喜光社長当社は官庁ほどひどくはないですが、やはり縦割りの傾向があり、これまでは横の会社が似たようなことをやっていても全く「ノーコミュニケーション」でした。
それに横串を刺して傘下企業間のシナジー効果を早期に実現するために、「ミッションコーディネーター」制度を作りました。重点5分野を選んで各社の社長がそれぞれ責任者(コーディネーター)になり、会社の枠を超えてシナジーを発揮させる仕組みです。会社をまたがって横串を刺すには担当レベルでは無理なので、社長にミッションを与えたのです。

例えば、炭素繊維複合材ですと三菱レイヨンの社長が担当します。同社は石油系の炭素繊維、三菱樹脂は石炭系炭素繊維が得意で、それぞれ物性が違う。さらに三菱化学はさまざまな樹脂を持っているので、これらを一緒にすると剛性の強い炭素繊維複合材や、しなやかな炭素繊維複合材など、いろいろと面白いものができます。制度を始めて2年半たちますが、かなり新しい局面が見えてきました。

ヘルスケアの分野では、横串を刺すのにとどまらず、この4月に「生命科学インスティテュート」という新会社を作りました。また、各社の経理・総務部門などもそれぞれ集約して、機能分社化しました。幹部クラスの人事も相当シャッフルしています。

このように企業統合のシナジー効果は少しずつ、出やすいものから出てきました。最初に7~8合目と申し上げたのはそういうことです。

日本が目指すべきは、環境、省エネ、新エネルギー、そしてヘルスケア

小林 当社のような化学産業では、イノベーションが新しい市場で利益を出すまでには10~20年以上かかります。一方で、新興国企業によるキャッチアップのスピードは恐ろしく速い。株主の理解を得ながら、このギャップをどう乗り越えるか。経営者としてはつらいところです。

小林喜光社長例えば、色素技術をベースにする有機ELは1988年から開発しています。有機太陽電池は世間から半信半疑で見られながらも2000年から開発を続け、ようやく大手建設会社のビルの半透明窓ガラスに使ってもらえるようになりました。発電もする窓ガラスです。

炭素繊維は三菱レイヨンが1969年に研究を始めました。韓国、台湾、中国、トルコ、米国などもやり始めていますが、性能的には日本が断然上なので、今のうちにアプリケーション(用途)をしっかり押さえていくのが次のステージです。炭素繊維の糸を布にし、樹脂をまぶして自動車や航空機用の高度な複合材を作る。上流の糸のほうにばかりエネルギーをかけないで、下流のアプリケーションもしっかり握ることが肝心です。

サスティナブルな資源としては、植物由来の原料を使ってプラスチックを作っています。収益的にはまだまだですが、自動車の内装部材など、具体的な採用事例も増えてきました。植物工場は人工光型と太陽光利用型の両方を手がけています。

エネルギー多消費型の産業はもう日本では成立しないと覚悟して経営しないと、世界に遅れを取ります。では日本企業は何で生きていくか。答えは、環境、省エネルギー、新エネルギー系、そしてヘルスケアだと思います。
そうした分野のアイテムの中で差異化できるものを見つけてやっていく。欧州の電機メーカーだったフィリップスは、業態を変えて今や6割がヘルスケアの会社になっているほどです。

「低炭素社会」ではなく「新・炭素社会」という思い

小林 世間ではよく「低炭素社会」という言葉を使いますが、炭素を単純に悪者と決めつけるのは間違いです。そもそも私たちの身体の8割は炭素でできています。地球は二酸化炭素が300~380ppmという濃度に保たれているから、植物が水と太陽光で光合成し炭水化物を作っている。その植物を食べて動物は生きています。二酸化炭素を植物が吸って酸素を作り、その酸素を動物が吸って二酸化炭素を出している。植物と動物が炭素のキャッチボールをきちんとやっているから、地球のシステムは成り立っているのです。

化石資源を野放図に燃やして二酸化炭素を排出し、地球温暖化を進行させるばかりでは人類の未来はありません。いずれ枯渇する化石資源の代わりに、バイオマスなど新しい炭素資源の活用を進める必要があります。ノーベル化学賞を受賞した根岸英一先生も指摘されていますが、究極的には植物を真似て人工的に二酸化炭素で光合成を行い、有用な炭化水素を作り出すことを実用化すべきです。そのための「人工光合成化学プロセス技術研究組合」という国家プロジェクトも動き出しています。
私たちが目指すべきは「低炭素社会」ではなく、持続可能な「新・炭素社会」だと思います。その実現のためには、「錬金術」ならぬ「錬炭素術」とでも言うべき、化学産業の力が必須なのです。

化学産業は過去たしかに公害などの問題を引き起こしました。しかし、自動車や飛行機に炭素繊維やプラスチックを使えば軽くなり、燃費改善に役立ちます。住宅に高機能な断熱材を使えば、冷暖房のためのエネルギー消費を大幅に減らせます。化学製品をしっかりコントロールして使えば、大いに人間のためになることを知っていただきたいと思います。
化学に対する正しい認識のもと、生産者と消費者がお互いをもっと知り合う必要があると思います。

グリーン・イノベーションを目指したロードマップの図

グリーン・イノベーションを目指したロードマップ

 

シナイ半島の砂漠で受けた啓示

小林 私の人生観を少しお話しします。私にとって「人生の素晴らしさ」を教えてくれたのは『日本人とユダヤ人』(イザヤ・ベンダサン=山本七平著)という本をきっかけにした、イスラエルへの留学でした。当時の大学は激しい学園闘争が吹き荒れていた時代です。そういう中にあって私は何のために生きるのかと悩み、この本に導かれるように、東大大学院から国費留学生に応募し、イスラエルのヘブライ大学に留学しました。
ある日、シナイ半島の砂漠を小高い丘から眺めていたときのことです。

遠く蜃気楼の中に黒いショールをまとった1人の女性が黒い山羊を連れて歩いていました。無の世界にただ一点、生きて動いているものがいるという強烈な印象でした。こんな過酷な環境下で、人も山羊も自分の命をひたすら生きている……。
日本の満員電車の中にいると、自分の存在は小さく希薄です。「何のために生きるのか」と悩んでいた自分に、「生きる」ということの原点を突きつけられたような気がしました。
せっかくこの世に生を受けたのだから、とにかく生きて何かを徹底してやり抜こうという心境になりました。25歳の時でした。

会社に入って働き始めてからも、仕事で厳しい局面に追い込まれるたびに、シナイ半島でのあの光景が目に浮かんできます。

text:木代泰之

小林喜光社長

こばやし・よしみつ
小林 喜光

株式会社三菱ケミカルホールディングス 取締役社長
1946年 山梨県生まれ
1971年 東京大学理学系大学院相関理化学修士課程修了
1972年 ヘブライ大学(イスラエル)物理化学科
1973年 ピサ大学(イタリア)化学科
1974年 東京大学理学博士号取得
1974年 三菱化成工業(現・三菱化学)入社
1996年 三菱化学記憶材料事業部長兼三菱化学メディア取締役社長
2005年 三菱化学常務執行役員
2007年 三菱ケミカルホールディングス取締役社長兼三菱化学取締役社長
2008年 日本経団連欧州地域委員会共同委員長就任
2011年 経済同友会副代表幹事就任
2012年 三菱ケミカルホールディングス取締役社長兼三菱化学取締役会長
    東京電力、ジャパンディスプレイ社外取締役就任
2013年 経済財政諮問会議議員就任
2014年 日本化学工業協会会長就任

著書に「KAITEKI化学-サスティナブルな社会への挑戦」(2010年、阪急コミュニケーションズ)、「地球と共存する経営-MOS改革宣言」(2011年、日本経済新聞出版社)、「危機に立ち向かう覚悟-次世代へのメッセージ」(2013年、化学工業日報社)


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