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鎖国時代、長崎は世界に開かれた唯一の窓だった。その長崎から程近い佐賀の地に、日本で最初に西洋医学を導入した病院『好生館』がある。1834年に開設され、180年以上の歴史を持つ好生館。そこに、最新の小児がん研究に長年挑んできた1人の医師がいる。中川原章氏だ。
中川原氏が取り組むのは、治癒率の低い小児がんの一種『神経芽腫』。そして、新薬候補の化合物を見出すために活用してきたのは、世界20万人にのぼるボランティアによって支えられる『ワールド・コミュニティ・グリッド(WCG)』だ。これは各ボランティアが、自分のPCの余剰能力を提供することで、仮想のスーパーコンピューターを作り出し、新しい発見に取り組む研究活動を支援するもの。このプロジェクトの活用により、7つの新薬候補の化合物を突き止めることができ、新薬創出への取り組みは、新たな段階に入った。 医学に長い伝統を誇るここ佐賀で 、がんとの闘いに挑み続ける中川原氏に話を伺った。

小学生の時、最愛の父を亡くし 「がんに仇討ちをする」と心に決めた

中川原章氏中川原「好生館の歴史は180と余年。西洋医学を導入した日本最古の病院です。江戸の種痘所に端を発する東大医学部のルーツも、実はここなんです。まぁ、東大の人たちは誰も知らないでしょうけれどね」

そう笑いながら、中川原章氏は誇らしげに話す。長年千葉県がんセンターのセンター長として活躍をした後、2014年4月、「佐賀県医療センター好生館」の理事長に就任した。

今から181年前の1834(天保5)年、第10代佐賀藩主・鍋島直正が、藩の人々に医学・医療を学ばせるべく「医学館・医学寮」を開く。長崎に近いという地の利もあり、そこは漢方医学のみならず、オランダ語を通してドイツ医学をも導入する先駆的な医学教育機関だった。

中川原氏にとって、佐賀県は郷里。先祖は佐賀(鍋島)藩の武士というから「好生館」との縁も深い。少年期・青年期も九州で過ごした氏にとって、「好生館」理事長就任は、思い入れのある“帰郷”だったに違いない。

がんという病に対する思い入れも特別だ。小学生の時、歯科医をしていた最愛の父ががんを患った。武道で鍛えていた体は痩せ細り、「もういいから殺してくれ」という悲痛な叫びの中で亡くなっていった。その時、中川原少年は「がんに仇討ちをする」と誓ったという。

この誓いを果たすべく、中川原氏は九州大学医学部に入学し、医師を志した。専門に選んだのは小児がん。小児がん撲滅の研究を突き詰めていけば、最終的には大人のがんにも応用できるはずと考えた。そして、その後40年以上にわたり研究と治療薬開発に取り組むことになった「神経芽腫」という小児がんを知る。

謎に満ちたがん「神経芽腫」の仕組みを探る

中川原章氏中川原「神経芽腫は、不思議な生物学的特徴を持った小児がんです。発症年齢の違いで転移しても治るものと、治癒率が極めて低いものがあるのです」

神経芽腫は、神経細胞が分化していく途中段階で生じるがんだ。病気の経過は、1歳未満で発症した場合と、1歳以降に発症した場合で大きく異なる。

中川原「発症が1歳未満の場合たとえ全身に転移しても、なぜかがん細胞の増殖が突然止まり、治療しなくても自然に治ってしまいます。ところが1歳以降に発症すると、自然治癒はほとんどなく、治療を施しても治りにくい難治性がんとなってしまう。日本を含む先進国では、小児がん全体の治癒率は7~8割にも達していますが、1歳以降に発症する神経芽腫については、治癒率はまだ3割止まり。小児がんでは、神経芽腫を何とかしないといけない、というのが世界的な課題になっています」

中川原氏はそんな“難敵”の神経芽腫と格闘してきた。外科医として小児がんの治療に従事する中、43歳の時、「遺伝子の観点からメカニズムを解明しなければ、新しい治療法は開発できない」と決心し、米国ワシントン大学に留学した。

ワシントン大学時代と、その後に籍を移したペンシルバニア大学時代、中川原氏は神経芽腫の遺伝子レベルでの仕組み解明に大きく寄与した。なぜ、発症が1歳未満だと治癒に向かい、発症が1歳以降になると悪化に向かうのか。その解明の手がかりを複数、発見したのだ。
まず、「TrkA」(トラックA)と呼ばれる遺伝子を見出した。TrkAは、別の物質と結びついて、細胞機能に変化を生じさせる受容体の1つだ。「神経成長因子」と呼ばれる物質がTrkAに結びつくと、ちょうど鍵穴に鍵がはまったようにスイッチが入り、神経細胞は分化・生存する。しかし、1歳未満の神経芽腫細胞はTrkAを過剰発現し、神経成長因子が無いと生存できない細胞になっていた。ところが、腫瘍組織の中にはその因子がほとんど無いので、がん化した神経細胞は飢え死にする形で自然に退縮していくことを発見。これが、1歳未満の発症においてがん細胞が無くなっていく仕組みだと分かった。

さらにその直後、中川原氏は今度は「TrkB」(トラックB)と呼ばれる遺伝子を発見する。

中川原「TrkBはTrkAとは逆に、脳由来の神経栄養因子と結びつくと、神経細胞を増殖させていきます。つまり、神経芽腫が治るほうに働くのがTrkAで、神経芽腫が悪くなるほうに働くのがTrkBです。発症が1歳未満の時はTrkAが優勢のため神経芽腫が治るほうへ向かうのですが、発症が1歳以降になると、TrkBが優勢になり神経芽腫が悪化するという仕組みが見えてきました」

“つながる”技術を駆使して、創薬を前進させる

中川原章氏がんに“仇討ち”を果たすには、敵の正体を知るとともに、敵の倒し方も心得なければならない。中川原氏は、ペンシルバニア大学での留学時代、そして帰国後の千葉県がんセンターでの勤務時代、神経芽腫を悪化に向かわせるTrkBの働きを阻害する新薬にも取り組んだ。

中川原「どうにかして、悪しきTrkBをやっつけたい。TrkBによって生じる細胞増殖を食い止める新薬を作れないだろうか…。しかし、新薬が誕生するまでには、スクリーニングといって、何百万種類もの化合物から、1つひとつ有効かどうか、また安全かどうかという観点で、最適な候補の化合物を絞り込んでいかなければなりません。それに取り組むには、途方もない時間と莫大な資金が必要になります」

そうした大きな課題を抱えていた2007年、中川原氏は予想もしなかった新展開に直面する。IBMの「ワールド・コミュニティ・グリッド」(WCG)プロジェクトとの出合いだ。

この出合いの詳細は、2009年発行の日本IBMの広報誌『無限大』125号*に、興味深い逸話も含めて紹介されているのでそちらに譲るとして、ここではWCGの要点だけをかいつまんで紹介しよう。

*『無限大』誌125号

中川原氏が抱えていた課題に対する解決策として、「世界中の個人や企業が所有するPCの余剰能力を利用し、非使用時にスクリーニングのための計算処理をさせ、その結果をまとめ役のコンピューターが束ねていく」という発想がある。この概念は「グリッド・コンピューティング」と呼ばれている。IBMは2004年より、社会貢献の一環として創薬を含むさまざまな人道的な目的のために、自分のPCの空き時間の活用に協力してくれる世界中のボランティアを集め、各種プロジェクトを支援してきた。そのプロジェクトの総称が、WCGなのだ。

WCGのプロジェクトにアジアで初めて採択され、2009年、中川原氏がリーダーとなり、千葉県がんセンターと千葉大学の連携のもと「ファイト!小児がんプロジェクト」が発足した。連携体制としては、千葉大学のチームがWCGを駆使し、計算結果から化合物を実際の形状に可視化するコンピューター・イメージングを行って、候補の化合物の順位付けをする。千葉県がんセンターはその結果を受け、候補の化合物を実際に入手し動物実験で生物学的な活性などを調べていく。

中川原「我々の戦略は、がん細胞上のTrkB 受容体と結合し阻害する小さな分子を見つけることでした。正直、最初は300万個もの化合物から本当に目的とする阻害分子の候補が見つかるのか、半信半疑でした」

だが、疑いを一変させたのが、その成果だ。
世界20万人にのぼるボランティアの、「電源が入っていても使用していないPC」の能力を1つにまとめたことにより、300万個の化合物から上位60候補が絞り込まれた。その60候補の化合物を使って培養皿で実験をすると、7つの化合物が、がん細胞を殺したのだった。

中川原「増殖を抑えるぐらいかなと思っていたところ、がん細胞を殺したので本当に驚きました。このとき、WCGの威力を身を持って実感しました。
もし、標準的な性能のコンピューター単体で、同様な成果を得ようとしたら、5万5000年もかかる計算になります。それを、2年以内で導き出すことができたのです。夢のようなコンピューター解析を国際ボランティア・プロジェクトとして行っていただけたことに、感謝の言葉もありません。
TrkBは、乳がん、肺がん、すい臓がん、前立腺がん、大腸がんといった多くの成人がんにおいても転移を推進することが知られています。今回の発見は、こうした成人がんの転移抑制にもつながる可能性があると期待しています」

中川原氏の研究グループは、7つの新薬候補が比較的低濃度の投薬でマウスの神経芽腫・腫瘍の増殖を抑制することを見出した。周辺組織にダメージを与えることもない。このことは、WCGを駆使した「ファイト!小児がんプロジェクト」の成果として、米国の医学誌『Cancer Medicine』の2014年1月号に報告された。中川原章氏

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