「医学」x「3DCG」が拓く新たな可能性 ――挑むのは、東大卒医師の異色医療CGプロデューサー

鼓動する色彩鮮やかな心臓、迷路のように枝分かれする気管支――人体の臓器や細胞内の動きを分かりやすく再現する3次元コンピューター・グラフィックス(3DCG)が、いま注目を集めている。制作するのは(株)サイアメント代表取締役社長で、日本で唯一の医療CGクリエーター瀬尾拡史氏だ。瀬尾氏は東京大学医学部卒の医師でもある。
中学時代にNHKの科学番組『驚異の小宇宙 人体』を見て、医療CGを志した瀬尾氏は、東大医学部に通うかたわら専門学校にも入学し、本格的に3DCGの基礎を習得。今では世界でも数少ない医療に特化した3DCGのプロデューサーである。 
心がけるのは、複雑で難解なサイエンスの世界を、正しく、楽しく伝えること。そのため色彩や音楽へのこだわりは大きい。3DCGを手術や検査の事前シミュレーションに活用すれば、手術や検査にかかる時間を短くでき、患者の負担を減らすことができる。
世界最大かつ最高のCG技術を発表する学会「SIGGRAPH」にて2015年に部門最優秀賞(「BEST VISUALIZATION OR SIMULATION」)を受賞するなど、世界でも高く評価される瀬尾氏に、これからのビジネスの方向や、ダブルメジャー(2つの異なる学問を専攻すること)の意義について伺った。

重要なプロトタイプの制作に医学の知識や感覚を活かす

――瀬尾さんが制作された心臓*や細胞内分子の3DCG映像を拝見すると、非常に大きなインパクトがあります。人体の構造や動きを可視化するときのポイントはどこにあるのでしょうか。

瀬尾 ある外科の先生がおっしゃっていたのですが、手術をするときには、手順を解説した緻密なデッサンのようなイラスト集より、大ざっぱな線画のほうが分かりやすく役に立つ場合があるのだそうです。私たちも知らない場所に行くとき、精密な航空写真より、余計なものを削ぎ落として単純化したマップのほうが使いやすい。私もそれと同じ考え方でCGを作っています。
情報系・工学系のCGの専門家は、人体の動きを細部まで完璧にシミュレーションして正確なCGを作ろうとしがちです。しかし、医療の現場では「これぐらいの誤差があっても医療には十分役に立つ」ということが結構あり、私のCGはそのあたりを目指しています。

医学とCGの両方の知識を活かし、大事なことにポイントを置いて伝えたいのです。まずプロトタイプのCGを作って専門家に見てもらい、意見やアイデアを聞きながら共同作業で仕上げていきます。プロトタイプをいかにスムーズに作るかがとても重要で、そこに医師である私の感覚が活きていると自負しています。

*参照:下記は瀬尾氏が3DCG映像企画・制作を担当したマルチスケール・マルチフィジックス心臓シミュレータ「UT-Heart」の可視化映像。
https://www.youtube.com/watch?v=tBdFv28EEq0

出典:HPCI戦略プログラム 分野1「予測する生命科学・医療および創薬基盤」
Supercomputational Life Science (SCLS)

手術や検査の安全性を高め、患者の負担を減らす

――医療とCGの融合によって新しい世界が開かれているわけですが、医者の立場に立つと、3DCGは病気の治療や医学の研究にどのように役立つのでしょうか。

瀬尾 3DCGをあらかじめ見ることで手術や検査の安全性を高めたり、患者さんの負担を減らしたりすることができると考えています。一例として、4年前から開発を続けている気管支鏡検査シミュレ-ション(模擬訓練)の3DCGで説明しましょう。

瀬尾さん

この検査は口から内視鏡を入れて、気管支内を観察したり組織を採取したりするのですが、気管支の内部は迷路のように枝分かれしていて、どちらの穴に進めば患部にたどり着けるのか、とても分かりにくい。これまではCTなど、2次元の連続画像しかなかったので、頭の中で3D画像を想像しながら迷路をたどっていました。

しかし、3DCGを使えば、本物の内視鏡と同じような動かし方を実現でき、分岐点の様子などをリアルタイムで見ながら、本番の検査で迷うことなく内視鏡を動かすための訓練ができるのです。
ベテラン医師でも内視鏡が患部に届くまでに約5分、経験の浅い医師であれば10数分以上かかるので、患者さんの負担は大きいのですが、それを事前にシミュレーションすることで検査を少しでも効率よくできるようになります。

これ以外にも、CTスキャンデータを基に患者さんの気管支の実物大模型を3Dプリンターで作り、内視鏡を入れてみる訓練方法もあります。しかし、模型の材質が硬いので内視鏡が内部で傷ついたり壊れたりする問題があり、高価な内視鏡本体がどうしても必要であったりしますので、3DCGだけでどうにかできないかと考えたのです。

――今、CG映像は世の中に溢れていますが、医療分野だと医学の知識がないと制作は不可能なのでしょうね。

瀬尾 そうです。CGプログラムに詳しい技術者であれば、私が作ったソフトウェアを見て、ものによっては同じものを半日で作れてしまうかもしれません。つまり技術的にはとても簡単なことも多々あります。しかし、内視鏡がどんなものかを知らなければ適切な発想ができませんし、そもそも専門家の話を聞いても理解できないでしょう。

これはiPhoneが世に出たときと同じような話だと思います。スティーブ・ジョブズがiPhoneを初めて発表したとき、「新しい技術が何もないじゃないか」とこきおろした専門家もいましたが、彼らにiPhoneの発想ができたのかと言えば、誰にもできなかったのです。

瀬尾さん

サイエンスを、正しく、楽しく見せたい

――3DCGは瀬尾さんを中心とするチームで作るそうですが、全体をまとめる医療CGプロデューサーとして、日ごろ心がけておられることは何でしょうか。

瀬尾 小学生が見ても楽しめるとか、中身は全然分からないけれど、きれいな映像だから最後まで見てしまったとか、サクサク動くからいろいろ試してしまったとか、映像でもソフトウェアでも、そんな演出をいつも工夫しています。音楽や色彩にもこだわります。「サイエンスを、正しく、楽しく。」が合言葉です。

1つの映像作品を作るには、CGクリエーターが数人、音楽担当が1人、ナレーションが1人など、少人数で作業をすることが多いです。設計図を描いて基本を作るところまでは自分でやります。その先の細かい点も、例えば動脈は赤色と一口で言っても、実際には淡い赤もワインの赤も灼熱の赤もあるので、どのあたりまで自由にして良いかなどを色の専門家に指示を出します。逆光で光を当てて際立たせるとか、微妙なカメラの揺れなどの指示やアイデア出しなども同じようにしています。 
音楽は全てオリジナルです。こんな雰囲気でお願いしますと伝えておくと、いつも想像以上の音楽ができ上がってきます。

NHKの科学番組『驚異の小宇宙 人体』を見てCGクリエーターを目指す

――瀬尾さんが、そもそもCGやプログラミングに興味を持たれたのは、何がきっかけだったのですか。

瀬尾 私が中学に入った1998年はインターネットが盛んになってきた時期で、コンピューターくらいできなければだめだろうと思って、学校のパソコン部に入りました。中2のとき、「今年の部のテーマはCGだ」と決まり、ゼロからプログラムを書いて3DCGを作ることになったのです。

中2のレベルではCGに必要な数学や物理が理解できるわけはなかったのですが、幸運にもパソコン部の同級生に国際数学オリンピックの最多出場記録を持つ友人がいて、CGに必要な数学のテキストを作ってくれて、中高の部員に講義もしてくれたのです。それでCGプログラムの本をある程度読めるようになりました。

ちょうどそのころ、NHKの科学番組で『驚異の小宇宙 人体』を見たのです。CGをフルに使えば、エンターテインメントだけでなく、こんなことができるのかと驚きました。
そして高2のとき生物の授業で同じ番組を再び見て、見方が変わりました。中2の時は「へぇー、カッコいい!」だったのが、基礎知識を習得してから改めて見ると、実にきちんと作られていることが理解でき、感動しました。CGを手段として使い、しかも表現したいことの中身をちゃんと分かっていれば、単にエンターテインメントとしてだけでなく、医学をはじめ科学分野の教育目的などにも使えると実感したのです。

将来、いつか自分でそんな番組を作りたいと心に決めましたが、いくらCG技術を身に付けても、医学的な知識がないとダメなので、東大医学部に入学しました。入試の面接で「君は何で医学部を志望したの」と聞かれたので、「医学系CGの番組を作りたいからです」とはっきり言いました。反応は「ふーん」でしたが。

瀬尾さん

米国では当たり前のダブルメジャー、日本の遅れを痛感

――瀬尾さんは医学部2年生のときにクリエーター専門学校のデジタルハリウッドで3DCGを学び、さらに5年生のときにアメリカのジョンズ・ホプキンス・メディスンや、カナダのトロント大学に短期留学してメディカル・イラストレーションを学んでおられます。いわゆるダブルメジャー(2つの異なる学問を専攻すること)を実行されました。

瀬尾 医学とCG技術とを両方学ぶ必要がある私にとって、ダブルメジャーは当然です。しかし、日本の大学はこの点についてはひどいです。大学受験のときに学部や学科を選びますが、世の中にある職業というものをよく知らない高校生のときに将来の進路を決めてしまうのはおかしい。私が知る限り、そうでない大学は東大くらいです。理科Ⅰ類、文科Ⅰ類というように、ざっくり理系、文系として受験させ、後で変更できるようにしています。

しかし、あえて東大について言えば、東大と東京藝術大学は地理的にはこんなに近い距離にあるのに、なぜ別々に分かれているのでしょうか。東大では理系と文系を学べるのに芸術系を学べないし、逆に藝大で芸術系を学ぶ人は理系や文系を学べません。それぞれが狭いアカデミズムの枠内にとどまっているのは問題だと思います。

これがジョンズ・ホプキンス・メディスンで一番感じたことでした。そこのメディカル・イラストレーションは修士課程なのですが、学生たちに「学部では何を勉強してきたの」と聞くと、ほとんどの人がファインアート(純粋芸術)とベーシックサイエンス(基礎科学)の両方を学んでいました。しかも、大学進学にあたっては高校の先生がダブルメジャーを取ることを勧めてくれたそうです。そんなことは日本ではありえないのではないでしょうか。

瀬尾さん

教養学部の2年間の授業を半年で終え、CGの勉強に集中

――デジタルハリウッドの授業はCG映像制作などで忙しいと聞きますが、医学部と両立させるのは大変ではありませんでしたか。

瀬尾 私が東大に入学した2005年当時は、教養学部(1、2年生)で必要な単位は2年かけて取ればよい仕組みだったので、最初の半年で頑張ってほとんど取り終え、残りの期間でデジタルハリウッドに通い、自分でもコンピューターの勉強をしていたのです。
よくいろいろな人から「大変だったね」と言われるのですが、そんなことはありません。高校生の生活の方がもっと大変です。みんな、朝8時すぎには学校に行き、放課後は部活動をし、夜は塾通いをする。それに比べれば、大したことではありませんよ。

――アメリカやカナダでは医療用3DCGの水準はどのようなものでしょうか。日本とはどう違いますか。

瀬尾 医療を専門に扱う3DCGの会社は世界にたくさんありますが、本当にすごいのは米国、カナダ、英国にある5社ぐらいで、メディカル・イラストレーションの専門家が集まっています。私の場合、一緒に仕事をするのはテレビコマーシャルや短編映画のCGなどエンターテインメントが得意な人たちなので、見る人を楽しませる技術や感覚は、むしろ優れていると思います。

友人の結婚式で最新の医療情報の収集

――医学もデジタル技術も日進月歩です。(株)サイアメントが常に最先端であり続けるには、その両方の最前線の動きを絶えず吸収することが大切だと思います。それをどのように実現されているのか、独自の工夫やご苦労があればお聞かせください。

瀬尾 医学については、今は自分で治療を行っていないので、だいぶつらくなってきた部分があります。そこで、例えば同期の結婚式などには、いろいろな科の友人が来ているので、「君の科の最新治療は今どうなっているの?」「今何に困っているの?」とかさりげなく聞いて情報を集めます。また医療関連の学会に呼んで頂いて講演することがあり、意見交換の中でアイデアが浮かぶこともあります。
デジタル技術のほうは、新しい情報が集まる有力な学会や勉強会があるので、できるだけ広くカバーするよう努力しています。

各学会の「治療ガイドライン」に載ることを期待

――瀬尾さんは、医療CGプロデユーサーであり、東大産学協創推進本部のインキュベーション施設に拠点を置くベンチャー経営者でもあるわけですが、今後どのようなコンテンツ制作やビジネスモデルを考えておられますか。国内だけでなく海外市場への展開の可能性はいかがでしょうか。

瀬尾 ビジネスの核としては、先ほど説明した気管支鏡検査シミュレーションのような3DCGを考えています。これは手術や検査にかかる時間を短くでき、患者さんの負担を減らし、医療費の削減に貢献できるので、各学会が作る「治療ガイドライン」に載ることが期待できるからです。

例えば気管支鏡検査の前には必ずシミュレーションを義務付けるとか、心臓外科の専門医の資格を取るにはシミュレーションに合格することを必要条件にする、といったことです。ソフトやアプリの優位性が証明されて、保険診療に適用される期待もあります。

国内での評価が高まれば、医療はグローバルなので、結果的に海外展開できると思います。
ベンチャー経営者といっても、今は医療CGプロデューサーとして細々と活動しているので、そう呼ばれることにはやや抵抗感があります。最近は会社を立ち上げると、すぐベンチャー経営者と呼ぶ風潮がありますが、大部分は中小企業。上場したり大企業に買収されたりするのはごく少数なのに、早くそうなることばかり期待する空気があります。

私が手掛けている分野は、本当に新しいソフトを作るキーパーソンが1~2人いれば十分なので、エンジニアを10人増やしても仕方がない。少なくとも今後数年は小規模でやっていくことになるでしょう。

瀬尾さん

いつ何が起きてもいいように、目の前の勉強をしっかりやる

――瀬尾さんのダブルメジャーの生き方は、若い世代の心に響くものがあると思います。中学や高校でもよく講演されていますが、どのようなことを訴えておられるのですか。

瀬尾 例えば、親は子どもに「早く進路を決めなさい」と言いますが、それは全部無視していいよと話しています。私の場合は『驚異の小宇宙 人体』のおかげで医学系のCGと決めていましたが、中高校生に将来の職業を決めさせるなんて普通無理だと思うのです。第一、高校生が知っている職業はとても少ない。両親の職業、医者、弁護士、サッカー選手、公務員、カメラマン等々…。
従って、本当に自分がやりたいのはこれだと分かったとき、それを実現できる環境に身を置いていることが大切です。大学で言えば東大のような総合大学、あるいは海外の大学などを目指したらいいと思います。そこで習うことは、将来どんな職業に就くにせよいつか役立つことがある、と経験のある大人たちが考えて教えているのです。いろいろな分野の知識があればあるほど世界が変わります。

例えば、スティーブ・ジョブズは大学でカリグラフィー(文字を美しく見せるための手法)の授業を受けました。おかげでMacのフォントはとてもきれいだと言われています。いつ何が起きてもいいように、中高では目の前にある勉強をしっかりやることが大切です。

TEXT:木代泰之

瀬尾拡史 せお・ひろふみ  
サイエンスCGプロデューサー 株式会社サイアメント代表取締役 医師

1985年、東京生まれ。東京大学医学部医学科卒。医師。東京大学医学部附属病院にて初期臨床研修修了。東京大学在学中、デジタルハリウッドへのダブルスクールで3DCGの基礎を習得。2010年、Johns Hopkins MedicineおよびUniversity of TorontoへMedical Illustrationの短期留学。 現在は「サイエンスを、正しく、楽しく。」を合言葉に、サイエンスコンテンツのプロデュース、制作を行う㈱サイアメント代表取締役を務め、医療CGプロデューサーとして活躍している。 ■受賞歴など: 2010年 平成21年度東京大学総長賞・総長大賞 2010年 第1回デジタルハリウッド学長賞 2010年 第8回インディーズアニメフェスタ Scientific Visualization賞 2012年 Maya Animation Category, Cyberscreen Science Film Festival第2位 2014年 総務省「異能vation」本採択者10人の1人に選ばれる 2015年 BEST VISUALIZATION OR SIMULATION、SIGGRAPH 2015 Computer Animation Festival、他