「はやぶさ」の研究者、宇宙の起源に迫る「賢い探査ロボット」を作る ――宇宙人工知能・ロボティクスに挑む日本の宇宙開発の底力

月や惑星の表面を探査ロボットが自在に動き回り、サンプルを採取して宇宙の起源や生命誕生の謎に迫る――そんな未来を日本の宇宙開発が遠からず実現しようとしている。

地球からの指令に頼らず、自ら考えて行動する宇宙人工知能とロボティクス(ロボット工学)の開発に取り組んでいるのが、宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所の久保田孝教授だ。

幾多の困難を乗り越え、小惑星「イトカワ」からサンプルを採取して無事帰還し、国民を熱狂させた探査機「はやぶさ」。久保田教授はそのプロジェクト・メンバーとして、構想段階から設計、開発、運用まで一貫して携わってきた。そして今、その技術をさらに発展させ、2020年代に月と火星衛星にピンポイントで探査機を着陸させる計画を進めている。それには、コンピューターが情報や経験をもとに自ら学習する「宇宙人工知能」の機能がより重要になるという。

「宇宙開発をオープンにして、ワクワクするような国民参加型のミッションにしたい」と抱負を語る久保田教授に、太陽系探査の現状や今後の期待、展望などを伺った。

探査ロボット(ロ―バ)の使命は3つある

――久保田先生は「はやぶさ」や「M-Vロケット」などの構想段階から、設計、開発、運用まで一貫して携わって来られました。壮大な宇宙のどこか他の天体に行って自ら行動する「宇宙人工知能」を搭載した探査ロボット(ロ―バ)というのは、人類の夢と希望を乗せた計画で、ワクワクしますね。

JAXA相模原キャンパス宇宙科学研究所内にある探査フィールドに設置された「月惑星探査ロ―バ」について説明する久保田教授

JAXA相模原キャンパス宇宙科学研究所内にある探査フィールドに設置された「月惑星探査ロ―バ」について説明する久保田教授

久保田 21世紀は、人類が月や惑星など太陽系にまったく新しい文明圏を創り出す時代になると期待されています。そこで、私たちは未知環境である月や惑星表面を、無人探査ロボットが自律的に探査を行うための研究を行っています。

「宇宙人工知能」というのは私の造語で、宇宙で活躍する人工知能のことです。例えば月探査の場合、地球からの電波は往復で3秒、画像など大きいデータを送信すると片道10秒ほどかかります。火星探査の場合はもっと遠いので、電波の往復に最大30分かかります。

つまり地球に届く画像データは月なら10秒前、火星なら20分前のものなのです。それを見てからいちいちコマンド(指令)を出していたのでは遅くなって間に合いません。ですから探査機や探査ロボットが効率よく動くには、自律して考え行動する宇宙人工知能を持たせることが絶対必要になるのです。

――自律して動く探査ロボットは、月や火星などの惑星に行ってどういった仕事をするのですか。

久保田 人間が行けないはるか遠い宇宙で人間の分身として働き、活躍するのが探査ロボットです。使命は3つあって、1つ目は科学探査・環境調査・資源探査です。その天体がどのようにできたかを調べるのが科学探査、将来人間が住む場合に備えて放射線や大気成分などを調べるのが環境調査、役に立つ資源があるかどうかを調べるのが資源探査です。例えば月には核融合に使えるヘリウム3が豊富にあり、小惑星にはレアメタルからできたものもあります。探査ロボットは天体でその場分析を行ったり、サンプルを採取して地球に持ち帰ったりします。

2つ目は人間が天体に行く前に活動拠点の準備をすること。電力・通信などのインフラ整備や運用保守をロボット自身がやります。

3つ目は宇宙飛行士が天体に行った際に活動を支援すること。飛行士は安全な所にいてロボットが岩石を運んだり建物を造ったりします。

月や惑星の表面で人間に代わって自律的に作業する探査ローバ

――複数のタイプの探査ローバを開発されていますが、未知の環境で想定外のトラブルが発生する天体で、探査ローバはどのように動き回って作業をするのですか。

久保田 いま開発しているものは主に4輪で動くタイプで、月や惑星の表面に似た環境の荒れ地や砂地で実際に動かして性能を確かめています。

探査ローバが穴に落ちたり、岩にぶつかったりする危険性があるので、それを避けるために、通常は2台のカメラを使って地形の状態を判断します。事前に岩やクレーターの特徴や判断するルールを入力しておき、パターン認識で識別するのです。

その際、太陽光でできる影は岩とクレーターを区別する重要な判断材料になります。岩は障害物である一方で、その存在はありがたい情報です。2つの岩があれば自分の位置や動いた距離が計算で分かるからです。

探査ローバは科学者が指示した目的地に行くのに、障害物を乗り越えるか迂回するか、電力を消耗せずに行くにはどの経路がよいかなどを自分で判断します。岩の後ろ側は行ってみないと分からないので、その場でプログラムを変更することもします。

目的地に着いたら、次はロボットアームで岩石を採取するわけですね。

――目的地に着いたら、次はロボットアームで岩石を採取するわけですね。

久保田 そのとおりです。石の採取はとても難しい仕事です。形が分からないし砂に埋もれているかもしれないので、地球から作業を指示することはできません。そこで探査ロボットはカメラ2台で石の大きさや重さを推定し、どれが取りやすいかを自分で判断します。さらに分光カメラで鉱物成分を分析し、科学的価値のありそうな石を選んで、その情報を地球に送信してきます。科学者はそのデータをもとに採取する石を指示します。ですから自律型と言っても、まだ完全自律型ではなく、人間の判断に従って動くことになります。

日本は目標地点に確実に降り立つ技術はNASAより優位に立っている

――2020年頃には月着陸の実証計画である小型月着陸実証機「SLIM」が計画されています。「SLIM」の目的はなんですか。

久保田 重力の大きい天体への着陸技術を獲得するのが目的です。また科学者からは、特定の場所で鉱物サンプルをピンポイントで探査してほしいという要求が出ています。というのも、2007年に打ち上げた月探査衛星「かぐや」で、月の全表面の地形や鉱物組成を高精度で観測した結果、いくつかの場所が探査の候補地として浮上しました。例えば、鉱物サンプルを調べると月の年代が分かるのです。

候補地の上空に行ったら、クレーターなどの地図を作り、地球から持って行った地図と照合してズレを細かく補正します。顔認識技術のロジックと同じです。ピンポイントで着陸する技術は、すでに「はやぶさ」で実証しました。3億km離れた長径500メートルの小惑星「イトカワ」に着陸したのです。「はやぶさ」は、東京からブラジル上空の蚊を射止めるくらい、遠くて小さい小惑星に到達しました。また、ミューゼスの海という狭い場所に着地しました。ジャンボジェット機でグランドキャニオンの谷間に着陸するくらい難しい、高精度な着陸に成功したのです。そして、迷子になって瀕死の重傷を負いながらも、地球を目指して帰還しました。

月では百メートル程度の誤差で高精度に着陸する計画です。NASAも新技術を開発中ですが、そういった、いわば狙った地点にピンポイントで確実に降り立つ技術は、私たちのほうが「はやぶさ」の実績がある分優位に立っています。

小惑星「イトカワ」に向かって飛行する小惑星探査機「はやぶさ」(イメージ画像。イラスト:池下章裕)。画像提供:JAXA

小惑星「イトカワ」に向かって飛行する小惑星探査機「はやぶさ」(イメージ画像  イラスト:池下章裕) 画像提供:JAXA

火星圏探査では、日本独自のやり方で生命の起源解明に挑む

――月探査の先には火星圏の探査が計画されていますが、火星や火星の衛星を調べる意味はどういったところにあるのでしょうか。

久保田 火星は生命の存在がよく話題になりますが、先行するNASAも「これは生命の化石ではないか」という程度の状況証拠しかつかんでいません。火星には大気や水があり、詳しく調べれば生命の痕跡が分かる可能性があります。生物は地球で生まれたのではなく地球外から飛んできたという仮説もあり、それを知る上でも火星に注目しています。

火星の周りにはフォボスとダイオスという2つの小さい衛星が回っていますが、この衛星がどこから来たかは全く謎です。「はやぶさ」で培った技術を生かしてここに着陸し、サンプルを採取して地球に持ち帰ります。それを分析すれば、生命が生まれる以前の太陽系はどうなっていたか、太陽系に生命を育むための条件はいったい何だったのかが解明できるはずです。

無人火星探査 想像図。(イメージ画像。イラスト:池下章裕)。画像提供:JAXA

無人火星探査 想像図(イメージ画像  イラスト:池下章裕) 画像提供:JAXA

小惑星の表面を跳んだり昼寝したりしながら地球に画像を送ってくる「ミネルバ2」

――ところで、今「はやぶさ2」が小惑星「Ryugu」(リュウグウ)に向けて航行中です。2018年到着、2020年帰還予定だそうですが、これには探査ローバ「ミネルバ2」が積まれていますね。どのようなロ―バなのですか。

JAXA相模原キャンパスに展示されている「はやぶさ2」の模型

JAXA相模原キャンパスに展示されている「はやぶさ2」の模型

小惑星「Ryugu」(左)と「イトカワ」(右)の模型

小惑星「Ryugu」(左)と「イトカワ」(右)の模型

久保田 「ミネルバ2」は、「はやぶさ」に積んだ「ミネルバ」の改良型です。小惑星「Ryugu」に着陸したら地面を飛び跳ねながら移動し、「Ryugu」を詳しく撮影して重力や温度を測定します。初代「ミネルバ」は残念ながら放出するタイミングが良くなくて着陸に失敗しましたが、機能は正常に働きました。今度の「はやぶさ2」には「ミネルバ2」を3つ積んでいるので、成果に期待しています。

「Ryugu」は大きさも形状も重力も、表面が砂か石かも分かっていません。もし重力が小さければ、「ミネルバ2」は遠くに行かないよう小さく飛び跳ねます。太陽光で80度以上の熱さになれば、エネルギー消費を抑えるために「昼寝」をし、日が陰はじめる夕方に活動します。「ミネルバ2」は写真40枚を撮ることができ、ピンボケの判断もコンピューターが行って、いい画像を優先的に送ってきます。

探査機「はやぶさ」に搭載されたミネルバのイメージイラスト。 画像提供:JAXA

探査機「はやぶさ」に搭載されたミネルバのイメージイラスト 画像提供:JAXA

12

関連記事