半世紀の空白を超え、国産航空機の復活! ――いまこそ、日本の先端技術とブランド力を生かす好機

三菱航空機の小型旅客機MRJが初飛行に成功し、ビジネス機のHONDAJET(ホンダジェット)は米国や欧州の型式証明を得て量産体制に入った。1960年代に開発されたYS-11以来、久々に日本の航空機産業が活気を見せている。
航空機イノベーションが専門の鈴木真二 東京大学大学院教授は、「MRJは国産旅客機を開発できる最後のチャンス。何としても成功してほしい」「ホンダジェットはエンジンを主翼の上に置く設計が実に革新的」と、両機にエールを送る。
「戦後の占領期に航空機製造を禁止され、長い空白期間があった日本の航空機産業だが、もともとポテンシャルは高い」と語る鈴木教授に、日本の航空機産業について、その現状や将来展望、自身の研究でライフワークとされている「落ちない飛行機」などについて伺った。

技術よりもビジネスで失敗したYS-11、その教訓を生かす

――日本の航空機産業の規模はGDPの約0.3%、欧米の5分の1程度しかありません。それが今なぜMRJ(三菱リージョナルジェット :Mitsubishi Regional Jet)や、ホンダジェットなどのイノベーションが起きているのでしょうか。

鈴木 国内の動向と国際的な動向の両面から見る必要があります。まず国内の動向には2つの動きがあります。
1つは、リーマンショック後に製造業の海外移転が進み、製造現場に危機感があること。国内に残る製造業は付加価値の高い製品にシフトする必要があり、全国各地で航空機産業に参入する動きが出ているのです。日本は戦後、軽工業から重工業へ移行し、その後、自動車などの大型消費財に移ってきました。しかし、自動車はこの先国内で作り続けられるか分からず、今後日本は何を目指せばよいのかという課題が根底にあります。中小企業も危機感を抱いており、日本の製造業が質的に大きな転換期にあるということです。

2つ目は、航空機製造事業自体が転換期にあることです。
敗戦後、日本は米国の占領によって航空機の研究も開発製造も運用も一切禁止され、研究者・技術者たちはやむなく造船業や自動車業界などに散逸しました。7年後、サンフランシスコ講和条約の発効で、日本は独立を取り戻しましたが、この間に世界の航空機技術はプロペラ機からジェット機へと大きな進歩を遂げており、日本の航空機技術は大きく立ち遅れてしまったのです。

その後、日本は航空機の製造を再開してYS-11という国産旅客機を開発し、1962年に初飛行しました。この機体は今でも自衛隊で使われるほど長寿命な機体ですが、製造は10年で中止されています。戦前非常に高い技術力で軍用機を製造していた日本でしたが、旅客機の分野は未経験であった上に、為替が変動相場制に移行して赤字が累積し、ビジネスとしては失敗に終わったのです。もし我慢して続けていれば、いずれ利益が出て次の開発につながる可能性はあったと思います。

単独開発が難しいことを学んだ日本は、ボーイング社との共同開発を目指しましたが、石油ショックにも翻弄されて実現せず、結果的にボーイング機の生産を分担する現在の形になりました。
高度な製造技術と品質管理で日本の航空産業は確固たる地位を築け、最新鋭の787型機では日本が主翼など35%を分担するまでに成長しましたが、あくまでも分担製造ですので、旅客機全体を開発するチャンスには恵まれなかったのです。また、産業規模も国力からすると限られたものでした。  

160513_suzuki_02一方、米国の規制緩和によって、90年代以降、ハブ空港と地方都市を結ぶ100席以下のリージョナルジェットに大きな市場が生まれ、中小エアラインがたくさん誕生しました。それまで世界の旅客機製造はボーイングとエアバスに2分化されてきましたが、カナダとブラジルがこの分野で成長を遂げ、中国、ロシアも参入しました。日本も単独開発を模索し、これが2008年に事業化が決まったMRJにつながるのです。国産で旅客機を開発できる最後のチャンスだと認識しています。

ブランド力のある日本には
安全な航空機を世界に供給する使命がある

――もう1つの国際的な動向とはどのようなものでしょうか。

鈴木 信頼性の高い自動車や新幹線など日本製品にはブランド力があり、航空機も日本製を求める機運が世界にあります。MRJが、まだ実物の機体がないのに、パンフレットだけで米国市場から多くの受注を得ることができたのはこのためです。

かつてのYS-11は、米国のエアラインが「メイド・イン・ジャパン」のプレートを付けることを躊躇し、米国では「パワード・バイ・ロールスロイス」(ロールルロイス製エンジン搭載)と表示して使っていました。しかし、今や日本の製造技術や品質管理への信頼は格段に高まっており、隔世の感があります。

ホンダジェットがアメリカ市場で歓迎されているのも、ホンダのブランド力に負うところが大きいと思います。日本には航空機のような高い安全性を要求される製造物を世界に供給する使命があると信じています。私は海外の航空工学の研究者を多く知っていますが、みな口をそろえて「日本製の飛行機に早く乗ってみたい」と言っています。

――MRJには経済性や技術面でどんな優位性があるのでしょうか。

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鈴木 エンジンはP&W(プラット・アンド・ホイットニー)社が新開発した「ギアード・ターボファン」という革新的なジェットエンジンを搭載しています。このエンジンは燃費が良くて騒音が少なく、MRJが世界で最初に採用しました。実際には計画の遅れから、カナダのボンバルディア機やエアバスA320型機に先に搭載されましたが、これらはMRJと直接ぶつかる機種ではありません。ブラジルのエンブラエル機にも搭載されますが、従来機に新型エンジンを乗せ替えたものであり、三菱重工は「設計段階から新エンジンの能力を100%引き出すように製造したMRJに優位性がある」と見ています。

主翼上面にエンジンを置く
「常識外」の発想で高性能を実現

――ホンダジェットは、設計の独創性や米国の型式証明を取得したことが評価され、今年4月に第45回日本産業技術大賞・内閣総理大臣賞を受賞しましたね。

鈴木 ホンダにはブランド力があったとはいえ、航空機へは初参入なので、他のビジネスジェットに対する確実な優位性が求められました。大きな特徴はエンジンを主翼の上に配置したこと。これで客席スペースに余裕が生まれ、速度や燃費に優れた機体の開発に成功しました。

主翼の上面は空気力学的に重要な場所です。通常はエンジンを置かず、胴体後部に2基配置しますが、それでは胴体後部が構造材のために有効利用できません。そこでホンダは風洞実験や数値計算を繰り返し、翼の上に置く方が逆に優れた空力性能を得られることを発見しました。胴体は炭素繊維を使用し、空気抵抗を減らすための最適形状をしたスマートな機体です。ホンダエアクラフト社の藤野道格社長は「室内が広く、高速で燃費がいい、つまりホンダ車のような飛行機を作りたかった」と語っています。こうした革新的な設計がホンダジェットの特徴です。

創業者の本田宗一郎さんの夢は飛行機を作ることでした。30年前に極秘に開発を始め、2015年12月、ついに米連邦航空局から型式証明を得ました。ホンダはそのノウハウを得やすいように米国で開発したのですが、初めての経験だったので型式証明を取得するのは予想以上に難産だったようです。藤野社長は「最後の3カ月はゆっくり眠ることができなかった」と語っていました。でも国内外の賞もたくさん受賞したし、ほんとうに良かった。ちなみに、彼は母校である東大で2014年に博士号を取得しているんですよ。

――型式証明といえば、MRJも目下がんばっている最中ですね。

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鈴木 型式証明は製造国が出すのが国際ルールですから、日本の国土交通省が認めればいいのですが、米国内で米エアラインが飛ばす飛行機は米当局も承認しなければなりません。本来は相互認証制度があるので、日本が認めれば米国も自動的にOKですが、YS-11から50年も経っているので、米国は日本の認証作業をモニターしています。「シャドーイング」といい、事実上、日米が一緒にやっています。

投資を回収し世界の信頼を得て躍進するには、
今から後継機の開発を進める必要がある

――先生は日本の航空産業のポテンシャルの高さとして、➀エアラインや空港能力の高さ②学生の優秀さ ③炭素繊維の生産量の圧倒的なシェア、などを挙げておられます。具体的に説明していただけますか。

鈴木 自動車の100倍もの部品を使用する旅客機は、エアラインが使いながら成熟させるという面があるといわれます。日本の乗客は細かいことに気が付きますので、エアラインの航空機会社への注文は日本が最も厳しいと聞いたことがあります。
JALやANAが定時到着率の世界ランキングで常勝を続けているのはその証拠で、成田や羽田空港も定時出発率の国際ランキングで上位を獲得しています。また、国際航空科学連盟の学会でこれまでに優秀論文賞を獲得した日本の学生数は全26人中6人で、アメリカを凌いで1位です。炭素繊維は、軽量で強度が高いため、ボーイング787やエアバス350に大量に利用されました。世界の炭素繊維の70%は日本企業が提供しているのです。

航空機の部品は数百万点といわれます。2~3万点とされる自動車部品の実に100倍です。航空産業の新たなスタートが、次の日本の産業発展に弾みを付けることが期待されます。

――先生は早くも、「MRJの後継機開発に取りかからねばならない」と力説しておられます。日本が将来にわたって主要な地位を獲得するための課題は何だとお考えですか。

鈴木 日本は優れたポテンシャルを持ちながら、長らく旅客機を主体的に開発することができませんでした。メーカーの技術者もエアラインの技術者と協業する機会がなく、優秀な学生も飛行機の開発現場に進む機会が限られていました。

MRJはこうした力を結集させる大きな求心力になりましたが、設備や人材に多額の投資をしているので、MRJだけで回収することは大変です。その経験を後継機の開発につなげなければ、YS-11の二の舞になりかねません。苦しくても作り続けることが必要で、そうした継続性がなければ海外のエアラインは日本の飛行機を購入しようとは思わないでしょう。「継続は力なり」です。
飛行機は一度購入すると20年以上使用するので、明らかな優位性がなければ買い替えにつながりません。こうした激しい競争があるから、航空機産業から革新的な技術が生まれるのです。

航空機開発に欠かせないのは「経済学」。
今にして思い当るボーイング社長の言葉

――航空機のイノベーションは、メーカーだけでなくエアライン、官庁、金融、大学など総合力の勝負だといわれます。この点における我が国の状況はいかがでしょうか。

鈴木 残念ながら、敗戦後の7年間、航空機の研究も開発製造も運用も一切禁止された空白の期間がその後もずっと影響し、日本は独自で旅客機を開発していなかったので、この点で欧米に大きく後れをとっています。1990年代に当時のボーイングの社長が東大で特別講義をされました。お話の後に、「航空学科で最も大事な講義は何ですか?」と質問すると、社長は考える間もなく「それは経済学だ」と断言しました。その意味を私は当時理解できませんでしたが、日本がMRJを開発することになってその重要性に気付きました。

優れた技術だけでは、売れる旅客機を開発できません。「技術で勝っても商売で勝てない」のです。スマホ、家電などにも共通することです。技術者といえどもマーケティング、コスト意識、センスの良さなどの素養が求められます。

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そのため本学では企業や官庁、商社、金融業界などの協力を得て「航空技術・政策・産業特論」という講義を大学院で行っています。航空に関係するすべての分野の専門家から話を聞くことで、学生たちは航空機産業の厳しさとスケールの大きさを感じ取っています。また、ボーイングやエアバスの本社と学生たちがテレビ会議システムで議論する体験型ゼミも行っています。学生の意識は非常に変わったと思っています。

飛行中に故障が起きても飛び続ける
「落ちない飛行機」を究極の研究課題に

――先生は「落ちない飛行機」の開発を究極の研究課題としておられます。ご自身もJAXA(宇宙航空研究開発機構)の実証実験機(ドルニエ機)に乗り、わざと翼のコントロール機能を故障させるという前代未聞の実験も行っておられます。非常時にも耐える安全制御システムとはどのようなものでしょうか。

鈴木 飛行機は高い安全性を確保しており、乗り物の中で事故や死傷者が最も少ないのですが、墜落事故が起きると悲惨です。私は日航ジャンボジェットの事故現場となった御巣鷹山に登り、想像を超える惨事がそこで起きたことを実感しました。もし飛行中に故障や事故が発生しても、墜落せずに飛び続けることができないか、というのが私の研究のライフワークです。

きわめて有能なパイロットが墜落を回避することができた例は数多くあります。2009年、USエアウェイズ機の両エンジンに鳥が飛び込んで停止した時、機長の機転でハドソン川に緊急着水して全員が助かった事故はその1例です。

これからはアジアの経済成長などで航空旅客量の増大が予想され、ベテランパイロットが圧倒的に不足します。航空事故の確率を今と同じに維持しているだけでは、事故件数は増えていきます。我々がなし得ることはコンピューターの力を活用することです。

操縦機能が故障すると、パイロットは安定して飛べる方法を試行錯誤して探りますが、私はコンピューターが瞬時に解を出してパイロットを助ける方法を研究しています。JAXAとの共同研究により、実証実験機で飛行中、模擬的にわざと故障させます。例えば搭載貨物がずれて航空機の重心位置が急に後方に移ったという事態を想定し、瞬時にAIにより最適な対応ができる技術等の飛行試験を行っています。
こうした研究は世界でも珍しいので、欧州の研究者たちから共同研究の申し出があり、今年から本格的に始める予定です。

卓越したベテラン機長の技、
その極意は武蔵の「五輪書」に通じる

――研究室には、大型画面を見ながら航空機を操縦して羽田空港に着陸するシミュレーション装置がありますが、これはどういった研究をされているのですか。

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鈴木 この装置を使ってベテラン機長に操縦してもらい、その動きをコンピューターに学習させます。それを新人パイロットの学習結果と比べると、大変な違いがあることが分かります。この研究も「落ちない飛行機」のシステム開発に役立ちます。

元JALのベテラン機長にその極意を聞いたところ、宮本武蔵の「五輪書」にコツが書いてあるというのです。「剣を持って相手に向かう時は一点を凝視してはならない。そこに神経が行って多方向からの動きに対応できない。全体をぼぅーっと見ていると、どこから斬り込まれても瞬時に対応できる」と、確かに書いてあります。ベテラン機長は網膜全体でいろいろな動きを見ていて、自然にそれができている。人間の能力はすごいと実感しました。

――自動化する機械と人間の関係について、先生は「完全自動化が可能でも、あえて人間が操作する部分を残す」という技術思想を語っておられますね。

鈴木 そうです。安全の最後の砦はやはり人間だと思います。どんなに優れた機械もそれを使いこなすことができなければ、恐ろしい凶器になりかねません。コンピューターをいかに使いこなすかが大切です。多くの人の命を預かる航空機では、特にコンピューターはパイロットという人間を助けるために機能しなければなりません。

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本格化するドローンの開発と利用、
協議会を設立し日本の英知を結集する

――先生はドローンなど無人機の分野でも、日本UAS産業振興協議会(JUIDA)の理事長としてご活躍中です。

鈴木 ドローンは技術革新や用途の拡大が世界中で期待されており、私も落ちない飛行機の研究で、無人航空機を開発して利用してきた経験もあることから大いに期待しています。JUIDAにはドローンを作る人、使う人、規制する人、保険業界の人など多方面から専門家が集まっています。夜間の被災地では、ヘリコプターの飛行は困難ですが、ドローンであれば赤外線カメラとGPSを付けて自動飛行できるので、さまざまな状況把握に適しています。離島や災害などで孤立した地域に物資を届けることもできるでしょう。

ただ、パイロットが乗っていないわけですから、安全に利用するために技術や法律の整備が必要です。海外でもまだ解を得ていない難しい課題です。
現在、JUIDAを通してその解を模索していますが、日本の英知を結集してそれを世界に示す絶好のチャンスとも捉えています。

TEXT:木代泰之

鈴木真ニ

すずき・しんじ

鈴木真ニ  東京大学大学院工学系研究科 航空宇宙工学専攻教授

1953 年生まれ。1977 年東京大学工学部航空学科卒業、1979年 東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻修士課程修了、1979 年(株)豊田中央研究所入社、1986 年工学博士取得後東京大学助教授、1996年より東京大学教授、2014年より東京大学広報室長。
日本航空宇宙学会会長(第43期)、国際航空科学連盟(ICAS)理事、NHK教育テレビコメンテーター(2004~11年)、日本UAS産業振興協議会(JUIDA)の理事長など。
「落ちない飛行機への挑戦―航空機事故ゼロの未来へ」(化学同人)により第7回「住田航空奨励賞」受賞。


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