障がい者が健常者を超える日 ~ 義足テクノロジーの最先端

最近でこそパラリンピックなどで競技用の義足をつけたアスリートを目にする機会が増えたものの、義足と聞くと、まだまだ「重度の障害」「歩行が困難」「日常生活がかなり制限される」といったイメージを持つ人が多いのではないだろうか。そんな義足をテクノロジーによって「健常者と同じか、それ以上の能力を発揮できる」レベルにまで押し上げようとしている研究者がいる。ソニーコンピュータサイエンス研究所(以下、ソニーCSL)の遠藤謙氏だ。
もともとはロボット工学を志し、現在は義足研究の第一人者として国内外を問わず活動領域を広げている遠藤氏。氏の義足の研究開発はどこまで進んでおり、今後どうなっていくのだろうか。インタビューでは、氏の盟友であり、国内はおろか世界でもほとんど類を見ない「股義足」(股関節部を離断)アスリートとして注目を集める野田隼平氏も同席。人体とテクノロジーのさらなる共存を目指して併走する“トップランナー”2人に話を聞いた。

運動機能が損なわれた部分は、テクノロジーで必ず補える

——まず、お2人が知り合ったきっかけを教えてください。

遠藤 僕がアメリカから帰国して間もない2012年4月に、友人から「紹介したい人がいる」と言われたんですが、それが野田さんでした。

野田隼平氏

野田隼平氏

野田 当時、私は義足をつけ始めて3年くらいでした。すでに競技を始めていたこともあり、義足の技術には興味を持っていて、 遠藤さんも関わられていたインドの義足のことも知っていました。そんなときに、義足の研究のために渡米した同世代の日本人がいるという情報を耳にして、 知人を介して紹介して頂きました。すぐに意気投合しましたね。ちょうど彼がインドに行って義足をつくるというタイミングだったのですが、初めて会った その日のうちに、僕も現地へ同行することが決まっていました(笑)。

遠藤 結果的に、野田さんを含む4人の義足を使っている方と一緒にインドへ行くことになったんですが、僕はほとんど全員と初対面。そんな状態で、5人で現地まで行ったわけです。

——それは一気に距離も縮まりますね。遠藤さんは、そもそも、どのような経緯で義足の研究をスタートされたのでしょうか。

遠藤謙氏

遠藤謙氏

遠藤 大きくいうと2つあります。もともとはヒューマノイド(人間型)ロボットがやりたくて、大学でずっとその方面を研究していたんです。そんなとき、高校時代のバスケット部の後輩が骨肉腫で足を切断することになってしまった。僕はそこで悲観的になるよりも「自分が持っている知識や技術で彼の役に立てることはないか」と考えたのです。それが1つめの動機です。

2つめは、マサチューセッツ工科大学(以下、MIT)のヒュー・ハー教授との出会いでした。ヒュー・ハー教授と言えば、TEDで、両足にロボット義足をつけてプレゼンテーションをしていた姿を見た方もいるのではないかと思いますが、僕が日本の学生だった頃、義足の学会で「MITのメディアラボでヒュー・ハーという教授がロボット技術を応用した義足を研究している」というのを耳にしたのです。さっそく論文を読んでみたところ「これこそ自分がやりたかったことだ!」と非常に感銘を受けました。そして念願かなってMITへ入ったのが2004年のことでした。

ハー教授という人は、若い頃にアイスクライミングで凍傷を負って、両膝下を切断しています。つまり自分のために義足の研究をしているのですが、彼は歩行どころか山登りも平気でやってしまうんですよ。ロッククライミングをしている様子はTEDでも紹介されていましたが、こんなに説得力のある研究は他にないと感じて、義足の世界に入っていったわけです。

——研究動機がすでに自分の中にあるというのは、確かに他に類を見ないですね。遠藤さんが渡米された頃は、既存の義足はどこまで技術が進んでいたんですか?

遠藤 一般に普及していた義足は、ほとんどカーボンファイバー製の部品を組み合わせたもので、ロボット工学を応用したようなものは市販されていませんでした。市場自体は当時とそれほど変わっていません。

——ヒュー・ハー教授のもとで学んだ中で、もっとも大きかったのはどのようなことでしょう?

遠藤 まずロボット技術に対するポジティブな姿勢ですね。足がないことにともなう運動機能の低下は、技術で必ず補えるという考え方。それと、義足といっても意外と普通だということでしょうか。自分の場合、それまで身近な範囲で義足の人に接することが実はほとんどなかったこともあり、当初はすごく大変で困難なイメージを抱いていました。ところが、ハー教授の振るまいを見ている限りでは、日常生活においてはなんら不自由ではなさそうなのです。そういう偏見や先入観が剥がれ落ちたことは、今考えると、やはり大きかったと思います。

異文化の壁を越えて、いかに「痛くない義足」をつくるか

——帰国後は、ソニーCSLに所属しながら義足の研究開発に取り組んでおられます。現在の開発状況を教えてください。

150804_3遠藤 いま、主に取り組んでいる義足の研究はいくつかありますが、ひとつはMITのメディアラボ時代から研究を続けている、ロボット工学の技術を応用したロボット義足です。通常、健常者が歩行するときは股、膝、足首の関節を使いますが、これをモーターを使って再現しようという試みです。ただ、すべての関節にモーターを付けてしまうとバッテリーなどで重くなってしまうので、たとえば膝部分だけモーターにして、足首はバネを使って反発力を高めてみてはどうか、などという研究を重ねています。課題としては、軽量化と価格でしょうか。市販品も数百万円はするので、まだまだ一般の方々の手が届くような価格にはなっていないのが現状です。

2つ目は、途上国向けの安価な義足の生産。インドへ行ったとき、足を失った人がこんなにも多いのかとショックを受けたことが、関心を持ったきっかけでした。そこで自分でも何かできないかと思い、現地で協力しながら進めようとしたのですが、僕は義足を試着してみることができない。そこで野田さんに現地で試してもらったりと、試行錯誤を重ねました。

——野田さんは実際に試されたそうですが、日本とインドでは、義足はやはり違うのでしょうか。

野田 構造自体はほとんど変わりません。ただ、私の場合は股義足といって、腰まわりに義足のソケットを巻く ように装着して使うんですが、インドのものは直接体に当たる 部分がどうしても痛く感じてしまう。個々人に向けて、十分にカスタマイズされていないからです。我々がお世話になったインドの団体は、宗教上の理由があって基本的には無償提供なんですが、量産しなければならない分、微調整している余裕がないのが実情のようです。

150804_4遠藤 文化や習慣、宗教の違いもあり、技術面だけではクリアしきれない問題があるのも確かです。もっとも最近は僕自身がなかなかインドへ行けなかったり、現地の担当者が変わったりなど、思うように進んでいない状態ではありますが、限られたコスト内でクオリティの高い義足をつくるという取組み自体は長期的には続けて行ければと思っています。

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