インフォグラフィックスで近づく「情報と人の距離」

私たちはパソコン・スマホを使って、毎日のようにWebコンテンツにアクセスしている。その過程において、膨大な情報の中から自分の興味関心に適したモノを取捨選択するという作業を繰り返している。こうした“日常”が当たり前になりつつある中、今までの「文章」や「写真」といった伝達手段に代わる新たな表現として脚光を浴びているのが、「インフォグラフィックス」という領域だ。

ソーシャル機能も兼ね備えた、経済ニュースプラットフォーム「NewsPicks」編集部の櫻田潤氏の肩書は「インフォグラフィックス・エディター」。櫻田氏が手掛ける「インフォグラフィックス」とは、どんな表現方法なのか、話を聞いた。

インフォグラフィックスの価値は「情報との距離を縮める」こと

――「インフォグラフィックス(infographics)」という言葉、もしくは作品を見聞きする機会が増えています。櫻田さんはその制作者ですが、例えば電車の「路線図」も、本質的には「インフォグラフィックス」に当てはまると聞きました。

櫻田 そうですね。あとは「男性用トイレ」「女性用トイレ」を示す絵文字である「ピクトグラム」なんかも、インフォグラフィックスに該当します。

電車の路線図やトイレマークもインフォグラフィックの一種

電車の路線図やトイレマークもインフォグラフィックの一種

そもそも「インフォグラフィックス」の定義、および、それがもたらす価値について考えると、2つの切り口があると思っています。1つは「より伝達性の高い情報に変えること」。テキストベース(文章)のフォーマットで伝達される情報も、グラフィックを加味することで理解しやすいものになります。もう1つが「情報と人の距離を縮める」。難しい知識が理解しやすくなるので、情報と受け手の距離が縮まります。

――確かに路線図も文章で表現すると膨大な情報量になってしまいますが、ビジュアル的な工夫が施されることで、格段に理解度が高まりますね。

櫻田 トイレのピクトグラムも、例えばオリンピック会場で「ここは男性用トイレですよ」と言語で伝えようとすると、何カ国語ものテキストが必要になります。それらの情報がマーク1つに凝縮され、さまざまな国籍の人と情報との距離を縮めているわけです。インフォグラフィックスは、すでに生活の至るところに溶け込んでいるといっても過言ではありません。

――かつては海外を中心に「ダイアグラム」と呼ばれる図解文化がありました。また、最近は「データ・ビジュアライゼーション(Data Visualization)」という領域も脚光を浴び始めています。これらは関連したものととらえてよいのでしょうか?

櫻田 本来的な意味では「ダイアグラム=インフォグラフィックス」と考えても問題ありません。ただ、最近になってマーケティングやプロモーションの領域で「インフォグラフィックス」という言葉が一般的になりつつあり、その位置付けが変わってきているように思います。

旧来「ダイアグラム」と呼ばれたものの多くは、物事をより詳しく丁寧に説明するものでした。例えば、ニュース番組などで事件や事故について、フリップを使って詳細に説明するための図解というような位置づけです。しかし、「インフォグラフィックス」は絵文字やスタンプのように“カジュアル”なコミュニケーションに使われる機会が多いんです。

櫻田さん

一方の「データ・ビジュアライゼーション」は、データを可視化するという側面で似たような部分はありますが、制作のプロセスに大きな違いがあります。

――どういった点が異なるのでしょう?

櫻田 前提として、私はデータが人の知識・知恵に至るまでの過程において、4つの階層があると考えています。

「第1階層 Data(データ)」「第2階層 Information(情報)」「第3階層 Knowledge(知識)」「第4階層 Wisdom(知恵)」という4階層について図示する櫻田氏。

「第1階層 Data(データ)」「第2階層 Information(情報)」「第3階層 Knowledge(知識)」「第4階層 Wisdom(知恵)」という4階層について図示する櫻田氏。

「データ・ビジュアライゼーション」は、第1階層の「データ」を素材に近い状態で届けるという感覚です。この場合、受け手自らが「データ」を読み解き、「データ」が示すものを見つけて、「情報」化していかなければいけません。

一方「インフォグラフィックス」では、「データ」にコンテキスト(文脈)が加えられます。第1階層の「データ」を、第2階層の「情報」に進化させてから伝達しているんです。その「情報」を受け手側が理解し、体系化していくことで、第3階層の「知識」、第4階層の「知恵」にまで発展します。

――インフォグラフィックスという言葉からは「ビジュアル制作」の面だけをイメージしてしまいますが、「コンテキストを加える」という作業が必要なんですね。

櫻田 はい。では、もう少し具体的に、インフォグラフィックス制作のプロセスを説明しましょう。

1.リサーチ    情報を集める
2.分析      情報を分類・整理して、ポイントを見つける
3.編集      話の流れを文章にまとめる(ストーリー・テリング)
4.ビジュアル制作 グラフィックソフトで仕上げる

だいたい①〜④の順番に制作していて、③までがストーリー・テリングの部分。案件によって程度の差はあれ、「④ビジュアル制作」は時間的な配分で全体の2割にすぎません。残りの8割くらいを「ストーリー・テリング」に割いています。映画のクランクインの前段階で、脚本制作に時間をかけるのと同じですね。

――櫻田さんの作品に「IBMワトソンが実現する社会」があります。IBMが提唱する「コグニティブ」とは何かを、インフォグラフィックスでまとめられたものです。ここでもリサーチ・分析、そしてストーリー・テリングが行われているんですね。

櫻田 自分の理解が及ばない分野に関しては、クライアントとのディスカッションが必要です。この作品の場合、「コグニティブと何か」「Watsonには具体的にどのような機能があるのか」を十分にヒアリングした上で、導入部分からのストーリーを構築していきました。私が大事にしているのは「自分がまず面白いと思うか」という点です。例えるなら「こうやってプレゼンテーションをしたら面白いかな」というイメージでストーリー立てをしています。

作例

“トゲトゲ”とした世の中を“丸く”したい

――そもそも櫻田さんが「インフォグラフィックス・エディター」になろうと決断されるまでには、どんな経緯があったのでしょうか?

櫻田 もともと大学では経営学を専攻していて、社会に出てからも、しばらくはシステム・エンジニアとしてプログラミングの仕事に従事していました。その後、Webデザイナーに転身した際、海外のダイアグラムを調べる中で、インフォグラフィックスという世界があることを知りました。

興味を持って独学で勉強していくうちに、インフォグラフィックスには大きな可能性があると思い至り、2010年にWebサイト「VISUAL THINKING」を立ち上げました。初期はサイト上で海外のインフォグラフィックス作品のキュレーションみたいなことをやっていたのですが、そのうち、自ら制作サイドに立ってみようと思い立ったんです。

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――櫻田さんが運営されている「VISUAL THINKING」はインフォグラフィックスの発信元であり、そのビジョンに「ビジュアルの力で世界を丸くする。」と掲げています。「世界を丸く」の意図とは?

櫻田 やはり自分のやりたいことのベースには「コミュニケーション」というものがあり、その原点は“情報のキャッチボール”だと考えています。職種は多様化し、インターネットによって世界との距離も縮まりました。そうした背景の中、私たちはさまざまな情報をキャッチボールしていますが、伝達される情報は「AかBか」のような二項対立が顕著になっている気がします。「Yes」か「NO」かのような対立構造は、ちょっとトゲトゲしたコミュニケーションになりがちです。

こうした現状に対し、情報自体を“丸く”して自分の感情を込めることができる「インフォグラフィックス」であれば、この“トゲトゲ”した世の中も変えられるのではないかと思っています。

――インフォグラフィックスの制作で「感情を込める」と、「自分の主観」が入り込んでしまうのではないでしょうか。情報を伝える側は中立である「第三者的視点」が重要だとされますが、その点はどうお考えですか?

櫻田 制作側として、どうしても主観は入ってくるでしょうし、なにかしらの視点を加えることが価値につながると思っています。ただ、AとBどちらかの立場に立つのではなく、第三者的な立場というのは意識しています。

例えば、司馬遼太郎の歴史小説を読んで「その時代のことが、すべてわかった!」なんてことはあり得ませんよね。それはあくまで“司馬遼太郎の視点”で脚色された歴史です。それを読んで参考にするべきところは参考にし、興味があるなら、もっと自分で調べる。インフォグラフィックスも同じで、作品によって表現された世界のすべてを理解してもらおうとは考えていません。その点、制作者には、ある種の作家性が必要になるのだと思います。

櫻田さん

Webコンテンツは、これからどう変わるのか

――紙からWebへ、マスメディアの領域が移行していますが、インフォグラフィックスは新たな情報伝達手段として、着実に注目を集めています。なぜ今、新しい手段が求められているのでしょうか?

櫻田 理由の1つは、伝達される情報自体が、大きく変化していることが挙げられます。企業が提供する製品・サービスも複雑化していて、他社との違いを示すためには、マニアックな話に踏み込まなければいけません。だから、普通に伝えるだけでは、情報の受け手に理解してもらうことが難しくなってきています。

一方、Web上ではSNSの台頭により、テキストだけはなく、ビジュアルもシェアしようという文化が生まれました。顕著な例が「Instagram」のようなコミュニケーションです。データが細切れ状態になっているので、誰かが文脈を立てなければいけない。そうしたことも背景にあって、インフォグラフィックスの需要が高まっているのではないでしょうか。

――技術的側面の“進化”を考えたとき、動画やVRといった新コンテンツが出てくることで、インフォグラフィックスの表現方法も多様化していくのではないかとも考えられますよね。

櫻田 そうですね。「動くインフォグラフィックス」のような動画コンテンツは今すぐにでも実現できる可能性がありますが、そのくらいでは、まだまだ序の口の段階です。言うなれば、漫画がアニメーションになったくらいの進化ですよね。

――これから起ころうとしているのは、もっとダイナミックであると?

櫻田 例えば、仮想空間の中を歩きながら、データ・情報を探索するようなVRコンテンツです。こうした世界では、ある種の「ユーザー・ドリブン(ユーザー主導)」の変化が起こると思うんです。自ら情報を探索できるようになることで、これまで私たち制作者が担ってきた文脈をつくる作業(ストーリーテリング)を、ユーザーが能動的に行えるようになると考えています。

櫻田さん

――櫻田さんを含めた、制作者の役割も変わっていくのでしょうか?

櫻田 そうしたコンテンツの実現に向けては、アルゴリズムなど、おそらくエンジニア領域の技術分野で重要度が高まるでしょう。どこかの開発者がそれをつくり、オープンソースとして世界中で汎用されるのかもしれない。そう考えたとき、その役割自体を自分がやるのか、それともインフォグラフィックスとしての独自の進化を考えていくのか、私自身、まだ迷っているところはありますね。

ただ「使われ方」という部分では、もっとコアな使われ方もあり得ます。例えば、あるスポーツアナリストの話では、スポーツ選手は試合中、興奮状態が続いているため、チームの戦術を伝えようにも、情報をインプットすることが難しいそうです。そこで必要なのが、伝える手段です。そうした状況において、情報との距離を縮める「インフォグラフィックス」が、ぴったりだと思います。

――マスメディア向けだけでなく、そうしたコアな広がり方があったとは驚きです。独自の進化という点でいえば、Watsonのような存在が、櫻田さんたちの仕事の領域で活躍する可能性はあると思いますか?

櫻田 データから学習・洞察する部分については、Watsonがこなしてくれるわけです。そこまでのプロセスを反映してくれるなら、リサーチ・分析といったところはWatsonに任せられるかもしれない。現状、制作スケジュールによっては、あまりビジュアル化の作業に時間を割けていないのが現実です。ビジュアル制作に時間を割けるようになれば、インフォグラフィックス自体の深度もより深まっていくかもしれません。

TEXT:安田博勇

櫻田潤(さくらだ じゅん)

インフォグラフィックス・エディター。 プログラマー、システムエンジニア、ウェブデザイナーを経て、2010年4月より「ビジュアルシンキング」運営開始。2012年頃より情報デザインの依頼が入るようになり、『WIRED』掲載用ビジュアライゼーション制作や『ハフィントンポスト』の媒体資料デザインを行う。2014年12月よりNewsPicks編集部にインフォグラフィックス・エディターとして参画。著書に『たのしいインフォグラフィック入門』ほか。