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「インターネットの父」と言われ、日本におけるインターネット環境を作り上げた村井純氏。現在、慶應義塾大学環境情報学部長の村井氏が、インターネット環境の現在と未来をどう見ているのか。インターネット黎明期で目指したものを振り返りつつ、その軌跡を辿ってもらった。

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何かやるごとに、抵抗だらけ

僕が何かやるごとに、抵抗だらけですよ。問題を見つけるのが好きだから、いつでもやりにくいことしかやってない。これは、趣味みたいなものだね(笑)。これから取り組まなくてはならない、という使命感は、永遠に消えることがないんじゃないかと思いますね。

村井教授今、取り組んでいるのは医療情報改革です。医療業界にも抵抗感がありますね。患者のカルテや検査結果のデータについて言えば、主治医以外は見られない。以前なら、3人のデータを比べる時に、机に紙を並べていたのに、データになってしまうと、許可を取ってこなくてはならないからアクセスできなくなった。だから、どういう風に抽出するか、データの所有と権限はどうするのか、匿名化すればデータを使えるのか、など細かい論理をきちんと設計して、安心する状況で、前に行かなくてはいけない。

新しい薬の管理システムの導入についても、「コンピューターを使わない薬剤師の方がいらっしゃるので」と、一部の人間のためにやめようという判断をしようとする。ネット選挙もそうですよね。使えない人がいるから、ネット選挙はよくない、とか。富山の薬売りがある家を訪ねたら、いつもなら自分がついでに買ってきてあげる新しい物があって、聞くと「ネット通販で買った」という。それ以来、eコマース企業を警戒し始めたというまことしやかな話もある(笑)。

抵抗勢力の説得には「太陽」になれ

最初は「インターネットなんか絶対に許すな」という人がいっぱいいて、テレビのデジタル化をやった時も、放送業界でも抵抗感がかなりあった。今までのビジネスモデルが壊れる場合には、やっぱり抵抗しますよ。

パソコン通信の時代は、通信事業間接続はものすごくハードルが高くて、申請や料金をクリアするのが大変だった。昔は、パソコン通信間では規格が違ってメール交換もできなかったから、なんとか「メール交換実験」にこぎつけた。この時も、音声はだめだけれど、「メールならいいか」となって。1つひとつ、小さなことを突破口にして、道を作っていくしかなかったんだよね。

技術的な課題も無限にあるけれど、技術的にできないことと社会的にできないことは、別々に考えなくてはいけないと思いますね。人間の社会が成長発展していく時には、制度改革と、文化を変えていかなくては。情報の共有化や、新しいシステムを導入するためには、どの時代、どの分野でも、既得権益の強い抵抗に必ずぶつかる。

その時、僕はいつも「北風と太陽」と言うのだけれど、「北風」で押しつけるのではなく、「太陽」になって反対勢力の心を開かせないといけないと思うのです。今流行りのLINEがいい例ですが、本来なら、無料で通話ができるなんて携帯電話業界からしたらとんでもない、でも、たくさんの人が楽しんでもう始めている、となれば認められる。これには善し悪しもあるかもしれないけれど、こうしなければならない、と主張するのではなく、みんなに「いいことだ」と認められれば、前に進めるであって、その方法を考えていくしかないんです。

「もう止められない」「できちゃったから、いいか」「これだけ使ってるから、いいよね」「いいもんだ!」という流れを作っていくことこそ、「北風と太陽」の「太陽」だよね。

眠っているデータを活かす時代へ

村井教授やろうと思ってできていないことは、まだまだたくさんありますね。たとえば、位置情報が流行って、GPSの精度は上がったけれど、全然精度が上がっていないのは高さ。高さの精度が上がれば、車椅子の方のために役立てることができる。車椅子で問題になるのは10㎝単位の段差であって、そのための技術も、実はお掃除ロボットですでに開発済みで、やろうと思えばすぐにできる。

お掃除ロボットが毎日掃除して蓄積しているデータは、今は捨てられているけれど、あのデータを活用すれば、これからの高齢化社会にとてもいいインフラが作れるかもしれない。

今、まったく新しいアプリやソフトウェアを作ってね、と学生に言うと、ものすごく楽しんで作っている。大学に3Dプリンターを置いて好きに使っていいぞ、と言っているんだけれど、僕の研究室には一からモノを作りたい人間が多くて、今は、昔の僕たちのようにインターネットを作ろうとは思わないけれど、世界中の情報を共有できることが前提になっているなかでなんか作ろうとしている。逆に、狭い範囲で1ビット1ビットを考える、まったく新しい量子コンピューターのアルゴリズムを考える学生も出てきた。

新しいものを実現するにあたって、もし僕がどこかの企業に所属していたら、リスクがありすぎて推進できなかったこともたくさんある。社会を驚かすような新しいことをするためには、特にこの国では、企業にいるより、大学にいたほうがいいかもしれない。その意味で、大学の価値は、社会構造を変えてしまうような、思いきったものを作り出すことにあるんじゃないかと思います。

text:野田香里

村井教授

むらい・じゅん
村井 純

慶應義塾大学環境情報学部長。1955年東京生まれ。1979年慶大工学部卒業、1984年同大理工学研究科博士課程修了。工学博士。専門はオペレーティング・システム。インターネット研究のパイオニアで日本の「インターネットの父」と呼ばれ、Internet Society(ISOC)による2013年インターネットの殿堂(Internet Hall of Fame 2013)入りを果たす。WIDEプロジェクトのファウンダーや政府の委員会メンバーとしても活躍している。


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