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近年、「国際バカロレア(IB:International Baccalaureate)」が日本の教育界に新風を吹き込んでいる。

文部科学省は2020年の大学入試センター試験の改革を機に、2018年までに国際バカロレア認定の高校を現在の35校から200校まで増やすという意欲的な施策を推進中だ。英語だけでなく日本語の授業も可能になり、入試にIBの成績を導入する大学も着実に増えてきた。

国際バカロレアとは一言で言えば、「世界共通の大学入試資格とそれにつながる小・中・高校生の教育プログラム」。多様な文化への理解や尊重を重視し、グローバル社会を生きるために必要な知性や人格、社会的スキルを磨く。教師から一方的に知識を注入される従来の学習とは異なり、生徒は自分で調べ考え意見を述べる教育のもと、世界で生きる力を身に付けていく。

国際バカロレア機構アジア太平洋地区委員として普及に奔走する坪谷ニュウエル郁子さん(東京インターナショナルスクール理事長)に、いま注目の国際バカロレアについて分かりやすく解説をしていただくとともに、ご自身の体験や今後の抱負、課題等について伺った。

国際バカロレアは大学受験の際に基準となる
「世界共通の成績証明書」の必要性から生まれた

――まず、国際バカロレア(以下IB)とはどのような理念の下にどんな教育をするのか、基本的なことから説明していただけますか。

坪谷 IBは1968年にスイスのジュネーブで生まれました。ジュネーブには多くの国際機関が集まり、いろいろな国の子どもが学校で学んでいましたが、大学受験になると各国の制度はバラバラ。学校としても1クラスに20カ国の子どもがいた場合、どうやって入試準備をしたらいいのか困ってしまい、世界共通の成績証明書を作ろうという動きが出てきたのです。

当時の欧州は、第2次世界大戦で2つに分裂した反省を踏まえ、一国主義の教育から世界平和の教育に軸足を移そうという考え方がありました。そのためIBの理念は「多様な文化への理解と尊重の精神を通じて、より良くより平和な世界を築くことに貢献する、探究心、知識、思いやりに富んだ若者の育成を目的にする」となっているのです。

学習指導要綱に沿った普通の授業とは大きく違う
ユニークな学習の進め方

――各コースではどのように学習を進めるのでしょうか。学習指導要綱に沿った日本の普通の授業とはずいぶん違うと聞きます。

坪谷 学び方も教え方も全く異なります。IBには次の4つのプログラムがあります。

・PYP(プライマリー・イヤーズ・プログラム):3~12歳の小学校コース
・MYP(ミドル・イヤーズ・プログラム):11~16歳の中学校コース
・DP(ディプロマ・プログラム):16~19歳の高校生の大学入試コース
・CP(キャリア関連プログラム):専門学校や社会に出て行くためのコース

例えば3~12歳のPYPコースの場合、「私たちは誰なのか」「私たちはどのような時代と場所にいるのか」など、教科横断的な6つのテーマに沿って学びます。

仮に「お祝い」を切り口に学ぶとします。「お祝い」には誕生日、七五三、お正月、クリスマスなどいろいろありますが、子どもたちはそのどれかを選びます。

七五三であれば、「それはなぜ始まったのか」「どんな風に変化してきたか」と、何百年も昔のルーツまで調べる。次に「それはどんな機能や役割を持っているか」「どんなものと関連しているか」を考えます。七五三にはアメ屋さん、貸衣装屋さん、神社、写真屋さんなど多くの人やものが関わっており、「それらに対して私たちはどういうサービスや恩恵を受け、また責任があるのか」を考えます。教師の役割は冷静かつ中立的な立場から事実を確認する質問役です。

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最後に、これが最も大事なのですが、「七五三を探求してきたけれど、振り返ってみてその探求の方法で良かったのか、七五三について探求するには他にもっと良い方法はなかったのか考えてごらん」と質問する。物事の本質を多面的に深く掘り下げ探究する姿勢を醸成するためです。そうした一連の学習の中に算数の計算や、漢字学習などを落とし込んでいきます。

大学入試準備も「詰め込み式知識注入型」から
「討論や探求型学習のアクティブ・ラーニング」へ

――大学入試に備えるDPも、独特の学び方をするのですか。

坪谷 DPは高校の最後の2年間で、文系・理系を問わず6科目を学びますが、他に3つを必修とし並行して学びます。

1つは課題論文(EE=Extended Essay)で、履修科目に関連した分野を1つ選び、自分が研究した成果をまとめます。これは大学の卒論レベルに匹敵します。

2つ目は「知の理論(TOK=Theory of Knowledge)」です。DPの中核的学習プログラムで、教科の枠を超えて論理的思考力や批判的思考力、コミュニケーション能力などを養うための授業です。

3つ目は創造性・活動・奉仕(CAS=Creativity/Action/Service)。Cは創造的な芸術活動、Aは身体運動、Sは奉仕活動です。

例えば私の2人の娘はIBで学びましたが、教員志望だった長女の奉仕活動はペルーの貧困地区での子どもの世話、動物学が好きだった次女はタイに行って野犬の世話をする活動に参加しました。

DPの最後には12日間の卒業試験があります。6科目が各7点満点で、これにEE、TOKとCASの評価(最大3点)を加えた45点満点中、24点を取ればIB資格が取得できます。

その試験は、歴史であれば「第1次世界大戦における中央集権、もしくは第2次世界大戦における日独伊の枢軸国の政権が敗北した主な原因を述べなさい」といった論述問題です。

IBは受験のために塾に行く必要はありません。授業の事前の下調べは自宅で行い、学校での授業はプレゼンテーションやディスカッションから始まります。

塾に通って詰め込み式の受験勉強をする知識注入型の日本の試験とは、全く違うことがお分かりになると思います。

世界の約4000の大学がIBスコアを導入

――大学側のIBに対する評価はどうなのでしょうか。

坪谷 大学はIBの生徒を欲しがっていて、世界の約4000の大学がIBスコアを入試に導入しています。英ケンブリッジ大学なら40点以上が必要というように、各大学は自分の欲しい生徒はこうだとはっきり打ち出しているので、学生も志望大学を選ぶ際に分かりやすいのです。

高評価の背景にあるのは、IBで教育を受けた生徒の入学後のパフォーマンスが高いこと。優秀賞をもらう人数はIB以外の学生の2倍、大学院に行く学生数も2倍。米国では6年以内、英国なら5年以内に大学を卒業する割合も2倍です。

IBは過去40数年間多くの大学が受け入れているので、生徒にとってはリスクが少なく、受験のセーフティーネットになっている点が他の教育資格より優れています。

日本の教育の問題は大学入試の在り方にある、
日本の大学の門をIBに開放すれば教育も変わると考えた

――ところで、坪谷さんがこれほどIBに関わられるようになったのは、何がきっかけだったのですか。

坪谷 私は長女が3歳になった時に自分で幼稚園を作りました。単に勉強ができる子どもではなく、大人になった時、世界のどこででも働ける力を身に付けさせたいと願い、成長とともに小学校、中学校も作りました。これが東京インターナショナルスクールです。集まってきたのは主に大使館や企業の駐在員の子どもたち。2、3年後には親の転勤でどこに行くか分からないので、どの国に行っても継続して学習できるプログラムでなくてはなりません。その点、IBは世界146カ国が採用しているので、どの国に行っても学校を探せると判断して採用したのです。

以前から私は、日本の教育の問題は大学入試の在り方にあると感じていました。日本では大学に合格することがゴールであり、その下に小中高がある。目指す大学にさえ受かれば、後は「やった~!」ということで長く続いた受験勉強から解放される。以後は合コンもバイトもでき、3年生になったら就活する。つまり大学4年間はモラトリアムの期間だという変な構造になっているのです。

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そこで私は日本の大学の門をIBに開けるべきだと考えました。日本の教育は学習指導要綱の下に行われますが、IBを勉強すれば学習指導要綱に読み替えるという形で風穴を開けられるのではないか。小中高にIBを入れて日本の初等中等教育が変われば、大学入試も変わるはずだと考えたのです。

下村博文・前文部科学大臣には東京インターナショナルスクールを見学していただきました。51カ国の多様な国籍の子どもたちがIBを学んでおり、「すごいね」と言っていただいて、政府が動き出しました。

2011年にIBアジア太平洋地区から「日本政府とIBの橋渡し役を引き受けてほしい」と頼まれ、下の娘も高校を卒業していたのでお引き受けすることにしました。

IB入試実施や導入に向け変化する大学

――国際化の遅れが指摘される日本の大学ですが、IB導入によって変化するでしょうか。

坪谷 私は変化すると思います。いま全学部でIB入試を実施しているのは筑波大学、岡山大学など8大学です。一部の学部で導入しているのは慶応大学、大阪大学など8大学。今年からは東京大学、京都大学も加わり、他に多くの大学が検討中です。

IBを取り入れる日本の大学はこれからさらに増えますので、IBを学んだ高校生はわざわざ海外の大学に行く必要はなくなるという利点もあります。大学入試に備える高校生向けのDPの授業はもともと英仏スペイン語だけでしたが、経済、地理、歴史、生物、化学、物理、数学、芸術などで日本語が認められました。仙台育英高校と沖縄尚学高校はすでに2015年4月からスタートしています。

IBは英語がペラペラでないといけないというのは誤解
子どもたちはまず母語の確立が大切

――日本の大学に進めば費用の点でも助かりますね。

坪谷 海外留学にはお金で代えられない大きなメリットがありますが、親にとっては大変な負担です。

例えば、米国の大学に留学しようと思えば年間500万円もかかります。オーストラリアの大学に留学した私の2人の娘は、1人あたり250万~350万円かかりました。寮費も含めると2人で年間1000万円です。私は娘が12歳になった時からこうした事態を予想し、生活を切り詰めて貯金し続けてきました。共稼ぎだからできたことです。

またIB機構は、小中学校では母語による授業を推奨しています。IBは英語がペラペラでないといけないと誤解されがちですが、とんでもないことです。子どもたちはまず母語を確立することが大切ですし、その方が深く学べるのです。

――2020年には大学入試センター試験が新制度に移行します。IBにとっては大きな転換点になりますね。

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坪谷 国立大学協会は全大学の学生の30%まで推薦やAO入試を取り入れることを決定しました。その中にはIBの生徒も含まれます。ある東大の先生が「大学にとってIBの生徒を入れるのはとてもやりやすい。IBの成績がついているし、論文を書く力がついているからだ」とおっしゃっていました。「ゼミにIB出身の学生が1人いると、議論が活発になる」という声も聞かれます。

「来て来て日本の大学キャンペーン」

――少子化で日本の若者はどんどん減ります。大学にはIB導入によって海外の優秀な学生を採りたいという期待もあるのでしょうね。

坪谷 そうです。私は勝手に「来て来て日本の大学キャンペーン」というのをやっています。海外では日本の大学はあまり知られていないので、インドのIB代表者に頼んで、日本の7大学が現地でプレゼンテーションする機会を作ってもらいました。私の知人の娘さんは、そこで情報を得て大阪大学に入学しました。

2017年3月には横浜にIBアジア太平洋地区の関係者1300人が集まります。日本の国立大学の学費は高くないし、ノーベル賞受賞者もたくさんいることをアピールする予定です。日本にとってはビッグチャンスです。

――政府の「日本再興戦略」は2018年までにDP認定校を200校に増やすとしていますが、進捗状況はいかがですか。

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坪谷 「高校だけで200校」は正直なところ難しいと思います。私は中学も数に含めるべきだと言っていたのですが、政府は高校にこだわりました。というのも高校は都道府県の所管で自由度があるのに対し、小中学校は市町村所管の義務教育で数が多く、学習指導要綱で細部まで厳しく規制されているからです。

IBの認定校と申請校を合わせると現在50校ぐらいあります。申請から認定までは準備に約2年かかります。私としては2020年に小中高合わせた認定校が200校になるように努力しています。

いま公立学校でIB導入の先頭を走っているのは、札幌市立と高知県立の2つの中高一貫校です。そうした自治体は地域の少子化が進む中、IBを公立校に採用することで活性化のきっかけにしたいという希望を持っています。

日本の対GDP教育予算はOECD加盟31カ国中31位

――アジア各国もIB導入に熱心だと聞きます。日本が後れを取る心配はないでしょうか。

坪谷 インド、中国、エクアドル、中東などが意欲的な計画を持っています。世界は未来に向けて教育投資をするのが潮流になっており、いろいろな国で、国を挙げてIBの普及に走っています。

一方、日本の公的予算支出の対GDP比は3.8%と低く、なんとOECD(経済協力開発機構)加盟31カ国中で31位という情けなさです。OECD平均は5.6%。デンマークやノルウェーなどは9%近くあります。それでも財務省は少子化に伴って教育予算をさらに減らそうとしています。

公的負担が少ない分、親の私費負担の割合が多くなり、教育格差につながります。いまの税金の再配分は高齢者層に偏っていて、教育に十分回らないのが現状です。

――IB認定校になるには登録料などの費用がかかります。またDPの卒業試験では生徒にも受験料が必要です。この負担の問題についてどう思われますか。

坪谷 その点について、私には1つ苦い反省があります。東京インターナショナルスクールは小中学校なので、高校のDPで受験料がかかることをよく知らないまま運動を始めたのです。

九州でIBの講演をした時、教育委員会の方から「IBをやりたいけれど、個人負担があるからできない」と言われました。12日間の卒業試験に1人850ドルかかります。さらにリサーチ用のパソコンや数学の試験で使う関数電卓などを合わせると約20万円かかるのです。ところが、世の中にはその20万円を払えない家庭はたくさんあり、そのためにIBを導入したくてもできない現実が学校側にはあるのです。

私は教育に格差があってはいけないと考えていたので、ショックを受け落ち込みました。帰りの新幹線を2本も乗り過ごしたほどです。

文科省にも相談したのですが、「予算は全員に出すか出さないかしかない。IBだけに出したら、他の試験の人から不満が出るので出せない」という説明でした。

教育に格差があってはならないと
支援財団を立ち上げ寄付集めに奮闘中

――それで「世界で生きる教育推進支援財団」をご自身で設立されたわけですね。

坪谷 そうです。公費に頼らなくても受験できるようにと、やむに止まれぬ気持ちから財団を立ち上げました。そのスキームは、世帯収入が300万円以下の家庭には試験費用を全額支給しパソコンと電卓を貸与する。400万円以下は試験費用の2分の1、500万円以下は4分の1を支給するというものです。200校になった時点で必要になる費用は年間4000万円です。

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企業に支援のお願いに回るのですが、反応はどこも沈没状態。「高校生が相手では会社のメリットに直接結びつかない」という返事です。

個人会員(1口 5000円)が8000人いれば、試験費用は賄えますが、私とスタッフの2名でお願いに回っている状況ですのでまだ認知度も低く、登録者は今のところ数十人です。私の講演料も本の印税もみな財団に入れています。

米国ではシカゴとマイアミの貧困地区にIBを導入したところ、大学進学率が2倍になり、低年齢の妊娠率や犯罪率が下がったという結果が出ています。その資金源は寄付で、特にビル&メリンダ・ゲイツ財団がたくさん出しました。日本にはこうした寄付の文化がまだ根付いておらず苦労するところです。

――日本でもIBに関心を持つ若い世代が増えると思います。彼らにぜひ伝えたいメッセージをお願いします。

坪谷 日本、米国、中国、韓国の高校生の意識調査で「自分は価値のある人間だと思うか」と聞いたところ、「価値ある人間だ」と答えたのは、日本を除く3カ国は80~90%に対し、日本はわずか40%。逆に「自分はダメな人間だ」と答えたのは、他3カ国の30~50%に対し、日本はなんと84%です。

もっと自分を肯定して生きてほしい。1人ひとり誰もが必ずきらりと光る素晴らしいものを持っています。それを伸ばして育てるというのがeducateの語源です。IBは学ぶこと自体が面白く、自発的に勉強するので自信を育み、世界で通用する生きる力を育てます。

だから、どんな家庭の子どもでもIBを受けられるようにしたい。そんな願いと希望を持って、私はこれからも頑張ります。

ぜひ誰もが「自分は価値ある人間だ」と言える国に皆でしていきましょう。

TEXT: 木代泰之

坪谷ニュウエル郁子

つぼや・にゅうえる・いくこ
坪谷ニュウエル郁子

国際バカロレア機構アジア太平洋地区委員/東京インターナショナルスクール理事長

イリノイ州立西イリノイ大学修了、早稲田大学卒。
1985年「イングリッシュスタジオ(現:日本国際教育センター)」設立を経て、1995年「東京インターナショナルスクール」を設立。同校は国際バカロレアの認定校。その経験が評価され、2012年、国際バカロレア機構アジア太平洋地区の委員に就任。
2008年には軽度発達障がい等を抱える子どもたちのための学校「NPOインターナショナルセカンダリースクール」を設立。専門家による少人数の個別指導で1人ひとりの特性を生かす教育を行っている。
2015年10月、政府の「教育再生実行会議」の有識者委員に就任。文部科学省とともに、教育の国際化の切り札となる国際バカロレアの普及に取り組んでいる。
著書:『英語のできる子どもを育てる』(講談社)、『世界で生きるチカラ 国際バカロレアが子どもたちを強くする』(ダイヤモンド社)など。


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※日本IBM社外からの寄稿や発言内容は、必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。


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