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「ネスカフェ アンバサダー」で知られるネスレ日本株式会社の快進撃が続いている。ネスレ本社はスイスにあり、世界のほとんどの国でビジネスを展開する世界最大の食品企業だ。その日本法人の「ネスレ日本」は、伸び悩む成熟先進国市場の限界を克服した「ジャパンミラクル」な成功モデルとして、世界で高い評価を得ている。人口が減少し高齢化が進む日本市場で、ネスレ日本はどのようにして高収益のビジネスモデルを確立したのだろうか。
2014年7月、日本アイ・ビー・エム株式会社が開催した「天城経営変革セミナー」の講師として登壇した同社の高岡浩三・代表取締役社長兼CEOは、「成熟先進国で起きている社会変化は、ビジネスモデル・イノベーションの好機」と強調。また、「経営トップがマーケティングを理解し、リーダーシップを発揮して初めてイノベーションは実現する」と情熱を込めて語った。

先進国グループ中、ダントツの成長率を誇るネスレ日本

高岡 ネスレ日本は今年(2014年)創業101年目を迎えます。
本社はスイスにあり、世界のほとんどの国で事業を展開しています。従業員は約34万人、売上高約10兆円という世界最大の食品企業です。コーヒーの「ネスカフェ」、チョコレートの「キットカット」、ペットフードの「フリスキー」や「モンプチ」などを始め、製品ブランドは2,000以上に上り、うち約30ブランドが「ビリオネアブランド」と呼ばれ、各々1,000億円以上を売り上げています。

ネスレ日本の2013年の(M&Aや為替変動を除いた)実質売上高の伸び率は、4.1%増です。ネスレの先進国グループは平均1%増ですから、ダントツでした。対前年度比で、営業利益額は7.8%増、営業利益率は22.5%増でした。

新しいセグメントの創造で、売り上げが毎年2けた伸びる「ネスカフェ ドルチェ グスト」

高岡浩三社長高岡 日本人は海外から「イノベーションが大好きな国民」と言われ、消費者向けに大変な数の新製品が登場します。チョコレートだけでも各社がしのぎを削り、年間2,000種ぐらい新製品を出します。ところが翌年には98%ほどは消えている。結局、大きなイノベーションにはならず、コストだけかかって利益は出ていません。これは日本企業がコーポレート・ブランドを作っても、製品ブランドは作ってこなかった、つまり製品力が弱いことの裏返しの現象です。

一方ネスレは、少ない製品ブランドをお客様に提供して高い利益を出しています。「ネスカフェ ドルチェ グスト」はその一例です。普通はレギュラーコーヒーを従来のコーヒーメーカーで抽出して飲みます。それを、レギュラーコーヒーを詰めたカプセルを専用マシンにセットし、ボタン一つでカフェのようなおいしい味と香りを楽しめるようにしました。1杯当たりの価格は、カフェで飲むより手軽な価格ですから、爆発的に売れています。これこそ新しいセグメントの創造で、売り上げが毎年2けた伸びるヒット製品になりました。

「人口減」という日本市場の現実を、ビジネス・チャンスに変える

高岡 日本市場が直面している現実と、ビジネス・チャンスについてお話します。
日本の人口は昨年よりすでに約20万人減っています。人口はビジネス上とても重要な指標であり、人口が増えずして栄えた国は地球上にかつてありません。しかも65歳以上の人の割合が25%という高齢社会ですから、胃袋の数は減りサイズも小さくなる。食品メーカーにとっては明らかにマーケットが縮小しています。

しかし、ネスレではこうしたマーケットで起きている問題は、すべて企業にとってのオポチュニティ(好機)と考えることを要求されます。

そこで、どうするか。日本のこういった状況を冷静に分析すれば、確かに日本の人口は減る方向ですが、世帯数は逆に大きく増えていることに気付きます。1980年ごろに約3500万だった世帯数は今や5000万あり、その半分以上は単身か2人世帯です。大半の子ども世代は親とは同居しない。すると、子ども世代も親世代もだんだん家庭で料理をしなくなり、外食が増える傾向にある。これは家庭の消費構造に大変なインパクトを与えています。

流通構造もデジタル化で変わりました。eコマースはずっと右肩上がりです。ドラッグストアやディスカウントストアは伸びていますが、百貨店やスーパーは減り、コンビニはほぼ横ばいです。消費者の広告への接触状況を見ると、新聞・雑誌やテレビ広告を見て購買につなげる人が減り、インターネットで必要な情報を集めている人が増えています。

チャネル別流通構造の変化のグラフ

ネスレはインスタントコーヒーをやめます

高岡 「ネスカフェ」は以前、「違いがわかる男」のCMで一世を風靡しましたが、昨年、その路線を封印しました。「ネスカフェ」を飲むことがステータスになる時代は終わったからです。私がコーヒー担当の副社長になったとき、スイス本社に行って「これからはインスタントコーヒーなど誰も飲まなくなる」と発言したら、大議論になりました。

コーヒー市場は大きく変わっています。家族団らんは少なくなり、食事の時間はみなバラバラ。それに見合ったサービスや商品を提供していかないといけません。
一方で世界に展開するシアトル系カフェ等が進出し、カプチーノとか抹茶オレなどのようなカフェメニューが当たり前になってきました。「ネスカフェ ドルチェ グスト」は自宅でもそういったカフェバラエティを1杯約50円~100円で楽しめるマシンとして投入しました。

日本は年間のコーヒー消費量が約500億杯という世界第2位の消費国で、家庭内が62%、家庭外が38%です。「ネスカフェ」は家庭内では37%のシェアを持っていますが、家庭外ではたった3%しかありません。家庭外の65%は職場で飲まれているので、当社としてはここをどう増やすかが最大のポイントです。

スイスのネスレの研究所に行ったとき、片隅で「レギュラーソリュブルコーヒー」の研究が行われているのを見て、これはインスタントコーヒーに代わるものだと直感しました。ソリュブルは「溶ける」という意味で、従来のインスタントコーヒーを作る抽出液の中に微粉砕したレギュラーコーヒーの粒を混ぜてから乾燥させたものです。
レギュラーコーヒーの欠点は袋を開けた途端に酸化することで、プロの人でも毎日同じ味を出すのは難しい。しかし香りは良い。一方、インスタントコーヒーは品質が安定しているものの、レギュラーコーヒーと比べて挽きたての香りが少ない。この両方の良いところをとったのが、レギュラーソリュブルコーヒーです。
「ネスレはインスタントコーヒーをやめます」と記者会見で宣言をし、実際にレギュラーソリュブルコーヒーをお店で採用したトップシェフたちが登場するCMを流すことにより、イメージを変えました。

インスタントコーヒーがこれまで不便だったのは1杯ずつお湯を沸かす必要があったからです。そこで「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ」という、やかんでお湯を沸かさなくても、手軽においしいコーヒーを楽しめるマシンを市場に出しました。「バリスタ」でレギュラーソリュブルコーヒーをいれると、コーヒーの液面にクレマ(泡)ができて香りが一層引き立ちます。普通のドリップ型コーヒーメーカーではクレマはできません。

つまり、日本では高齢化と人口減少により、今後ますます1~2人世帯の増加によって家族消費から個食に移行し、食品は小サイズや上質かつ簡便なものが好まれ、デジタル化で直販チャンネルが強くなる。日本の経営者に求められているのは、成熟先進国市場のそういう新しい現実を逆風ととらえるのではなく、ビジネス・チャンスに変えることです。

2020年までには「ネスカフェ アンバサダー」を50万人にしたい

高岡浩三社長高岡 「バリスタ」は家庭内だけではなく、当社のシェアがまだ高くない家庭外にも広げたいということで、「ネスカフェ アンバサダー」というビジネスモデルを考案しました。これをスタートさせて1年半以上たちますが、アンバサダーは2014年6月の時点ですでに全国に13万人いらっしゃり、毎日200~300人の応募があります。

アンバサダーに登録すると、職場で「バリスタ」を無料で使用でき、手軽な価格でおいしいコーヒーを飲むことができます。アンバサダーの方には、会社の同僚たちからお金を集めたり、コーヒーの補充をしたり、ご協力をいただいています。

始めるにあたって「そんな面倒なことをやってくれる人がいるのか」という疑問がありましたが、私は日本人ならやってくれるのではという直感がありました。プロジェクトは社長である私の直轄でスタートし、テストとして、北海道でテレビCMを流したところ、1週間で約1500人も申し込みがありました。

応募の動機は「会社の中で貢献できる」「職場のコミュニケーションが進む」「ありがとうと言われるのがうれしい」などでした。
インターネットが普及した今の職場では、取引先や社内の連絡もメールになりがちです。でも、「『バリスタ』のあるところだけは笑顔で会話が交わされるのがうれしい」と語ってくれたアンバサダーもいらっしゃいます。

アンバサダーのみなさんのモチベーションを維持するための工夫も大切です。全国の主要都市で年2回パーティーを開いて招待し、売り上げに応じて表彰するなど、いろいろ工夫をしています。

ネスカフェ システム インサイドの図

2014年6月現在

これは非常に画期的なビジネスモデルです。飲用杯数でいうと、1年間で5億杯となり、年々倍々ゲームで伸びていきます。一番影響を受けているのは缶コーヒーです。コンビニとの競争が激しい上に、私たちが20円で職場にコーヒーを提供しているのです。日本には600万カ所のオフィスがあります。2020年までにはアンバサダーを50万人にしたいと考えています。

同じことが他の企業にはなぜできないのか、という質問をよくいただきます。
私たちも当初、マシンを希望小売価格12,800円としたところ、さっぱり売れない。そこで消費者の方々の値ごろ感を調査し、7,980円にしたら10倍売れた。その価格は、ほぼ儲けゼロだったのですが、当社はマシンの部分で儲けが出なくても、継続的にコーヒーを売ることで利益を出せます。
一方、家電メーカーはマシンを開発できても売値が原価では参入できないし、他のコーヒーメーカーには、このモデルはハードルが高いようです。

アンバサダーの制度は豊かな可能性を秘めています。全国の職場で増え続けるでしょう。一方で、お年寄りたちがアンバサダーになり、独り暮らしの安否確認をするためのお茶会を開いています。他にも、病院、美容室、大学など、人が集まるあらゆる場所でコミュニケーションを広げる機会がこの国にはまだまだたくさんあります。

text:木代泰之

後編はこちらから

高岡浩三社長

たかおか・こうぞう
高岡 浩三

ネスレ日本株式会社 代表取締役社長兼CEO
1960年生まれ。1983年、神戸大学経営学部卒。同年、ネスレ日本株式会社入社(営業本部東京支店)。各種ブランドマネジャー等を経て、ネスレコンフェクショナリー株式会社マーケティング本部長として「キットカット」受験生キャンペーンを成功させる。2005年、ネスレコンフェクショナリー株式会社代表取締役社長に就任。2010年、ネスレ日本株式会社代表取締役副社長飲料事業本部長として新しいネスカフェ・ビジネスモデルを提案・構築。利益率の低い日本の食品業界において、新しいビジネスモデルを追求しながら超高収益企業の土台をつくる。同年11月ネスレ日本株式会社代表取締役社長兼CEOに就任。


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