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起業支援の株式会社サムライインキュベート。志の高いシード期の起業家に寄り添い、設立資金の提供から事業化に至るプロセスを徹底してサポートする。2008年の設立からこれまでに、IT関連の事業を中心に約80社の創業に携わってきた。
同社を率いる代表取締役CEOの榊原健太郎氏は、「日本経済を元気にさせるには、起業家を増やし、将来の大企業を創っていく必要がある。日本からGoogleやFacebookのような世界で通用する企業を生み出したい」と語る。
2014年5月、榊原氏は新たな起業支援の新天地を拓くために、”第2のシリコンバレー”といわれるイスラエルへ渡った。海外からの投資を日本に呼び込むため、また、日本の起業家や企業が世界へ羽ばたくための拠点となるべく、現地で新たな一歩を踏み出したのだ。
「憧れは、渋沢栄一。将来の目標はノーベル平和賞」と公言する榊原氏に、起業支援への熱い思いを語ってもらった。

「サムライ魂」を持っているか否かが支援の決め手

榊原氏がサムライインキュベートを創業したのは、2008年3月。当初は東京の練馬に築20年以上の一軒家を借り上げた。これから会社を立ち上げようというスタートアップ5社の面々と寝食を共にし、24時間体制で財務やマーケティング、労務といった面から起業家へのサポートを開始した。榊原氏はこの家を「サムライハウス」と命名。これが発展し、現在では東京の天王洲アイルに起業家支援のコワーキングスペース「サムライスタートアップアイランド」を設けた。これまでに約80社のスタートアップに関わり、起業家たちへの支援を精力的に続けている。

2009年には「サムライファンド」を設立した。その1号ファンド9社からは、スマートフォン向け広告配信サービス会社「ノボット」が、2年目にしてKDDI子会社のmedibaに15億円で売却に成功したのを始め、次々と成果を上げた。ファンドしたスタートアップはこれまで約80社に上り、順調に実績を上げている。

サムライインキュベートはどんな事業、スタートアップを支援するのか。
同社が起業にあたって大切にしているのは「サムライ魂」で、義、礼、勇、誉、仁、誠、忠、挑の8つだという。サムライ魂のポイントを榊原氏は次のように説明する。

「人の嫌がることを先んじてやれる人、約束を守る人、この2点が大事だと思います。そういうことをできる人間が世の中を引っ張って行く。要するに、サムライ魂を持っているかどうかです。ビジネスモデルはいろんなものがありますが、ITをうまく使い、介護を受けている人が恥ずかしい思いをせずに排泄できるようなサービスとか、落し物をしないようにしてくれるITサポートとか、そういう誰にでも分かりやすい内容が個人的には好きです。でも、やっぱり一番大事なのは人柄ですね」

人物とビジネスモデルに可能性を感じれば、アイデア段階でも平均500万円を投資する。オフィスの確保から、弁護士や会計士による指導、海外展開への準備に至るまで、すべてを手助けする。
ちなみに、榊原氏の憧れは、渋沢栄一。幕末から大正初期にかけ、武士から官僚となり、さらに実業家として500社の起業に携わった“日本の資本主義の父”と呼ばれる大実業家だ。

”第2のシリコンバレー”は「めちゃめちゃ親日的」

そんな榊原氏が7月、イスラエルへと旅立った。なぜ、IT関連のインキュベーションで、イスラエルに目を付けたのだろうか。

「イスラエルは“第2のシリコンバレー”と呼ばれ、IBMやマイクロソフト、Google、Facebook、Apple、インテルなど、世界を代表するIT企業が続々とイスラエルのベンチャー企業を買収したり、現地に進出しています。スタートアップを生み出す土壌と、さらに米国企業を中心に多くのIT企業が研究・開発拠点を設けているところから、この国は“中東のシリコンバレー”ともいわれているんです」

「私はこれまで起業支援をする中で、日本国内だけでなく世界中でイベントを開いてきました。日本のスタートアップの人たちを現地に連れて行って、現地のスタートアップ、ベンチャーキャピタル、投資家さんなどを紹介するというイベントです。その中で一番熱く、しかも僕にとってフィーリングが合ったのがイスラエル。日本人にめちゃめちゃ親切で優しい。日本を無条件で好きというのは、トルコとイスラエルの人たちぐらいではないでしょうか。僕はもともと大学が関西で、関西が大好きなんですけど、おせっかいというか、誰にでも話しかけてきたりするところが関西人に似ています。道に迷っていると、わざわざバス停まで連れて行ってくれたりする。この国はいいな、というのが、最初の印象でした」

榊原健太郎氏

イスラエルの人たちはとても親日的。

ちなみにイスラエルで誰もが知っている英雄的な日本人といえば、第2次大戦時にリトアニアの領事館に赴任していた外交官の杉原千畝。外務省の意向に反して、迫害されていたユダヤ人難民にビザを発給し、6000人に上る避難民の命を救ったことで知られている。こうした歴史的事実は、イスラエルで親日家が多い要因の1つとなっている。余談になるが、杉原は岐阜県出身で、榊原氏の母親の出身高校と同じ加茂郡八百津町出身という縁があるという。

原点を押さえないと世界は取れない

もちろんイスラエルに移住し海外拠点を築こうと決意した理由には、インキュベーターとしての視点と計算があった。

「いわゆる世界を動かしているIT起業化の多くは、ユダヤ系の人たちです。GoogleやFacebook、AppleなどIT企業の創業者や、さらに現在の金融システムの多くを作ったのもユダヤ人です。ゴールドマンサックスとかJPモルガンとか、世界を動かしているようなところで圧勝している。ノーベル賞の受賞者の20%がユダヤ人という数字もあります。だからシリコンバレーもいいですが、根本のところ、原点を押さえないと世界は見えないし、取れない、と考えたのです」

多くの才能豊かなユダヤ系の人々が世界で活躍しているというだけでなく、イスラエルそのものがベンチャー精神にあふれた国であることも魅力だった。R&Dの投資額や、1人あたりのM&Aの総額が世界一だとか、アメリカの買収総額の20%がイスラエルの会社であるとか、イスラエルがベンチャー体質の国というデータは枚挙にいとまがない。

「日本人はオペレーションは得意ですが、イノベーションが弱いところがあります。だからこそ、日本人はユダヤ人から学ぶべきものが多いのではないのか。いま弱っている日本企業はもちろん、これから世界に出て行く日本のベンチャー企業が、ユダヤ人から学んだものを生かすことが、世界の中で勝負するために必要ではないかと思いました。そして、ぜひ、そうした中からGoogleやFacebookのような世界で通用する企業を生み出したいと思っています」

雇用を作って戦争を止め、ノーベル平和賞を目指したい

こうしてイスラエル行きが決まったわけだが、榊原氏自身が単身で同国第1の商業都市テルアビブに乗り込んだというところがサムライらしい。最初は在イスラエル19年という日本人宅に住まわせてもらったものの、ビザの取得、銀行口座の開設、インターネット環境の整備、事務所を借りるための不動産手続き、雇用契約など、海外拠点開設には処理しなければならない事務手続きが山ほどある。英語は共通語として通じるが、公用語はヘブライ語とアラビア語である。おまけにイスラエル入りして間もない6、7月には政情が悪化し、上空をミサイルが飛び交ったというのだから、さすがの榊原氏も「僕の力ではどうにもならないことがあると少しへこんだ」という。
それでも「誰もやっていないことをやる」のがサムライのミッションだ。めげてなどいられない。有事の体験は新たなモチベーションを生んだという。

「イスラエル北部にイスカル(世界第2位の切削工具メーカー)という会社があって、トヨタのような企業城下町を造っています。そこは雇用を生み出し、お金を生み出し、ユダヤ人、パレスチナ人、アラブ人を分け隔てなく採用し、民族や宗教を乗り越えた和平の町になっています。自分もそれを勉強させてもらって、ぜひ戦争を止めてやろうと思ったんです。雇用を創って戦争を止めるという、インキュベーターとして新たな目標ができました。どうせ見るなら、夢はでっかいほうがいい。そう、ノーベル平和賞が見えた!と思いました(笑)」

榊原健太郎氏

2014年7月18日、イスラエルのサムライハウスが完成した。日本人起業家たちとスタートを喜ぶ。(右から2人目が榊原氏)。

多くの人々の思いを勝手に背負って、人生にチャレンジしたい

ここで榊原氏の生い立ちに少しだけ触れておこう。愛知県名古屋市出身の榊原氏の実家は3代続く箏と三味線の職人。長男の榊原氏は4代目ということになる。少年期に、現在の姿に結び付くいくつかのエピソードがあった。

「『ごめん健太郎、今日は付き合いで知人のお葬式に行ってくるから』。親のそんな言葉をよく覚えているんです。それを聞いたとき、僕は自分の葬式に“付き合い”で参加してもらうのは少し寂しいと思いました。お世話になった榊原さんのお葬式だからぜひともお礼に行こう、榊原さんがいたから人生が楽しかったとか、幸せになった、と多くの人に言われたい。そんな人生の終わり方がしたいと子ども心に思ったのです。
他人から頼りにされる、自分の存在意義を感じることができる、僕はそれが一番の生きがいだと思うのです。ノーベル平和賞を取るような人は、世界の人に存在意義を感じてもらって人生を終えるのではないか。ノーベル平和賞を人生の目標としたいと思ったのはそういうことです」

父方の祖父が戦争で亡くなっていることも、榊原氏に少なからず影響を与えた。

「祖父は僕の父親が祖母のおなかの中にいるときに戦死しました。父は自分の父親の顔を知らないわけです。世の中には震災で亡くなった人もいますし、不遇のまま人生を終えた人がたくさんいると思うんです。僕は勝手にその人たちの思いを背負って、勝手にその人たちの分まで生きなくちゃと思っているんです。祖父の思いもオレが受け止めてやろうと。祖父がいてくれたからこそ、いまの自分がいる。だから、みんなの思いを込め、できるだけでっかい夢を掲げて、人生にチャレンジしてやろうと。そんな気持ちなのです」

大学を卒業と同時に医療機器メーカーに就職したが、性に合わず、やがてITの可能性に引かれて転職。上場企業から社員数名ほどの小さなITベンチャーへの転職は、周囲の多くが反対した。
だが、たった1人の営業員として試行錯誤を繰り返しながらも、榊原氏はまるで水を得た魚のようにITサービスを売り込み、どんどん企業収益を上げて行った。その後いくつかの企業を経験し、サムライインキュベート設立に至る。

「収益ゼロの状態から、億単位の売り上げを弾きだす会社にまでに持って行った経験があるので、僕にとって収益化は得意分野でした。スタートアップに資金提供するだけでなく、収益化のノウハウも提供しようと思い、インキュベーション事業に乗り出したのです」

「当初は世界に出て行こうなんて考えもしなかった」と言うが、「毎年のようにハードルが上がった」結果、ついにはイスラエルに進出するまでになったのだ。

英語力がなくても、度胸とパッションがあれば何とかなる

さて、話をイスラエルに戻そう。前述のように、現地でビジネスをスタートするに当たって、単身乗り込み奔走した榊原氏だが、持ち前の明るさと行動力、高いモチベーションがそれを乗り越える原動力となった。榊原氏によれば「僕はビックリするくらい英語が下手」だそうだが、本人はそれをまったく問題にはしていない。

「実は日本を発つ前に70万円くらい払って英会話学校に通いましたが、結局意味はなかった(笑)。基本的には中学校で習う単語と文法だけで何とかなります。勇気を持って跳び込んじゃえば、何とかなるということです。僕も最初は怖かったけど、いきなり40件くらいアポを入れちゃって、毎回英会話の実地訓練みたいな感じ(笑)。

イスラエル人の英語は、僕には英米人の早口な英語よりかえって聞き取りやすい。分からなければ“What do you mean?”と聞けば、易しく言い換えてくれますし、絵を描いたり、ホワイトボードを使ってもいい。それに、英語ができるというのは、いかに言いたいことを知っている単語で置き換えて、伝えられるかってところだと思うんですよ。専門用語が出て来なくても、内容がちゃんと伝わればいいんです。要は英語の上手下手より中身。あとはもう、度胸とパッションだけです。

そんな僕が、“My Responsibility is make a bridge between Japan and Israel.”と真剣に訴えると、みんな感動してくれるんです。そして、“I decided to live here for five more years.”と宣言すると、みんな安心し、信頼して腹を割って付き合ってくれます」

榊原健太郎氏

本日は、とりあえず“おにぎり”の紹介から。

今のところイスラエルでの事業は順調だ。日本と同じように起業家たちが集まるサムライハウスをテルアビブに設立し、現在は毎週イベントを開いて、現地の投資家と日本の起業家を結びつける活動を進めている。日本で開くイベントでは、起業に役立つ財務や労務という実務的な情報を提供することが多かったが、イスラエルでは日本文化の紹介、例えばお寿司の作り方やアニメ紹介など、まずは日本を大いにアピールする活動から始めたという。

「彼らは日本が大好きなので、日本の情報を得られる場所に集まりたがります。そもそも350万人いる労働人口の8割がスタートアップ関連と言われていますから、ほとんどがターゲットで、わざわざターゲットを絞る必要があまりない。まずは日本、そして僕らの人間性を好きになってもらい、その中で仕事をして行く流れを作っているところです。そのほうが投資をしてもらった後も逃げられたりしないし、心がしっかりつながっていることが大切ですから」

榊原健太郎氏

2014年9月18日、イスラエルのサムライハウスで開いた日本、韓国、イスラエル合同のスタートアップ・デモ。

イスラエルでのサムライインキュベートの本業は、まず、日本の起業家に投資するイスラエルの投資家を探し、マッチングさせること。もちろんイスラエルの起業家にサムライがコミットすることもある。さらにもう1つ、日本の大企業をイスラエルに呼び、イスラエルの起業家の意見を吸収してもらって、イノベーションを起こすきっかけにしてもらいたい、という狙いもある。

「大企業さんがこちらにブランチを作るとか、M&Aをするとか、そういう流れを作ると、日本でイノベーションが起こせるのではないかと考えています」

 

text:渋谷 淳

後編はこちらから

榊原健太郎氏

さかきばら・けんたろう
榊原健太郎

株式会社サムライインキュベート 代表取締役CEO
1974年愛知県名古屋市生まれ。関西大学社会学部卒業。97年、日本光電工業株式会社 入社。2000年株式会社アクシブドットコム(現VOYAGE GROUP)入社。01年株式会社インピリック電通(現電通ワンダーマン) 入社。02年株式会社アクシブドットコム(現VOYAGE GROUP)復帰。07年 グロービス経営大学院経営研究科入学。08 年株式会社サムライインキュベート設立。主に事業を立ち上げて数カ月以内の、スタートアップといわれるベンチャー起業を包括的に支援する。


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