ビッグデータが企業経営者の関心を集めている。ビッグデータを分析することで、新たな顧客を開拓し、企業の成長をドライブすると言われているからだ。
だが、国立情報学研究所 アーキテクチャ科学研究系の佐藤一郎教授は、「日本ではビッグデータを活用して新規顧客の開拓で成功している企業は、まだそれほど多くない。ビッグデータで成功している企業の多くは、別の狙いでビッグデータを活用している傾向がある」と指摘する。
ビッグデータを経営に生かすにはどうすべきか。そして、そのために経営者は何をすべきか。佐藤教授に、企業経営に生きるビッグデータ活用法について聞いた。

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ビッグデータはビュッフェ・スタイル?

「BI(ビジネス・インテリジェンス)はコース料理、ビッグデータはビュッフェ・スタイル」
佐藤教授の例えは、極めてユニークだ。では、なぜBIがコース料理であり、ビッグデータはビュッフェ・スタイルなのか。

「BIの場合には、ある程度サンプリングしたデータや、限られた情報を高度な分析手法を用いて結果を導き出すものといえる。すべての情報を分析し尽くすという点では、出されたものを美味しく食べるコース料理と似ている。
これに対して、ビッグデータは大量に蓄積されたすべてのデータを分析することはできないため、すべての料理を食べることができないビュッフェ・スタイルと同じ。必要なものだけを選択する必要がある。また、お寿司とスパゲッティを一緒に食べてもあまりおいしくない。どのデータとどのデータを組み合わせるかということが重要な鍵になるという点も、ビッグデータがビュッフェに例えられる理由の1つ」

確かにビッグデータは、組み合わせによって、新たなデータを導き引き出す。
例えば、ある家庭の水道とガスの使用量データを組み合わせると、ある特定の時間帯に風呂を沸かしていることが推測できる。個別のデータからは分からない生活パターンが浮き彫りになるといったことが、ビッグデータの特徴だ。

データ・サイエンティストに求められるのは現場の知識

データ同士の優れた組み合わせを導き出すのが、データ・サイエンティストということになろう。価値ある組み合わせを導き出すためには、データを読み解く能力とともに、現場感覚を持っていることが大切だ。
「データ・サイエンティストに求められる能力で最も重要なのは、現場についての知見があること。あるいは現場とコミュニケーションが取れる環境にあること。統計手法や統計知識については、詳しいに越したことはないが、それは求められる素養としては第一番ではない。データ・サイエンティストと呼ばれる人たちが、もし、ずっとPCの前に座って、データの分析だけをしていたのならば、現場が求める結果は出るはずもないだろう」

佐藤教授は研究者の視点だけでなく現場をより深く理解するために、実際に現場に赴いて自ら実証実験に参加する手法をとっている。大手スーパーの店頭に約3週間立って販売や品出しを手伝ったこともある。また別の機会には、自動販売機の飲料の補充作業などにも同行した。そういったさまざまな仕事を自ら体験することで、現場ではどんなデータが必要とされるのかといったことを追究している。現場が分からなければ、有効なビッグデータ活用は実現しないというのが、佐藤教授が体験を通じて得た結論だ。

「ビッグデータのように、データ量が多くなると、誤った情報やイレギュラーな情報が増える傾向がある。これに高度な分析技術を当てはめても、ノイズを拾ってしまうだけ。データ量が少ない場合には高度な分析技術が必要だが、玉石混交の大量データで構成されるビッグデータには、高度な分析技術はむしろ必要ない」

また、データ・サイエンティストが扱うデータが、より機密性の高いものになる可能性があるのならば、社内での雇用を検討する必要があろうと助言する。
「データ・サイエンティストの業務を、外部にアウトソーシングする場合にも、1対1という形で請負契約を行う方がいいだろう。外部に情報が流出することを懸念しながらビッグデータを扱うと、どうしてもうわべだけの分析に留まることになりがちだ」

だがその一方で、外部のデータを積極的に活用することも重要な取り組みだとする。
すでにショッピングモールでは、入居する異業種の売り上げデータなどを活用して、モール全体で集客を高めるための施策に、ビッグデータが活用されている。こうした動きが企業間や子会社間で促進されれば、大手企業グループの本社機能や、フランチャイザーの本部機能そのものを見直すことにつながる可能性もあるという。

経営環境の変化がビッグデータ活用を促進

佐藤一郎教授佐藤教授は、「経営環境の変化やビジネスの変化によって、企業がビッグデータを必要とする時代が訪れた」という。

高度成長期に代表される大量生産、大量消費時代には、マスとして捉える分析手法が活用され、サンプリング数も少なくてよかった。
だが、今は個の意識が尊重される。購入前の製品評価も、メーカー側の説明ではなく、ネットに書かれた購入者の意見を参考にする人が増え、自分にとって最適な製品を選択しようという動きが顕著になってきた。つまり、店舗全体で製品が何個売れたのかではなく、個々の顧客が何を購入しているのかが重要になってくる。個人にターゲットを絞ったマーケティングを立案するための分析だ。

これは必然的に、データ量が増加することにつながる。経営環境の変化がビッグデータを求めているのである。

「個客」満足度を高めるための活用へ

では、このビッグテータの世界は、今後どう進化していくのだろうか。
佐藤教授は、「成長戦略の立案や損失の低減といった企業経営そのものにビッグデータを活用する時代から、『個客』満足度を高めるためにビッグデータを活用する時代が訪れるのではないか」と予測する。
ビッグデータを基に、一人ひとりの顧客にとって最も損失が少なくて魅力的な提案を行うことが企業の信用向上につながり、安定的な収益確保につながるというわけだ。

ビッグデータは大幅な収益を生む「マジック・ボックス」であるという認識は捨て、まずは、損失を縮小化させる「現実の解」のために活用するのが成功へと導く要素らしい。そして、この成功の次のステップへとつなげるためには、「個客」満足度を高め将来への投資へと活用することが必要となる。
ビッグデータの利活用を「個客」満足度につなげる、という発想を持った企業はまだ少ない。だが、ここに次代に向けたビッグデータ活用成功への、1つのヒントがありそうだ。

text:大河原克行

佐藤一郎

さとう・いちろう
佐藤 一郎

慶應義塾大学理工学部電気工学科卒、同大大学院計算機科学専攻修了、博士(工学)。2001年国立情報学研究所・助教授を経て、2006年より同研究所・教授。また、国立大学法人 総合研究大学院大学複合科学研究科情報学専攻・教授を併任。科学技術分野文部科学大臣表彰 若手科学者賞他多数を受賞。


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