世界に羽ばたく東大発ベンチャーたち

東京大学発ベンチャーの活躍がめざましい。それを強力に推し進めているのが、産学連携本部イノベーション推進部長の各務茂夫教授だ。

ミドリムシの青汁やバイオ燃料の「(株)ユーグレナ」や、ペプチドから医薬品を創る「ペプチドリーム(株)」は東証1部に上場した。グーグルに買収されたロボットベンチャー「SCHAFT((株)シャフト)」は、米国防総省国防高等研究計画局(DARPA)が主催するロボティクスチャレンジで優勝。マサチューセッツ工科大学(MIT)や、米航空宇宙局(NASA)など世界の15チームを抑えて断トツの1位だった。

東大が変身するきっかけになったのは2004年の国立大学法人化である。運営交付金を減らされる代わりに、特許や発明を生かしてビジネス収入を得ることが自由になった。すかさずベンチャーへの投資ファンドを設立し、民間企業への技術移転を進め、学生向けに「アントレプレナー道場」を開くなどした努力が今、花開きつつある。 

産業の新陳代謝を進めるために、政府はベンチャー育成を成長戦略の柱にしているが、経営環境はまだまだ厳しい。そんな中で、なぜ東大は1歩も2歩も先を行くことができるのか。東大発ベンチャーの育成システムの仕組みや成功の秘訣をお聞きした。

多彩な東大発ベンチャー
海外の大企業に買収され世界に飛躍するものも

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――昨年3月の経済産業省の発表(*)によると、東京大学発ベンチャー創出数は196にも上り、2番手につける京都大学の倍以上を誇っています。具体的にはどういったベンチャーが生まれているのでしょうか。

各務 ミドリムシの健康食品や燃料オイルで有名となった「ユーグレナ」は、東大農学部出身の出雲充さん(代表取締役社長)が、鈴木健吾さん(取締役 研究開発担当)と設立しました。ミドリムシは、光合成をする植物でありながら動物のように動き回り、59もの栄養素を持つ大変栄養価が高い藻の1種です。東大以外でも広く研究されていましたが、大量培養する技術の開発に成功し、それがブレークスルーとなりました。

「ペプチドリーム」は、アミノ酸が結合した特殊なペプチドから医薬品の候補物質を創薬する会社です。ニューヨーク州立大学で研究していた菅裕明教授が東大に戻って来られ、両大学の知的財産を組み合わせて創業しました。

この2社は東証1部に上場しており、「ユーグレナ」は昨年の第1回日本ベンチャー大賞の内閣総理大臣賞を受賞し、「ペプチドリーム」も今年同じ賞を受賞しました。東大発ベンチャーが2年連続で受賞したことは私たちの大きな励みになっています。

ただ、東大発ベンチャーとはいえ、多くの場合、他大学や企業との連携や協力のもとに成り立っています。

IT系の「popIn(株)」は、中国人留学生である程涛さんが情報理工学研究科修士課程の時に発明した技術を基に起業した会社で、昨年、中国の検索大手の百度(バイドゥ)に買収されいわゆるイグジット(Exit:ベンチャービジネスにおいて、創業者やベンチャー・キャピタルなどが株式公開やM&A等により、投下した資金を回収すること)を果たしました。

アプリ開発の「(株)フィジオス」は、物理シミュレーション技術をエンターテインメントに応用して様々なコンテンツを提供する会社で、グーグルに買収されイグジットに達しました。

同じくグーグルに買収されイグジットを果たした「SHAFT」は、買収の1カ月後に米国の災害対応ロボットの競技会で優勝しました。米国防総省国防高等研究計画局(DARPA:Defense Advanced Research Projects Agency)が主催するロボティクスチャレンジに参加。車の運転、階段登り、消防用ホースの接続、ブロックなどのがれきが散乱する不整地歩行、がれき除去など8つのテストで驚異的なコントロール能力を見せ、マサチューセッツ工科大学(MIT)や米航空宇宙局(NASA)など世界の15チームを抑えて断トツの1位になりました。創業者の1人の鈴木稔人氏は東大アントレプレナー道場の出身者です。

この他にも、多くの次世代ベンチャーが東大の産学連携本部のインキュベーション施設で研究開発やビジネスの立ち上げに挑んでいます。分野はライフサイエンス、環境、材料、ビッグデータ処理など多彩です。

アントレプレナー道場は今年の4月から12期目。毎年200~250人ぐらいが参加してベンチャーの基礎を学び、そのうち上級コースに進む学生約30名がビジネス・プランを競い合います。先輩たちの体験談を聴く機会も用意されています。

アントレプレナー道場での各務教授の講義。 写真提供: 各務教授

アントレプレナー道場での各務教授の講義。 写真提供:各務教授

(*): 大学発ベンチャー調査 分析結果(2015年3月 経済産業省 産業技術環境局 大学連携推進室)

研究開発のビジネス化を助ける
(株)東京大学エッジキャピタルと(株)東京大学TLO

――産学連携本部を中心に(株)東京大学エッジキャピタル(UTEC)や、(株)東京大学TLO(Technology Licensing Organization)という組織がありますが、これはどのような役割を担っているのですか。

各務 大学の研究開発は基礎研究が多く、それをビジネスにするのは簡単なことではありません。その橋渡しをするのがこれらの組織の役目です。

UTECは東大と密接な関係にあるベンチャー・キャピタルで、民間資金などを元に300億円のファンドを持ち、約70社に出資しています。ハイリスク・ハイリターンの仕事ですので、プロのベンチャー・キャピタリストがハンズオン支援します。株式公開や大企業による買収などイグジットに達したベンチャーもすでに数十社あります。大学のベンチャー・キャピタルとしては日本で最も成功した事例だと思います。

東大TLOは、大学の研究成果である特許や発明を社会に技術移転するための組織で、特許の発明者を特定し、市場性を評価して企業に売り込みます。ベンチャーの技術は他大学の特許とからむことが多いので、それらをワンセットにまとめる調整も行います。

産学連携本部はこの2つの組織とこれまで密に連携し支援を行ってきており、多くの東大発ベンチャーを生む環境づくりをしています。これは他大学では見られない東大独自のベンチャー支援体制です。

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2004年の国立大学法人化以降生まれたベンチャーは
全国ですでに2000社にのぼる

――東大に新しいベンチャーの潮流が生まれる契機になったのは2004年の国立大学法人化だと言われますが、これによって何がどう変わったのでしょうか。

各務 国立大学法人化は、古い歴史のある国立大学がこれからは独自性を持ち、企業で言えば差別化して、学長のリーダーシップの下に各々が独自性をもって経営に取り組もうという改革です。国の財政は苦しいので運営交付金を毎年1%ずつ減らすため、大学にも自分で外部資金や競争的資金を獲得する努力が求められるようになったのです。

以前は東大の予算全体の5割近い1000億円を運営交付金でまかなっていましたが、現在では800億円にまで減りました。一方で、企業との共同研究は年間1600件にまで数が増え、約70億円の収入になっています。

もう1つの重要な変化は知的財産のルールが変わったことです。以前は特許や発明の所有権は教員にありましたが、法人化後は大学に移りました。特許法35条で企業の特許の所有権が社員ではなく企業にあるのと同じになったのです。

特許や発明が大学に帰属するので、それを企業にライセンス供与する仕事は大学がやらねばなりません。東大TLOはそうした業務を担当しています。

かつて日本には「大学発ベンチャー1000社構想」というのがありましたが、こうした変革によって現在すでに2000社に達しています。ちなみに私は2002年に薬学部でビジネス化を支援する講座の教員として東大に入り、04年の法人化に合わせて産学連携本部に転じました。

米国の大学に世界から優秀な学生が集中する一因は
授業料免除のスカラシップ

――大学発ベンチャーのモデルとして、よく米スタンフォード大学が取り上げられますが、各務先生は、なぜスタンフォード大が凄いのか、どこに学ぶべきとお考えですか。

各務 スタンフォード大以外にも、米東海岸の大学やドイツの大学など、先進的な例は世界各地にあります。スタンフォード大の予算は東大の2倍近い約4000億円です。過去にグーグル、ヤフーをはじめとする有力ベンチャーを生み出していて、そうした成功者からの寄付金が年間で1000億円を超えることもあります。

その蓄積である大学基金は2兆円ほどあり、運用収入が年間800~1000億円。主な運用先は米国債などもありますが、ベンチャー・キャピタル・ファンドなどのプライベート・エクイティ・ファンド(PEF:Private Equity Fund)も運用先として入っています。米国にはクライナー・パーキンスやセコイア・キャピタルなど有名なベンチャー・キャピタル・ファンドがありますが、その原資は大学基金と年金基金から来るものが7~8割を占めています。

  博士課程以上の学生たちに支給するスカラシップ(奨学金)も寄付金から出ています。私は別の米国の大学で経営学博士号を取りましたが、そのおかげで授業料を払う必要はなく、大変助かりました。

  もし東大で博士課程の学生全員に同じスカラシップを出そうとすれば約50億円かかりますが、今はその状況にはありません。この違いが、世界の優秀な学生が米国の大学に集中する一因になっています。

――グーグルの創業者であるラリー・ペイジやセルゲイ・ブリンも、スタンフォード大の博士課程の時に創業しましたね。

160404_kagami_05各務 そうです。グーグルの検索エンジンの基となるものは「ページランク(PageRank)」という技術で、創業者が大学院在学中に開発したものです。大学のルールによりこの特許は大学のものとなりました。グーグル社は大学に払うライセンス料の1部に、グーグルの現物株を用いましたが、これが上場時に400億円の価値になり、大学の収入になりました。

  グーグルに限らず、成功した起業家は大学に多額の寄付をします。こういう好循環が米国の大学発ベンチャーのエコシステムの本質なのです。

世界の企業がM&Aで企業買収を繰り返すのは
有望なベンチャー等を取り込み資本効率を高めるため

 ――先ほどのお話で驚くのは、高齢者の生活の支えである年金基金がハイリスクのベンチャー・キャピタルに多額の投資をしていることです。日本ではちょっと考えにくいですね。

各務 確かにそうですが、年金基金の一部がリスクマネーとして次世代のベンチャー投資に向かい、しかも基金として高利回りを確保しているところに米国の懐の深さを感じます。

「モノ言う株主」として有名なカルパース(カリフォルニア州職員退職年金基金)などは、投資先の大企業に対してROE(株主資本利益率)を高めるような経営を要求します。すると経営者は自前で何もかも開発するということが合理性をもたなくなります。そこでベンチャー企業を積極的に買収します。グーグルは多分ここ数年は毎年60~70社を買収しています。かつてGE(ゼネラル・エレクトリック)のジャック・ウェルチCEOは、彼の在任期間中(1981~2001年)の20年間に約900件のM&Aを行ってきたといわれています。

グローバル時代に大企業が高成長を維持し続けるには、自前主義にこだわるのではなく、オープン・イノベーションでスピード感を持ってベンチャーの新技術や新事業を取り込むことが不可欠です。グーグルの成長を支えているアンドロイド、グーグルアース、ユーチューブなどはすべて買収で手に入れたベンチャー企業の技術や事業です。これがベンチャーにとってはイグジットになり、大きく世界に飛躍できるチャンスとなるのです。

160404_kagami_06我が国がイノベーション大国として再びかつての活気を取り戻すためには、戦後〜高度成長期にみなぎっていた起業家精神の価値を再認識する必要があります。イノベーションの源泉は大企業そのものではなく、ベンチャー精神にあるからです。大企業では、リスクを伴う新規事業に取り組むのはなかなか困難ですが、ベンチャーの存在はそこに燃料を注ぐイノベーションの発火剤となるのです。

日本でもこの2~3年、やっと「ベンチャーを取り込まなければ自社の経営が危ない」と考える大企業の経営者が増えて来たように思います。

先輩の起業家からベンチャーに挑む若者たちへ
日本にも寄付文化は着実に育ち始めている

――米国の大学における寄付文化の凄さはよく分かりましたが、翻って日本の現状はどう見ておられますか。

各務 東大は2007年度に創立130周年を記念して130億円の寄付を集めたことがあります。スタンフォードとはケタが違いますが、やはり日本は寄付や税法にかかわる文化が異なるということなのでしょう。

とはいえ寄付文化は着実に育ち始めています。つい最近、ある企業から多額の寄付がありました。この資金を元手に、ベンチャーに挑む若者たちに先輩の起業家が指導したり、新しいアイデアを試作したり(プロトタイピング)する拠点として「スタートアップ・ラボ」を立ち上げたいと考えています。

ユーグレナの出雲社長は最近、金融機関などと共同でベンチャー・キャピタルの会社を作りました。成功した創業者がその利益の1部をベンチャー育成の役割に回すという循環がようやく始まりました。まず1回転したので、これから雪だるまのように大きくなることを期待しています。

国立大学法人化から12年が経ちました。スタンフォード大学の技術移転機関(OTL)は設立後40数年経っていますが、収支が均衡するまでに18年かかりました。そう考えると東大の発展はまさにこれからです。

東大がイノベーション・エコシステムの
世界拠点の1つになることを目指す

――政府の成長戦略はベンチャーと大企業との連携を訴えています。この点について大学や産業界の認識は高まっているでしょうか。

各務 本学の五神(ごのかみ)真総長は「産学連携」ではなく、「産学協創」という言葉を使っています。産と学が協力し創造しなければならないというようにステージが変わってきたのです。現状は確かに研究者同士が協力する程度のレベルが多いのですが、もっと組織間の広範囲な視野から大型共同プロジェクトを追求したいと思いますし、社会を変えるイノベーションの結実までを目指したものにまで高めたいと思っています。

――インターネットの普及でベンチャーは資金調達、生産、販売、宣伝、決済などが簡単になり、起業のハードルが劇的に下がっています。現在の日本の起業状況をどうご覧になっていますか。

各務 ベンチャーは少額のお金でもスタートアップできるようになり、特にIT系はやりやすい状況が生まれています。しかし、ライフサイエンス系やモノづくり系のように初期投資がかかる分野は、やはりベンチャー・キャピタルがきちんと面倒を見ていく必要があります。

経済産業省や文部科学省は、基礎研究をベースにしたテクノロジー・イノベーションを目指しています。私どももテクノロジー系の学術論文を少しでもビジネスの匂いがするもの(私はこれを「ショーケース」と呼んでいます)にして、イノベーションの実現に少しでものりしろを出そうと考えています。学術論文をショーケースにするには、ビジネス・プラン化に加えて目に見える試作品(プロトタイプ)を作ることも大切です。

――米国におけるベンチャー投資額は年間4兆円、それに対し日本は2000億円で約20分の1ですが、少しずつ改善されているのですね。

160404_kagami_07各務 そうです。1例ですが、今年1月に東京大学協創プラットフォーム開発(株)が設立されました。これは政府が東大、京大、阪大、東北大学を対象に「特定研究成果活用支援事業」として用意した1200億円のうち、東大が500億円をお預かりして、その資金をベースにして立ち上げたものです。大企業と連携してカーブアウト(*)・ベンチャーを創出したり、民間のベンチャー・キャピタルに出資したりします。既にあるUTECや東大TLOなどと協力して、東大がイノベーション・エコシステムの世界拠点の1つになることを目指しています。

(*)カーブアウト(Carve out): 大企業が自社の事業シーズの一部を社外に”切り出し”、投資ファンドなどの支援を受けてベンチャー企業を創設すること

「日本だけでビジネスをやる」と言った途端、
その会社は成長できない

――ベンチャーに関心はあっても実行に踏み出せない若者は多いと思います。次世代を担う彼らや社会に向けての提言があれば、お聞かせください。

各務 ベンチャーに挑む学生は、まだそれほど多くありません。学生たちはベンチャーで成功した先輩たち、東大で言えば出雲社長たちを見て行動を起こします。

東大には博士課程やポスト・ドクターの人たち向けのアントレプレナー人材育成プログラムがあり、彼らのテクノロジー・シーズ(種)をビジネス・プラン化する手助けをしています。そのプランを多くの人に見てもらい、マーケットとキャッチボールをしながら磨き上げていく。行動を起こすことによって新しい発見や学びが始まります。それでも多くは失敗しますが、その場合は大学がその保険として機能することで、起業家が次なるチャレンジに向かうことができるようにすることが大切です。失敗を恐れず、果敢に挑戦してほしいですね。

――国内市場は人口が減少し成熟化しています。起業にあたっては国内だけでなく、広く海外市場に目を向けることが大切になりますね。

各務 そうです。大学も学生も最初からすべてグローバルな視野で考えています。特にライフサイエンスでは米国市場が重要で、世界市場の約半分を占めます。「日本だけでビジネスをやる」と言った途端、その会社は成長できません。どのベンチャーもグローバルで成功するという意識をしっかり持つことが肝要です。

TEXT:木代泰之

各務茂夫

かがみ・しげお

各務茂夫 東京大学教授 / 産学連携本部 イノベーション推進部長

1982年に一橋大学商学部を卒業し、ボストン・コンサルティング・グループ コンサルタント就任。1986年国内初の独立系戦略系コンサルティング・ファームであるコーポレイト・ディレクションの設立に参画し、パートナーに就任。1997年退職まで取締役主幹、米国ロサンゼルス事務所長等を歴任。1989年IMEDE(現IMD)経営学修士(MBA)。2000年ケース・ウェスタン・リザーブ大学経営学博士。学位取得後、世界最大のエグゼクティブ・サーチ会社の1つHeidrick & Struggles社にパートナーとして入社、コーポレート・ガバナンス改革に取り組む。

2002年東京大学大学院薬学系研究科助教授に就任、2004年東京大学教授 産学連携本部 事業化推進部長。2004年(株)東京大学エッジキャピタル監査役に就任(~13年)、2013年4月東京大学教授 産学連携本部 イノベーション推進部長(現職)。この間、北見工業大学、筑波大学、東京工業大学、千葉大学、京都大学等でも教鞭をとる。

産学連携、大学発ベンチャー支援、インキュベーション、アントレプレナーシップ教育等に取り組み、日本ベンチャー学会理事・副会長等も務める。日本ベンチャー学会第1回松田修一賞受賞(2015年)。NPO法人アイセック・ジャパン代表理事(会長)も務める。


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