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近年、高齢者の介護や作業現場などで、人の代わりに働くロボットや補助をする機器の開発に期待が高まっている。
東京理科大の小林宏教授は、人の筋肉の力を補強することで、作業を楽にする装着型の動作補助装置「マッスルスーツ」を開発した。身近で簡単に装着でき、比較的安価に設定されたマッスルスーツは、すでに高齢者の介護の現場や配送業者の倉庫での作業などで使用されており、2015年4月からは本格的な量産体制に入る。
小林教授は「動けない人を動けるようにする」「生きている限り、自立した生活を実現する」ための装置の開発を最終目標にしている。そのために、歩行訓練装置「アクティブ歩行器」の開発にも取り組んでおり、2015年中にはリリースし、病院や施設などに貸し出す計画だ。「マッスルスーツ」や「アクティブ歩行器」開発の経緯、ロボット開発に対するエンジニアとしての将来展望などについて、小林教授に聞いた。

人工筋肉による補助力で、物を持ち上げる時の腰の負担が3分の1に

今、介護や作業の現場で、ロボットが脚光を浴びている。その普及をさらに推し進めて行くには、安価で、誰もが簡単に使えるような製品の開発が必要になる。その先頭を走っているのが東京理科大学の小林宏教授が開発した装着型動作補助装置「マッスルスーツ」だ。

小林教授は「マッスルスーツはモーターではなく、ゴムチューブを筒状のナイロンメッシュで包んで両端をつなげた人工筋肉を使う。チューブの中に圧縮空気を入れると、膨張して、5気圧で最大150kgの張力が生じる。これが身体を起こす際の補助力となり、人や物を持ち上げる時の腰の負担が約3分の1になる」と説明する。人工筋肉は1950年代に発明され、1985年から10年間、日本のタイヤメーカーが製品化したこともあったが、その後見なくなったという。

kobayashi_1-1-2「人工筋肉は圧縮性がある空気を入れるため、正確な位置決めができない。それを正確さが必要なロボットや機械で使おうとしたため、うまくいかなかった。しかし、人間の動きは機械のようにきちんと位置決めする必要はなく融通がきくので、むしろ適している。加えて、軽くて柔らかいので、人間の生活空間で使うには都合がよい。そのために、マッスルスーツは人間になじむ動きができるようになっている」

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小林教授は大学院で学位取得後、1996年から2年間、チューリッヒ大学人工知能研究所に留学した。だが、人工知能といっても技術的には当面人間が全部プログラムを書いてやるしかなく、自分が考えていた真の人工知能の研究にはなかなか展望がないと見切りを付け、「もっと身近で人の役に立つことをやろう」と決めて日本に帰国した。小林教授は「当時はホンダのASIMOのような人型ロボットの全盛期だった。けれども、二足歩行は可能でも、まだまだ人間のようにアイデンティティを持って自分で何かやれるわけでもない。自分はできるだけ早く人の役に立つものを作りたいと考えると、直感的にその路線ではないと思った。人にとって一番つらいことの1つは、自分の意志で動くことができなくなることだろう。だったら、動けない人が動けるようにすることが目標だと思い至った」と語る。

動くものを作る時に、最も大事なのは何を使って動かすかである。通常はモーターを使うが、小林教授は人工筋肉の方が冗長でいい加減な動きをする人間には適している、逆にきちんとした制御をしたら、うまくいかないと考えた。

強力な力を補助力にして人間が動かされるという考え方で開発に着手

人間が身体に装着して動く装置は1960年代から開発されてきたが、今までうまくいっていない。その理由は、人間の筋肉の動きを補助しようとした時に、どの方向にどの位のスピードと強さ、加速度で動かすかは動かす本人にしか分からないことにある。人間が動くとおりに装置を動かそうとしても、腕だけならよいが、身体全体になるとバランスが問題になる。そうすると、動かす力を強くしていけなければならなくなり、装置は大型化し、とても装着できないような代物になってしまう。

小林教授は「私は逆に、人間が動かされてしまえばよいと考えた。強力な力を補助力にして、人間がそれにならって動けば、筋力もさほど要らなくなる。ロボットというと、制御という話になって、どうしたらインテリジェントな動きができるかというところに行ってしまう。私はそれとは反対に、人間の足りないところを補うことに特化した。腕、腰とそれぞれ動きは決まっているので、何かをきっかけに動き、人間はそれにつられて動くというやり方に切り替えた」と強調する。

マッスルスーツのお陰で、女性でも軽々と10Kgの荷物が持ち上げられる

マッスルスーツのお陰で、女性でも軽々と10Kgの荷物が持ち上げられる


14年間試行錯誤の連続。カギは「本当にそれを必要としている」パートナー企業の存在

マッスルスーツが誕生した2001年から現在までの14年間は、マッスルスーツを本当に役に立つものにするための試行錯誤の連続だった。

「最初は腕から取り組んだ。しかし、腕だと現場に行っても、『確かに楽になる』で終わってしまい、結局ミクロ的な需要しかなく、広がらないことに気づいた。
そこで、不特定多数の人が使えるところから始めなければいけないと考え、介護の現場や重い物を持ち上げる作業現場でほとんどの人が痛めている腰をやることにした。腰であれば需要が多いし、マーケットも大きく、まさにマクロ的だ。そこでアシスト技術が認知されたら、腕にも入っていくことができ、マクロからミクロに攻めていける」

腰を補助する装置で福祉ロボットというと、介護支援に限定されてしまう。そうすると、介護保険制度の制約が出てきて、活用スピードが鈍くなってしまう。実際に開発の最初の段階では、医療・介護関係からは全くコンタクトがなかった。
そこで、そもそもマッスルスーツは肉体労働全般に使えるので、医療・介護に絞らず、さまざまな分野での活用を目指した。特に企業内の労働環境改善のために開発を続けることにした。

kobayashi_1-3小林教授は「まずコアを作って、そこから派生していき、認知を得ることが重要だ。現場で使ってもらうために、どう作っていくのか、どう普及させていくのか。その流れを考え、そのための製品を出していくまでの過程が一番大変だった」と振り返る。
今は少子高齢社会を背景に、あらゆる分野から問い合わせが来ており、さらなる加速を求められている。

マッスルスーツの開発で最も重要なポイントはパートナーだ。ロボットは注目度も高いため、マッスルスーツについても多種多様な企業からコンタクトがあり、共同研究にも取り組んだ。しかし、ある程度の成果は出ても、すべて中途半端なものに終わった。
小林教授は「それは共同研究した企業が本当には困っていなかったところに理由がある。だから、結局うまくいかなかった」という。

訪問入浴業アサヒサンクリーンとの連携がマッスルスーツの完成度を高めた

そうした中で、2010年に出会ったのが、現在マッスルスーツを600台使っている訪問入浴介護の老舗企業アサヒサンクリーンだ。同社は訪問入浴サービスが主力事業で、専用車で利用者の家にバスタブを持っていき、ベッドから身体の自由がきかない利用者を抱き上げて、バスタブに下ろす。そして、身体を洗って、ベッドに戻すという作業をしている。しかし、この事業に携わる社員で、50歳以上の人はわずか数パーセントだ。利用者を抱き上げて、下ろすという一連の作業で、多くの人が腰を痛めてしまい、若い社員しか働けなくなるのだ。

「少子高齢化が進む中で、年配の社員も訪問入浴の仕事ができるようにしないと、会社として成り立たなくなる。アサヒサンクリーンの危機感は尋常なものではなかった。中高年齢者でも仕事が続けられるようにすることに会社の将来はかかっていて、まさに死活問題だった。そのため、マッスルスーツの開発に非常に真剣に取り組んでもらうことができた」

最初はアサヒサンクリーン側から、あれもダメ、これもダメといろいろな課題が出され、小林教授はそれにエンジニアとして、解決策を提案し続けた。そうしたやり取りを続け、課題にすべて答えていく中で、お互いの信頼関係が生まれていった。
「できること、できないことを正しく理解して答えを出すのがエンジニアだ。改善策をきちんと出していく中で、アサヒサンクリーンも問題点を出せば回答を出してくれるという実感を持ち、現場で使えるところまでやり切ろうという気持ちになっていった」

ものづくりには、問題点の所在を理解し、そこから改善のための要望を聞き出すことが欠かせない。そのため、小林教授はアサヒサンクリーンに行き、実際にバスタブに利用者を移す動作をしてもらった。その中で細かくヒアリングをして、改善項目を具体的に出す。そして、その問題点を1つずつ解決したマッスルスーツを持っていき、試してもらう。さらにそこで問題点が出たら、次の改善につなげる。気が遠くなるような、その作業を何度も何度も根気強く繰り返すことで、マッスルスーツの完成度は高まっていった。

TEXT:菊地原 博

後編はこちらから

小林宏氏

こばやし・ひろし
小林宏

東京理科大学 工学部第一部機械工学科 教授。博士(工学)
1966年生まれ。1995年、東京理科大学工学研究科機械工学専攻博士課程修了。
1996年~1998年、日本学術振興会海外特別研究員としてチューリヒ大学計算機科学科に留学。2008年から現職。2001年に科学技術振興事業団 さきがけ研究21「相互作用と賢さ」領域研究員。
専門は知能機械学、福祉工学、画像処理、ロボティクス、メカトロニクス。これまでの研究には、顔表情の認識に関する研究、顔表情ロボットの開発、ロボットのコミュニケーション知能に関する研究、マッスルスーツに関する研究、アクティブ歩行器に関する研究などがある。ユニークな研究に独自に取り組んでおり、企業に負けないコンセプトや技術力を保有、複数の企業と製品化、実用化のための共同研究や開発を推進している。
著書に『ロボット進化論–「人造人間」から「人と共存するシステム」へ』(オーム社)、『顔という知能- 顔ロボットによる「人工感情」の創発』 (共著、共立出版)がある。

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