2万5000人が登録するクリエイターポートフォリオサイト「loftwork.com」を核として、

さまざまなクリエイティブサービスを提供する株式会社ロフトワーク。その創業者である林千晶さんは、2015年5月、岐阜県飛騨市との第三セクターとして「株式会社飛騨の森でクマは踊る(通称・ヒダクマ)」なる会社を始動させました。

ヒダクマは、飛騨市、株式会社トビムシ(林業のトータルマネジメント会社)、そしてロフトワークの行政と民間2社による第三セクター。現在、4つの事業を柱に「世界のクリエイティビティと飛騨のものづくり技術の融合で新しい形の林業」を目指しています。

国内有数のクリエイターエージェンシーと、デジタルなモノづくりの場を手がけてきた林さんが、なぜ林業に参入したのか。東京・渋谷の「FabCafe MTRL」でお話をうかがいました。

地域の価値がアップデートされた先にあるもの

——ヒダクマ設立にあたり、林さんは「地域活性」という言葉をどのように捉えていましたか?

 私が地域活性を考えるときには、2つの視点を持っています。1つは「地域で眠っている価値をアップデートする」という視点です。

ロフトワークでは、2009年に新潟県越後妻有の「大地の芸術祭」とのコラボレーション企画として、クリエイターが地域の名産品のデザインを考える「Roooots 名産品リデザインプロジェクト」を企画しました。クリエイターと地域のメーカーの協働により、地域の価値をリデザインし、新たなアイテムを生み出した取り組みです。翌年には、香川県の瀬戸内国際芸術祭ともコラボしており、いずれも大きな成果を得られました。

その土地で生きる人の暮らし方、そして自然の環境こそがその地域の価値となるべきなのですが、このプロジェクトを通じて感じたことは、外部の人と触れあう機会がなくなっていくにつれ、土地本来の価値がアップデートされなくなっているということでした。「Roooots」では、外部からその土地の価値を再発見することで、その本質を変えないまま、今の時代のライフスタイルに合うようリデザインしました。

もう1つの視点は、地域活性というと「地域が危機的な状況に陥っている」というところから始まりがちですが、むしろ都会の暮らしがある意味、危機的な状況になっているのではないか。そして人がもう一度取り戻すべき本当の豊かさが、地域に残っているのではないか、という視点です。

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——それはどういうことなのでしょうか?

 私たちの社会を支えてきた資本主義というものがあまりにも大きくなりすぎて、特に都会の人はどこか「資本主義のなかで生かされている」ように感じていると思います。現にアメリカではその打開策として、営利を追求しつつも社会課題解決や環境問題への貢献をめざす企業に与えられる認証制度=ベネフィット・コーポレーション(Bコープ認証)が増えています。

——では資本主義でなくなったときに、人が探し求める価値観はどこに見つかるのでしょうか?

 それが、地域にあると思うのです。すなわち、アップデートされていないその地域の価値を再発見することが、都会に住む人の側からも「新たな価値」となる。それが私にとっての「地域活性」の視点です。

社名に込められたこれからの森の可能性

——そもそも飛騨市との出会いはどのようなものだったのでしょうか。

 トビムシの竹本吉輝さんから誘われて、一度試しに飛騨古川へ家族を連れて訪れたのが最初です。電車でも車でも、行けば片道4時間はかかる場所で、正直気乗りしない部分もあったのですが、いざ行ってみれば日本が本来持っている美意識を感じました。組木(くみき)をはじめとした伝統的な木工技術に触れてFabCafeと融合できると思ったし、森に関することを見聞きし、また、後継者の不足など地域の問題を知るにつれ、アップデートされていない飛騨の魅力を発見できました。

——とてもユニークな社名が印象的です。「飛騨の森でクマは踊る」という社名にはどんな思いが込められているのですか?

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 戦後、日本では経済性を重視しすぎて、森を「木材」という視点でしか捉えずに二次的な被害を生んできました。伐期(林木を伐採する時期)を迎えているのに放置された森は、生態系のバランスを崩します。適度に木を間引きしておかないと自然光が入らないため木の実が育たず、治水力も落とします。そうして森が荒れると、動物たちの餌が減り、人里に下りてくる一因になっています。

私たちはヒダクマの事業を通じて、森林を活用することで、飛騨の森、ひいては日本の森林を健やかにしたい。生態系のバランスを取り戻すと同時に、地域の人の暮らしもよりよいものにしていきたい。そうして「熊が喜んで踊り出すくらい豊かな森」になれば、ということからこの社名を付けました。

森は「木材」じゃなく、森は「森」なんです。生物多様性の宝庫で、人は森に行けば空気の気持ちよさを感じ、食材の宝庫でもあります。ヒダクマの活動を通して、木を切ってもらってもいいし、ツリーハウスを作ってくれてもいい。森本来の楽しみ方を取り戻したいというのが、この活動の原点にあります。

ヒダクマのコアとなる4つの事業

——ヒダクマの具体的なプロジェクトについておうかがいします。①市有林を活用して、地元の製材会社、家具メーカー、木工職人との連携により、飛騨産の木材を使った商品開発・販売を行う「森林活用事業」、②飛騨の伝統技術である組木(くみき)の3Dデータベース化とオンラインサービスをになう「組木データベース事業」、③古民家を改装した「FabCafe事業」、④研修合宿やキャンプを核とする「滞在・合宿事業」の4つで構成されていますが、具体的にどのようなプロジェクトが進行中なのでしょうか。

 これらは設立にさしあたって展開しているものであり、1年後にはまったく変わっているかもしれません。まずは、ヒダクマのコンセプトを象徴的に表している「組木」を軸に、組木データベースを構築したり、伝統的な木工技術とデジタルファブリケーションを組み合わせたプロダクトをつくったり、いろいろなかたちで木の可能性を追求し、流通させていきたい。すでに飛騨の広葉樹と組木技術を活かした木製プロダクトの開発と提供がいくつか進んでいます。

——滞在事業についても伺わせてください。

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 ヒダクマがやりたい滞在事業とは、滞在体験をデザインするということです。2020年のオリンピックという追い風もあり、最近は「民泊」も話題です。飛騨の魅力を共有する場合も、東京で何度も伝えるよりも、1回の現地滞在で伝わるもののほうがリアリティがあります。今年の夏には「木工技術とIoT」をテーマにした3週間の合宿開催の企画も進んでいて、日本、アメリカ、台湾、カナダの4大学の建築やデザイン専攻の学生が集い、社会課題に向き合う予定です。

いずれの事業も今はまだ経済的なスケールを追求できるフェーズではありませんが、価値を生み出すコアな部分はいくつか今年中に見えてくるんじゃないかと思います。

「FabCafe HIDA」のデジタルファブリケーションとは

——今年4月に正式オープンを迎える「FabCafe HIDA」がすでにプレオープンしています。昨年10月にはここで「ヒダクマ秋祭り2015」が開催されました。ワークショップなどのイベントも企画されているようですが、手応えはいかがでしょうか?

 本当は「秋祭り」のときに正式オープンできたらよかったのですが、残念ながら間に合いませんでした。ならば、リノベーションの途中段階で、地元の人も飛騨域外で興味をもたれる人もみんな招き、この場所にどんな可能性があるか教えてもらおう、と企画しました。

私たちがリノベーションした古民家というのが、この地域では誰もが知る宝物のような場所だそうで、それをこういうかたちで守っていくことにも感謝していただき、非常によい反応を得られました。

——FabCafeを中心に、製材会社、家具メーカー、木工職人、デザイナー、建築家などとの連携はすでに始まっているようですが、その様子はいかがでしょうか。

 面白い仕組みが生まれてきています。例えば、伝統的な木造建築をつくってきた大工さんの肌感覚と、東京藝大出身の建築家のような異物同士が混ざり合うわけです。その2人の会話がすでに面白い。

ちなみに、私は「気持ちのいい多様性は、多様性にあらず」と思っています。なんでも合うなんてあり得ない。自分のルールと違うものに出会ったら、どこか違和感や気持ち悪さを覚えるはず。そのときに受け入れたふりをして自分のテリトリーから外すのは多様性を受け入れたことにはならない。「最初、違和感があったけれど、よく知るとまんざら悪くないな」という発見がいいもので、そこから小さなイノベーションが生まれるのではないでしょうか。そんな素敵な違和感を、職人や建築家、デザイナーの間にどんどん生み出し、新しい感覚を丁寧に育てて、ビジネスにまで拡げていくのが私たちの役割です。

——FabCafeは東京、台北など世界5拠点に展開されていますが、飛騨市ならではといえる仕組みはどんなものですか。

 FabCafe HIDAから歩いてすぐのところに、製材所があるんです。広葉樹の製材所は日本では少数なのですが、ここでは製材現場も見られるし、木材の種類も豊富。森から木を切り出すのを「上流」、製材・乾燥を「中流」、それ以降の最終乾燥・表面加工・組木加工といった工程を「下流」とすれば、少なくとも、その「下流」のところを感じてもらえるような仕組みをつくりたいと思っています。自分で木を選んで、車に積んで、家にまで持って帰れるという体験がなんて、東京ではなかなかできないですよね。

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デジタルファブリケーションの近未来

——今回は林業とデジタルファブリケーションが融合した事業ですが、この先、デジタルファブリケーションと産業の融合が与える社会への影響について、どのような可能性を考えていますか。

 デジタルファブリケーションは、大きく分けて2つの方法で進んでいくでしょう。1つは、経済の仕組みのなかでどれだけ新しい価値を生み出すかということ。高付加価値・効率化という流れのなかで、物流の仕組み、パーソナライズするための仕組みなど、多くの産業界がデジタルファブリケーションによってどう変えていけるか、実験を始めています。

この領域は、これから企業との取り組みのなかでどんどん広がっていくでしょう。

——では、もう1つの潮流とは?

 もう1つの潮流がヒダクマやFabCafeが追求したいデジタルファブリケーションです。先ほど資本主義一辺倒ではなくなっていくのではないか、という話をしましたが、その先には、私たちが「消費者」ではなく、「生活者」に戻る未来が来ると思うんです。

これまでつくれると思っていなかったものが、自分でつくれるようになる。その喜びは、人間が学んでいくプロセスにも似ていて、それが“生活の豊かさ”を担保するものになると思います。そのときに、デジタルファブリケーションがどのようなかたちで貢献できるのか、全力で追求してみたいんです。

2015年12月にプレオープンした「MTRL(マテリアル)」もそうですが、素材の限界を超えて、新しい価値を生み出すような体験をデザインしていきたい。私たちの活動は、それによってもっといいものを手に入れることができて、かつ、個人の喜びを増すというところに軸足があります。産業の効率化やロジスティックスといった文脈だけでなく、個人の喜びにつながるデジタルファブリケーションの可能性を拡げていきたいのです。

TEXT:安田博勇

林千晶

はやし・ちあき

林千晶  株式会社飛騨の森でクマは踊る 代表取締役社長

1971年生、アラブ首長国育ち。早稲田大学商学部、ボストン大学大学院ジャーナリズム学科卒。花王を経て、2000年にロフトワークを起業。Webデザイン、ビジネスデザイン、コミュニティデザイン、空間デザインなど、手がけるプロジェクトは年間530件を超える。 書籍『シェアをデザインする』『Webプロジェクトマネジメント標準』『グローバル・プロジェクトマネジメント』などを執筆。 2万人のクリエイターが登録するオンラインコミュニティ「ロフトワークドットコム」、グローバルに展開するデジタルものづくりカフェ「FabCafe」、クリエイティブな学びを加速するプラットフォーム「OpenCU」を運営。 MITメディアラボ 所長補佐(2012年〜)、グッドデザイン審査委員(2013年〜)、経済産業省 産業構造審議会製造産業分科会委員(2014年〜)も務める。森林再生とものづくりを通じて地域産業創出を目指す官民共同事業体「株式会社飛騨の森でクマは踊る(通称ヒダクマ)」を岐阜県飛騨市に設立、代表取締役社長に就任(2015年4月〜)。


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