「ロボット研究のパラダイス」「あの研究所で働きたい」と世界のロボット研究者が熱い視線を注ぐ「千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター(fuRo: Future Robotics Technology Center)――。

率いるのはロボットクリエイターで所長の古田貴之博士。東日本大震災で被災した福島第1原発建屋の全5階層を走破し、内部を調査できる唯一のロボットを開発したことでも一躍世界の注目を集めた。

fuRoはまた、人工知能ロボットのサッカー競技「RoboCup2014ブラジル世界大会」で4種目完全優勝の快挙を果たし、自動操縦技術を競う「つくばチャレンジ」では、唯一3年連続完走を達成するなど、数々の輝かしい実績を誇っており、機械・電気回路設計から高度な人工知能・センシングまで、ロボット技術のすべてにおいて高レベルな研究開発を行っている。

しかし、古田所長の仕事の範囲は「ロボット開発」の概念に限定されない。政府や企業と連携し、高齢社会のコミュニティー構築への取り組みや、第4次産業革命につながる日本ならではの技術開発を行うなど、常にエネルギッシュな活動を続けているのだ。

中学生のときに難病にかかり生死の境をさまよった経験から、「何か1つだけでも世の中を変えるような飛び切りの開発ができたら、死んでもいい」という思いで命がけで活動してきたという古田所長に、未来を創る日本流イノベーションの起こし方について熱く語っていただいた。

日本がイノベーションを起こせない理由

日本がイノベーションを起こせない理由

――古田先生は世界的なロボット開発者としてこれまで数々のロボットを世に送り出されています。今はどのようなものを作っていらっしゃるのですか?

古田 実は、私はロボットを作っているのではなく、未来を創っているのですよ。

――どういうことでしょう?

古田 私は単にモノだけを作るのではなく、新しい価値観やライフスタイルを提案し、世の中をどう変えていくのかという観点が大事だと思っています。もちろんロボットというモノは作るのですが、それを世の中でどう生かし、社会変化を実現させるか。技術は単なる手段に過ぎません。技術の世界では、手段と目的が逆になっていることが多いように思うわけです。

――先生は、日本はモノ作りの罠にはまっているという表現をされていますね。

古田 昔は思わず衝動買いしたくなるような、まさにイノベーティブな製品がありましたよね。ソニーのWalkmanを始め、心が揺さぶられる、未来を感じることのできる製品を日本企業が作り、世界の人々のファッションやライフスタイルに変化を起こした。でも最近の日本企業は、そういうものをなかなか作れなくなってきている。新興工業国の追い上げに対抗するために、より技術力を磨き「安くていいモノ」を作らなくてはと頑張っている。それが多くの日本メーカーが陥っている罠の1つだと思います。

翻ってAppleが成功しているのは、単なるモノではなく、今までにない新しい価値やライフスタイルを提案しているからです。iTunesというエコシステムを作り、新しい音楽体験を提供している。残念なことに、そうしたことを日本企業はできていない。「安くていいモノ」を作ろうとして、すぐに中国や他のアジアの企業に追いつかれているわけです。もうそろそろ本来のイノベーティブな企業に体質改善しなければまずい。そのことを僕は声を大にして言いたい。

――どうすれば日本はイノベーティブになれるのでしょうか?

古田 欧米とは違う方法を採るべきでしょうね。2つのことが重要だと思います。1つは10年後20年後の未来を見据えて研究開発できる組織が必要です。もう1つは、どんな新しい価値やライフスタイルを提案するのか、どんな社会をつくりたいのかだと思います。

大学でも、企業でも、国でも、ベンチャーでもない組織

――例えばどんな組織ですか?やはり大学の研究室でしょうか?

古田 大学の研究室が日本のイノベーションの核になることは、あり得ません。私は、以前大学の研究者、教員をやっていました。そこでイノベーティブな技術を開発して世の中を変えられると思っていました。でもそんなことは無理だと気付いたのです。

大学が開発した技術を世の中に広めるには企業とのコラボレーションが必要になってきますが、大学と企業のコミュニケーションは、まるで異文化コミュニケーション。向いている方向が違うのです。大学の人たちは、ほとんどお金もうけに興味がない人ばかり。論文をどれだけ書いて認められるかに興味が集中しています。もしくは社会への還元など関係なく、好きなことだけを研究している人が多い。ロボティックスの分野は特にそうです。収益を上げることを目的とする企業とは向いている方向が違う。うまくいくわけがありません。

国もイノベーションの核にはなれません。文部科学省の「北野共生プロジェクト」で、北野宏明氏と一緒にいろいろな技術開発を行いました。でも国のプロジェクトでしたから、特定の民間企業には技術移転できませんでした。

大企業もイノベーションを起こしにくい。ロボティクスは猛烈な速度で進化しています。その進化の速度に、制約の多い大企業がついて行くことは、ほとんど無理なのです。

――ならば、ベンチャー企業がイノベーションの核になれるのでは?

古田 いいえ、今の日本の構造ではベンチャー企業にもイノベーティブなことは難しい。新しいライフスタイルを生み出そうと挑戦するベンチャーもありますが、なかなか成功しない。それは売る市場がないから。十分な資金が集まらないので、市場を作れないのです。

私自身、ベンチャー企業の設立に関係したこともあるのですが、ベンチャー企業は目の前の資金繰りや、すぐに収益が上がる事業に、あまりにも多くの時間と労力を取られてしまう。5年後、10年後を見据えた技術開発は、十分な資金を集めることのできない日本のベンチャーには無理だと思いました。

世の中を変えるイノベーションを起こせるのは、大学でも国でも大企業でもベンチャーでもない。そう思ってfuRoを創立したのです。

福島第1原子力発電所に投入された国産ロボット第1号は千葉工大のレスキューロボット。写真はその最新機Rosemary。現在も人が入れない原発建屋内で稼働し、調査やデータ収集さらには廃炉に向けた作業の一部を行っている。(東京ソラマチ8階にある千葉工業大学のタウンキャンパスにて)

福島第1原子力発電所に投入された国産ロボット第1号は千葉工大のレスキューロボット。写真はその最新機Rosemary。現在も人が入れない原発建屋内で稼働し、調査やデータ収集さらには廃炉に向けた作業の一部を行っている。(東京ソラマチ8階にある千葉工業大学のタウンキャンパスにて)

――といいますと、fuRoは大学付属の研究所ではないのですか?

古田 fuRoは大学附属の研究所ではなく、学校法人直轄の研究所として設立されました。諸事情により、現在は大学の組織に属すことになったのですが、普通の研究所と違い教授会の縛りを受けることがないように運営されています。従ってfuRoは、お金も人もすべて私の即断即決で、決めることができます。いろいろと試行錯誤した結果、こういう形がイノベーションを起こす上で最適なのだという結論に達したのです。

fuRoには学生はいません。研究員は20人ほどいますが、みな常勤の研究員です。全員がそれぞれの分野で一線級。自動操縦の技術、リアルタイムで地図を生成する技術などいろいろ強みを持っています。
実は、この業界では、うちはパラダイスとして有名なんです(笑)。持っている予算のケタが他の研究所とは違うこともあり、多くの優秀な研究者がfuRoに来たがっています。

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――fuRoと企業はどういう形でコラボレーションしているのですか?

古田 餅屋は餅屋という考え方です。fuRoは少数精鋭で5年後、10年後、20年後を見据えた技術を開発します。プロトタイプは全部、私たちが作ります。しかしわれわれは量産することも販売することも得意ではない。そのため、量産、販売、メンテナンスするのが得意な企業とコラボレーションさせてもらうわけです。そういうやり方で今、12のプロジェクトを同時に走らせています。

高齢者も若者も乗りたい「未来の足」

――進行中の12プロジェクトのうち、公開できるものがありましたら、何かご紹介いただけますか?

吉田 例えば、ILY-A(アイリーエー)。目的に沿って4つの形に変形することができる未来の乗り物です。自転車のように乗ることのできるビークルモード、持ち運べるキャリーモード、キックボードになるモード、荷物を運ぶカートになるモードの4つです。

4つのモードに変形するILY-A 出典:http://furo.org/ja/robot/ily_a/

4つのモードに変形するILY-A 出典:http://furo.org/ja/robot/ily_a/

ビークルモードはスマートストップ機能が搭載されていて、走行中に人が飛び出してくると自動で停止します。自動走行が可能なわけです。

自動車の自動走行は、車道を走るわけですから、いわば車線に集中していれば可能ですが、ILY-Aは、いろいろな場所で乗りますから、あらゆるものの動きを観察してマッピングしなければならない。どこから飛び出してくるのか分からない中での自動走行なので、技術的には難易度が高いのです。

――事故を起こしたくないからクルマを運転したくない、という高齢者は多いですね。

古田 ILY-Aだと、スマートストップ機能が搭載されているので、人を轢(ひ)きたくたくても轢けません(笑)。また全部のパーツに自己診断監視システムが搭載されています。最新の技術を搭載していますから、途上国などのメーカーが真似したくても簡単には真似できないでしょう。

キックボードモードでは、足で地面を蹴ったことをソフトウェアで認識して、車輪がモーターのギアから外れて自由に回転するようになります。カートモードでは、パワーアシスト機能がついていて、力のない高齢者でも重い荷物を載せて楽々押せるようになっています。

私の父は、「シニアカーなんて年寄りくさいもの、絶対乗りたくない」と言います。そんな高齢者は多いですよね。そういう人たちのためにも、若者から高齢者まで世代を越えて欲しくなる、乗りたくなるものを作りました。

ILY-Aで誰もが気軽に外出を楽しめる社会を作りたい。そのためには交通の定義を変えたい。

ILY-Aは、グッドデザイン賞もいただきましたし、2020年東京オリンピック・パラリンピックの公式の乗り物候補の1つになっています。ILY-Aは、モノではなく、未来のライフスタイルなのです。

――これは交通法規上は、車とみなされるのですか?電動機付き自転車ですか?

古田 新しい車両のカテゴリーが必要です。私は、技術だけでは新しい価値観やライフスタイルは創れないということを分かっているつもりです。2015年4月から、セグウェイのようなパーソナル・モビリティーが公道を走行できるようになりましたが、この法整備にも私自身関与しました。

技術だけ作って「法整備は誰かお願いします」という開発者は多いのです。でも、それでは単なるファンタジー。技術だけではなく、それを使えるような社会の仕組み作りにまで関与すべきだと思います。人任せにして放り出さないで、自分で仕掛けていく気構えで臨まない限り、世の中は変わりません。

この5年間、つくば市で経産省と一緒に公道での実証実験をずっとやってきて、ようやく道路交通法の改正に盛り込まれることになったのです。

高齢社会のコミュニティーの再構築

160113_furuta_06――イノベーティブになるためのもう1つの要素、社会の大枠の変革というのは、例えばどんなことでしょうか?

古田 例えば東京オリンピック・パラリンピックです。私たちは今、東京オリンピックをどう技術的に盛り上げるかということを、政府と一緒になって取り組んでいます。コンセプトは「コンヴィヴィアル(convivial)」。皆が生き生きと共生する、ということです。でも大事なのは、オリンピックが終わったその先。どういう社会を作っていくのかというビジョンが大事です。

今、私がやっているほぼすべてのプロジェクトの目的は、高齢社会を背景にした衣食住の変革です。

高齢社会に関して、多くの人が勘違いしていることがあります。高齢社会と言えば介護ロボット、というような考え方をする人が多いのですが、私はそういう考え方には断固反対です。そうしたロボット技術の使い方は、ロボット技術の持つ可能性のほんの一部に過ぎないのです。

あるべき高齢社会の姿とは、実年齢は高齢になっても、若者やロボットに介護してもらうのではなく、文化活動、経済活動を楽しみながら、現役世代と共に社会を支え合っている姿であり、若者が「自分も将来はああなりたい」と思うような姿ではないでしょうか。私はそういう高齢社会のためにロボット技術を使いたいのです。

今、日本には1300兆円ほど負債があると言われています。一方で60歳以上の高齢者が塩漬けにしている預貯金は1000兆円以上あると言われています。老後に医療費がかかりますよと、政府がネガティブキャンペーンをした結果、この預貯金が活用されずに塩漬けになっているわけです。高齢者が活動的になると、1300兆円という巨額の負債の問題も解決されるかもしれません。

それに活動的になれば健康にもなる。人間は動かないと、廃用症候群という病気になってしまいます。

また身体だけじゃない。人間の“構成要素”は、心、身体、社会です。家に閉じこもっていると、情報が遮断されて心も病んできます。すべてがマイナスのスパイラルに入っていく。反対に身体の具合が少々悪くても、社会が「出ておいで!」と呼び出してくれると、人間は元気になっていくものなのです。

心と体と社会の循環をどううまく作っていくか。 私が最終的にやりたいのは、コミュニティーの再構築です。それに向けた1つのパーツが、移動・モビリティーであり、ILY-Aを開発したのもそのためです。

技術で作るコミュニティーとのつながり

――技術は手段に過ぎず、重要なことはコミュニティーの再構築だということですね。

古田 そうです。話したい相手がいなければ、電話があっても仕方がない。会いたい相手がいなければ、移動手段があっても仕方がない。

まだ詳しくお話できませんが、ILY-Aはクラウドとつながり、Facebookのようなオンライン・コミュニティー・ツールのようなものともつながります。

重要なことは、これでどうコミュニティーを再構築するかです。そこまで設計しないと、ILY-Aも広くは普及しないと思いますので、つながりをテクノロジーで作りたいのです。

昔は近所に必ずかかりつけの医者や面倒見のいいおじさんやおばさんがいて、私のことをよく知っていました。そうしたコミュニティー、隣近所の関係性をテクノロジーを使って取り戻したい。

例えば某大手ハウスメーカーと協業で構築した住宅健康管理・支援システムは医療診断コンピューターともつながりますが、法律の関係で最終的には医師の判断が必要になります。そこでネットワークの先にかかりつけのお医者さんを作りたいのです。ダイバーシティも私の大事なキーワードなので、子育て等で家庭に入った女医さんや看護師さんたちに、もう一度活躍してもらいたいと思っています。

日本は高齢社会に世界で最初に突入しました。経済成長や国力を考えるとピンチです。でもピンチはチャンスでもある。高齢社会に伴う問題を解決できるプラットフォームやサービスを構築し整備できれば、世界に輸出できるのではないかと思います。

本丸は第4次産業革命。まもなく発表

古田先生 イメージ

――いろいろ手がけられていて、身体がいくつあっても足りませんね。

古田 今お話したことは、僕が手がけていることの10分の1くらいです。まだ言えないことが多いのですが、例えば日本ならではの第4次産業革命に関することもやっています。

ドイツ発のインダストリー4.0どころではありません。

ずっと研究開発していて、今ようやく手が届くところまできました。試作品をあるメーカーさんにお渡しして、もうそろそろみんながびっくりするような発表ができると思います。

――どんな技術なんでしょう?

古田 ヒントを言いますと、例えばわれわれは8年前に、カメラで3次元のマッピングができて、自分の向いている方向や、自分の位置が認識できる、という技術を開発しました。レーザーセンサーを使えば同様のことが簡単にできますが、8年前にカメラでそれを可能にしたのは、世界でもわれわれくらいだったと思います。

こうした技術を使って、知覚、判断能力、動きで、工場内などで人ができることがほぼ何でもできるようなロボット技術が、もうすぐ完成します。今までのロボットとは作り方が違います。今のロボット技術では、工場などの作業の中で人間にはできるのにロボットにできないことが幾つか残ります。それがすべてできるようになるのです。

これはまだ特許を取るつもりもありません。なぜなら、まだ誰にも真似できないから(笑)。特許というのは、真似されそうになるから取るものです。当分できないでしょうから、まだ特許を申請するつもりもない。それだけ独創的な技術であり、第4次産業革命につながる日本流のイノベーションの1つだと思っています。期待していてくださいね。

TEXT: 湯川鶴章

古田貴之

ふるた・たかゆき

古田貴之 学校法人千葉工業大学 常任理事、同大学未来ロボット技術研究センター(fuRo) 所長。工学博士。

1968年 東京生まれ。青山学院大学大学院理工学研究科機械工学専攻博士後期課程中途退学。2003年千葉工業大学未来ロボット技術研究センター(fuRo)所長に就任。
2002年、人間型ロボット「morph3」を開発。2003年、自動車技術とロボット技術を融合させた「Hallucigenia01」を開発。2007年、Hallucigenia01の進化型ロボット「Halluc II」を開発。2010年、搬重量世界最大級の大型二足歩行ロボット「core」を開発。2015年、パーソナルモビリティ「ILY-A」を開発。
新たなロボット技術・産業の創造を目指し、企業との連携を積極的に行い、新産業のシーズ育成やニーズ開拓に取り組んでいる。
2014年学校法人千葉工業大学 常任理事に就任。
著書に「不可能は、可能になる」(PHP研究所)がある。


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