IoTによる日本再生シナリオ ――30年前にIoTのコンセプトを世界で初めて提唱した「TRON」開発者に聞く

かつての「オートメーション」のキーパーツであった「組み込みコンピューター」が、クラウド上で人工知能やビッグデータ解析と連携するようになった。そのコンピューティング・モデルはIoT(Internet of Things)と呼ばれ、今、社会で大きくクローズアップされている。
IoTは最新のトピックスと思われているが、その構想は実は30年以上前に日本のコンピューター研究者が提唱したものだった。東京大学大学院の坂村健教授だ。坂村教授は、携帯電話をはじめ世界中の電子機器に採用されている標準OS「TRON(The Real-time Operating system Nucleus)」の開発者として知られる。2015年には、ITU(国際電気通信連合)から、世界の情報技術の発展への貢献者として、ビル・ゲイツを含む6人のうちの1人に選ばれ「ITU150周年賞」を受賞した。
ユビキタス社会やモノのインターネット(IoT)のコンセプトを1980年代から世界に先駆けて提唱した坂村教授に、IoTの現状とその近未来、日本の向かうべき方向性について伺った。

TRONを人間に例えれば、現実の世界を知り働きかけるための目や耳、手や足

──坂村先生は、30年以上前にIoTのコンセプトを世界で最初に提唱されました。今、世の中が、IoTで大きく変わろうとしている現状をどうご覧になりますか。

坂村 コンピューターの歴史から見ると、大型コンピューターに始まる「情報処理」の流れと、家電製品や機械などの制御に使われてきた「組み込みコンピューター」の流れが合流して、これまでにない大規模な「どこでもコンピューター」の世界が実現すると考えています。個人的には、長年の夢がようやくかないそうで、うれしいです。

──「どこでもコンピューター」は、TRONプロジェクトの初期に坂村先生がおっしゃっていた言葉ですね。

坂村 TRONを「HFDS:Highly Functionally Distributed System」(超機能分散システム)と名づけましたが、分かりやすくは「どこでもコンピューター」とも言っていました。TRON論文を発表したのが1987年。その4年後の1991年に、XEROXパロアルト研究所のマーク・ワイザーが雑誌に発表した論文で「ユビキタス・コンピューティング」という言葉を使い、これが一般化しました。「HFDS」では味も素っ気もないし、「どこでもコンピューター」は子どもっぽいと言う人もいたので、受けの良い外来語の「ユビキタス」を私たちも使うようになりました。「ユビキタス」はもともと「どこにでもある、遍在する」という意味のラテン語ですからね。

坂村先生

──TRONを始められたとき、今のようなIoTの時代が来ると想定されていましたか。

坂村 していました。1980年代に構想を練っていたとき描いたイメージが、「組み込みシステムが目や耳となって、現実の世界の状況を情報として検知する。データをネット経由で受けた大型情報システムが状況を判断して最適制御を決める。その制御が組み込みシステムにフィードバックされ、手や足となって現実世界の状況を操作する。それらすべてを、リアルタイムのネットワークがあまねく結ぶ」というものです。その中で、目や耳、手や足であるTRONを「あまねく結ばれた世界」実現の重要なキーパーツと位置づけました。

──まさに今、注目されているIoTそのものですが、そもそもTRONの発想の原点はどこにあるのですか。

坂村 学生の頃、私はたまたまアメリカ西海岸にいたことがありました。ちょうどマイクロコンピューターが爆発的にブレイクした70年代後半です。「ウエストコースト・マイコンフェア」というイベントに行ったら若者が何千人も集まり、スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツも20代だった頃ですが、すごい熱気でした。

当時の大型コンピューターは何億円もしました。それが半導体技術の進歩によって、初期の大型コンピューターの性能がそのまま1つのIC(集積回路)に収まり、マイクロコンピューターとして安く、大量に作られるようになりました。それがやがてあらゆるモノの中に入って行ったり、パーソナル・コンピューターにもなるのですが、私たちの目の前に無限の可能性が一気に広がったように思い、みんな興奮していました。

──日本ではどう受け止められたのでしょう。

坂村 反応は冷淡でした。当時の日本は官民挙げて大型計算機一辺倒で、「何がマイコンだ、おもちゃだろう」みたいな感じで。「マイクロコンピューターは将来につながる重要な分野だ。産業的影響力が出てから動き始めても手遅れだ」と何度言っても、半導体関係の人以外は興味を示しませんでした。

──それでも諦めずに、TRONプロジェクトを立ち上げられたのですね。

坂村 いずれそこらじゅうにコンピューターがある時代が来てネットワークでつながると予想していたので、組み込みが環境とコンピューターのインターフェースになり、それと人間とコンピューターのインターフェースとなるコミュニケーション・マシンがあり、すべてがネットでつながれるというビジョンを考えました。で、そういうシステムの開発を考えた場合、標準化が重要になる。しかも、その基盤の部分でどこかが独占するのは望ましくないので、標準仕様を作りオープンにしよう──それが「TRONプロジェクト」の始まりです。

初期のパソコンは、人間と機械間の伝達を行うマンマシン・インターフェースのルールを決めないまま発展したので、操作概念に一貫性がなかった。しかも、技術先行で開発されたため一般の人には使いにくかった。そこで、パソコンではなく、人と人、人と物、人と環境のコミュニケーションを助けるマシン──コミュニケーション・マシンが必要とされると思いました。これは今のスマートフォンがまさにそれだと思います。そこでGUIベースのユーザー・インターフェースの統一と並行して、文字だけでなく図形なども扱え、ネットワーク型のリンク構造を持つコンテンツを扱える──これも今のWebのイメージですが──「メディアとしてのコンピューター」の開発にも取り組みました。

このように、プロジェクトは、機械組み込み用の「ITRON(Industrial TRON)」から始まったのですが、文書や図形などを処理する人間用の「BTRON(Business TRON)」も始め進展していきました。BTRONの考え方の評価は高く、BTRONパソコンを試作してくれた企業も多かったのですが販売には至りませんでした。その代わり、ITRONのほうはどんどん広がっていきました。
世界で使われているOSの約90%は組み込み用で、TRONはそのトップシェアを占めています。現在も、デジタルカメラや携帯電話から、自動車のエンジン制御、工場の機械制御、惑星探査機まで幅広く利用されています。

坂村先生

社会のIoT化を目指すトロンフォーラム

──産業に特化したTRONは「ネジや釘のようなもの」と言われたこともありますね。

坂村 TRONは「リアルタイムOS」と呼ばれ、緊急度の高いものを優先的に処理するよう設計されています。リアルタイムOSは、WindowsなどのパソコンOSとはまったく違うものです。パソコンであれば、動作が遅くても人間は待ちますが、機械は待ってくれません。例えば、歩行ロボットの関節制御では、リアルタイム性がないと転倒してしまいます。自動車のエンジン制御装置はエンストします。(リアルタイムOSである)TRONは、ものづくり日本では製造業の制御用として広く利用されてきましたが、もともとは「あまねく結ばれた世界」の中に組み込むために考えたものです。

──TRONは、技術仕様もライセンスも無償で公開された最初期のオープンソースのソフトウェアです。「オープンでフリー」ということではご苦労もあったのでは。

坂村 利益もないのに、どうやって運営するのかということですね。確かに、オープンソースはただ公開すればいいというものではありません。仕様書の作成から配布、バグに対する改善を受け付ける窓口、認知を促進するシンポジウムや講習会の開催も必要で、開発以外にも時間や人手、お金もかかります。これまで各方面からの支援を受けながら、なんとかやってきました。
紆余曲折はありましたが、2015年4月、「トロンフォーラム」という組織に改めました。オープンソースだけでなく、IoT時代を迎えるにあたってオープンデータ(公共性の高いデータをネットで公開していく運動)や、オープンAPI(機器のApplication Program Interfaceをネットで公開していく運動)などにも力を入れていこうという考えからです。これまでの活動は、そのための基盤整備だったといえます。

──いよいよIoTに向けて本格スタートということですね。

坂村 まず「オープンデータ」に着手しました。IoTでは状況認識が不可欠で、身の回りだけでなく広く、世の中の状況や構造なども把握する必要があります。現在、鉄道の動的運行データなど、公共セクターが持つデータをオープンにする仕組みづくりを進めています。また、障がい者の方々が利用できるルートを示すバリアフリー・マップを作るための情報も、国土交通省や地方自治体のオープンデータを活用して整備しようとしています。

さらに、APIを公開してもらう「オープンAPI」の活動も開始しました。APIは、アプリケーションやシステム、サービスのデジタル接着剤のようなもので、つながりで成り立つIoTでは非常に重要な役割を持ちます。ネットの世界ではAPIがオープンであれば、自社のアプリケーションやWebサービスと、すでに普及しているサービスをマッシュアップ(組み合わせ)して、新しいサービスを創りだすことが盛んに行われています。IoTでも、機器のAPIをオープンにすることで、それらの機能を自由に組み合わせ、連携したサービスを創りだすことができます。

サービスや、モノとモノとのコラボレーションを実現するうえで重要なのは、サービスやアプリケーションをもっと自由に、簡単にやりとりできる環境です。そこで私は「アグリゲート(総体)・コンピューティング」という新しいコンセプトを提唱しています。これは、ローカルのエッジノード、例えば携帯電話やマイコンが組み込まれた端末とクラウドがダイナミックに協調して、インターネットを通じてつながりをどんどん広げていくという、究極のIoTを目指したコンピューティング・モデルです。

坂村先生

IoTが次の時代の標準インフラになる

──「アグリゲート・コンピューティング」は「ユビキタス・コンピューティング」とどう違うのですか。

坂村 ユビキタス・コンピューティングは、組み込みシステムがあらゆるところに埋め込まれて遍在するというモデルです。アグリゲート・コンピューティングはその発展形で、 モノとモノ、モノと人がクラウドを介してより強力に連携されるようになります。モノには最低限の機能のみを搭載して軽くし、高度な機能はすべてクラウドで処理します。オープンAPIを利用することによってクラウド間での連携も容易にできるため、多様なつながりが可能になります。

──エッジノードを軽くする理由はなんですか。

坂村 多くのIoTではデバイス側にも機能を持たせているため、それがノードの肥大化を招き、セキュリティー・リスクにもなります。その点、アグリゲート・コンピューティングでは、ビッグデータ解析や異種データベース統合、異種API統合、セキュリティー、アクセスコントロールなどの高度な処理はすべてクラウド側に任せます。ローカルでは複雑な管理をする必要がなくなり、エッジノードは消費電力も計算資源も少なく軽快に動き、セキュリティーも強固になります。

──ローカル側にインテリジェンスを持たせず、ローカルとクラウドを合わせた総体でインテリジェンスを高めようという戦略ですね。

坂村 身近な例でいえば、今のデジカメにはすべて画面がついていますが、そんな無駄はやめて、画像は近くにあるスマートフォンやスマートウォッチで見ればいい。あるいは、有事の際に発動する火災報知機がどこの家にもありますが、なぜエアコンについている温度センサーが熱を感知したとき、自動的に消防署にアラームが飛ぶようにしないの? という話です。エッジノードが軽くなれば、コストは下がり、省資源にもなり、どこでも誰でも簡単に使えるようになります。特に、今後、チップの価格はどんどん安くなっていくので、文房具1つからロボットに至るまで、ありとあらゆる身の回りのモノに埋め込まれ、クラウドと自動的にやりとりできるようになります。そうなれば、これまでにないサービスやビジネスチャンスも生まれてきます。

──目に見えないところで、さまざまな大きな変化が起きそうですね。

坂村 進歩は情報の世界で起きています。20世紀までの自動車、飛行機、宇宙ロケットなどに比べて、21世紀の科学技術は小粒になったと言われますが、いま変化が起きているのはネットの中です。毎日みんなが電車で見ている画面の中で、世界は変わっています。現実世界があまり変わっていないように見えるだけです。

坂村先生

──IoTによって世界はどう変わりますか。

坂村 100m範囲内の無線機能を持つ超小型チップからの情報が、クラウドにつながり、人工知能やビッグデータ解析機能と連携するようになります。人工知能は、センサーデータから学習したり、私たちが気づかないパターンを見つけ出して、現象をモデル化する能力を持っています。それをうまく利用すれば、人間には解決できなかった多くの無駄を省き、最適化できる可能性も見えてきました。人工知能をデータセンターの空調制御に導入して、たった数カ月で40%も冷却システムを省エネ化することに成功したというニュースもありました。

資源の有効利用だけでなく、人々の消費行動や時間の過ごし方、行政のパブリック・サービス、流通、交通、貨幣や経済など、さまざまなものが姿を変えていきます。ネットの中に作られた仮想空間と現実世界の融合が、次世代の世界的イノベーションが競いあう場になります。IoTが次の標準インフラになるのは間違いありません。

IoTによる日本再生のシナリオ

──電子大国といわれていた日本ですが、スマートフォンのつまずき以来、低迷しています。IoTで日本が同じ轍を踏まないためには、どうすればいいでしょう。

坂村 スマートフォンで日本が失敗したのは、ケータイでの成功体験から抜け出せなかったからです。ケータイのときはキャリアが主導権を握っていましたが、スマートフォンの時代になるとセールスポイントが「サービス」に替わり、主導権はOSメーカーに移りました。それに対応できないうちに、日本は海外勢にあっというまに追い抜かれて凋落の一途をたどりました。日本の技術力が衰えたとか、頭脳が明晰でなくなったとかいうことでは決してありません。問題に気づいていた人も多くいたはずですが、既得権益を崩すことができませんでした。IoTの時代で大切なことは、今度こそ変化の本質を見誤らないことです。

──IoTにおける変化の本質は何ですか。

坂村 オープン、マッシュアップ、ベストエフォートです。
日本では、とかく囲い込んでクローズにしがちです。それには品質や精度を高めるメリットもありますが、IoTの時代では、「連携」、「オープン」が価値の規準になります。ネットワークの本質は連携。そしてオープン性こそがアーキテクチャーとしてのインターネットにおける優位性の本質です。連携、共有し、資源を無駄なく効率的に利用しながら生産性を高めるような経済が、これからの基本になります。
その兆候は、自動配車システムのウーバーや、住宅民宿サイトのAirbnbなどにすでに見られます。少子高齢社会でマーケットがどんどん縮小している日本に活路があるとすれば、この方向だろうと思います。

「マッシュアップ」は、異なるコンテンツや技術を組み合わせて新しいサービスを創ります。ネット技術が進化した現在は、1人でできなかったことも、いろいろな人とネットワーキングすることで、新しいサービスを創りだすことが簡単にできます。日本の製造業も、マッシュアップを積極的に行うべきです。

「ベストエフォート」とは、可能なかぎり努力はするが、結果は保証しないということです。逆に結果を保証することを「ギャランティー」と言います。それぞれ長所短所があり、ベストエフォートの「柔軟性」は「自由度の高さ」、ギャランティーの「真面目な責任感」は「変化への阻害要因」になります。インターネットはベストエフォート型で、脆弱な面もありますが、同時に柔軟であり、大きな変化に強靭に対応できます。IoTもベストエフォート型でないとイノベーションや新しいビジネスモデル創出につながりません。日本社会は基本的にギャランティー型でしたが、これからは「不確かかもしれないけれど自由」という価値を認め、意識を変えて社会の強靭化を図る必要があります。

坂村先生

──その中で、日本再生のシナリオを描くことはできますか。

坂村 これからのIoT環境が整った社会では、例えば失敗しても、やり直しを低コストで気軽に何度でもできるようになっていきます。失敗に対する負い目なく、思う存分、試行錯誤を繰り返すことができるようになれば、1つの世界についてものごとを究めてきた日本のものづくりの伝統が、改めてそこで蘇えるかもしれません。

また、エッジノードとクラウドが融合したアグリゲート・コンピューティングにより、大量のデータ、いわゆるビッグデータが集まりオープンデータなどと合わせて解析されることによって、日々の生活から得られるミクロな視点から新しいアイデアが生まれる可能性も出てくるでしょう。それは、改善・改良を重ね、高品質なものを小さく作ることが得意な日本人にとって都合のいいことです。繊細な感性を持ち、手先が器用で優秀な日本人の美点を、IoTはこれまで以上に活かすことができます。コンピューティングはようやくここまで来ました。IoTは日本再生の大きなチャンスになると考えています。

──坂村先生は、今後、どのようなことに特に力を入れていかれるお考えですか。

坂村 IoTは、現実世界をプログラミングすることによって成り立ちます。そこで必要なのはプログラミングの専門家ではなく、何かをしようとしたとき、問題を持っている人が自らプログラミングできるようになることです。農家の方が植物工場で天候に応じた一工夫ができるとか、目の不自由な方のためにご家族が音声応答で何かできるようにするとか。そんなふうにみんながIoTを生活の中で使えたらすてきじゃないですか。これから私は、IoT社会に向けた環境整備、意識改革、教育に積極的に取り組んでいきたいと思っています。  

TEXT:佐藤 譲

坂村 健 さかむら・けん
東京大学大学院情報学環学際情報学府教授、 YRPユビキタス・ネットワーキング研究所所長、公共交通オープンデータ協議会会長。工学博士。

1951年東京生まれ。1984年からオープンなコンピューター・アーキテクチャー「TRON」を構築し、世界の注目を集め、携帯電話、家電、デジタル機器、自動車、宇宙機などの組み込みOSとして世界中で使われている。2002年よりYRPユビキタス・ネットワーキング研究所所長を兼任。いつでも、どこでも、誰もが情報を扱えるユビキタス社会実現のための研究を推進している。2003年、紫綬褒章。2006年、日本学士院賞。2015年、ITU(国際電気通信連合) より「ITU150周年賞」受賞。IEEEフェロー、ゴールデンコアメンバー。 著書に、『ユビキタス・コンピュータ革命 次世代社会の世界標準』『不完全な時代 科学と感情の間で』(角川oneテーマ21)、『ユビキタスとは何か 情報・技術・人間』(岩波新書)、『毛沢東の赤ワイン—電脳建築家、世界を食べる』(角川書店)、『痛快! コンピュータ学』(集英社)、『IoTとは何か』(角川新書)など多数。