「境界」のない時代 ――箱から飛び出して、多様な人と協働しモノゴトを創造できるか

ドイツが官民を挙げて推進する「インダストリー4.0(第4次産業革命)」。今や欧米からアジア、そして日本にも大きな波となって押し寄せている。IoT(*)や人工知能(AI)の進歩により、国境や人種、性別など人々を分けるさまざまな境界が意味を失い、職業や仕事のかたちも劇的に変わりつつある。

そうした時代に求められるのはどのような人材なのか――世界の潮流をいち早く読み解き、日本社会に警鐘を鳴らし提言を続けてきた一橋大学名誉教授の石倉洋子氏は、「境界を超えて変化に柔軟に対応し、多様な人々を率いて共に成果を出せる人こそ、今、真に必要とされる人材」と語る。求められるのは、情報を収集し、自分で考え、発信・発言する力。そしてモノゴトをつないで新しいものを創造するクリエイティブな能力である。

「グローバル時代は、企業や学校といった所属組織ではなく、『個』で勝負する時代」と力説する石倉氏に、人材の育て方、企業経営の在り方、教育制度の改善すべき点、個々人へのアドバイスなどについて幅広く伺った。

*IoT: Internet of Things

取材:「アカデミーヒルズ 六本木ライブラリー」にて

「日本人」にこだわったことが、対応の遅れの原因

――石倉先生は以前からグローバル人材の必要性を訴えてこられましたが、人材をめぐる世界の状況は今どうなっているのでしょうか。

石倉 現代は「境界がない時代」に入っています。国境、人種、年齢、性別、業界、組織など、あらゆる境界がなくなっており、最近では機械と人間の境界すらなくなっている。そんな変化に対応できる人材を育てることが非常に大切になっています。

この現象はグローバル化というより、テクノロジーの進歩によって人々を分ける境界や「箱」に意味がなくなっていることを示しています。箱とは日本人、企業、女性、団塊ジュニア世代など、さまざまに分類される属性のことです。

グローバル人材というと、いかにも世界に出かけてバリバリ行動する人というイメージですが、私はそうは思いません。境界を超え箱から出て、自分で考えて発信し、分野をまたいで新しいことに挑んでいく人。それが今求められている人材です。

私は世界経済フォーラムで「Future of Jobs」というグループに属しています。そこで世界の大企業に「2020年までに何が雇用に大きな影響を与えるか」「2020年にはどんなスキルが重要になるか」というアンケートを取ったところ、一番は「flexible work」、重要なスキルは「social skill」でした。IoTや人工知能(AI)によって仕事の質が変わり、社会が変化する中で、いろんな意見や価値観を持った人たちと一緒に仕事をして成果を出せる柔軟な能力が必要とされているのです。

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――そういう変化の時代に、日本企業は上手く対応できているでしょうか。

石倉 そうとは言えませんね。日本の国内市場は高齢者向けなどを除いて、もう数や量で成長をすることは期待できません。ほとんどの企業は、海外へ出て世界で勝負しないともはや成長できないと考えていますが、世界のどこへ行っても自分や周囲をマネージし活躍できるような人材は、絶対数が全く足りません。グローバル人材育成の必要性はずいぶん前から言われていましたが、当時と今では必要な人材の量も質も違います。そこをちゃんと見極めてこなかったから、今になって人材供給が需要に追い付かないのです。

――対応が遅れた原因はどこにあるのでしょうか。またそれを改善するにはどうすればよいのでしょか。

石倉 「日本人」にこだわったことが原因ですね。世界で事業をやると言いながら、世界から多様な人材を登用しようという発想になれなかったところが大きい。

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世界にはいろいろな才能があり、日本の常識から外れている人もいます。しかし、日本企業は採用の際、そういう人を避けて安全策をとり、自分たちの常識から外れていない人を採ってしまう。社風や企業カルチャーに合うかどうかが採用基準になってしまうのです。「この仕事をするのに最適な人は誰なのか」を基準にしなければ、今の時代はやっていけません。企業にとっての競争優位の源は知識であり、サービスであり、新しい価値の創造である、要するに人材がカギなのです。

最適な人材を会社の中だけで探すことにこだわっていては駄目です。グローバル展開している企業であれば、身近にいないときは世界の支社から連れてくる。それでもいなければ社内外を問わず、全世界から引っ張ってくる。そういう話だと思います。

その点で、新入社員の4月一括採用は、まだ色の付いていない新入社員に社風に合った一斉教育をして同質性を求めるという採用方式であり、固定した昇進システムであるという点でナンセンスです。多様な考え方の人がいて絶えず緊張と対立があるのが望ましい姿で、それを恐れていては世界を相手に何もできない。皆が同じパターンではイノベーションは起きようがありません。

多様な人材を入れることで、イノベーションが生まれる

――先生はいろいろな企業で社外取締役を務めてこられましたが、変化は起きていますか。

石倉 会社によりますね。グローバルと言っているわりに電話会議すらやっていない企業があったので、提案してできるようにしていただきました。取締役会は同じような社歴の人が集まりがちなので、そこに外部の視点を入れることも社外取締役の重要な仕事です。

いつも思うのは、皆さん自分の仕事のやり方しか知らないこと。例えば会議の進め方にしても、「なぜこういうやり方でやっているのですか」と聞くと、「ずっとこうして来たから」と。時間を無駄にしないために、あらかじめみんなに取締役会の議題を伝えておいて、重要な案件の議論に時間を十分使うようにしてはどうかと言うと、「ええーっ!」と驚かれます。

これだけ世の中がものすごいスピードで変化しているのに、習慣で同じやり方をすることに疑問を持たないのには愕然とすることがあります。

――最近、あちこちの企業で不祥事が起きていますが、今のお話とも関係があるような気がします。

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石倉 企業に透明性がなく社内議論が少ないことが、不祥事のようなかたちで噴出しているのだと思います。緊張や対立があってこそ間違いが正され、いろいろなアイデアが出てくるのに、会社を会員制倶楽部のように考えて、気の合う仲間で仕事をしたがる。同質の人が集まるために、マンネリになり、空気が淀み、緊張感が生じない。

仕事がルーティン化している人ほど、やり方を変えると違和感があるし、違ったものに対応するため緊張するので、変化を避けようとします。社内では話がよく通じるけれど、外に行ったら何も説明できない。そこに多様な人材を入れ、なぜ?と疑問を呈し、新しい血を注入することで緊張が生まれ、イノベーションが生まれるのです。

何でも自分で抱え込む「自前主義」では企業は縮むだけ

――先生は「グローバル時代は『個』で勝負する」と述べておられますが、そのことについて少し説明していただけますか。

石倉 テクノロジーが進んだことで「個」が見える時代になってきました。これまではまず組織があり、その中で個としての役割が決まっていた。とくに日本は組織力で頑張る傾向があり、見えるのは組織でしたが、今は組織の中の「個」が見えるのです。

個はどこに属している人でも構わなくて、例えば日本の地方に住んでいる人でも、ナイジェリアの人でも、すごいアイデアを持っている人なら、世界で活躍できる。それがITで可能になっています。個が自分のユニークさや強みを見つけ、マーケットの動きに合わせて活躍の場を探し、自分をアピールして勝負する時代だと思います。

そう言ったら、あるセミナーで「では組織はどうしたらいいのですか」と質問されました。組織は個に機会を与える場です。多様な能力を持った人に集まってもらい、もっと大きな仕事をする機会を提供できるのは組織ですから。

製造現場は別にして、組織は少人数でいい。プロジェクトごとに社外・世界から良い人材を引っ張ってきて、期限を設けて取り組む。そうすれば世界がどんどん広がっていく。何でも自分で抱え込む「自前主義」では企業は縮むだけです。

――「個」を重視する前提にあるのが、IoTなどテクノロジーの進歩と社会の劇的な変化ですね。

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石倉 そう。世界のどこにいてもネットで情報は手に入るし、誰でも発信・発言できる。何かが起きると、動画がYouTubeに載って世界に広がる。発信者がどの国のどんな人かは関係ない。世界があっという間に同じ情報を共有し、国際政治や経済を動かします。

インターネットが世界中に浸透し、IoTや人工知能(AI)などによる「第4次産業革命」が起きています。これが将来、社会にどんな影響を与えるかはまだよく分からないところがありますが、蒸気機関が登場した第1次産業革命と同じように、社会を根底から変えるだろうということは予測できます。

内向き志向の若者は大人の影響

――そういう時代に、境界を超えて活躍できる人材であるためには、どんな教育や体験を積めばよいのでしょうか。

石倉 若いうちに海外に行ったり、いろいろな分野に触れて、多様な体験を積むこと、これに尽きますね。若い人ほど、出会う人や行った場所にシャープに反応します。私も若い頃アメリカに行きましたが、「えっ、こういうことなの!?」と、日本にいては思いもかけないことをたくさん経験しました。違うものに触れる機会をどれだけ増やすかがポイント。世界にはいろいろな人がいて、いろいろな価値観があり、それぞれ生活していることを実感として理解してほしい。

あるセミナーで海外に行く中学生たちに話をした時、自分の住む都市の紹介を英語で話す練習を中学生自身にしてもらおうとしたら、教員や事務局の人が「日本語で話すほうがいい」と言うのです。中学生たちは英語でしゃべりたくてウズウズしているのに、大人が勝手に判断してせっかくの機会を奪っている。若い人には失敗してもいいから、どんどん実践の機会を与えることが大切です。

若い人の考え方はその時代の空気を映し出します。大人が「英語で意見を言うのは苦手だ」とか「わざわざ外国に行くより日本のほうが安全だし、何でもあって快適だから、敢えて外国に行きたくない」と言えば、若い人まで冒険や変化を好まない人に育ってしまいます。いま、海外留学や海外勤務をしたがらない若者が増えていると言われますが、大人の影響が大きいと思います。

――若い人を対象にしたリーダー育成やエリート教育の論議が盛んですが、これについてはどうお考えですか。

石倉 世の中は全員がある時はリーダーになり、全員がある時はフォロワーであると私は考えています。リーダーになれば「こんなフォロワーがほしい」と思い、フォロワーになれば「こんなリーダーについていきたい」と思います。私のセミナーでは「こんな状況だったらあなたはどうしますか」と、全員に問題を投げかけ、解決案を考えてもらいます。リーダーとは自分が全責任を持って実践し、どんな結果が出ても「それは私の責任です」と認める経験をしなければ身に付くものではありません。話を聞くより実践の訓練を積むことで役割の重要性が分かってくるのです。

私は、生きている人すべてに存在意義やユニークさがあり、何かできることがあるはずだという信念を持っています。人生とは、人と比較するのではなく、各人のユニークさを見つけて磨くこと。大事なことは、「自分は何で勝負したら世の中でやっていけるか」に気付かせる機会を与えることです。

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世界には多様な価値観や基準があります。1つの尺度で判断してリーダーはどうとかエリートはどうとかいう議論をすべきではありません。企業も昔は横並びの比較でポストを決めていましたが、今は各人の強みを生かした場を見つける方向に変わってきています。

日本の学校教育に足りないのは「考える訓練」と「意見を発表する機会」

――今の子どもたちがティーンエイジャーになる頃には、中国・インドが米国・日本のGDPを上回ると予測されています。そのような社会になった時、日本人は今以上に グローバルでの競争力が求められます。日本は少子化が深刻ですが、今の教育制度の下でグローバル人材育成の目的は達成できるでしょうか。問題点や改善すべき点があればお聞かせ下さい。

石倉 日本の教育はまだ知識の詰め込み偏重で、「考える」訓練や「意見を発表する」機会が少ないことが問題です。学生に「あなたはどう思うの?」と聞くと、なかなか言葉が出てこない。私が教えていた慶應義塾大学大学院でも、学生に「これまで『あなた自身はどう思うのか』と聞かれたことはあるか」と聞いた所、日本人学生は「ほとんどない」と答え、アジアを含む外国人学生は「よくある」と答えましたから。

私が講師を務める企業のセミナーでも、社会人に「これまでの研修プログラムで、あなたは何を勉強したか。何が印象に残っていますか」と聞くと、項目を並べるだけの人が多い。何を勉強して自分はどう思ったか、それはなぜなのか、そこを聞きたいのに、それを言わないのです。

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モノゴトを「つなげる」発想も乏しい。例えば六本木の「アカデミーヒルズ」の「Global Agenda Seminar(グローバル・ゼミ/GAS)」2015でこんなことがありました。今年のゼミの全体テーマは、「セルフプロデュース」だったのです。その2回目で「自分の好きな場所」を語ってもらうことにしたところ、ただ好きな場所と理由だけを羅列している。「セルフプロデュース」が全体テーマの中での「私の好きな場所」なのですから、自分のユニークさや特色を説明するという観点から、「自分の好きな場所」を考えて、説明してほしかったのです。しかし、全体プログラムの中、時間軸を伸ばした中で考える習慣がないのです。学校で、1の質問の答、2の質問の答、とばらばらにただ答えることを教えられてきているためか、一見関係ないものをつなげることや、新しいアイデアでイノベーションを起こすことまで考えが及びません。

日本の学校教育は、情報や知識を教えるだけでなく考える訓練をさせる必要があります。そして自分の意見を発表させる機会をもっとたくさん与えることが重要です。

「第4次産業革命」にどう取り組むか

――人工知能が発達すると、今ある職業の多くは消滅する、また、2045年ごろに「シンギュラリティー(技術的特異点)」を迎えるという見方があります。

石倉 もっと早く2020年頃にはいろいろな職業がなくなっているでしょうね。仕事は要素に分解すると、ルーティンワークの部分が結構あります。それらは機械に任せて、判断しないといけないところだけ人間がやるように変わっていくでしょう。

IoTなどで膨大な情報が手に入り、コンピューターがビッグデータを活用し、機械学習するようになると、人間はそれを使ってどうするのかという話になります。知識の量ではなく、クリエイティブであることが大事です。クリエイティブとは、たくさんのものをつなぎ合わせたり組み合わせたりして、新しいものを創り出すことから始まります。常にこれでいいのかと疑問を持ち、思い込みを排して自分の仮説を新しく進化させて行くことです。

学校の先生も、事務的な業務はコンピューターに任せ、1人ひとりの生徒の能力を伸ばすためにどう対応するか、という大切な仕事に集中できるようになります。このようにカスタマイズできるところが、テクノロジーの素晴らしさです。

ただその反面、変化に上手く対応してぐんぐん伸びる人と、そうでない人との二極化がますます進むでしょう。そこをどう解決するかが今後の課題です。

――ドイツや米国はIoTを活用したモノづくり革命である「インダストリー4.0」に国家主導で取り組んでいます。一方、日本は企業が個別に進めている印象があります。この辺の動きをどう見ておられますか。

石倉 企業は個別に取り組んで構わないと思います。国の仕事は、IoTをみんなが簡単に安く使えるように必要なインフラを整備することです。

日本ではまだIoTへの理解が不足しています。IoTでどういう社会を作るのか、何がしたいのか、そのイメージが明確ではないので、テクニックの議論に走りがちです。企業の取締役会でも理解できている人は少ないのが実情です。ですから、たとえば、IoT専門のアドバイザーを付けることが有効だと思います。

最近、慶應の大学院で「IoTを使ったビジネスを考える」という課題を出したら、工事現場のヘルメットにセンサーを付けてコミュニケーションを良くし、事故が起きた時のデータを蓄積して改善に役立てるとか、面白いアイデアがたくさん出てきました。

テクノロジーが社会で果たす役割は限りなく大きくなります。子どもの時からそれに触れ、身近なものにしておくと良いでしょう。

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日本人は自分たちの強みを理解していない

――2020年に東京オリンピック・パラリンピックが開かれます。「おもてなし」以外に、日本が世界にアピールすべきものは何だと思われますか。

石倉 小西美術工芸社のデービット・アトキンソン社長と対談した時、日本には素晴らしい文化遺産がいろいろあり、それぞれに興味深いストーリーがあるのに、お城に行っても「兜」や「短刀」と表示されてただ並べてあるだけだと嘆いていました。兜や短刀にまつわるストーリーが全く語られていないのは何とももったいないことです。

――ストーリーを語らなければ、相手にそのものの価値や魅力も伝わらないし、印象には残りませんね。

石倉 そう。このことは自分の強みが分かっていないという点で、日本の他のことにも通じる話です。五輪には世界からたくさん観客が来ます。知識や情報を自国で囲い込むのではなく、この国のストーリーを皆に語り、その人たちに自分とのつながりの中で日本を理解してもらう。そうすれば、その人たちが強力なアンバサダーになってくれるのです。せっかく日本に来てくれた人たちですから、彼らが進んで日本の魅力を世界に広めてくれるように仕向けるべきなのです。

――先生は若い世代への働きかけを積極的に行っておられます。未来に向けたメッセージをお願いします。

石倉 今は国籍、年齢、人種、性別、経歴などに関係なく、個人が新しいことを学び続け、世界に発信できるし、世界の誰とでも協働し仕事ができる時代です。その環境をどれだけ活用するかがポイントです。学生の皆さんには、自由な時間があるうちに、ぜひいろいろな国に行き、いろいろな人に会い、新しいことを体験してほしい。一方、社会人には「殻」を破り、「箱」から出てください、と申し上げたい。箱に入って安心していられる時代ではないのです。

TEXT:木代泰之

石倉洋子

いしくら・ようこ

石倉洋子 一橋大学名誉教授

専門は、経営戦略、競争力、グローバル人材育成。
米バージニア大学大学院経営学修士(MBA)、ハーバード大学大学院 経営学博士(DBA)。
マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て青山学院大学国際政治経済学部教授。一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。
日清食品ホールディングス株式会社、ライフネット生命保険株式会社、双日株式会社、株式会社資生堂において社外取締役。
ダボス会議を主催する世界経済フォーラムのGlobal Agenda Council Future of Jobsメンバー。
主な著書に、『戦略シフト』(東洋経済新報社)、『日本の産業クラスター戦略』(共著、有斐閣)、『戦略経営論』(訳、東洋経済新報社)、『グローバルキャリア』(東洋経済新報社)、『世界級キャリアのつくり方』(共著、東洋経済新報社)、『世界で活躍する人が大切にしている小さな心がけ』(日経BP社)等。


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※日本IBM社外からの寄稿や発言内容は、必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。


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