「水に浮く超小型EV」が、水害から命を守る ――手元アクセルで、高齢者のアクセルとブレーキの踏み間違い防止も

軽自動車よりもひと回り小さく、4人乗りでは世界最小クラスながら、洪水などの災害時には水に浮いて避難できるというユニークな超小型電気自動車(EV)の開発が注目を浴びている。最高時速85km、フル充電すれば約150kmの連続走行が可能で、しかもアクセルはハンドル部分にあるため、最近大きな問題となっている高齢者ドライバーの事故に多いアクセルとブレーキの踏み間違いも防げる、という優れものだ。
手掛けているのはベンチャー企業の株式会社FOMM(フォム)。社長の鶴巻日出夫氏は車の設計一筋34年の技術者で、この超小型EVに地球温暖化防止への思いと、災害や事故から人の命を守る技術を凝縮させた。2017年末にまずタイで量産を開始し、将来はアジアだけでなく欧州での普及も目指している。
鶴巻氏の目指す新発想EVの特長、開発までの道のり、そして将来の展望などについて伺った。

人は環境に良いという理由だけではお金を払ってくれない

CO2を排出しないクリーンなクルマとして注目されている電気自動車(EV)。大手メーカーの商品が世に出回って久しいが、広く一般に普及しているかといえばいまひとつで、苦戦していると言わざるを得ない。その理由は、ガソリン車に比べて価格が高いことや、航続距離の短さなどが挙げられる。こうした現状に一石を投じるべく立ち上がったのが株式会社FOMM代表取締役 CEOの鶴巻日出夫氏だ。
FOMMは川崎市の創業支援施設「かわさき新産業創造センター(KBIC)」に拠点を置くベンチャー企業で、新発想の超小型EVを開発中。2017年末にタイで量産を開始し、アジアだけでなく欧州でも普及させることを目指している。

鶴巻 地球環境の現状を考えたら、早急にEVを普及させないといけません。近年、世界各地で異常気象によるゲリラ豪雨や巨大台風が頻発したり、熱波による猛暑や干ばつなどで亡くなる人の数が増えています。このままCO2の排出を放置していたら、地球はどうなってしまうのか。子どもや孫の代のことを考えると、自分にできることはEVの開発しかありませんでした。

鶴巻氏はもともと自動車メーカーの技術者で、スズキ自動車でバイクのエンジンや車体の設計に携わり、アラコやトヨタ車体では1人乗りの超小型EV「COMS(コムス)」の開発に携わった。長年クルマの技術者として生産に関わってきたことから、自動車が地球環境に与える影響について深く考えるようになったという。

鶴巻氏

鶴巻 現在世界中で走っている乗用車は、約7億7000万台。ただし、世界中で均等に自動車が走っているわけではなく、自動車の普及率が高い地域と低い地域では大きな差があります。車は便利な乗り物ですが、その恩恵に浴しているのはごく一部で、先進国が中心です。世界中の人々がこの便利な乗り物に乗りたいと考えれば、現在の4倍の数が必要になります。今でさえ自動車はCO2をたくさん排出し、環境にこれだけ悪影響を与えているのに、4倍になったら地球はきっと持ちこたえられなくなってしまうでしょうそうならないためには、カーシェアや、ライドシェアという考えは必然ですし、EVも自ずと増えていくと思います。

ただ、環境に優しいEVが、思ったほど広く普及しない理由の1つに、「人は環境に良いという理由だけでは、お金を払ってくれない」という現実があります。そこで私は、環境に良いという理由を除いても、EVが欲しいと思ってもらえるような魅力的なクルマを造ることをFOMMのミッションにしようと決心しました。

鶴巻氏が開発した超小型EV「FOMM Concept One」は4人乗りで、家庭用コンセントで約6時間もあればフル充電できる。航続距離は100キロ。エアコンを使わなければ150キロだ。150キロといえば、鉄道なら東海道線で東京駅から熱海を超えて富士市あたりまで行ける距離。買い物や保育園の送り迎えなど、日常生活で乗りまわすには十分過ぎるほどの距離だ。「First One Mile Mobility」というのがFOMMの社名に掲げたコンセプトだが、実際には100マイル近くも走れることになる。

母の漏らした一言から「水に浮く車」の発想を

「FOMM Concept One」は、人目を引くかわいらしい外見だけでなく、車体を小型・軽量化すると同時に、高効率で安全快適な走行を実現するために、ユニークな工夫が随所に凝らされている。インパクトという点なら「水に浮く」という特徴はその最たるものだ。

鶴巻 樹脂で一体成形した車体が水に浮いた状態で、タイヤに装備されたモーターを使い、時速2キロで進むことができます。
東日本大震災では津波から避難しようと車で逃げて亡くなられた方々がたくさんいました。そこで車で逃げるのは危険だという声も上がりましたが、足が不自由な人は車がないと逃げられません。私の母は静岡県磐田市の海に近いところで暮らしていますが、足が悪いので車がなくては高台まで避難することは難しい。東日本大震災の津波の映像を見ながら、「もしここに津波がきたら、私は自分の運命を受け入れ、逃げないで家にいるから」というのです。それを聞き、私は居ても立ってもいられない気持ちになって・・・。母の言葉は、いざというとき水に浮いて命を守るクルマを開発するきっかけになりました。

「水に浮く自動車」というコンセプトは、EVならではです。EVは電気さえあればモーターが動きます。しかし内燃機関であるガソリンエンジンはそうはいきません。酸素を吸って排ガスを出さなければエンジンは動かないからです。私はもともとトヨタ車体で手掛けたコムスで、インホイールモーター(電気モーターを内蔵したホイール)を使っていました。足回りは水をたくさんかぶりますから、インホイールモーターは完全防水にしてあります。その技術が頭の中にあったので、4人乗りでも多分できるんじゃないかという思いがありました。

FOMM Concept One

FOMM Concept One

室内はさぞ窮屈だろうと思いきや、意外とゆったり

ステアリングアクセルという考え方も斬新だ。クルマのハンドルといえば丸いドーナツ形が常識だが、FOMMのEVは飛行機の操縦桿のような形をしている。子どもの頃あこがれたパイロットになった気分で、なんだかうれしい。
アクセルは足元ではなくハンドルのステアリングについており、手で操作する。軽自動車などの小型車はどうしても室内が狭く、それを緩和するためにさまざまな工夫がなされているが、超小型EVのFOMM Concept Oneは、全長2495mmX全幅1295mmX全高1550mmと軽自動車よりもさらに小さい。
そこでアクセルを足元ではなくステアリングに持ってきたというわけだ。                       

ハンドルの内側に見えるカギ型のレバーがアクセルレバー

ハンドルの内側に見えるカギ型のレバーがアクセルレバー

鶴巻 ステアリングアクセルは、片手操作だとエコノミーモードとなってゆっくり加速します。両手を使うとスピードが出るパワーモードになり、フル加速が可能です。
問題は足でアクセルを踏み慣れたドライバーが、手の操作にすぐ慣れるかどうかということ。ちなみに試乗したタイの若者たちからは、「テレビゲームみたいで面白い」と評判になりました。

超小型EVとなると室内はさぞ窮屈だろうと想像するが、実際に乗ってみると思ったよりずっとゆったりとしていて居心地が良い。鶴巻氏のこだわりの詰まったインホイールモーターや、ステアリングアクセルなどへのこだわりが生きている。運転も小回りが利くので使い勝手が良さそうだ。

高齢者のアクセルとブレーキの踏み間違いを防止

もう1つ「副次的なものですが」と教えてくれたステアリングアクセルのメリットがある。それはアクセルとブレーキを踏み間違えないこと。スーパーやコンビニエンスストアの駐車場でアクセルとブレーキを踏み間違え、店に突っ込んでしまった、というようなニュースを耳にすることがあるだろう。アクセルが手元にあれば、そういった失敗もなくなる。
最近特に問題になっている高齢者の自動車事故で、アクセルとブレーキを踏み間違えたために人身事故につながったという事例が頻繁に報道されているが、こうした高齢者の事故防止にも効果的な解決策の1つになりそうだ。

「バッテリー・クラウド」が航続距離の心配を解消。安心のドライブを

鶴巻氏が提唱する「バッテリー・クラウド」は、EVに積んでいるバッテリーのコンディションをインターネット経由で管理できるシステムだ。バッテリーはリース契約にして、提携したガソリンスタンドやコンビニエンスストアなどで新しいバッテリーといつでも交換できるというもの。
FOMM Concept Oneには、4個の小型バッテリーが各座席の下に装備されており、ドライバーは自分でバッテリーを脱着できるので、このシステムが機能すれば、外出先で必要に応じてバッテリーを交換できる。これなら航続距離を心配することなく、安心してドライブを楽しめそうだ。

鶴巻 1日の活動範囲はカバーできる十分な量を家庭の電源からフル充電できますから、実際に交換するケースは少ないのではないかと思います。ただし、お客様に安心感や心のゆとりを担保することは大事です。「いつもは1人か2人でしか車に乗らないけど、いざというときに4人乗れないのでは不安だから買わない」というお客様心理と似ているかもしれません。

ちなみに、「バッテリー・クラウド」システムを実現するため、バッテリーは購入時からリースとしていますが、日本では自動車のバッテリーのリースはできないのです。なぜなら「走れる状態で車を売らなければならない」という規則があるため、車体とバッテリーを別にして売ることが許されていないからです。一方、タイでは現地石油精製大手のバンチャック・ペトロと、ガソリンスタンド約200カ所にEV用バッテリー交換施設を設置する覚書を交わしており、着実に態勢が整いつつあります。

もう1つ残念なことに、FOMM Concept Oneは現時点で日本の公道を走ることはできないのです。日本で認められている超小型EVは1人乗りのみで、4人乗りは承認されていません。このため、当面は東南アジアでの製造・販売となり、タイでの量産を目指しています。日本での承認が下りたら、真っ先に母にプレゼントしたいと思っています。

鶴巻氏

そもそもFOMMがタイを生産拠点および最初の販売地に選んだのは、こういった日本国内の規制と、タイの将来性にある。少子高齢社会が進み、クルマの世帯普及率もほぼ行き渡ってしまった日本に比べ、タイの普及率はまだ60%程度。今後も需要は高まると期待できる。親日国で、日本企業がたくさん進出しており、車の量産ができる現地企業の態勢がある。また、水害に弱く、人々の「水に浮く車」への関心も高い。
東南アジア各国は全体的に自動車の普及率が低い。これから自動車が増える国にEVを普及させればCO2の削減効果は大きい。また、東南アジア諸国は貧富の差も大きいので、EVの工場を造って量産体制を整えれば新たな雇用が生まれ、学校に行けない子どもたちや病院に行けない人々の数を少しでも減らせるだろう。鶴巻氏にはFOMMがそういった人々の力に少しでもなれたら、という強い思いがあった。

開発までの道のりは、資金繰りで綱渡りの日々だった

思えば、開発までの道のりは平たんではなかった。FOMMの創立は2013年2月4日。鶴巻氏はその直前に当時勤めていた会社を辞め、インターネットで会社設立のノウハウを学び、資本金20万円で会社を立ち上げた。試作車を開発するには数千万円から1億円程度かかる。幸い鶴巻氏は、ベンチャーキャピタル(VC)から資金調達の約束を取り付けることができた。
ところが法人登記をした記念すべき2月4日に悪夢が待ち受けていた。

鶴巻 その日の夜に1人でお祝いをしていたら、資金を提供してくれるはずの社長から電話があり、「やっぱり出せない」と告げられたのです。そこから2カ月は「針のむしろ」のような状態でした。
資本金20万円ではどうにもなりません。会社の先行きを心配する妻に頼み込み、退職金を転用して増資をしました。昔のツテを頼っていくつもの会社にモーターの開発を依頼しましたが、先行きの見えないベンチャー企業に協力してくれる会社は現われませんでした。

暗澹たる日々が続く中、3月中旬に自動車部品メーカーの大同工業(石川県加賀市)が出資の約束をしてくれた。同社からは人材提供まで受け、ようやく設計が始まった。続いて日本特殊陶業(愛知県名古屋市)からも出資を取り付けた。
そして、以前一緒に働いていた仲間が、1人、また1人と鶴巻氏の超小型EV開発に賛同して加わってくれ、たった1人で立ち上げたFOMMは社員7名の会社になった。

こうして試作品の製作を見切り発車で始めた。2014年3月にタイで開かれるモーターショーに出展するためには、一刻の猶予も許されない。7人のサムライは、メイド・イン・ジャパンの超小型EVの海外出展に向け、改良に改良を重ねながら連日真剣勝負で切り込んでいった。
一方で、VCからの出資は3月、6月、8月と延び延びとなり、秋が訪れても色よい返事がもらえなかった。部品メーカーの支払期限が11月末に迫り、結局数社には支払いができず「1週間待ってください」と頭を下げて回った。
そして12月6日、待ちに待ったVCからの振り込みがついに実行され、なんとか綱渡りで窮地を乗り切った。

創業から3年半後、現在の全従業員は22人に

創業から3年半後、現在の全従業員は22人に

鶴巻 残金はほとんどゼロになりましたけど、なんとか試作車を作ることができました。そして2月に記者発表をして、3月末にタイのバンコクモーターショーに出展。その様子はNHKも生放送してくれて、これでお金を出してくれるVCが増えると思ったのですが…。
話はそう簡単ではありませんでした。新たなVCからは「タイのパートナーがお金を出したら、私たちも出しますよ」と言われ続けました。資金調達はままならず、逆に社員は少しずつ増え、給与の支払いも綱渡り状態となりました。それでも諦めたら終わりですから、音を上げるわけにはいきません。とにかく試作車のレベルアップをしていくしかない。最初は完成度が20%くらい。2台目で50%、3台目で70%、そして11月23日に発表した4台目で90%弱くらいですね。

大きな志を抱いて乗り込んだタイだったが、ことは簡単に進まなかった。自動車の普及がそれほど進んでいないタイでは、どちらかといえば大きくて派手な車が好まれる。鶴巻氏は、ポリシーの問題から大きな車という要望に応えることはできなかったが、試乗会を何度も開き「2人乗りでは不便。やっぱり4人乗りがいい」「アクセルの操作性を上げてほしい」などの要望には極力応えるべくイノベーションを重ねた。価格は日本円にして100万円程度に抑える予定だ。

鶴巻氏

試乗会でプラユット首相に気に入ってもらえたことで、風向きが変わった

鶴巻 日本の技術はすごいぞ、と押し付けてもダメだと思います。地域のニーズを吸い取る一方で新しい発想も必要ですから、シーズとニーズのバランスが重要だと考えています。
いろいろな人たちの協力を得て、タイでの地ならしを少しずつ進めましたが、なかなかタイで超小型EVを生産してくれるパートナーは見つかりませんでした。もうタイを諦めて、他国に軸足を移したほうがいいのではないか。実際に韓国や中国、インド、オーストラリアといった国からアプローチがきていました。
そうした中、ずっと協力していただいているタマサート大学のヴィラーチ教授の計らいで、2016年5月にプラユット首相を試乗会にお招きすることができ、風向きが変わりました。
プラユット首相はEVに強い関心を持ち、タイの中核産業の1つにしようと考えておられました。「FOMM Concept One」を気に入っていただき、これがきっかけで、ようやくパートナー企業が決定しました。

ドイツ連邦議会は「2030年までに内燃機関で動く自動車は禁止する」という決議案を採択しましたが、他の欧州諸国でも同様の動きが広がっています。アメリカがどうなるかは分かりませんが、EVは今後、加速度的に増えていくと思います。自動走行もいずれ実現すると思いますが、それには小さなEVが最適です。

鶴巻氏が開発したFOMM Concept Oneがタイの工場で量産され、それがタイだけでなく、やがて他のアジア諸国へ、そして欧州へと輸出されていく日も遠くない。
地球環境の未来を案じ、人々の命を災害や事故から守るために、持てる技術とノウハウを駆使してきた1人の技術者は、今日も理想を追い求め、タイと日本を行き来しながら2017年末の量産開始に向け東奔西走している。

TEXT:渋谷 淳

つるまき・ひでお 鶴巻日出夫 株式会社FOMM代表取締役 CEO

1962年、静岡県生まれ。東京都立航空工業高等専門学校航空機体工学科を卒業後、1982年に鈴木自動車工業株式会社(現・スズキ株式会社)へ入社。二輪車のエンジンから車体まで多岐にわたる設計を担当。1997年、アラコ株式会社に移り、1人乗り電気自動車「COMS(コムス)」等の開発に携わる。「i-unit」「i-real」の開発にも携わる。その後のトヨタ車体株式会社でも新型コムスの企画・開発に従事。2012年、株式会社SIM-Driveで超小型電気自動車の東南アジア展開を企画。2013年、超小型電気自動車の実現を目指す株式会社FOMMを設立。 代表取締役 CEO就任