「脳トレ」の川島隆太教授――少子高齢社会を活性化する「スマート・エイジング」

高齢社会をポジティブに受け止め、社会の活性化につなげようと産学官連携で推進する「スマート・エイジング」の活動が注目されている。先頭に立って推進しているのが「脳を鍛える大人のDS」の監修で知られる東北大学加齢医学研究所の川島隆太所長だ。

少子高齢社会に世界で最初に突入した日本。 子どもから高齢者までいかに1人ひとりが持てる「脳力」を高め存分に活躍できるかが、健全な社会を維持するための喫緊の課題となっている。

川島所長は、人の「心」と脳の関係を解き明かす脳機能イメージングや脳機能開発研究の第一人者で、タンパク質や脂質、水などの物質でできている脳がなぜ「心」を持つのか、その乖離の間に何があるのかを究明するという、とてつもなく難解で遠い道のりの研究にチャレンジしている。

また川島所長は、子どもが長時間ゲームをプレイし続けることが、脳の発達や言語知能などに悪影響を及ぼすことを、MRI画像を使った解析で突き止め、米精神医学誌「Molecular Psychiatry」電子版に今年1月5日付で発表した。世界の脳科学をリードする川島所長に、研究の最前線やその応用について伺った。

「まことの花」を咲かせる「スマート・エイジング」

――川島先生は、高齢化をネガティブに考える「アンチ・エイジング」ではなく、ポジティブに受け止める「スマート・エイジング」を提唱されています。これはどのような考え方なのでしょうか。

川島 日本は超高齢社会のトップランナーであり、少子化という大問題も抱えています。2030年には総人口の30%以上が65歳以上の高齢者になるので、年を重ねることを後ろ向きに捉えたのでは社会は成り立たない。逆に加齢は人としての成長の機会と考え、そう言えるための個人や社会を作るにはどうしたらいいか。そこからスマート・エイジングという言葉が生まれたのです。

もともとアンチ・エイジングはアメリカ発で世界に広がったもので、若さにこだわり年を取ることを否定する考え方です。

これに対し、日本にはスマート・エイジングの考え方が古くからあります。室町時代の能役者で能作者の世阿弥は「風姿花伝」の中で、「まことの花」は成熟した人間の内側からにじみ出て咲く本物の花であるとし、若い生命が持つ鮮やかな美しさである「時分の花」と対比しています。

スマート・エイジングは、散ってしまった「時分の花」を振り返る後ろ向きの生き方ではなく、積極的に「まことの花」を咲かせようとする前向きな人生のあり方を提唱しているのです。「まことの花」を咲かせることは、年齢を重ねるにつれて物事の見方が深まり、視野が広がって人生が豊かになっていくことを意味します。

実際に個人がスマート・エイジングを体現するためには、脳を使う習慣、身体を動かす習慣、バランスの取れた栄養、人と積極的に関わる習慣等が重要ですが、脳を使う習慣については、科学的な知見が必要となり、その上でも脳科学が今後ますます重要になると思います。

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脳の画像化研究のためスウェーデンのカロリンスカ研究所に留学

――そもそも先生はなぜ脳科学を志されたのでしょうか。

川島 中学生のころ、私は死について考えるようになり、自分の脳をコンピューターの中に入れたいと妄想していました。自分の肉体が滅んでも意識はずっと存在し続け、人類の最後の日をこの目で見届けたいというのが私の野望でした。人の脳の研究をするために東北大学医学部に入り、大学院に進んだのですが、私が望んでいるような研究は誰もやっていませんでした。

そこで当時、京都大学霊長類研究所がニホンザルの脳を研究していたので、内地留学しました。サルは脳が命令して0.05秒で身体が動きますが、その2秒前から脳の神経細胞が活性化していることを突き止めました。

しかし、私が本当にやりたいのは人の心を調べること。そんなとき京大の恩師から、スウェーデンのカロリンスカ研究所のローランド博士が書いた論文を教えてもらいました。人が思考する時の脳活動をポジトロンCTという装置で画像化したというのです。それこそまさに私のやりたい研究だったので、「ぜひ留学したい」と手紙を書いたところ、幸運にも受け入れていただけることになりました。

2年間の研究で、人は指先に神経を集中させる時、心の眼を閉じる現象を見つけました。例えばコインの裏表を指先で当てようとすると、人は目を閉じます。脳が後頭葉にある視覚領域の活動を下げてしまうのです。帰国したのは30代半ばでした。

人の「心」と「脳」の関係の解明は永遠の謎

160218_kawashima_03――人の「心」と「脳」の関係を解明する研究はどこまで進んでいますか。喜びとか悲しみという感情も解明されるのでしょうか。

川島 私たちは、心を形成するものは何かを心理学や認知科学を使って分析しています。1つひとつのピースが脳の中でどう表現されているかを機能的MRIで計測し、全部のピースがピタリとはまった時、心の全貌が見えたことになります。喜びや悲しみの感情も心のピースの一部と言えます。

どこまで進んだかといえば、いつまで登っても山の2合目にしか辿り着いていないという感じです。研究が進めば進むほど頂上は遠ざかります。自然科学や宗教、哲学は道が違ってもすべて「人とは何か」を問うて頂上にある解を目指しています。この問いに科学者は計測で、哲学者は言葉で立ち向かうのです。人の心がすべて解明できてしまったら、すべての自然科学や哲学は終わりを告げ、人類最後の日になってしまうかもしれません。

これは10年や20年で解けるような問題ではありません。私は1歩でも高いところへ登り、後輩がそれを踏み越えてさらに進めばいいという気持ちでいます。永遠の謎と言ってもいいでしょう。

――先生は脳の動作原理の解明にも取り組んでおられますが、こちらはどういう学問なのでしょうか。

川島 脳はタンパク質、脂質、水などの物質でできていますが、その塊の中になぜ自分は自分だと思う心が入っているのか。このすごく大きな乖離の間には何があるのか。これを見つけるのが動作原理を調べることです。「人はどこから来てどこへ行くのか」という根源的な問いに対する答えでもあるのです。

いま動物で実験していますが、こちらはまだ1合目にも到達していません。ただ、それほど困難な問題だからこそ挑む価値があると思っています。

読み書き計算のドリルの目的は
頭の回転速度を上げ、記憶容量を増やすこと

――ところで、読み書き計算のドリルは脳の活性化に効果があり大ヒットとなりましたが、このドリルは、どのような仕組みで脳機能の回復を促すのでしょうか。

川島 実を言うと、文章を読むことや計算すること自体に意味はなく、活性化するための道具として使っているのです。本当の目的は、頭の回転速度を上げることと記憶容量を増やすことです。こうすると、さまざまな心の働きが良くなることが心理学で分かっています。コンピューターに例えると、計算速度が速くてランダム・アクセス・メモリー(*)の容量が大きいほど高性能になるのと同じです。

人の加齢変化では、回転速度が遅くなり記憶容量が減っていきます。どちらも脳の前頭葉にある前頭前野という領域が支配しており、その劣化が生活の質を下げているというのが我々の仮説です。そこを高める訓練の道具として使うのが、読み書き計算ドリルなのです。

もし衰えたとしても、代償する手段があればいい。あまり歩かない人がフィットネスに通うのと同じように、コンピューター任せで頭を使わない人のために、私たちは脳トレのドリルを奨励したわけです。

その効果は、健常人でも脳機能がしっかり上がり、軽度認知障害の方は正常に戻ることが多く、認知症の方の認知機能も薬では考えられないぐらい戻ります。脳の機能は身体と同じで放っておけば衰えます。ですから根気よく続けてやることが大切です。

(*) ランダム・アクセス・メモリー(Random Access Memory、RAM、ラム): コンピューターで使用する任意の順序で読み書き可能な記憶領域のこと。

――大人だけでなく、子どもの成長や発達にも効果はあるのでしょうか。

川島 もちろんあります。子どもをより健全に育てるには前頭前野の働きを良くすることが大切です。ポイントは子どもにとって能力ぎりぎりの問題に挑戦させること。だらだらやるのでは意味がありません。例えば4年生でも5、6年生の能力があるなら、その問題をやらせる。ぎりぎりの速さでぎりぎりの難易度の問題をやることで、脳のコンピューターは素早く動くようになり、記憶容量が増える。それによって他のいろいろな能力も伸びるのです。

これは高齢者も同じです。学習塾を展開する株式会社 公文教育研究会(以下、公文)さんがいい教育システムを持っていたので、産学連携の一環として高齢者向けシステムの作成を委託しました。公文さんは紙と鉛筆ですが、ITをプラットフォームにする任天堂株式会社(以下、任天堂)さんからも共同研究の申し出があり、ニンテンドーDSのソフト「脳トレ」を出したのです。これは頭の回転速度を上げることに特化したソフトで、ぎりぎりの難しさを追求する内容になっています。

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記憶容量を拡大すれば100歳だって安全運転が可能に

――記憶容量が増えると、いろいろな分野で効果があると述べておられますが、具体的に説明していただけますか。

川島 記憶容量のシステムは、覚えた情報を基に行動を発現するところまで含んでいます。人はふつう2つの作業を同時並行してこなすのはかなり難しい。高校生や大学生はともかく、その他の年代では直列的な処理しか上手くできません。

しかし、トレーニングすることで記憶容量は増やせます。学習、理解、判断、予測など知的能力だけでなく運動能力も高まります。つまりすべての分野で能力が発現する。受験勉強を一生懸命した人が他のことでも能力が高いのは、勉強の過程で記憶容量が大きくなったからです。

最近、高齢者の運転事故が問題になっていますが、運転免許を取り上げるのではなく、日頃のトレーニングで記憶容量を拡大しておけば、安全運転の能力はぐっと上がります。スマート・エイジングを実行すれば、100歳だって安全運転できるというのが我々の考えです。脳のトレーニングは身体のトレーニングと同じようにやるものだという意識改革が進めば、少なくとも2、3割の人は状態が変わるでしょう。

長時間のゲームは子どもの脳の発達に悪影響を与える

――先生は社会貢献の一環として子どもの教育の在り方にも取り組んでおられます。

川島 子どもたちを広く調べることによって、いろいろなことが分かってきました。私たちが目指しているのは、こうすると良くなるというメッセージではなく、これをやってはまずいよと指摘することです。

例えば生活習慣では、早寝、早起き、朝ごはん。この当たり前のことをきちんとしないと、子どもの能力は伸びません。成長段階ではバランスの悪い生活の影響が強く出ます。勉強でがんばっても努力が無駄になり、大人になった時に大きな差がついてしまいます。

――今年1月5日、川島先生たちの研究グループは子どもが長時間ゲームをプレイし続けることが、脳の発達や言語知能などに悪影響を及ぼすことを、MRI画像などの脳機能イメージング装置を使った解析で突き止め、米精神医学誌「Molecular Psychiatry」電子版に掲載されました。ただ、現代社会では子どもたちにゲームをやるなとは言えないと思いますが、どれぐらいなら許容範囲でしょうか。

160218_kawashima_05川島 1時間未満だと思います。テレビ、ゲーム、パソコン、スマホなどのIT機器を1時間以上使うと、その先は明らかにリスクが顕在化し、直線的に能力が落ちていきます。

しかし、おっしゃるように現代社会でそれらを否定するわけにはいきません。酒やたばこと同じように、成長期段階の子どもにとってIT機器の使い過ぎは害がある、とよく知った上で使うことが大切です。

また、嗜好性があってはまってしまうものを自分でコントロールできないなら、社会が制限するしかないという発想が出てきます。例えばゲーム機に1日1時間しか動かないようなプログラムを入れるとか。

ちなみに我が家には4人の子どもがいますが、ゲーム機は1台だけにし、平日は1人1時間以内に制限しました。もし4人が一緒に遊ぶのであれば4時間までOKです。子どもに文句は言わせませんでした。

社員に早寝、早起き、朝ごはんの習慣がないと
会社の業績は伸びない

――子どもの生活習慣が乱れるのは、結局、親の問題であると言えそうですね。

川島 そうです。子どもへの情報の出し方を変えました。今まではPTAを通して子どもたちに話をする、または学校が子どもに直接話をするというやり方でしたが、あまり啓蒙が進みません。

そこで企業に話をしに行くことにしました。何を言うかというと、数年前から「社員に早寝、早起き、朝ごはんをきちんととる習慣がないと、会社の業績は伸びませんよ」と話しています。子どもも大人も同じなのです。景気が悪い会社は「それどころじゃないよ」と言うのですが、本当は逆で、そこをきちんとして社員のパフォーマンスを上げることが先決です。

――先生は読み書き計算の新しい産業を創出されました。高齢化に向かう国は多く、今後さらに世界に飛躍する可能性は高いと思いますが、海外の反応はいかがでしょうか。

川島 ニンテンドーDSのソフトは世界中に販売されていますし、公文さんと一緒に作った学習療法のドリルはすでに米国に輸出され、欧州や中東からも問い合わせが来ています。こうした産学連携の研究は一段落し、今は企業側がやってくれています。どの国でも、認知症の患者さんが目の前で良くなるのを見て喜んでいます。超高齢社会への対応は先進国共通の課題ですし、発展途上国もいずれそうなると予測が出ているので真剣に学ぼうとしています。

15億円の監修料を辞退し、大学の研究施設などに回す

――ところで、先生はニンテンドーDSからの莫大な監修料を個人として受け取る権利があったにもかかわらず、それを辞退して大学の研究施設の建設や装置の購入に回されたそうですね。

160218_kawashima_06川島 大学の規則では、ゲームソフトで発生した監修料の半分にあたる約15億円を受け取る権利がありましたが、私は自分の受領額の欄にゼロと記入しました。億単位のお金がどんと来たので、ビビりました(笑)。変わり者だと言われましたが、私は当たり前の倫理観だと思います。大学から給料をもらい大学の施設を使ってやった研究ですから、そのお金を自分個人がもらうのは間違っていると思うのです。好きな研究をさせてもらっている上に、給料をいただいているのですし。家族はみな怒りましたが、私はお金が欲しいなら自分で働いて稼げと言っています。

ただ、ちょっと考慮すべきだったかなと思うことがあります。それは若い研究者の中にはお金持ちになることがモチベーションの人もいるので、先輩である私のやったことがマイナスのプレッシャーになるかもしれないという懸念です。

現代社会は軽薄短小でキリギリス以下と警鐘

――先生のサイトには、高校生向けに「現代社会は軽薄短小、今が快適で楽しければ満足というキリギリス以下の大人たちが暮らしている」と書いておられます。先生がここでおっしゃりたかったことは何でしょうか。

川島 現代社会で何が問題かというと、多くの大人が今しか見ていないことです。今がハッピーであればいいという価値観が行動原理になっている。動物の中では人間だけが遠い未来をイメージして理想を描き、そこに向かってどう歩むかという決断をすることができます。しかし、今の大人たちはそれをやらず、目先のことや物質の豊かさを追求することにばかり目を奪われ刹那的に生きている。

学校でも、自分たちが地球上に実在する長大な時間のごく一部であるという感覚を教えず、目先の幸福に重きが置かれています。個人個人を大事にする教育が勘違いされており、このままでは社会のシステムがいつか機能しなくなることを心配します。

いじめと自殺の問題にしても、何百万年前から脈々としてつないできて今ここにある命を自ら絶つことであり、その長い過去と、これから自分がつなぐ未来の命たちを否定する無責任な行為だと分かってほしい。

高校生たちにそういう警告をするために、今の大人たちは視野の狭いキリギリス以下だと書いたのです。

子どもたちはもっと視野を広げてほしい。「個と他」を考えてもいいし、時間・空間の中で、自分の祖先の遠い過去や子孫の未来に思いを馳せてもいい。そんな子どもが世の中に1割でもいてほしいと願っています。そして、「人はどこから来て、どこに行くのか」の答えを探究するため、多くの意欲ある若者と一緒に脳の研究を通して、この大命題にチャレンジしていきたいと思っています。

TEXT:木代泰之

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かわしま・りゅうた

川島隆太  東北大学 加齢医学研究所 所長

1959年千葉県生まれ。
1985年東北大学医学部卒業、1989年東北大学大学院医学研究科修了。
スウェーデン王国カロリンスカ研究所客員研究員、東北大学加齢医学研究所助手、同講師、東北大学未来科学技術共同研究センター教授を経て2006年より現職。
2008年より東北大学ディスティングイッシュトプロフェッサー(2011年まで)、2009年より加齢医学研究所スマート・エイジング国際共同研究センター長。
脳科学の知識と技術を用いた「教育」の研究をはじめ、「教育」に脳科学のメスを入れる。
前文化庁文化審議会国語文化会員。著書に『脳を鍛える大人の計算ドリル―単純計算60日』『自分の脳を自分で育てる』『脳を育てて、夢をかなえる』(公文出版)、『朝刊10分の音読で脳力が育つ』(PHP研究所)等多数。


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