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日本のエネルギー自給率はわずか4%。主要先進国で最も低い水準だ。準国産エネルギーといわれてきた原子力発電も、2011年3月の東京電力福島第一原子力発電所の事故以降ほぼ稼働していない。日本はこれからもエネルギー貧国のまま、海外からの輸入に頼り続けるのだろうか。この問いに対して、数年前にこんな夢のような答が発表された。
「将来、日本を産油国に変えるかもしれない再生可能エネルギー資源の研究が進んでいる」
国内外で熱い注目を浴びたその資源とは、水中で生育する“藻類”だ。旺盛な繁殖力をもつ2種の藻を組み合わせてハイブリッド増殖させ、石油代替エネルギーを高効率に抽出する。その後の研究開発の進展や今後の見通し、課題はどうなっているのだろうか。日本の藻類研究の第一人者であり、プロジェクトのリーダーである筑波大学生命環境系・渡邉信教授の研究室を訪ねた。

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明確な政策のもと、巨費を投じ研究開発を推進する欧米

今後藻類バイオ燃料を普及させていくために、乗り越えるべき課題は何か。
最大のテーマは価格を下げることだ。石油の代替燃料になるためには、価格の面で石油と競争できなければならない。
「中東の石油は太古の昔、地球の海域で繁茂していた藻類が海中深く堆積し、高温高圧下で変性してできたものといわれています。いわば、1億年以上もかけて地球がつくってくれた天然資源。現代人はそれをただ採掘して使用しているだけです。
一方で藻類バイオ燃料は、その何億年分を科学の力で超高効率に短縮して生産しようとする人類の壮大なイノベーション。採算的に苦しいのは当然のことです」
現状では、レギュラー・ガソリンが1リットル160円前後。しかし藻類バイオ燃料は、すでに実用化初期段階にある米国でさえ1リットル500円以上だ。差をどう埋めていくか。

「2020年を見越して、どこまでエネルギーとしての価格を下げていけるか。1リットル160円~200円が1つの指標」と、渡邉教授は具体的な目標数値を語る。
 
米国には、明確な政策がある。巨費を投じて民間の研究開発を後押ししているのは、国としての安全保障政策を反映しているからだ。渡邉教授によると、国防総省は空軍で2016年までに米国内で使う燃料の半分をバイオ燃料に置き換えるという目標を立てた。海軍や陸軍でも同様に具体的目標がある。
「国防総省は現時点で、1リットル650円ほどでバイオ燃料を買っています。最終的に2018年にはリットル80円にする、という非常に高い目標を持っています」

欧州にも政策がある。安全保障面だけでなく、温暖化ガスの排出削減を義務付けるため、航空機燃料のバイオ比率を高める政策を立てている。2020年までに、EUの空港を利用する航空機の燃料の10%をバイオ燃料にすることを義務化する施策である。むろんEU域内の空港に乗り入れる日本の航空機もそれに従う義務があるということだ。
 
ところが自給率4%のエネルギー貧国であるにも関わらず、「日本にはそうした政策がありません」。
2013年9月、渡邉教授が発起人の一人となって開催した「藻類バイオマス国際シンポジウム」では、参加した日本政府の“悠長さぶり”が露呈されたという。
「まだ今後の流れがどうなるか分からないから、日本は今は基礎レベルで研究をやっていればいい、将来的に商業化されるのは2030年ごろだろう、という見方でしたから、欧米政府の動きとのあまりの乖離に、参加した皆から危機感を感じる声が続出しました」
 
そうした政府の姿勢とは別に、日本の企業の中には独自に藻類バイオ燃料生産の事業化を打ち出したところもある。
watanabe_thumb2013年7月の日経新聞によると、重工業大手などのチームは、2018年に日照時間が長く大規模工場の建設用地も維持費も安い東南アジアまたはオーストラリアで、航空機燃料向けにボトリオコッカスの一種の藻類から燃料を量産する計画。1リットル100円の価格を目指すというもの。

 

「チャレンジングな難しい目標だと思いますが、将来は250兆円が見込まれる市場ですし、日本企業にはぜひがんばってほしい」。渡邉教授はライバルの存在にエールを送る。そしてこうも言う。
「でも、私はあくまでも国内でエネルギー生産しなければならないと考えます。そこは異なる点です」
日本で使われるエネルギーは基本的に日本で生産されるべきだというのが、渡邉教授の持論である。理由は2つ。
「1つめは、国内の産業を空洞化させず、地域の活性化を促進していくためです。2つめは、有事のときのため。もし、資源が不足し価格が異常に高騰したり、戦争や紛争などで海外からエネルギー資源が入ってこなくなったら、日本はたちまち機能不全に陥ります。そうならないためにも、エネルギーは国内で独自に賄えるようにしておかなければなりません」

立ちはだかる行政の壁。科学と技術で世論形成をはかりたい

2011年の東日本大震災では故郷も被災した。日本のためにという意志は強い。立ちはだかる“壁”を1つずつ乗り越えていかなければならない。価格面の次に立ちはだかるのが、法制度などの行政面での壁である。
「仙台の実証試験場の周囲には、津波の塩害で使えなくなった30ヘクタールの農地があります。そこをボトリオコッカスの培養に使おうしたのですが、農地法の壁があってかないません」。農地法では、農地は「耕作の目的に供される土地」とされ、農地の用途に制限があるのだ。

省庁間には縦割行政が随所に見られる。それが法の壁となり足かせとなり、前進できない。欧米では明確な政策のもと巨費を投じ、法制度を整えて藻類バイオエネルギーの研究開発を強力に後押ししているが、日本ではここでも挫折感や危機感がつのる。
だが、そうした壁さえも乗り越えなければならないことを、渡邉教授は覚悟している。
「どう解決していくか。やはり科学と技術です。『今はもう農地として使用していない広い耕作放棄地だけれど、藻類を育てオイルを生産すれば、そこが地域や国を豊かに生まれ変わらせることができる拠点になる』、ということを科学と技術のイノベーションで国民に示していきたい。そして、『そんな規制があるのはおかしい』、という世論を形成していかなければなりません。
それが研究者としてなすべきことだと思っています」

text:漆原次郎

渡邉信

わたなべ・まこと
渡邉 信

1948年生まれ。1971年、東北大学理学部生物学科卒業。北海道大学大学院理学研究科植物学専攻修了。理学博士。1977年、富山大学薬学部助手、環境庁国立公害研究所研究員、同主任研究員などを経て、1990年に国立環境研究所室長。1997年に環境庁国立環境研究所生物圏環境部長(1992年〜2001年は、筑波大学大学院生物科学研究科教授を併任)。2006年より、筑波大学生命環境科学研究科教授。2007年より日本学術振興会学術システム研究センター総合・学際新領域主任研究員を併任。研究テーマは、水界生態系における藻類集団構造の多様性動態と保全・利用に関する研究。
編著書に『新しいエネルギー藻類バイオマス』(編著、みみずく舎)、『藻類ハンドブック』(共著、エヌ・ティー・エス)など。


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※日本IBM社外からの寄稿や発言内容は、必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。


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