デジタル技術の発展により、大学などの講義スタイルは、一昔前と大きく変わりつつあります。講師のいる場所と学生たちのいる教室とをテレビ会議のシステムで結び、離れた場所から授業を行うようなこともすっかり一般的になりました。

これによって講師・学生の双方がさまざまな恩恵を受けられるようになりましたが、その一方で、両者が同じ空間を共有できないことによるデメリットも浮上してきています。

講師の講義に反応するロボット・アシスタント

一つは、講師が学生たちの反応をつぶさに確認できないということです。離れた場所でカメラに向かって講義を行う講師には、自分が聞き取りやすく話せているのか、学生たちが講義を聴きながらどんな反応を示しているのかを現場で自然に気づくことができません。熱心に講義を聴いてくれているのか、それとも退屈してアクビをしながら聴いているのか、講義の内容がわかりづらくて困っていてなんとなく様子が変、といったリアルな情報を得ることができず、状況に応じて臨機応変に講義の内容を調整することが難しいのです。

IBMの研究員の小杉晋央氏と今春IBM東京基礎研究所にインターンとして来ていた西口昇吾氏は、この問題を解決すべく、かわいらしいアシスタントを開発*しました。

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「Mocoro」(モコロ)と名付けられたこのボットは、実は遠隔コミュニケーションプラットフォーム上に展開されたエージェントなので、物理的な制約を超えて様々な場所から利用できます。また、その機構は、みんなから親しみをもってもらえるよう、木製のボディーと小さなモニターを組み合わせて、ごく単純な姿で表現しました。「顔」を表すモニターには、困惑や退屈といった感情を表すシンプルな表情が映し出され、この表情によって、Mocoroは講義を聴く学生たちの気持ちを代弁します。また、Mocoroは決して講師が話している最中に警告音やメッセージを使って割って入ることはありません。例えば、講師が難しい言葉を早口でまくし立てると、Mocoroは困惑してうつむいたり、青ざめてしまったりします。講師はこうしたMocoroの様子から、学生たちの反応を推し量ることができるというわけです。

Mocoroを支えるコグニティブ技術

こうした機能を実現するため、Mocoroにはさまざまな技術が活用されています。例えば、IBM Watsonの「speech to Text」のAPIを用いて会話の内容を読み取り、一定時間内にいくつの文字が話されているかをカウントし、会話のスピードや滑らかさを計測します。そして、会話のスピードがある一定の数値を超えると、徐々にうつむいて悲しそうな表情を浮かべ、講師に対して困惑を示すのです。

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単に状況を推測し、警告するだけであれば、ヘッドマウントディスプレイのような先進的なウェアラブルデバイスの上で実装することも可能かもしれません。しかし、あえて素朴なロボットの形を取り、その場に居合わせているような雰囲気を醸し出すことによって、講師と学生が、自分のペースで気づくことのできる、温かみのあるコミュニケーション・ツールとして、Mocoroの意義が強調されたと考えることもできるでしょう。研究員の小杉氏はMocoroを足掛かりとして、より多くの人々にリアルタイムなリモート・コミュニケーション体験を提供し、人と人とのつながりを大切にすることに少しでも貢献できればと、Mocoroが作られたプラットフォームを利用したアプリケーションを、IBM Bluemix上で公開しました。

*本研究の一部は科学技術振興機構(JST)の研究成果展開事業【戦略的イノベーション創出推進プログラム】(S-イノベ)の支援によって行われました。

photo:Thinkstock / Getty Images