日本のアート業界を牽引する森美術館館長・南條史生氏、なぜ人間はアートを必要とするのか

多様な知識と多角的な切り口から、人々にアートを提案する美術館。そのトップにいる「館長」は、どのような視点でアートを取り巻く状況や世界を見ているのか。東京・六本木ヒルズにある森美術館の館長・南條史生氏は、「第 47 回ヴェネツィア・ビエンナーレ日本館コミッショナー(1997 年)」「第 1 回シンガポール・ ビエンナーレ アーティスティック・ディレクター(2006 年)」などを歴任し、2006年に森美術館館長に就任。

2013年に始まった都市のライフスタイルを考える「Innovative City Forum」にも毎年登壇し、都市とアートの関係性について、さまざまなジャンルのスペシャリストたちとディスカッションを続けている。そんな南條氏に、この世界に入ったきっかけからアートの定義、現代人のアートとの関わり方やその未来について話を聞いた。

経済、英語、雑誌編集…あらゆる経験が糧になる

――2002年に森美術館副館長に、2006年から館長となられた南條さんですが、アートの世界に入った経緯を教えていただけますでしょうか?

南條 大学の経済学部を出てから銀行に入りましたが、もともと、アートの世界に興味があったので、途中で銀行を辞めて大学に戻り、美術美学史を新たに学び直しました。しかし、大学生に戻ったことで同年代の友人たちに社会的に置いていかれる気がしたので、思い切って海外に出たんです。

帰国して大学を卒業してからは、小さな出版社で雑誌編集のアルバイトをしました。作っていたのは、旅行業界向けの旅行雑誌です。当時としてはかなりインターナショナルな内容で、航空会社や外国のホテルチェーンなどが取材対象でした。英語での取材も行いましたね。その頃はまだパソコンなんてないので、テープレコーダーで聞いた話を原稿用紙に書き写して纏めていました。小さい出版社なので1年半ほどやっていたら、あっという間に編集長になれたんです。でも、旅行雑誌って、同じ特集の繰り返しなんですね。ちょうどその頃、国際交流基金からアートの専門家として手伝ってほしいという誘いを受けたので、そっちに行きました。

南條さん

――金融機関と雑誌編集という、一見かけ離れた場所を行き来されていたんですね。

南條 当時を振り返ると、結果的にですが、どんな経験もすべて役に立ったと思います。銀行に入る前に公認会計士の試験を受けたことがあるので、財務諸表が読めることは自分の事務所を持つようになって役立ちました。経営的な数字の意味もわかるということなので、アートビジネスを見ていると、為替の変動にアートマーケットが影響されることも理解できる。戦争前後にヨーロッパの景気が悪くなったとき、多くの美術品がアメリカに流れたことがありました。日本の景気が良かった頃は、日本人が相当な数の美術品を買いましたし。アートに関わる上で、経済の流れを見ることは、とても重要です。

美術館でカタログを作る際には、雑誌編集者時代の経験が生きています。わかりやすい文章を書くとか、を一つのセンテンスでは一つの事しか言及しない、といった心構えが、自然と身につきました。さらに言えば、歴史の知識もある方がいい。美術の世界に生きていると、なぜ日本ではあまり美術品が買われないのか、今の中国はどうなっているのか、などの議論になることも珍しくありませんから。経済も歴史も文化も、現在の活動に全部つながっています。

――確かに「日本人はアートを買わない」とよく言われますが、南條さんは日本人とアートの関係をどうお考えですか?

南條 これは難しい問題で、前提として「アート作品を買えば、それでいいのか」という問題があります。日本では美術館に行く人の数が非常に多く、地方の芸術祭も急速に増えています。だけど、みんな美術品を買わない。そもそも所有欲がない。その背景には日本の住宅事情もあるし、過去にはオイルショックとバブル崩壊の時にアートマーケットが崩壊したという経験もある。例えば、中国は2000年頃から急速にアートマーケットが発展していますが、まだ経済危機の怖さを知りません。中国だけでなく、欧米と比べても、そうした歴史や経験の違いがあるかもしれません。

南條さん

一方で、日本ではアートを見に行く人が多いのと同時に、参加型のアートも増えています。地方の芸術祭に来る人の多くが、コミュニティー型といってワークショップに参加しています。ワークショップで作られたアートなので高額で取引されることはありませんが、これはアートの革命ともいえるんじゃないでしょうか。ブルジョアが高い絵を買うという欧米型のビジネスモデルではなく、日本のアートは、みんなで楽しむものになっている。お金がなくても楽しめるということになれば、ポジティブな意味も生じてきますよね。この現象をどう捉えるかは、これから考えるべき問題のような気がします。

美術館が担っている大きな役割

――森美術館の特別展では、アジアのアートを多く展示し、国際性と現代性をテーマに掲げていますが、特別展の年間スケジュールは、どのように組むのですか?

南條 展覧会というのは、いくつかのパターンに分かれていて、「個展(外国人、日本人)」や複数アーティストによる「テーマを持った展覧会」、そしてインドネシア、中国、インドの美術など「地域を押し出すもの」、また、建築やファッション、デザインという切り口で見せる「別ジャンル」の場合もあります。こうしたパターンを総合的に見ながら、2~3年でバランスが取れるように考えています。

――時期やタイミングを狙うことはありますか?

南條 タイミングを狙う展覧会ということでは、「ジャーナリスティックなもの」というパターンが、それに該当するかもしれません。例えば、震災や大きな事件などが起きた時に開催すべきものがあります。ちなみにその対極として、時代や場所とは関係なく「20年かけて研究してきた、このテーマをやりたいんです」とキュレーターが提案してくることもあるので、そうしたものをスポット的に入れることもありますね。さまざまな状況を見て、内外のスタッフみんなで話し合って決めています。

南條さん

――六本木という土地柄、外国人の来館者も多いと思いますが、「国際性」「現代性」という森美術館のマインドとの親和性も考慮しているのでしょうか?

南條 森美術館は、常にインターナショナルであろうとしています。初代館長のデヴィッド・エリオットは英国人でしたし、国際都市東京の真ん中にあるトップレベルの美術館として、何においても英語表記は必須です。日本のマーケットだけを見ているわけではないですからね。

現在、森美術館で開催中の『宇宙と芸術展』(2016年7月30日〜2017年1月9日)は、レオナルド・ダ・ヴィンチやガリレオ・ガリレイの天文学手稿がある一方で、チームラボによるインスタレーションの近くに曼荼羅や『竹取物語』絵巻も展示しています。過去も現在も分け隔てなく作品を並べていますが、すべての視点は現在なんです。

チームラボ  《追われるカラス、追うカラスも追われるカラス、そして衝突して咲いていく - Light in Space》 2016年  インタラクティブ・デジタル・インスタレーション 4分20秒 サウンド:高橋英明  「宇宙と芸術展:かぐや姫、ダ・ヴィンチ、チームラボ」展示風景、森美術館、東京

チームラボ
《追われるカラス、追うカラスも追われるカラス、そして衝突して咲いていく – Light in Space》 2016年
インタラクティブ・デジタル・インスタレーション 4分20秒 サウンド:高橋英明
「宇宙と芸術展:かぐや姫、ダ・ヴィンチ、チームラボ」展示風景、森美術館、東京

――森美術館の持つ現代性が、アートに対する敷居を低くしているという功績もあるのでは?

南條 「現代アートって、よくわからない」と言われますが、今わからないように見えている現代美術も、100年後にはスタンダードになっている可能性があります。そう思って、我々は仕事をしています。ゴッホは生前誰にも認められず、生きている間は1枚しか絵が売れませんでしたが、今やオランダにとって最大級の文化的資産となっています。オランダ政府はそのことを悔やみ、次のゴッホがいるかもしれないと、若いアーティストに手厚い助成金を出しています。次のゴッホ、次のピカソを保護する必要性というのはありますよね。

「アートとは何か」は今も昔も大問題

――日本にはアーティストの数自体は多いといわれていますが、アーティストを取り巻く環境については、どう受け止めていらっしゃいますか?

南條 アーティストの定義になってしまいますが、自称アーティストから、みんなが認める有名アーティストまで、さまざまな人がいます。「あんなものアートじゃない」「いや、あれはアートだ」などという言い方もされますよね。どのようにアーティストを定義するかは、美術界の大問題なんです。一般論で話せば、日本は確かにアーティストの数は多いです。しかし、自分の作品を売って生活できる人は極めて少ないのが現状です。そして、そういう方を“アーティスト”と定義すべきかという議論があります。でも、生前のゴッホの境遇を考えれば、ほとんどの売れないアーティストを否定することはできなくなりますよね。

――南條さんご自身としては、アーティストの定義をどう考えますか?

南條 実は私も、わからなくなっているんですよ(笑)。つまり「アートとは何か」という大問題につながるからです。何をアートとするか、という問題を美術界で見ると、マルセル・デュシャンが登場したことで大きな変化がありました。それまでは手仕事による絵画や彫刻がアートの本筋とされていましたが、デュシャンが既存アートへのアンチテーゼとしてレディ・メイド(既製品を使った作品)という概念的な作品を提示したことで、アートのカテゴリーが広がり始めた。こうした歴史がなければ、ポップアートも生まれていないし、アンディ・ウォーホルも認められなかったかもしれません。

南條さん

今はワークショップをやっているような人もアーティストと呼ばれるし、デジタル系のテクノロジーを使ったアートや、バイオテクノロジーを使ったアートも登場しています。昨年の「Innovative City Forum 2015」に参加したアーティストで研究者のオロン・カッツが森美術館の「医学と芸術展」(2009年)で展示したのは、人間の皮膚の細胞から培養した革のコートでした。果たして、これもアートなのだろうかと考えるきっかけになる、意義のある作品でした。今、話題となっている再生医療ともつながっていますよね。

再生医療が発達すれば、腎臓が悪い人に正常な腎臓を培養して入れ替えられます。そうして自分の体のパーツをどんどん置き換えていけば、今より確実に寿命が延びるはずです。でも、もしも身体すべてを入れ替えるようなことになれば、「私は一体誰なのか?」という疑問も出てくるでしょう。そこまでいくと、人間のアイデンティティーは何かという話になり、結局は脳の中に残っている記憶のセットでしかないという話にもなるかもしれません。

――「アートとは何か」という問題が、「アートを生み出す人間とは何なのか」という問題に発展する可能性があるんですね。

南條 ある脳科学者は、人間はひとりひとり別の個体ではなく、何かでつながっているのかもしれないと言っています。脳波を見ていると、ひとりが興奮すると、別の人も興奮するなど、相互で影響関係がある。それをつないでいるものが何かはわかりませんが、人間は集団で機能している生物なんじゃないか、という考え方がうまれあります。

そういう予見は、過去にSF作品で既に生まれています。シオドア・スタージョンという人が書いた『MORE THAN HUMAN(人間以上)』(1954年)という本で、集団で一つの個になるという将来の人間像が描かれています。これは、現在も発展しているAIのことでもあります。AIは近い将来、自動車の自動運転を可能にしますが、あれは1台ずつのAIが独立して判断しているわけではありません。すべての車のAIがリンクすることで、他の車とぶつからないようにコントロールしています。言い換えれば、それは社会全体を覆っている巨大な知能ともいえます。

南條さん

――先日、「雇用の未来—コンピューター化によって仕事は失われるのか」という予測を立てた論文が発表されて話題になりましたが、人間の生活そのものが大きく変わるということですね。

南條 AIが生まれて生産効率が非常に上がるので、貧しい人間もいなくなるでしょう。労働はすべてAIに任せる世界になるかもしれません。もし、働かなくてもいい世界になった時、問題はどう時間をつぶすかです。その時に必要なのが、スポーツとアートなんですよ。時を遡って考えれば、日本の江戸時代は300年も平和な時代が続きました。戦争もなく、やることがなかったのに貧しい人も趣味に明け暮れ、楽しく暮らしていた。。

だから、多くのお稽古事が発達したんじゃないでしょうか。小唄、長唄や三味線、歌舞伎、浮世絵なども江戸時代に生まれ、発展しました。アレクサンドル・コジェーヴというロシアの哲学者が1959年に来日した際、2週間ほど滞在して日本論を書いたのですが、「日本は300年の平和の間に、果てしなく続く、素晴らしい趣味の世界を築き上げた」と書いています。つまり、平和な時代にどう過ごすかという問題の回答を、日本は江戸時代に出していたんですよね。

――AIの発展によって、人間が退化するとは限らないんですね。

南條 趣味に生きることを退化というかもしれませんけどね(笑)。言い換えれば、アートとは生きる証しでもあるということです。しかし、アートそのものも変化していて、先ほど話したように、何がアートかが本当にわからなくなってきています。もはや「これはアートなのか?」という質問は無意味だし、「これはアートではない」なんて言う人は時代に追い越されていきます。それよりも「これは面白いか」「どんな意味があるのか」を議論する方が重要だと思います。物を作る喜び、クリエイティブであることの意味というか……。こうしたことを美術館の館長が言うと、まるでアートを否定しているように聞こえるかもしれませんけど、そうではないんです。

南條さん

都市の生活環境をクリエイトする

――南條さんは2013年から毎年、ここ六本木で行われている「Innovative City Forum」に参加されています。今年も10月に開催されますが、都市の生活環境とアートの関連性も興味深いです。

南條 2025年ぐらいまでに、世界の人口の6割以上が都市に住むだろうといわれています。人間がどう生きるかは、都市がどういう環境になるかに左右されるということです。「Innovative City Forum」は、アーバンデザイン、イノベーションテクノロジー、クリエイティブインダストリーの専門家が集まり、2025年に我々はどう生きているのだろうかということを想定しながら議論するという国際フォーラムです。

最先端のテクノロジーはもちろん、アートも関わっています。「ライフスタイルを、ちょっと未来学的に考える」と言えばわかりやすいでしょうか。例えば、パソコンがあれば場所を問わず仕事ができるので、これからは会社の形態が変わっていくかもしれないというような話です。既に米国のIT企業などでは、会社の中にカフェやコミュニティースペースが設けられ、さまざまな職種の人が交流しています。

――20年後という少し先の未来なので、想像しやすいかもしれません。

南條 昨年のフォーラムで驚いたのは、バクテリアのバランスが人間の健康に重要で、「室内のバクテリアを良いバランスに保てるマンションが、これから売れる」と話していた方がいたことです。今後は建築デザインも、バクテリアのバランスによって左右されるというんです。面白いですよね。さらに、ホタルイカの遺伝子を組み込んだ光る樹木も研究が進んでいて、将来は街路灯が必要なくなるかもしれません。そうしたバイオテクノロジーなどからも、さまざまな発想が生まれていることを、ぜひ知ってほしいです。

南條さん

ちなみに、私が現在関わっている「KENPOKU ART 2016(茨城県北芸術祭)」では、自然の中でアートを作る人、コミュニティー内で何かをやる人、そしてテクノロジーを使うアーティストが参加しています。中でもバイオ系の人は多いですね。ハッカソンを使って提案してもらったのですが、納豆のネバネバから樹脂を取り出して椅子を作るという、茨城県らしいアイデアも出ました(笑)。アートとテクノロジー、すべてがつながっていることは事実です。「クリエイティブ=アート」であるなら、都市デザインは最大級のアートといえるかもしれません。

TEXT:大曲智子

南條 史生 なんじょう・ふみお

森美術館館長。1949年生まれ、東京都出身。慶應義塾大学経済学部、文学部哲学科美学美術史専攻卒業。国際交流基金を経て、2002年に森美術館副館長に就任。2006年より現職。横浜トリエンナーレをはじめとする数多くの展覧会にディレクターとして携わったほか、現在はKENPOKU ART 2016(茨城県北芸術祭/2016年9月17日〜11月20日開催)に総合ディレクターとして関わっている。美術評論家、キュレーターとしての著書に『アートを生きる』(角川書店)、『アートと社会』(共編著/東京書籍)などがある。