【腸内環境研究最前線】「病気ゼロ社会」の実現へ “便チャー企業”が描く未来

農学博士・福田真嗣さんは、慶應義塾大学先端生命科学研究所で特任准教授を務める、腸内環境研究の第一人者。2015年3月に株式会社メタジェンを設立し「最先端テクノロジーで腸内環境をデザインし、病気ゼロ社会を実現する」をミッションに掲げ、山形県鶴岡市を拠点に活動しています。

さまざまな種類の乳製品やサプリメントが店頭に並ぶ昨今、「腸内環境」も馴染みのある言葉となりました。しかし、実際のところ、私たちは自分のおなかの中で何が起こっているのか、今ひとつ理解できていないのかもしれません。「人の便は“茶色い宝石”である」——そう提言する福田さんは、腸内環境研究によって、どんな夢を描いているのでしょうか?

わたしたちのおなかの中には“100兆個”の腸内細菌が存在する!?

――「腸内環境研究」とは、どのような研究を行っていらっしゃるのでしょうか?

福田 腸内環境の前に、まずは「健康」というものについて説明させてください。例えば、世界保健機関(WHO)は、健康を「単に病気ではないというだけでなく、肉体的・精神的、そして社会的に、すべてが満たされた状態」と定義づけています。

一方、東洋医学の世界では、「健康」と「病気」の間に「未病」という状態が存在します。いきなり「健康」な状態から「病気」になるのではなく、「未病」の状態を経てから「病気」になるということです。そこで、「未病」の状態をどうやって検出するかが、予防医学の観点からも非常に重要だと考えられます、

この「未病」の状態をいち早く知ることができる手段としてわれわれが注目しているのが、みなさんのおなかの中に住んでいる「腸内細菌叢」なんです。

福田真嗣さん

――「腸内細菌叢」とは何ですか?

福田 私たちが体内に取り込んだ食物は、口腔から食道へと流れ、胃・小腸で消化・吸収され、大腸まで届き、最終的には便となって肛門から排泄されます。

この一連の流れの中で腸管に着目し、腸管の壁面を電子顕微鏡で拡大して見てみると、細菌がへばりついているのがわかります。この細菌の集団が「腸内細菌叢」です。細菌が集まって集団を作っている様子がお花畑のように見えることから、腸内細菌叢は「腸内フローラ」とも呼ばれています。

腸内フローライメージ

腸内細菌叢は「お花畑」に見えることから、「腸内フローラ」と呼ばれる

特に大腸の管腔内は、あらゆる地球環境上で最も高密度に菌が存在する場所であり、人間ひとりあたり実に“100兆個”もの腸内細菌がすんでいることが知られています。人間の体を構成する細胞の数がおよそ37兆個と見積もられていますので、わたし達の細胞の数よりもはるかに多い数の腸内細菌がわたしたちのおなかの中に住んでいるんです。

――それだけの数の腸内細菌が、われわれの体の中で、どのように作用しているのですか?

福田 多くの腸内細菌は、運動性を持っていません。なぜかといいますと、彼らはおなかの中で待っていれば、自然と栄養素がやってくるため、自ら動く必要がないんです。では、何が彼らの栄養素になるのか。それは、私たちが摂取した食べ物のうちの未消化物(食物繊維や難消化性のタンパク質など)です。わたしたちが栄養素として摂取したこれらの成分を、腸内細菌がさらに分解して腸内細菌自身のエネルギー源とします。そして最後に腸内細菌もいらないものとして様々な代謝物質を排出します。この腸内細菌が作り出す代謝物質のうち、一部の成分は腸から吸収されて血中に入り、やがて全身に作用します。

その結果、腸内細菌叢は腸管だけではなく、こういった代謝物質を介して体全体に働きかける事が明らかとなってきました。すなわち、人間の恒常性維持に非常に重要な役割を果たすことから、腸内細菌叢はわたしたちの体の中の「もう1つの臓器」であると言っても過言ではないのです。

福田真嗣さん

腸内エコシステムの乱れが病気を引き起こす

――なるほど。つまりは腸内細菌叢を理解することが、病気の予防につながるわけですね。

福田 通常、腸内細菌叢は良いバランスを保っているんですが、さまざまな要因によってそのバランスが崩れることがわかっています。例えば、ストレスや過労などのに二次的な作用。あるいは暴飲暴食や抗生物質の摂取など。

さらに、腸内細菌が住んでいる腸管というのは、体の“中”にあるようでも、実は“外側”なんです。これは、ホースの内部が外気にも触れているのをイメージしてもらえればわかるかと思います。内なる外である腸内環境は体の内側(体内)に比べて変化しやすく、その結果腸内細菌叢から悪い代謝物質が作られると、その一部が腸から吸収されて体内に取り込まれ、結果として病気になる、というケースがあることがわかってきたわけです。

一方で、バランスの取れた腸内細菌叢は私たちの免疫システムの教育者でもあります。例えば、たくさんの種類の腸内細菌(多様性のある腸内細菌叢)がおなかの中に定着すると、アレルギーを抑えるような免疫細胞が増え、アレルギーが発症しにくくなります。おなかの中の赤ちゃんも、もともとは腸内細菌がいない状態で生まれますが、出産した瞬間に外環境に触れ、様々な細菌に暴露されることで最終的に腸内細菌叢が形成されます。昔の出産では衛生状態が今より整っていなかったため、赤ちゃんも母親の便にまみれて生まれてきましたが、腸内細菌を母親から受け継ぐためにはもしかするとこういったことも必要だったのかもしれません。事実、今の“きれいすぎる”環境は、腸内細菌叢の多様性の低下を招き、結果として免疫系がきちんと発達せずにアレルギーの子どもが増えている原因なのかもしれません。

――腸内細菌が免疫システムにまで影響しているとは…。では、病気の予防という点では、どういった役割を果たすのでしょうか?

福田 私は腸管細胞や腸内細菌叢が複雑なバランスのもとに成り立っている腸内生態系を「腸内エコシステム」と呼んでいますが、この腸内エコシステムの乱れがさまざまな腸管関連疾患や、肥満、糖尿病、肝臓がん、動脈硬化などの代謝疾患、さらにはアレルギーなどの疾患に関与していることが近年次々と明らかになっています。つまり、人間の健康を正しく理解し、病気の予防につなげようとする場合、人間の体側のことだけでなく、腸内細菌叢も含めて統合的に理解する必要があると思います。

福田真嗣さん

病気になる場合、人間の「遺伝的背景」も関与していますし、それに加えて何を食べるかという「食習慣」や、「腸内細菌叢のバランス」があり、この3者が悪い方向に組み合わさると、特定の病気を発症することがある——ととらえると、わかりやすいと思います。

こういった形で発症してしまう病気を予防しようとした場合、人間側の遺伝子を変えることは現状ではできませんから、食習慣あるいは腸内細菌叢を変えるしかありません。でも、いくら健康に悪いといっても、いわゆるジャンクフードなども食べたくなりますよね。健康に悪いものはすべてダメということではなく、適切に腸内細菌叢を制御できれば、多少食習慣が乱れたとしても、病気になりにくい状況を作ることが出来るのではないかと考えています。

オンリーワンをつくれば、最先端になれる

――福田さんは、なぜこの研究分野に足を踏み入れることとなったのでしょうか?

福田 10代の多感な時期、なぜか漠然とサラリーマンになるのがイヤだったんです(笑)。小説『ジュラシック・パーク』(マイクル・クライトン著)が好きだったこともあり、バイオテクノロジー研究に興味を持ち、明治大学の農学部に入学しました。そこで腸内細菌研究に出合い、博士課程まで進みました。大学では腸内細菌そのものに重きを置いた研究を行っていましたが、腸内細菌が作り出す物質が人間にどのように作用するのか、という点に関心が広がり、博士課程修了後は理化学研究所の免疫・アレルギー科学総合研究センターに入所することになりました。

福田真嗣さん

――大学での研究と理研での研究、その違いはいかがでしたか?

福田 大学で研究している時は目の前の研究に必死で、異分野の研究者と話をする機会をあまり持てなかったのですが、理研は様々な研究分野における一流の研究者がすぐ近くにたくさんいましたので、入所してからは異分野の一流の研究者とさまざまな話をする機会が増えました。そうした方々と議論をしていく中で、「ある研究において最先端になることの一番の近道は、誰もやっていないオンリーワンの研究分野を、自ら“つくる”ことなんじゃないか」と思うようになりました。競争して勝つのではなく、自分でつくってしまうんです。

こうした経験が今の研究活動の基盤になっています。腸内細菌研究はここ10年で非常に多くのことがわかってきましたし、今後も多くのことが明らかになっていくと思います。そうなると次の段階として必ず必要になるのは、これらの研究成果をどのように社会実装するか、という点ではないかと思っています。

便に宝石の価値を見いだす「便チャー企業」

――その点でいうと、慶應義塾大学と東京工業大学とのジョイントベンチャーとして、2015年3月に株式会社メタジェンを設立されています。会社名の由来は?

福田 私たちは2つの先端技術を有しています。1つはメタボロミクス(Metabolomics)で、これは試料中に存在する代謝物質を網羅的に解析する技術です。もう1つはメタゲノミクス(Metagenomics)で、これは試料中に存在する遺伝子を網羅的に解析する技術です。

この2つはともに現状では最先端テクノロジーなのですが、研究分野では既に活用されている既存のテクノロジーです。そこで私たちはこの2つを統合し、「メタボロゲノミクス」(Metabologenomics)という新規概念を構築しました。これを少し縮めて「メタジェン」という社名にしました。

――まさにオンリーワンの研究分野ですね!メタジェンでは、どんなビジネスを構想されているのですか?

福田 世界中の人々の便から腸内環境情報を抽出し、その情報を元に「腸内環境データベース」を作りたいと思っています。このデータベースを活用することで、人々の腸内環境を適切に改善し、病気の発症を未然に防ぐことで「病気ゼロ社会」を実現したいと思っています。

福田真嗣さん

――具体的には?

福田 少し難しい話なんですが、腸内にどういった細菌がいてどのような遺伝子があるかという情報と、それらの腸内細菌がどういう代謝物質を作っているのか、という情報を統合することで「あなたのおなかの中ではこの腸内細菌がこの遺伝子を使って、こういう物質を作っていますよ」という腸内細菌叢の機能情報を知ることができます。これが実現できれば、例えば病気を引き起こす特定の腸内細菌を無くすような創薬につながったり、あるいは機能性食品の開発にもつながったりすると思います。つまり腸内細菌叢を適切に制御することで、腸内環境の乱れが疾患発症の素因になってしまうような病気の予防が可能になると考えています。

もっと端的にいえば、私たちのテクノロジーを使って、みなさんの便の中からみなさん自身の腸内環境情報を取り出し、その人の健康状態はどうか、疾患のリスクがどの程度あるのか、さらには個々人によって異なる腸内環境をどのように改善すれば健康状態を保てるのか、といった価値ある情報を皆さんにフィードバックすることが可能になると考えています。だから私は、便には健康情報という宝石と同じくらい価値あるものが含まれているので、便のことを「茶色い宝石」と呼んでいます(笑)。

福田真嗣さん

――便には宝石と同等の価値がある、と?

福田 そう、だからメタジェンは「便チャー企業」(笑)。でも、これはあながち冗談ではなくて、国内でも慶應義塾大学医学部消化器内科の金井隆典教授らや、順天堂大学医学部消化器内科の石川大准教授らが「便移植」の臨床試験をそれぞれ進められています。潰瘍性大腸炎や過敏性腸症候群など、未だ疾患原因の詳細は明らかになっていませんが、おそらく腸内細菌叢の乱れがその要因の一つと考えられています。これらの疾患の治療として、健康な人の便懸濁液を患者さんのおなかの中に大腸内視鏡を使って移植します。まだまだ臨床試験段階ではありますが、潰瘍性大腸炎が回復したという試験結果も報告されているようですので、個人的には非常に期待をしています。

72億人に還元し、社会実装を目指す

――実現面での障壁は、何だと考えていますか?

福田 現在は2年後の事業開始を目指し、腸内環境データベース作成を進めている段階です。データベース自体は分析さえすれば将来確実にできるものなのですが、実はその後に必要なエビデンスベースのソリューションがまだ揃っていません。つまり「どういう腸内環境の人が、何を食べたら、その腸内環境がどう変わるのか。そしてそれが良いのか悪いのか。」——こうしたことは、いまだその詳細を解明しきれていないんです。

そのため「腸内デザイン応援プロジェクト」と銘打ち、腸内環境改善に向けて科学的なエビデンスに基づくソリューションの開発にご賛同いただける腸内デザイン応援企業として、2016年10月現在で15社にご賛同をいただいております。

福田真嗣さん

――お話を聞けば聞くほど「便」に多くの可能性が秘められていることがわかり、驚くばかりです。現在は研究者と経営者、2つの側面をお持ちになっていますが、その両面から社会をどのように変えていきたいか、最後にお聞かせください。

福田 もともと後ろより前、過去より未来を見ることに人生の意義や楽しさを感じる性分なので、目指すべき未来を自分たちで創る、という部分にはかねてから関心を持っていました。研究者として幸いにも、2011年と2013年に「Nature」誌上で研究成果を論文として発表することができましたが、「良い研究成果が社会を変える」には、やはり研究成果だけではなく、それを実現する多くの人の力や時間が必要だということを改めて感じました。「Nature」では年間およそ800報の論文が発表されていますが、このうちどれだけの研究成果が社会を変えているのか、多くの研究者が抱える悩みではないかと思います。

そこで私は、研究成果を迅速に社会実装するためのアプローチとして、株式会社メタジェンを設立しました。これまでに得られた研究成果を元に茶色い宝石関連ヘルスケア事業を展開し、そこで得られた対価を元に、また新たな研究やヘルスケア産業を創出することで、研究と社会実装を同時に進めていけると考えています。

福田真嗣さん

私たちが実現したい未来は、東洋医学で言う「未病」状態を便の分析から精度良く検出し、病気になる前に腸内環境を適切に改善することで健康状態を取り戻す、究極の予防医学を実現する社会です。すなわち、全人類72億人を便から健康にしたいと考えています。そのための目の前の目標として、腸内環境データベースを構築するだけでなく、腸内環境を適切に制御する農作物開発や食品開発、サプリメントや薬など、腸内環境を標的とした新規ヘルスケア産業の創出も目指しています。これらが実現できれば、腸内細菌叢で「病気ゼロ社会」を実現することも、決して夢ではないと思いませんか?

TEXT:安田博勇

福田 真嗣(ふくだ しんじ)

株式会社メタジェン代表取締役社長CEO / 慶應義塾大学先端生命科学研究所特任准教授 2006年明治大学大学院農学研究科を卒業後、理化学研究所基礎科学特別研究員などを経て、2012年より慶應義塾大学先端生命科学研究所特任准教授。2011年にはビフィズス菌による腸管出血性大腸菌O157:H7感染予防の分子機構を世界に先駆けて明らかにし、2013年には腸内細菌が産生する酪酸が制御性T細胞の分化誘導を促進して大腸炎を抑制することを発見、ともに「Nature」誌に報告。2013年文部科学大臣表彰若手科学者賞、2015年文部科学省科学技術・学術政策研究所「科学技術への顕著な貢献2015(ナイスステップな研究者)」受賞。同年、バイオサイエンスグランプリにてビジネスプラン「便から生み出す健康社会」で最優秀賞を受賞し、株式会社メタジェンを設立。専門は腸内環境システム学、統合オミクス科学。著書に「おなかの調子がよくなる本(KKベストセラーズ社)」