ステップを踏むたびに、ソールに仕込まれたフルカラーLEDが鮮やかな光を放つ。足を上げ、キックの動作をすると、アプリが設定したシーンに合わせて、さまざまな音が動きに同期して鳴らされる。靴の内部には9軸センサーが内蔵されており、動きのスピードや位置の高低を測定し、それに合わせて光の強さや色を変えられる。靴内部のBluetoothのLEモジュールからリアルタイムでデータを送信することができるので、いわば靴をコントローラーとしても使うことも可能。パソコンやスマートフォンと連携し、iOS/Androidアプリと組み合わせ、あらゆる使い方ができるスマートフットウェア「Orphe」(オルフェ)。

ゲームや楽器の演奏からダンスパフォーマンス、あるいはスポーツや医療・リハビリテーションの現場など、さまざまな領域に、このLEDシューズの可能性は開かれている。

また「Orphe」はユーザーやデベロッパーがアプリを自由に発想し作成できるよう、SDK(ソフトウェア開発キット)を無償配布することを前提にしている。作り手とユーザーとが垣根を越え、誰もが参加できるクリエーティブなハブになること。単なる楽器やコントローラーの域にとどまらない、まさにウェアラブルな「靴のプラットフォーム」だ。

そんな「Orphe」の可能性を提示し、ますます注目される株式会社no new folk studioの菊川裕也氏。クラウドファンディングで目標としていた資金調達の金額もクリアし、いよいよこの靴のアーリーバード版をリリースする直前のタイミングに、プロダクトの持つ可能性について話を聞いてみた。

ものづくりの世界にかけてみようと思った

菊川さん

――学生時代は、バンド活動に熱心なミュージシャン志望だったとか。

菊川 高校生の頃から、音楽が好きだったんです。実家は鳥取なのですが、あまり周囲に趣味の合う人がいなくて。だから高校時代は音楽的には不遇な環境で、すごくフラストレーションがたまっていたんでしょうね。大学生になって上京してみたら音楽に詳しい人はいるし、品ぞろえのいいレコード店はあるし、すごく音楽が面白くなってしまって、ひねくれた道に行ってしまった(笑)。もともと「いつか起業したい」みたいな気持ちがあって、一橋大学の商学部に行ったのですが、そこで学んでいるうちに「この社会は、資本を持っている人が有利なシステムになっているんだな」というのが少し見えてきて。それは当時の僕にとってはすごくダサイものに思えたというか、すごくつまらないと感じたんですね。だからそちらの勉強には少しずつ興味を失っていって。でも、そのときに組んでいたバンドも全く成功していなかったし、このまま音楽の道で生活できるというふうには全く思えなかった。理想とされたコースからは脱落して、まさにお先真っ暗だなと(笑)。

――ドロップアウトしかかったわけですね。

菊川 その頃は、クリス・アンダーソンの『MAKERS――21世紀の産業革命が始まる』が出版される少し前のタイミングで、いわゆるメイカーズムーブメントが盛り上がり始めてきた時期でした。いま思えば、そのときに言われていたこと、例えばオープンソースハードがいろいろな領域の変革につながるんだ、みたいな話が自分の中へストンと落ちてきたように思うんです。それは従来の経済の仕組みに対して「シェアの文化」を提示したりってことでもあったりすると思うのですが、世界の大きな流れがこうなっていくのであれば、いままでの経済の仕組みも、より民主的な経済の仕組みに移行していくんだろうなと。ならば、自分はこういうものづくりの世界にかけてみようかなと思ったんですね。

――その後、首都大学東京の大学院で研究を始められました。

菊川 そこは研究室内に3Dプリンターはあるしレーザーカッターもあるし、プログラミング環境はいろいろそろっていて、Adobeのアプリケーションが全部入っているMacが全員に渡されるし、それなのに学費も公立だから安いし……と、ものづくりを学ぶのに非常に恵まれたスポットだったんですね。これは僕のための最高の場所が見つかったということで、すぐに飛び込みました。それまでは専門的には学んでいなかったプログラミングや電子工作も、一から学ぶきっかけになりました。

――電子楽器「PocoPoco」のアイデアも、そこで生まれたそうですね。

菊川 大学院の同じ研究室のメンバーで作った新しい電子楽器が「PocoPoco」です。もちろん「楽器」というものが最初から僕の中の軸にあったと思います。もともと研究室のテーマに「目が見えない人のためのハプティック(触覚の)インターフェースを研究する」という課題があったのですが、いろいろとアプローチしていくうちに、ハプティックな楽器インターフェースを提案しようよ、ということになって。「PocoPoco」は光る16個の円柱が飛び出してくる楽器なのですが、触覚と視覚と聴覚すべてにアプローチする新しいタイプの楽器なんですね。「音」と「光」と「飛び出すこと」を同期させると、音の認知も変えられることに気づいたんです。それ以来、ただの楽器ひとつでも、なにかほかの出力を持たせることで新しいものを作ることができるという方向に意識が向かっていったんですね。この楽器は「GUGEN」という製品化を目指すオリジナルハードウェアのコンテストで、優秀賞をいただきました。

――その後「Orphe」を作ろうと発想した最初のインスピレーションはどこから?

菊川 街で光る靴を子供たちが履いているのを見たことがあるかもしれませんが、ああいうLEDシューズのアイデア自体は昔からあったんですね。でも、ただ靴が光るだけというのは、僕たちはあまり面白いと思っていなくて。靴とコンピューターを接続させて、もちろん音と光というのものがあって、基本的に色や音を自分で自由にデザインできて、かつネットで世界とつながることができる。そこがまず面白いんじゃないかなというのが、最初のインスピレーションでした。もちろん、そこでできたデータをソーシャル的にほかの人と交換したりする「仕組み」を作るところまで持っていきたい。だから「Orphe」は靴のプラットフォームなんです。

スマートフォンだって、プラットフォームができてからいろんなクリエイターの人が現れてきて、いろいろなアプリが提示されて、使い方が決まってきたと思うんです。僕はもともと、「楽器」そのものがプラットフォームみたいなものだと思っていて。例えばギターならばギターを弾く人がいて、ギターを演奏する場所があって、その音楽を聴く人がいて、っていう。その循環を作っていって、ちゃんと回してあげれば、自然に広がっていく。「靴」にしても、そういうところを作っていく必要があるということを意識しています。

今はまず「プレーヤーの人たちに、どうやったら気に入ってもらえるか」だけを考えたほうがいい

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――「Orphe」は、どんな領域で使われていくと予測されていますか?

菊川 まずはもちろんダンサーの方に履いてほしい、というのはありますが、マジックやサーカスといったエンターテインメント方面はもちろん、医療やリハビリの現場から声をかけていただいたりもしています。スポーツでいうとバスケットシューズだったり、とか。いずれにしても「最適な靴」って、そのシーンによってデザインが変わってくる。その一つ一つを僕たちが全部作るというのは現実的ではないし、欲張りすぎかなと思っていて。例えばバスケットシューズなら、すでに専門のメーカーがあるわけで、彼らに対して「全部スマートフットウェアにしていきませんか」という提案をしていったほうが早いと思っているんです。だから、一つひとつの案件をどう処理するかというよりは、「Orphe」というプラットフォームの循環を回すことのほうが大事だと考えています。

――「Orphe」は、SDKを一般に無料で配布するようですね。

菊川 そもそも「オープンなウェアラブル・デバイス」があまりないなと思っていました。学生さんとかがプログラムを学ぶときに、「Orphe」だったらプログラミングの教材としていろいろな使い方ができるかもしれない。みんなが自由に素材を触ってみて、それぞれが好きなように、使いやすいようにすればいい。つまり使い方を僕ひとりが考えるよりも、みんなで考えたほうがいいものになるのではないか。例えばギターの弾き方だって、ギターを作る楽器職人が考えたわけじゃないですよね。まずプレーヤーがいて、プレーヤーのよりカッコ良く演奏したいという欲求があって、新しい演奏法が考えられて……それで初めて楽器も進化していったのだと思います。だから僕は、今は「プレーヤーの人たちに、どうやったら気に入ってもらえるか」だけを考えたほうがいいと思っているんです。

――製品化には苦労された点もあるのでは?

菊川 そもそも最初は、靴をどうやったら作っていいのかさえ知りませんでした。靴関係のコネクションすら全くなくて、靴そのものについて勉強しなければダメだということで、最初は靴を分解するところから始めました。市販のLEDシューズを買ってきて、分解したらこうなっているんだということまで調べて、仮説を立てて検証して、という。同時に靴業界へのコネクションも増やしていきました。今は受託生産してくれる靴工場を見つけることができたからいいのですが、そもそもスニーカーのソールって金型がないと作れないんですよ。でも、当然金型を作る資金なんてないので、弊社が入居しているシェアオフィスの制作スタジオ(DMM.make)の3Dプリンターを使って金型を作ったんです。

研究室時代につくった「PocoPoco」なんかだと、基本的に自分たちが作りたいものを作って、コストがいくらかかって、ということに関してはすっぽり抜け落ちていたんですね。当時の僕は純粋に「これがあれば、新しい表現が生まれる」ということばかりに気を取られていて。コストを考えて具体的に商品化したり、そのために周囲の仲間を説得したりとかまったく考えずに、新しいものさえ作ればいいと思っていました。でも、そのやり方を続けていても人を巻き込めない。とはいえ「人」ということでいえば、ちなみにそのときの「PocoPoco」の制作メンバーが相方になって、今の起業へとつながりました。

――Orpheのプロトタイプはどのように作られたのでしょうか。

菊川 それこそ最初はコンバースのスニーカーに直接LEDを巻いて、センサーを貼り付けたプロトタイプを作りました。それで「これがインターネットにつながったら、すごくないですか」みたいな、完成度の低いプレゼンをハッカソンでして(笑)。なんとかABBALab(アバラボ)というハードウェアスタートアップを支援するアクセラレーターさんに初期投資をしてもらいました。初期投資は半年分ぐらいの活動資金だったので、それだけではモノにするのは難しい。なので、すぐその段階からクラウドファンディングを使って資金を調達しようと。そこで、クラウドファンディングで投資してもらうための映像をどう作るかを考えました。

――「Orphe」はクラウドファンディングで資金調達されましたが、どんな反響がありましたか?

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菊川 もちろん最初からうまくいくわけないし、いろいろな時間的制約に追われつつ、どんどんブラッシュアップして、形にするしかない。あとはダンサーの方たちに頼み込んだり、映像が得意な方に頼み込んだりして。最後は知り合いやら友達やらの人間関係、人情だけで映像を作るところまで持っていきました。

そのときにテキサスでやっているインタラクティブ・フェスティバルの「SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)」に行ってみないかという話があって、ならばと、そのフェスの初日のタイミングに合わせてクラウドファンディングを開始することにしました。ここで重要だと思っていたのは、こういう靴が世界で必要とされているんだと証明すること。それにはまず100人ぐらいの人が欲しがるモノじゃないといけないと思ったので、3万ドルという目標金額を設定しました。 もちろん支援が集まらないことへの不安もあったのですが、SXSWで幾つかの大手メディアに取り上げていただいたことも功を奏して、結果的にindiegogoでは目標金額の200%以上を達成することができました。。結果的に目標金額を達成した、ということがターニング・ポイントになって、そこからはいろいろなことがスムーズに動きだしたと思います。

――エンターテインメントの世界だけでなく、医療などの現場でも可能性がありそうです。

菊川 リアルタイムで歩行の測定ができたり、歩行データのログを取って分析できたりするのが、この靴の大きな特徴です。この機能で、医療やリハビリの現場での歩行支援などもお手伝いできるんじゃないかと思っています。靴の中にセンサーを入れたものはほかにもいろいろあるのですが、その場その場で、運動量や歩くスピードなどのフィードバックを随時出せるというのが、このプロダクトの強みです。

それと、VRの技術との併用もあると思います。VRということであれば、例えばゲームの補完的なコントローラーとして「靴」というのはあり得るのではと思っていて。『Ingress』のような現実の街をベースにしたゲームの世界とは相性が良さそうですし、ゴーグル型のウェアラブル・デバイスとは違って、履いたまま家の外に飛び出せるというのもひとつの強みだなと思っています。実生活の中にゲームが組み込まれるということも、可能性のひとつとしてあるんじゃないかと。

――今後、菊川さんは「Orphe」を起点に、どんな研究に取り組んでいくことを考えていますか?

菊川 まだまだ「靴」の領域でもやりたいことがいっぱいあって、より日常を便利にするスマートフットウエアを作っていきたいという気持ちはあります。本当に普通のスニーカーを履いていて、何も操作をしないんだけれども、いつの間にかただただ生活が便利になっているという、そんなスマートフットウエアのイメージですね。

「INとOUTの両方がないと、ハックする価値がない」

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――履いているだけでいつの間にか便利になっているとはどのような意味でしょうか?

菊川 IoT(インターネット・オブ・シングス)のひとつの使命として、「操作を少なくする」というのがあると思っていて。いまはスマホで大抵のことができてしまうけれども、「画面と向き合って、意識して、指で操作する」というプロセスはまだ残っている。でも、ウェアラブルだったら、自分の行動をいつでもログで見ているわけだから、自分が考えていることをデバイスが推測してやってくれると便利になると思うんです。特に靴であれば、ふだん身につける意識すらあまりなくて、外に出るときにいつのまにか履いているものですよね。だから、それを履いているだけで、日常のなんらかの操作が減る、という状態が理想的だと思います。

――今後「Orphe」を量産する予定はあるのでしょうか?

菊川 いまクラウドファンディングで10万ドル超えを達成したところなんです。もちろん一般発売に向けて調整をしていて、小売店だったりディストリビューターの方と折衝を始めています。いまのところのニーズとしては、半分以上がダンサー系の方からの注文かもしれませんね。ブレイクダンスとか、ヒップホップなどをやっている方が多いように思います。それと、自転車に乗るときに履きたいという方もいます。

――「ウェアラブル」には、さまざまな可能性が秘められているのですね。

菊川 見せるための使い方もあるし、履いている人を動かすための使い方もありますよね。この靴に関して投資家の方と最初にお話ししたときに「INとOUTの両方がないと、ハックする価値がない」という話をされて。例えば、あるプロダクトにインとアウトの両方があって、その間に情報があって……このトライアングルの関係性を、誰でもデザインできるようなものにする。そうすると、ハックすることができる領域が広がる。その意味では、僕の言ってる「楽器になる靴」というのは、あくまでも一例にすぎないのです。まずは、この「靴のプラットフォーム」をキチンと作って、いろいろな方にハックしてもらうことが重要だと考えています。

――「Orphe」には、まだまだハックの余地が無限にありそうです。

菊川 例えば単純に「道案内」でしょうか。実はこの靴の中にコンパスが入っているので、機能的には「靴に道案内をさせる」ことも可能です。右に歩くべきときは、右の靴が光る……といったような仕組みですね。

ところでこの靴はプロダクトデザインをやっている弊社CTOの金井隆晴がデザインしたものなのですが、彼に僕が出したリクエストは「まず履いていて恥ずかしくないものを」なんですね(笑)。ある場面でしか機能しないデザインではダメで、なにより創造性を刺激するような、できるだけミニマルなもの、それでいて洗練されたシンプルなデザインであること。だからカラーバリエーションも白と黒の2色しか作らない、という形に落ち着きました。例えばいま、この靴をテーブルの上に置いて雑談をしているだけで、いろいろなアイデアが出てくるし、どんどん議論が広がるじゃないですか。その意味では、「Orphe」とは、いわば無地のキャンバスのようなものなんです。

TEXT:三宅大介

菊川裕也

きくかわ・ゆうや

菊川裕也 株式会社 no new folk studio CEO

学生時代にインタラクションデザインを専攻し、プログラミングや電子回路設計といった工学的技術を利用して音楽演奏用インターフェースの研究開発を行う。音楽を可触化するインターフェース「PocoPoco」にて、アジアデジタルアート大賞優秀賞を受賞。その後、9軸センサーや100以上のフルカラーLEDを搭載し、動きに合わせて光を制御できるスマートフットウェア「Orphe」を開発し、クラウドファンディングサイトでの資金調達に成功。現在、日本発のハードウェアスタートアップとして注目されている。


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