【バイオマス】6,000億トン「最大最後の資源」を人類はどう活用すべきか?

多くの人が「バイオマス」という言葉に、将来的な枯渇が危惧される石油・石炭に代わる「エネルギー生成の手段」というイメージを持っているだろう。しかし、本来バイオマスは「動植物に由来する有機物資源」のことを指し、エネルギー生成は資源の活用手段の一つにすぎない。東京大学大学院農学生命科学研究科(生物材料科学専攻)の五十嵐圭日子(きよひこ)准教授は、エネルギー利用だけにとどまらないバイオマスの高度利用を考える研究者である。我々人類にとって、バイオマスにはどのような可能性が秘められているのか、話を伺った。

衣食住の先にあるバイオマス利用の可能性

——まずは「バイオマス」の定義について教えてください。

五十嵐 経済産業省では「動植物に由来する有機物で、化石資源を除く」と定義していますが、実は地球上に存在する有機物(炭素を含む化合物)は化石資源も含めてすべて「バイオマス」なんです。例えば、植物は二酸化炭素と水を内部に取り込んで、太陽の力を借りて酸素と有機物(炭水化物)をつくります。これが「光合成」です。もう少し詳しく言うと、光合成とは、「植物が光によって水(H2O)を水素と酸素に分解して、その水素を使って二酸化炭素を還元して有機物に変換する反応」なんです。これを行っている木や草は、もちろん「バイオマス」だと言えますし、さらに、そうした植物を食べて生きている動物、あるいは、その動植物を食べて生きている人間も、本来的な意味ではすべて「バイオマス」であると考えられるのです。

私の研究は、主に木・草といった植物をバイオマス利用の対象にしていますが、世界には実際に動物の糞や微生物、藻類などを対象としたバイオマスについて、研究している学者も数多くいます。

——バイオマスの説明で「動植物に由来する有機物~」の後に「化石燃料を除く」という注釈がありますが、それはなぜですか?

五十嵐 石油・石炭といった化石資源は、数億年前の動植物由来の物質が変化してできたものと考えられているため、「古代のバイオマス」だと言えます。しかし、「化石燃料に代替する資源としてバイオマスを使う」という議論になったとき、両者を区別するために「化石資源を除く」の注釈が付きます。

五十嵐圭日子准教授

——木・草をバイオマスとして利用していくことは、人類にとってどんな意義があるのでしょうか?

五十嵐 昔から人間は、木綿(コットン)の服を着て、野菜を食べ、家や日常的な道具に木を使って……と、植物を「衣食住」に役立てていました。しかし、そうした現代人の生活にやがて石油・石炭が入ってきます。石油・石炭というのは確かに使いやすく、コストもそれほどかかりません。そのため、石油・石炭由来の燃料や材料は、人間の生活に瞬く間に溶け込んでいきました。

しかし、こうした化石資源は、やがて枯渇する資源です。それだけに頼っていては、近い将来、我々の生活は必ず立ちゆかなくなります。そこで、植物を衣食住だけに利用するのではなく、エネルギーとして、あるいは新たなマテリアル(素材)としてのバイオマス高度利用を考え、その可能性を追求しようとするのが、今のバイオマス研究なんです。

最大かつ最後の資源、セルロースの可能性

——今、地球上にはバイオマスとして使うことのできる木・草がどのくらい存在しているのでしょうか?

五十嵐 一説によると、地球の陸上で炭素が固定された状態にある(バイオマスとして利用できる)植物の量は、600ギガトン(6,000億トン)といわれています。膨大な量に思えるかもしれませんが、地表の砂漠以外のところは何かしらの植物が生えていますから、考えてみれば当然のことです。穀物として私たちが食べている量はその「1%以下」と考えられ、ほとんどがまだ利用されていない状態なんです。

その膨大な量の植物を、バイオマスとしてどう利用していくのか。そこで私が取り組んでいるのが、セルロースの研究です。セルロースは野菜や木材、その辺に生えている雑草まで、ほとんど全ての植物に含まれている物質で、植物の物質量の約半分はセルロースで構成されています。繊維・布・紙・パルプなどを代表に、私たちの周りにも至る所にセルロースが含まれる製品が存在しています。そのため、地球上で最も豊富に存在する「最大の資源」ともいわれています。反面、そこに人類が手をつけ始めると、もう後がない「最後の資源」でもあるんです。

五十嵐圭日子准教授

——セルロースについて、具体的にはどんな研究をされていますか?

五十嵐 セルロースはグルコース(ブドウ糖)が長くつながってできています。ご存じの通り、ブドウ糖は人間を含む全ての生物でエネルギーの根幹となる物質です。セルロースを分解してグルコースを採取することができれば、バイオ液体燃料やプラスチック原料を生産することができるなど、新たなバイオマス高度利用につながります。

問題となるのは、セルロースを分解する方法でした。そこで注目したのが、セルロースを分解する「酵素」(タンパク質の一種)を持っているキノコです。現在、酵素を利用して木や草を食べて生きているキノコのゲノム情報を利用し、木材成分分解酵素遺伝子の解析を行っています。

五十嵐圭日子准教授

——先日、「酵素のX線結晶構造解析における最高解像度(※1)」がギネス世界記録®に認定されましたが、セルロース研究の中で、どのような位置づけにあるのでしょうか?

五十嵐 木を分解する酵素がどういう反応をしているのか、それを知るにはまず、酵素の結晶をつくり、それにX線を当てる必要があるんですね。そうするとタンパク質の構造に合わせてX線が回折(かいせつ)するので、そのデータをコンピュータで解析すれば、酵素の詳細な構造がわかります。

キレイな結晶をつくることができれば、より緻密なX線回折が可能となり、詳細なデータが得られます。その詳細な構造データを得るために必要となるのが、データの解像度をより高くすることでした。結果として、今回ギネス世界記録に申請した「0.64オングストローム(1オングストローム=1000万分の1ミリ)」という解像度が実現したんです。

(※1)五十嵐圭日子准教授らのグループが2015年10月14日(水)にProtein DataBankに登録したセルロース分解酵素(セルラーゼ)のX線結晶構造が、「酵素のX線結晶構造解析における最高解像度」(Highest resolution X-raycrystallography image of an enzyme)としてギネス世界記録に認定され、2016年1月27日(水)にギネス世界記録公式認定証授与式が行われた。(東京大学ホームページより抜粋)

五十嵐圭日子准教授

——新たなテクノロジーが入り込むことで研究は進んでいますが、日本はバイオマス研究において諸外国から後れを取っているという話も聞きます。

五十嵐 そうですね。オイルショックの頃に原油価格の高騰が進み、日本でも新たなエネルギー手段としてバイオマス研究が活発だった時代もあります。しかし、諸外国では80年代、90年代と研究が継続されたものの、悲しいことに原油高騰が落ち着くにつれ、日本での研究は下火になってしまった。ようやく2000年代に入った頃から、研究を再開したという段階です。

ただ、かつてと違うのは、2015年12月の第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で採択された「パリ協定(※2)」などもあり、バイオマス利用が世界中で必須になっていることです。特に原発問題を抱える日本では、諸外国よりもバイオマス研究の意義は大きなものになっていると思います。

(※2):地球温暖化対策の新たな枠組み。今世紀後半に、世界の温室効果ガス排出量の実質ゼロを目指す。

五十嵐圭日子准教授

芸術一家の中で育った青年が、バイオマスにのめり込んだ理由とは?

——先生はちょうどバイオマス研究が下火だったという90年代に東京大学へ入学され、後に農学部林産学科に進学されています。そもそも、なぜ林産学科を選ばれたのですか?

五十嵐 実は、私の家系は芸術家が多いんです。父は大学時代芸術系の学部で、仕事はテレビ局のカメラマン、趣味で革製品をつくっていましたし、母も主婦兼七宝焼き(ガラス工芸の一種)の作家、伯父伯母は画家でした。なので、高校の頃までは自分も芸術系の道に進むのかなぁと漠然と思っていたのですが、父から「芸術で生きていくのは大変だ」と諭され、結果、東京大学に進学しました(笑)。

とはいえ、東大に入学して初めの2年間(編者注:教養学部。東大では3年生進級時に学部を選択する)は成績がものすごく悪く、志望も何もありませんでした。そんなときに、当時の林産学科(現生物材料科学専攻)からダイレクトメール(DM)が届いたんです。

——どんな内容のDMが?

五十嵐 こう書かれていました。「私たちは木を材料として科学する学科です」——。

先ほど芸術家の家系と言いましたが、私自身、石川県に暮らしていた小学生の頃は伝統的な木工芸に触れる機会が多く、その後も趣味(遊び?)で木彫りや木の工作をしていました。そのこともあって「木」にはとても馴染みがあり、DMに綴られた言葉に惹かれたのだと思います。だから、何か強い思いがあったというよりは、なんとなく良いかなと思って入ったというのが正直なところなんです。

でも、いざ入ってみると、林産学科には木にまつわる実験がたくさんあり、そのたびにそれまで学んでいた基礎的な化学や物理学の知識が役立ち、この世界を面白いと思うようになりました。その頃から、バイオテクノロジーの世界にも自然と引き込まれていきましたね。

五十嵐圭日子准教授

生産にかけた時間の100万倍のスピードで資源を消費している

——日本では20〜30年ほど前から「環境問題」に端を発し、「二酸化炭素削減のために代替エネルギーが必要で、そのうちの1つがバイオマス」といった理解が多いと思います。その点についてどのようにお考えですか?

五十嵐 一般的には「何か問題が起こっているからバイオマスを使おう」という文脈で語られがちなのですが、そうなると得てして「石油を使っても温暖化は進まない」とか「石油はまだ枯渇しない」とか、化石燃料を“使ってもいい理由”ばかり議論されます。

私個人の見解では、そもそも「何か問題があって、だからバイオマス」とか「石油が枯渇する、だからバイオマス」と考えることに違和感があります。

——どんな違和感でしょうか?

五十嵐 数億年もかけてつくられた資源(化石資源)を、私たちは数百年程度で使おうとしているわけです。つまり、生産に費やした時間の100万倍のスピードで、化石資源を消費しようとしていることになります。身近な例に置き換えれば、年収1万円の人が、年間100億円使っているようなものです。これに違和感を感じない人はいないですよね?もし数百年前の人が今の私たちと同じような生活をしていたら、今の時代に化石燃料は存在していなかったかもしれない。こうした異常な事態に気づかぬまま、温暖化の原因かどうかとか、化石資源は結局無くならないのではないかと語られている状況に、強い違和感を抱いています。

五十嵐圭日子准教授

一方で、その違和感を解決できるのもバイオマスだと考えています。太陽の光が無尽蔵である限り、そのエネルギーによって植物のバイオマスは尽きることなく生産が可能です。シェールガスなど他の天然資源にも世の中の目は向けていますが、「限りある」という点では結局、石油を使うのと同じことです。

私は大学院のときにジョージア大学の生化学分子生物学科に研究員として派遣されていましたが、そこで私が師事していたスウェーデン人の老教授が、こんなことを言っていました。

「石油だろうがなんだろうか、やがて尽きてしまうけど、地球上に木が茂り、光合成から生じる酸素で人間が生きている限り、バイオマスはなくならない。だから私たちバイオマス研究者の仕事がなくなることはない」――。今思うと当たり前のことなんですが、そのときの私はその言葉に深い感銘を受けたことを覚えています。

国際的に提唱される「Bioeconomy(バイオエコノミー)」の概念

——木を生産する側でもきちんと人間が介在し、バイオマスをつくるために調整することが、サステナビリティ(広く環境・社会・経済の3つの観点から、世の中を持続可能にしていくという考え方)にもつながりますね。

五十嵐 そうですね。木が光合成で育つ期間はだいたい30〜50年間で、それを過ぎると木は成長を止め、二酸化炭素を放出する量と有機物を固定する量が一定になってしまうんです。そうなると、二酸化炭素を固定する森林として機能しなくなくなるため、計画的に植樹・生育・伐採のサイクルを回す必要があります。

私は北欧でも教鞭を執る機会がありますが、海外ではそうしたサイクルをとてもうまく回す仕組みが整備されています。日本は世界にも誇れる森林国なのですが、その点でまだまだ課題がある。学会や林業はもちろん、産業界、行政とともに調和させていく方法を模索していかなければなりません。

五十嵐圭日子准教授

——人類とバイオマスがより良い関係を築くため、今後どのような取り組みが必要でしょうか?

五十嵐 今の人間社会は自然のプロセスから突出していますから、もっと自然に寄り添った存在になる必要があります。例えば、太陽光発電はとても優れたテクノロジーだと思いますが、山を切り崩してそこに太陽光パネルを敷き詰めるような方法には反対です。傾斜面に太陽光パネルを敷き詰める方法は、確かにエネルギー変換の効率からすれば理にかなっているかもしれませんが、植物を減らせば酸素の生産も減るので、それが果たして正しいのかどうかという点まで議論される必要があります。

また、私の研究ではバイオマスの対象は植物となるため、林業と同じく農業とも密接な関係性があります。となると、耕作放棄地があったとき、そこに太陽光パネルを並べるべきなのか、それとも、そこで田畑を再生させるべきなのか――、そうした議論も必要になっていくでしょう。

実際、最近では「Bioeconomy(バイオエコノミー)」という概念が国際的に提唱され始めています。まだしっくりくる日本語訳がないのですが、つまりはバイオテクノロジーを用いて経済発展、食糧問題、化石資源からの脱却……といったあらゆる要素を包括しながら、経済活動全般を考えていこうという概念です。人間のライフスタイル全般に対するバイオマスの“ベストミックス”(いくつかの手段を組み合わせ、効率的な解決策を図ること)を考えながら、人とバイオマスの接点を見つめ直さなければいけないと考えています。

五十嵐 圭日子(いがらし きよひこ)

東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了。同研究科准教授。木や草からエネルギーやマテリアルを生産する研究の第一人者。大学でキノコの酵素に魅せられ研究の道に進む。これまでの常識を疑うことで、酵素の「交通渋滞」解消によるバイオマス変換の高効率化をはじめ、バイオマス変換研究に革新を起こしている。


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※日本IBM社外からの寄稿や発言内容は、必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。


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