日本を「教育輸出国」にしたい。 ――国際色を増す山岳リゾート白馬にインターナショナルスクールを

北アルプスの雄大な自然に囲まれた山岳リゾート、白馬。
いま、2020年を目標にこの地に国際水準の教育を提供する学校を創立しようというプロジェクトが進んでいる。「白馬インターナショナルスクール(HIS)」だ。全寮制で全教科英語による授業が行われ、国際バカロレア(IB:International Baccalaureate)認定校でありながら、日本の一条校(*)を目指す。
教師が一方的に教える授業ではなく、徹底した「探求型」教育を重んじ、豊かな白馬の環境を存分に生かしたスポーツ・アウトドア活動や、テクノロジー教育も取り入れ、全人的教育を行う。宮坂学氏(ヤフー株式会社 代表取締役)や、サッカー元日本代表監督・岡田武史氏(FC今治 株式会社今治.夢スポーツ 代表取締役)など強力なアドバイザーが後押しする。HIS設立準備委員会代表の草本朋子さんは、米国大手金融企業の海外勤務を経験してきた3児の母。設立準備に文字どおり東奔西走する中、HISが目指すグローバル人材の教育構想についてお話しを伺った。

(*)一条校:学校教育法第一条にある、幼稚園・小学校・中学校・高等学校・中等教育学校・特別支援学校・大学・高等専門学校をいう。

白馬には豊かな教育資源がある

――「教育」にも「白馬」にも直接的には関係のない金融業界でキャリアを築いてこられた草本さんが、白馬の地にインターナショナルスクールを開校しようという構想を持たれた。そのいきさつを教えてください。

草本 白馬との出会いは子どもが生まれる前にさかのぼります。オーストラリア人の友人から「良いところだよ」と教えられて出かけた第一印象は、「日本にまだトトロが住んでいるようなところがあった!」というものでした。主人はオーストラリア出身、私は熊本出身ですが、ぜひここで子どもを育てたいと考えるようになりました。上の子が5歳、下の子が3歳の頃に白馬に移住し、その後3人目が生まれました。

Photo: Satomi Hashimoto

Photo: Satomi Hashimoto

白馬の魅力は、何と言っても雄大な北アルプスを仰ぎ、麓には田んぼが広がっている自然環境。日本の伝統的な風景と雄大な山々が一緒に見える場所はとても珍しいと思います。そして、海外やよその土地から来た移住者も温かく受け入れてくれる人情。実際に外国人の人口は増え続けています。スキーシーズンの冬場は9,000人の人口のうち、約500人が外国人で、そのうち200人ほどは定住しています。それによって人口の下支えはされているものの、日本人だけを見ると1998年の長野オリンピックの影響で増えていた人口は、2004年をピークに減っていて過疎化が進んでいるのが現状です。
そんな中、白馬高等学校が存続の危機を迎え、私も「白馬高校魅力化プロジェクト」をお手伝いする機会を頂きました。白馬高校のスキー部は、数々のオリンピック選手を輩出し、現役の高校生もオリンピックに出場するほどの伝統と実績を持つ高校です。プロジェクトの一環として、学力も同じように高めようと公営塾を創ったり、全国に呼び掛けて生徒を募集するため地元が予算を出して寮を整備したり、社会活動家の湯浅誠さんや宇宙飛行士の山崎直子さん、星野リゾートの星野佳路代表をお招きして高校生のためにご講演頂くなどさまざまな取り組みをした結果、高校の魅力化につながり、存続が決まりました。

白馬高校魅力化のお手伝いをする中で、教育に不安があると人口減少に拍車がかかってしまうことが分かりました。ということは、教育をもっと充実させれば、それだけ白馬のためにもなるということです。そこで、日本のローザンヌとも言われている白馬に、インターナショナルスクールを開校することを考えるようになったのです。
スイスのレザン、ニュージーランドのクイーンズタウン、カナダのウィスラーといった海外の有名な山岳リゾート地は人口が増加していますが、それらに共通して言えることは教育環境の充実です。山岳リゾートの素晴らしい環境で質の高い教育が受けられるということで都市部からの移住者も多く、世界から生徒たちが集まってきて人口が増加しているのです。特にスイスは、人口800万人の小さな国であるにもかかわらず、国内に40以上のインターナショナルスクールを擁し、その多くが都市部だけでなく山岳リゾートや湖畔のリゾート地に立地しています。そうした学校では生徒たちは寮生活をしながら学んでおり、休暇のたびに迎えに来る親の観光消費や別荘購入といった経済的な波及効果もあると聞きます。学校が地域経済に貢献しているわけです。青春時代を過ごす生徒たちは、その土地のファンになりますし、一生を通じて友人や家族と共に訪れてくれるという好循環も生まれます。

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白馬は、まさにこうした国際教育に最適の地。圧倒的な自然環境、各国からの観光客や移住者を受け入れる寛容で多様性に富んだ風土、農業や手仕事による豊かな食文化があり、全人的教育にふさわしい要素に溢れています。この地で、 世界中から集まった生徒たちが切磋琢磨する国際水準の教育の場を創りたい。こうした白馬インターナショナルスクール(HIS)の構想をいろいろな方に語ってみたところ、白馬の住民の方々、村と地域活性化に向けた連携協定を結ぶヤフーの社長であり、ご本人も白馬村との縁の深い宮坂学さん、その紹介でインターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢(ISAK)の小林りんさん、さらにその紹介でサッカー元日本代表監督の岡田武史さんといった方々が、「やるべきだ」と背中を押してくださいました。多くの人に勇気づけられ、本格的に立ち上がる決心をしました。

「探求型」と「日本的」教育の長所を融合し、教育輸出国に

――白馬インターナショナルスクールは具体的にどのような学校を目指すのでしょうか。

草本 これまでの日本の教育に決定的に欠けているのは、「探究型」という考え方。文部科学省も取り入れようとしている国際バカロレアの制度が、そこを補完するのに最適だと考えています。つまり、すでにある答えを教えられてそれを覚える、あるいは解き方を教えられてその通りに解く、という従来の日本の授業のやり方ではなく、そもそも課題が何なのかを自ら設定し、それを解決する力を育てる教育を創っていきたいのです。
一方で、日本が培ってきた、「きちんとしたレベルの教育をあまねく施す」というアプローチや、例えば生徒自身が教室を掃除するといった日本的教育の良い部分は残していきたい。こういった教育は、日本人のモラルの高さや教育水準の高さを支えていると思います。この両立が叶えば、日本は教育輸出国になれると信じています。スイス、米国、英国などには、世界各国から留学生が集まって切磋琢磨する学校がたくさんありますが、日本もその分野で存在感を示すことができるはずです。

2016年スプリングスクール

2016年スプリングスクール

白馬インターナショナルスクール設立準備委員会では、この春、5日間のスプリングスクールを開催しました。第1回目となる今回は、小学校6年生から高校2年生の日本の子どもたちに参加してもらいました。プログラミング、ロボット工学、音楽の授業を日本語で、アート、プレゼンテーションの授業を英語で行いました。どの先生もまずは生徒たちに授業の道筋や道具などを示すと、「さあ、やってごらん」といったん突き放します。日本の学校だとそういう方式の授業はあまりないので、生徒たちは当初キョトンとしますが、次第に自分からやり始める。私はそのことに驚きました。生徒たちは徐々に互いの得意不得意を補完し合い始め、各グループが見事にチームワークを発揮するようになり、みんなあっという間に順応できたのには感動しました。

プログラミングなどはまったく初めてという子がほとんどだったのに、きちんと完成させ、みんな嬉しそうに、誇らしげに、目をキラキラさせながら発表してくれました。その様子を見ていて、たった5日間でここまでできるのであれば、3年間もしくは6年間、毎日こういうふうに勉強したら、どこまで伸びるのだろうと期待で胸が膨らみました。そして、何としてもこの地に世界中から子どもたちが集まってくるような学校を創りたい、と改めて強く思いました。夏には、英語圏の生徒たちを招いて、サマースクールを企画しています。

スポーツ・アウトドア活動と勉強の両立が鍵

――探究型の教育を重視した学校を、白馬という山岳リゾートに開校するメリットはどのあたりにありますか。

草本 日本には勉強ができる子は勉強ばかり、運動が得意な子は運動ばかり、という棲み分けがあるように思います。それはすごくもったいないことですよね。スイスのインターナショナルスクールを見ると、夏は週1回の登山、冬はスキー三昧で氷河まで探検に行かせるなど、野外活動に力を入れています。生徒たちはアウトドア活動やスポーツで精神力、人間力を鍛え、なおかつ勉強も妥協せず、ハーバード、MIT、オックスフォード、ケンブリッジといった大学に進学するわけです。日本にもそういう学校があっても良いのではないでしょうか。北アルプスの圧倒的な大自然に抱かれた白馬は、知力、体力、精神力、そして道徳観のバランスの取れた全人的教育にふさわしい場であると考えています。

日本の場合、いわゆる文武両道が難しい理由の1つに受験のあり方が挙げられるでしょう。時間をかけてかなりの量を暗記するといった勉強に耐えなければ、希望する大学に受からないような現状があります。もちろん、米国にもSAT(大学進学適性試験)など基礎学力を問う部分はありますが、日本は暗記などに費やす比率があまりに高すぎますよね。

今後は、日本でも国際バカロレアの成績を入試で重視し、センター試験的な暗記系の勉強の比率を下げるといった大学も増えていくでしょう。すでに文科省も大学入試制度改革を進めていて、2016年時点の中学2年生の年次から、大学入試制度が大きく変わると聞いています。考える力を問うような受験に変わっていくことになると思います。HISはインターナショナルスクールという形で始めますが、日本の教育にも影響を及ぼしていけるようになりたいと思っています。例えば白馬高校などと交流し友情を深めるとともに、出前授業で探求型の国際バカロレア教育の魅力を伝える取り組みなども考えていきたいところです。同時に、白馬高校から日本の学校ならではの学びをインターナショナルスクールに紹介して頂くことができれば、1つの村の中で2つの違うタイプの学校が相互作用し切磋琢磨して高め合っていく夢のような関係が気付けるのではと思っています。

岡田武史さんは、「野外活動を重視する学校が日本にも必要。都会にいると人間が万能だと錯覚してしまうが、大自然の中にいると自分がいかに無力でいかに死と直面しているかが分かり、謙虚になれる。そういう経験を子どもの頃からしていくことが人格形成に重要」とおっしゃっています。
そうした考え方に基づいて、例えば少人数のグループで山に登るという野外活動が考えられます。生徒たちは自らルートを吟味し、装備を用意し、実際に登山を経験する中で試行錯誤する。そこからさまざまな知識を獲得していくと同時に体も鍛えられます。そして大自然の圧倒的存在感と美しさを愛するとともに、畏敬する気持ちも体得していくでしょう。

Photo: Satomi Hashimoto

Photo: Satomi Hashimoto

 

教師陣の選定はインターナショナルスクールでの実績を中心に

――教師陣は、どういった方々ですか。

草本 インターナショナルスクールで経験を積まれた先生方を中心に招聘することを考えています。東京やポーランドのブリティッシュ・スクールで校長を歴任されてきたクリストファー・ニコルズ先生が、HIS初代校長を務めてくださる予定です。ニコルズ先生は、「日本の教育の底力を感じているからこそ、生徒たちがもっと輝くような探究型の教育をこの国で実践したい。それは自分の使命だと考えている」という熱い思いをお持ちです。先生によると、「教師というのは、常に子どもたちのためにレベルの高い教育を行いたいという志を持ち、生徒および教師自身のライフスタイルを重視する人が多い。だから、たくさんの優秀な先生方がHISの理念に賛同してくれるだろう」とおっしゃっています。

私自身は白馬で新しく学校を創るには、優秀な先生を集めることがかなり難しいのではないかと心配していたのですが、そこは思ったほどの難関ではないかもしれないと考え始めています。2020年の開校を目指しているので、まだ4年先なのですが、すでに何名かの先生が名乗りを挙げてくださっています。

目指すのはサステナブルな組織運営

――経営面では、どのような方針をお持ちですか。

草本 私は、投資銀行などで仕事をしてきた経験から、長期的に存続可能な組織を創ることを重視する傾向があります。例えば、ハイレベルの教育を提供するにはコストがかかりますから、学費だけに頼らず寄附金を集めて収入を確保することは非常に大切だと思いますが、同時に、寄附金に多くを頼っていると、リーマンショックのような世界的経済不況が起こったときに立ち行かなくなるリスクがあります。数百名の生徒たちを抱えながら、学校を閉めなければならなくなるような事態は決して起こしてはなりません。経営上サステナブルな学校を創るためには、学費も海外のインターナショナルスクールと同様、ある程度高額にせざるを得ません。ですから、年間数百万円の学費を支払ってでも、お子さんをこの学校で学ばせたい、と保護者の皆さんに思われるような学校を創ることが大前提です。

ただ、学校設立には巨額の資金が必要であり、設立にあたって寄附金を集めることは必要不可欠です。いま、学校法人を創設するための第一段階として、一般財団法人を創る準備をしており、法人が成立したら第二段階として公益認定を申請します。それが認められると、企業や個人がHISに寄附をした場合、一定額が税額控除になりますので、頑張って企業を回り資金集めに奔走することになります。
いずれにせよ、このプロジェクトは始まったばかりで、あれこれ並行して走っていますが、盤石な学校経営の礎造りに足る充分な額の資金集めができるか否かが、このプロジェクトの成否を分けるキーポイントだと思っています。

なお、HISはインターナショナルスクールでありながら、日本の学校教育法第一条に規定される一条校で、なおかつ国際バカロレアの認定校を目指しています。現時点で国内には一条校で全寮制のインターナショナルスクール(高校)は先にお話しした軽井沢のISAKがあるのみです。

潜在能力を発揮し、世界に貢献する人材を育てる

――HISは、“Let curiosity be your guide.” をスローガンに掲げていますね。

草本 湧き上がる好奇心に導かれ、自分自身が夢中になれるものに取り組めることは、人間にとって一番幸せなことだと思います。そして、それによって自分が評価されたり、それを活かして人の役に立てたりすることほど嬉しいものはありませんよね。でも、誰しも知らないものに対して初めから好奇心を持つことはできませんから、生徒たちにはいろいろなことを経験させ、その中から自分が一番引かれるものを見つけてもらいたいと考えています。最初に苦手だと思ってもすぐには諦めずに、それをやる意味がどこにあるのかを考えながら挑戦を繰り返し、その中から自分が本当にやるべきことを自分自身で見つけ出すことができるような人を育成していきたいと思います。

もう1つ、“Realize your potential.”もHISの姿勢を表しています。1人ひとりに自分の潜在能力をめいっぱい発揮してもらいたいという思いを込めています。例えば、スポーツをやるときはテクノロジーを使って効果を把握し、継続することによって、もっと上のレベルを目指すことができる。そのことを自ら見つけていくのも重要な学びになるでしょう。誰もが持っている自分の潜在力をあますところなく発揮できるように、各自が自分にできる最高のところまで行けるように、そして、それを使って世の中の役に立てるように。

白馬の地で、地元を含めた日本中から、そして世界中から集まった生徒たちがともに学び、世界に貢献できる人材に成長することが、HISの目標です。

TEXT:伊川恵里子

草本朋子 くさもと・ともこ   白馬インターナショナルスクール設立準備委員会代表

東京大学経済学部卒、モルガン・スタンレー東京支店、NY本社勤務後、カリフォルニア大学バークレー校Haas School of Businessで経営学修士号(MBA)を取得。ゴールドマン・サックス東京支店、NY本社のプライベートエクイティ部門で投資業務に従事。長女の出産を機に金融業界を引退後、3児の母となる。長野県白馬の大自然に魅了され、子育てのためオーストラリア人の夫と2009年より白馬在住。白馬高校グローバルコーディネーター。