視覚障がい者を屋内外を問わず快適に道案内する ――清水建設が開発した世界最高レベルの音声ナビに、産業応用への熱い期待

見知らぬ街を1人で歩くとき、人は戸惑いや不安を感じる。まして目の不自由な人だったら――。
建物や街をもっとバリアフリーにしようと、清水建設は日本IBM東京基礎研究所と協力して、視覚障がい者を目的地まで快適に誘導する音声ナビゲーション・システムを開発した。
用意する物は汎用のスマートフォンと骨伝導ヘッドフォン。清水建設の空間情報データベースと、日本IBM東京基礎研究所のICT技術を組み合わせることで、視覚障がい者が屋内外を音声ガイダンスに従いシームレスに移動することを可能にした。精度は世界最高レベルだ。
社会への実装も動き始めており、駅や空港、商業施設での道案内、外国人への情報サービス、緊急時の避難誘導など、21世紀の重要な社会インフラに育つ可能性を秘めている。
長年、ユニバーサル・デザイン(UD)に取り組んできた清水建設の執行役員で設計本部副本部長の大西正修氏に、このシステムの意義やビジネス展望について伺った。

骨伝導ヘッドフォンが地図情報をきめ細かくガイド

インタビューに先立ち、同社研究員の内藤拡也氏がこのシステムがどのように視覚障がい者を誘導するのかを見せてくれた。場所は同社の技術研究所(東京都江東区)に設けられた「親切にささやく場」。本館の玄関ロビーを出発し、ビオトープの美しい中庭に設置された曲がりくねった木道を通って約100m離れた別の建物まで歩く。

骨伝導ヘッドフォンが地図情報をきめ細かくガイド

スマートフォンのアプリを立ち上げ、目的地を話しかけると、ナビゲーションが開始する。スマートフォンから骨伝導ヘッドフォンを通じて視覚障がい者に道案内の言葉を伝える。「左に曲がる」「手すりに沿って18m直進、少し右に曲がる」「この先通路が狭くなります」「そろそろ左に曲がる」「この先小さい川を渡る」「残り2.5mで目的地です。到着しました」など、きめ細かく情報を伝えてくれる。こめかみに当てる骨伝導ヘッドフォンは耳をふさがないので、周囲の小鳥の鳴き声や車の騒音なども確認しながら歩行できるため安全だ。
音声は普通の2倍速ぐらいの早口で情報を伝えるが、視覚障がい者は一般に聴覚が発達しているので、聞き取りに不自由は感じないという。

次は玄関ロビーから2階のシアターを目指す。「6m、階段を使って2階に上る」「階段は直線。全部で34段あり、途中に踊り場が1カ所あります」などと情報に切れ目がない。まさにシームレスなガイドだ。

ユニバーサル・デザインのキーワードは「みんな」

――視覚障がい者の立場を考慮した、大変便利なシステムだということが分かりました。世界でも例のないシステムの開発に至った背景をお聞かせください。

大西 まず、建築のユニバーサル・デザイン(UD)の歩みからお話しましょう。わが国では1994年にハートビル法(ハートフル・ビルディング)ができました。この法律は車いす利用者や視覚障がい者、高齢者の方たちが利用しやすい建物を促進するのが目的でした。具体的には、段差をなくしてスロープや手すりを設ける、点字ブロックを整備する、障がい者用のトイレを設置する等、部位の整備が進められました。

この法律が建物という「点」を対象にしたのに対し、2000年には「点から線へ」を促す交通バリアフリー法ができました。人が移動するには道路や駅舎などをバリアフリーでつなぐことが必要になるからです。
2003年頃になるとUDという考え方が出てきました。例えば、レバーハンドルがついている扉は、手前に引くのか向こうに押すのか見ただけでは分かりませんが、押し板があれば押す、引き棒があれば引くということが一目瞭然です。また、初めて訪れる建物でも、矢印の表示なしで自然にエレベーターホールに誘導されるように配慮されています。

こうした設計思想をまとめたものがUD7原則注記)です。
それは、➀公平さ、②柔軟さ、③直感的・単純さ、④情報認知の容易さ、⑤誤用に対する寛容さ、⑥身体的負担の少なさ、⑦移動・使用空間のゆとり――です。障害のある人もない人も高齢者も外国人も、みんなが平等に使いやすい建物にする。キーワードは「みんな」です。

注記) 米国ノースカロライナ州立大学のロナルド・メイスが1985年に公式に提唱した概念。

大西さん

頭の中で立体地図を描いている視覚障がい者

――今回開発された音声ナビゲーション・システムは、これまで実践してきたUDを更に1歩進める手段なのですね。

大西 そうです。視覚障がい者を導く方法として点字ブロックがありますが、私たちは、これは本当にUDなのかと考えました。確かに白(はく)杖(じょう)があれば点字ブロックに触れて駅の構内やホームの様子は分かります。でも車いすの人やキャリーバッグを持つ人にとってはどうでしょうか。高齢者はかえって歩きにくいかもしれません。

私たちが今回のシステムの開発を始めたのは3年前のことです。当時の社長の宮本洋一が天城アクセシビリティ会議2013に参加して点字ブロックの問題点を知り、「それに代わるものを清水の技術で開発できないか」と私たちに宿題を投げかけたのがきっかけでした。

まずは視覚障がい者のことを真に理解すべきだと考え、障害をお持ちの有識者の方たちに、実際の生活では何がバリアになっているのか、それをどう解決したらいいかをお聞きしました。その結果、視覚障がい者は訪れた場所の立体地図を頭の中で描いていることを理解し、システムを考える上でとても役立ちました。

障がい者スポーツを支援するNPO法人STANDの伊藤数子代表からもご意見をお聞きしました。例えば「彼は車いす、彼女は健常者」というカップルがスポーツ観戦に行くと、健常者は車いす用スペースとは別の席に案内されるそうです。障がい者を特別扱いしないこと、そしてナビゲーション・システムを作るのであれば、誰もが同じ条件で使えることが大切だというアドバイスを受けました。

大西さん

ビーコンやGPSで位置を知り、屋内外をシームレスにつなぐ

――システムの構成や要素技術について、分かりやすく説明していただけますか。

大西 もともと当社は、建物内で人やものの位置を測定する技術や、建物内部の様子を詳細な地図にする技術(空間情報データベース)を開発していました。一方、政府は2018年までに準天頂衛星を4機体制にし、GPSの精度を現在の10m前後から約1mに高めて、屋外でのさまざまな活動に活用する計画を進めています。また国土交通省は、歩行者のアクセシビリティを高めるために、歩行空間ネットワークのデータベース整備を進めています。
この国交省が作る歩行空間ネットワークと当社の建物内空間情報データベースのフォーマットを統一して組み合わせれば、障がい者は音声ナビゲーションによって屋内外をシームレスに自由に移動することが可能になります。見学していただいたシステムはその実現を視野に入れて、研究所内に実験的な環境を構築したものです。

まず視覚障がい者は、専用のアプリを入れたスマホに、音声で目的地を告げます。すると音声認識やルート検索技術により、自動的にルートを選択します。所内のあちこちに7~8mに1個程度の割で設置しているビーコン(電磁波を発信して移動体の位置を調べるための通信設備)やスマホのセンサー情報を基にその人の位置を確認し、当社の空間情報データベースと照合することで、これを実現しています。
このデータベースには建物の緯度や経度、階段の位置や段数、手すりの長さなどが詳細に蓄積されています。照合の結果はスマホに提供され、進むべき方向や道標などが骨伝導ヘッドフォンを介して音声で視覚障がい者に伝えられるのです。

ちなみに今世界でこうした環境を備えているのは、この研究所と日本IBM本社ビル7階、米カーネギーメロン大学の計3カ所だけです。

障がい者専用の特別な機器ではなく、汎用性のあるものを使う

――視覚障がい者の方たちからの評価はいかがですか。

大西 12人の方に実際にシステムを利用していただき、全員が無事に目的地に到着することができました。アンケートの結果では、個別の音声ガイドの内容評価にはさまざまなご意見がありましたが、全体としては「いろいろな場所で使ってみたい」「早く実現してほしい」「これがあれば全盲の友達どうしで遊びに出られる」など高い評価をいただきました。

――このシステムは障がい者や外国人、高齢者のナビゲーションにとどまらず、いろいろな産業分野で有効だと思われますが、将来の発展性や可能性についてはどのようにお考えですか。

大西 実社会への実装については、これから本格的に取り組みます。ICTや人工知能と組み合わせることで、例えばショッピングセンターではお客様を案内した履歴をビッグデータとして活用できます。また、駅・空港・長距離バスセンターや、スタジアム、観光地などでのナビゲーションに加え、知的活動支援を展開するなど、さまざまな用途が考えられます。

このシステムは障がい者専用の特別な機器ではなく、誰でも手軽に扱える社会インフラとして普及した機器であることが大切です。スマートフォンや骨伝導ヘッドフォンを活用するのはそのためです。ヘッドフォンは数千円で買うことができます。

過去には、専用の特別な装置を作ったものの、結局廃れていった事例がたくさんあります。例えば当社でも白杖の先端に発信器を、点字ブロック側には受信機を付け、人が近づいてきたら音を出すといった仕組みがありましたが、特別な白杖を持った人しか利用できないために普及しませんでした。

スマートフォンは現在iPhoneを使っていますが、アンドロイド系でも使えるように改良中です。

大西さん

産業界と協力して、使い勝手のよいプラットフォームにしたい

――このシステムをプラットフォームにして多種多様な用途のアプリが登場し、新しい価値創造やビジネスモデルにつながるといいですね。

大西 ぜひそうしたいと思っています。音声ナビゲーションで目的地にアクセスしやすくなるだけでは、システムの普及は難しいでしょう。このプラットフォームを基盤にしてどのようなアプリやサービスが考えられるのか、どんなメリットや価値を生み出せるのか。そこを私たちがアピールできて初めてお客さま企業にシステム導入を検討していただくことができ、多くの皆様に使っていただけるようになると思います。

それにはクラウド、大量センサーによるビッグデータ解析、空間動画解析、屋内外の高精度な地図作成などの技術が不可欠で、さまざまな企業との連携だけでなく、施設や建物の所有者の方たちと手を組んで作り込んでいかねばなりません。
まずは地下歩道や商業施設と連携したナビゲーション・システムを、屋外の国道や区道と商業ビルの間でシームレスにつなぐ実験を行う予定です。多くの方に便利さを知ってもらい、日本だけでなく世界にアピールしたいと思っています。

使い勝手をもっと良くするには、同時に使える人数を増やすことも課題です。現在の実験システムは数人ですが、ショッピングセンターやイベント会場では100~1000人規模にして実用性を高めたいと考えています。

国土交通省は、2020年のサービス提供を目指し、「高精度測位社会プロジェクト」での実証事業として、今年度、JR東京駅、新宿駅周辺、成田空港、日産スタジアムで、屋内位置情報を活用したサービスの実証を行っています。こうした動きとも連携しています。

大西さん

研ぎ澄まされた感覚を生かして活躍する社内の障がい者たち

――アクセシビリティに優れた社会を作るには、障害のある方の経験や感性を生かすことが大切だと思います。御社はダイバーシティ推進の観点から、どのような活動に取り組んでおられますか。

大西 当社の障がい者雇用率は2.18%で事務系を中心に約150名が在籍しており、法定雇用率(2.0%)を上回る方々が既に活躍しています。また、毎年の新人課長職研修でも、「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」というプログラムを取り入れ、年間200人ほどが体験しています。
熱海研修所に設けた真っ暗闇の部屋の中で、目が不自由になると世界はどういう風に感じられるのか、どう会話をしたらいいのか、共同でモノを作るにはどうすればいいのか、などを体験的に学びます。この研修を受けると、ふだん私たちがいかにコミュニケーションが足りていないかを実感できます。

また「ボランティアアカデミー」といって、NPO法人STANDとの共催で、目の不自由な方をエスコートする訓練をしています。東京オリンピック・パラリンピックではたくさんのボランティアが必要になるので、彼らはきっと貢献してくれるでしょう。

当社の障がいを持つ社員の中には、世界中のプロが参加して建築イラストレーションを競う国際パースコンテストに応募し、コンピューター・グラフィックス(CG)のグランプリを受賞したデザイナーや、現存しない歴史的建築物をCGで見事に復元して高い評価を得ている優秀な人材もいます。色や形に対する研ぎ澄まされた感覚を生かして活躍しています。

大西さん

東京オリンピックを出発点にして世界に広めたい

――UD評価の高い建築や都市づくりは、企業価値の向上にもつながると思います。企業経営の視点から今後の展開についてご見解をお聞かせください。

大西 私たちはハートビル法以来、点でしかなかったバリアフリーを線につないでいく努力をしてきました。今はまだ1企業の試みでしかなく、ビジネスになっているとは言えませんが、もっと加速してみんなが等しく使える社会インフラに育てていこうと考えています。

このシステムにはいろいろなデータが集まります。そこに価値を見出す多くの業種の方たちとオープン・イノベーションで成果を出し、日本発で世界中に広げていきたい。2020年の東京オリンピックに訪れる外国の人たちに、「これは便利だ!」と感じてもらうことを出発点にしたいと思います。

TEXT:木代泰之

おおにし・まさのぶ 大西正修 

清水建設株式会社 執行役員 設計本部 副本部長 プロポーザル・ソリューション推進室長 
1959年、香川県生まれ。 1983年、京都大学大学院修了。 同年、清水建設入社。 
清水建設の旧本社であるシーバンス(1991年)の設計を担当して以来、主に大規模オフィスの設計に従事。
主な作品: アロマスクエア(1998年)
日本IBM旧豊洲事業所を始めとする豊洲5丁目の街づくり(2004年~2010年)
九段第3合同庁舎、千代田区役所本庁舎(2007年)
富士ゼロックスR&Dスクエア(2010年)
豊洲キュービックガーデン(2011年)


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※日本IBM社外からの寄稿や発言内容は、必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。


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