自分そっくりに作ったロボットが「似ていない部分があるから」と、ロボットに合わせて整形手術をした研究者がいる。大阪大学大学院基礎工学研究科の石黒浩教授だ。
その柔軟な発想が斬新な研究結果を生み続け、2007年10月には、英国コンサルティング会社SYNECTICSの「生きている天才100人」でも、日本人最高の26位に選出された。
世界が認めた天才の頭脳は、ロボットが広く普及しようとしているいま、未来をどのように捉えているのだろうか。
石黒教授へのインタビューは、ロボットが次々と人間の仕事を代行していく近未来の話から、ロボットに恋心を抱く人間の心理など、ロボット工学にとどまらず、哲学的な話にまで発展した。天才にしか見えない未来予想図。じっくりお楽しみいただきたい。

人間らしさを正反対の2つの方法で表現

石黒教授とジェミノイドHI-4

石黒教授とジェミノイドHI-4。
ジェミノイドHI-4は、大阪大学により開発されたものです。

まずは石黒教授がどのようなロボットを作っているのかを見ていただきたい。
人間そっくりの人間型ロボット(アンドロイド)を、同教授は「ジェミノイド」と呼んでいる。ジェミノイドとは「双子」という意味の「ジェミニ(gemini)」という語と、「もどき」という意味の「オイド(oid)」を組み合わせて作られた造語という。モデルとなる人物を3Dスキャナで精密に型取り成形し、シリコンで覆っているため、見た目はモデルの人物そっくりだ。

ジェミノイドにはマイクとスピーカーが内蔵されており、通信機能を持たせ遠隔操作できる。離れた見えない場所から遠隔操作されると、まるで本物の人間と会話している気になるから不思議だ。

一方で、石黒教授は人間そっくりに作るのではなく、性別も分からないほど単純化されたぬいぐるみのような「ハグビー」も作っている。これは正式には「ロボット」ではなく「存在感伝達メディア」というらしい。

――これほど人間そっくりに作れば「不気味」と感じる人もいるのでは?

石黒 いや、そんなことはないですね。そう感じる人も最初の5分間くらいのものです。最初は動きがぎごちないと思っている人でも、ジェミノイドに搭載されたスピーカーを通じて僕がしゃべっていれば、5分も経たないうちに慣れてしまって、ジェミノイドを僕だと認識して普通に話しかけてきますよ。

ハグビーとテレノイドを抱く石黒教授

石黒教授(左)が抱いているのは、ハグビー(左)とテレノイド(右)。ハグビー、テレノイドは、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)石黒浩特別研究所により開発されたものです。ジェミノイド、ハグビー、テレノイドは、ATRの登録商標です。

――人間そっくりに作るロボットと、反対に「ハグビー」のように似せないロボットの両方を手がけるのはどうしてですか?

石黒浩教授石黒 人間の認識に訴えるには2通りあるんです。1つは、人間そっくりの見た目や、しゃべり方にする方法。そっくりなので、人間だと感じて会話を続けることができる。でもちょっとでも変だと、「不気味」と受け取られかねない点はある。もう1つの方法は、反対に姿、形を簡略化する方法。ハグビーは、形からは誰であるか分からない。性別さえも分からない。でも人間には、分からないところをポジティブに補完するところがあるのです。ハグビーから聞こえてくる声をベースに、姿や形を想像し、それをハグビーに投影するのです。

――なるほど。そっくりに作るのと、反対に簡略化して人の想像力を喚起するのと、まったく逆の2種類の方法で人間らしさを表現するわけですね。

石黒 そうです。簡略化しても人間らしさは十分に表現できます。携帯電話を埋め込んだハグビーを高齢者に使ってもらった実験では、高齢者のコレステロール値やストレスホルモン値が大きく低下するという結果が出ています。離れて住む家族と電話で話すだけなら、電話を切ったあと寂しさが残ります。でもハグビーなら、電話のあとも抱っこしていれば寂しさが消えないようです。

ロボットは人間社会を征服するのか

――ロボットが社会を征服するようになるという意見があるのですが。

石黒 いや、何も大変なことは起こらないですよ。コンピューターが人間より優秀になったらどうするのかと心配する人がいるけど、コンピューターはある部分では既に人間より優秀です。コンピューターはアルゴリズム(計算式)があれば、人間より早く計算できる。物事が定義された瞬間に、全部コンピューターが勝つのです。
定義が曖昧なものだけ、人間が勝つと言われていますが、実際には勝ってはいない。定義していないので、パフォーマンスを計測できないだけの話です。チェスとか、クイズとか、プロセスがはっきりしているものは全部コンピューターが勝つ。ロボットは単にコンピューターの延長なので、コンピューターで起こっていることがそのままロボットでも起こるということです。

チェスやクイズに機械が勝つという話は、恐らくIBMのコンピューターのことを石黒教授は言っているのだろう。IBMのコンピューター「Deep Blue」は1997年に、当時のチェス世界チャンピオンのガルリ・カスパロフに勝利している。また同じくIBMのWatsonは、2011年に米人気クイズ番組「Jeopardy!」に出演、人間のクイズ王と対戦し、見事優勝。賞金100万ドルを獲得した。賞金は全額慈善事業に寄付されたという。

「Jeopardy!」に出演したWatsonは、10台のラックに搭載されたIBMコンピューター「Power Systems 750」で構成され、ICチップは2880個の「POWER7プロセッサー・コア」、基本ソフトは「Linux」を搭載。処理性能は80テラFLOPSにも達した。またインターネットには接続されておらず、書籍や、台本、百科事典など2億ページ分のテキストデータ(70GB程度約100万冊の書籍に相当)をスキャンして取り込んでいたという。

「ルールを定義した瞬間に、コンピューターの勝利」という石黒教授の主張は、確かにその通りかもしれない。今、コンピューターには真似できない人間の能力として、「思いやり」や「直感力」「クリエイティビティー」などが挙げられることがある。こうした能力は、石黒教授の言葉通り曖昧な概念で、数値化が困難だ。だが、もし何らかの形で「思いやり」を比較できるように数値化できればどうだろう。高い数値を獲得できる発言や情報を出力するように、コンピューターをプログラミングすることは、まったくもって難しい話ではない。

――つまり、「直感力」や「クリエイティビティー」もきっちりと定義して、比較できるように数値化できるのであれば、やはりコンピューターは高得点を叩き出せるということかもしれないと。

石黒 例えば株式市場の取引の多くは、自動取引コンピューターが受け持っています。サブプライムローンの問題も、コンピューターの自動取引システムがなければ、あそこまでひどいことにならなかったという意見があります。これを金融業界がコンピューターに征服されていると思うかどうか。

――石黒教授は、どう思われますか。コンピューターに征服されているとお考えですか。

石黒 僕は共存していると思っています。機械と人間は対立構造にあるわけではなく、機械は、人間の物理的、身体的な制約を克服するためにある。機械の進化は、人間の進化。遺伝子以外の進化の形だと思っています。

確かにわれわれの身の回りには、コンピューターに判断を任せているものが既に多数存在する。株式市場の自動取引システムのおかげで、株価が暴落する危険性はある。飛行機の自動操縦システムも、1つ間違えば多くの人の命を危険にさらしかねない。最近の自動車に搭載され始めた自動ブレーキ・システムも、何らかの原因で機能しなければ大事故につながる可能性もある。

しかし、対処方法はある。株価が暴落する前や、飛行機や自動車が事故を起こす前に、機械のスイッチを切って、人間が操作すればいいだけの話だ。またそうした問題や事故が発生しないようにプログラムを厳重に改良しておけばいい。

ジェミノイドサミットの様子

ジェミノイドサミット。前列左がジェミノイドF、中央がジェミノイドHI-4、右端はGeminoid DK。ジェミノイドHI-4は大阪大学、ジェミノイドFは、大阪大学と国際電気通信基礎技術研究所(ATR)石黒浩特別研究所により共同開発されたものです。ジェミノイドはATRの登録商標です。

逆に言えば、問題や事故が発生するケースは、まだ技術が完成していないというだけのことかもしれない。技術の完成度は今後ますます高まるだろうから、問題や事故は減少するはずだ。暗い未来が待っているのではなく、未来は明るいはずだ。石黒教授は、そう考えているようだ。

 

人間に残された仕事とは

とはいうものの、その「明るい未来」に関し、疑問が残る。人間の仕事はどうなるのか、という疑問だ。

――人間の仕事はどうなるんでしょう。ロボットや人工知能が人間の仕事を奪うようにはならないのでしょうか。

石黒 物理的な仕事はロボットに置きかえられるものがどんどん多くなるでしょうね。医療現場では、看護師の仕事はいくつかロボットに置き換えるというようなことも始まっていますし、高性能の画像認識技術などのお陰で、より正確な診断が下せるようになってきています。

シリコンバレーの著名投資家 Vinod Khosla氏は石黒教授と同意見だ。「今後20年間ぐらいは人工知能の改良のために医師の力を借りなければならないだろうが、最終的には医療の90%から99%は、医師の診断よりも優れていて安価な方法で対応できるようになるだろう」と予測している。

実際に米国のSloan-Kettering記念癌センター(Memorial Sloan-Kettering Cancer Center)はIBM Watsonの技術(コグニティブ・コンピューティング)を使って、癌診断に特化したシステムの開発を急いでいる。Watsonが、60万件の医療エビデンス、150万人の患者記録、200万ページ分の医療論文に加えて、患者の個人的症状、遺伝子情報、家族及び本人の病歴などのデータから、1人ひとりを診断し最適の治療方法を提案してくれるのだと言う。

癌の領域は、急速に医療技術が進化している領域。その最先端の知見を維持し続けることは、生身の人間にとって簡単な話ではない。人工知能のほうが、より的確な診断を下せるのかもしれない。

さてロボットや人工知能が普及することで、人間の仕事が減っていく。それはいいことなのだろうか。困ったことなのだろうか。

この問いは、産業革命のときから浮かんでは消え、消えては浮かぶ問いだ。恐らく短期的には、仕事がなくなることで困る人達が出るものの、長期的には社会はその変化に対応し、人間の生活はより豊かになっていく。それが産業革命を経験して分かったことであるし、今回のロボットや人工知能が引き起こす変化に関しても、同様の結果になるのだろう。

医療に関しても、人工知能は医療費の削減に大きく貢献するだろう。また都会では、現在のような数の医師は不要になり、その分、過疎地や途上国にまで医師を派遣できるようになるかもしれない。

――では果たして人間の生活や社会は、どのようなものになっていくのでしょうか。

石黒浩教授石黒 どんどん便利になっていく。そうなると人間はみな、ある意味、哲学者になっていくのだと思います。時間ができると人は何をするのか。本を読む時間もできるし、考える時間も増える。

今あるすべての仕事がどこに向かっているのかというと、僕は2つしかないと思っています。1つは世の中の起源、もう1つは人間とは何か。この2つ。

世の中の起源というのは、宇宙の起源、物質の起源、というような領域。量子力学などが専門の物理学者がやっている仕事。それ以外のすべての仕事は、背景に人間があるのです。この取材もそう。僕に興味を持ってもらって取材されているわけだし、工学は人に役に立つものを作るというのが定義。経済は人のお金にまつわる話です。つまり、すべての仕事は背景に人間理解という目的がある。人間社会におけるありとあらゆる仕事は、人間理解なしに成り立たないのです。

世の中の起源以外のあらゆる仕事の本質は、人間を理解することと、そのために道具を作ることなのです。その道具であるロボットがどんどん便利に使えるようになってくると、道具を作ることよりも人間を理解することの比重がそれにつれて大きくなっていく。つまり、すべての仕事は、人間理解に向かうようになると思います。

――石黒教授の仕事も、人間理解の方向に向かっているようですね。今の関心事は、やはり人間そっくりなアンドロイドを作ることですか。

石黒 ロボット自体には興味がないのです。僕が興味があるのは人。人間らしさとは何だろうということです。心や意識は、どうすれば機械で再現できるかということに非常に興味があります。

――今の科学では心や意識というのは、どの程度理解できているのですか。

石黒 ほとんど分かっていません。医学的には、もちろん、意識があるなしは分かっています。この患者は、意識があるか、目が覚めているか、ということは分かる。でも哲学的な、高次の意識というものが、どういうものなのか。その実態はほとんど分かっていない。

text:湯川鶴章

後編はこちらから

石黒浩教授

いしぐろ・ひろし
石黒 浩

大阪大学教授(特別教授)大学院基礎工学研究科システム創生専攻
1991年大阪大学大学院基礎工学研究科博士課程修了。工学博士。その後、京都大学情報学研究科助教授、大阪大学工学研究科教授等を経て、2009年より大阪大学基礎工学研究科教授。2013年大阪大学特別教授。ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー)。専門はロボット学、アンドロイドサイエンス、センサーネットワーク等。2011年大阪文化賞受賞。


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