人工知能で思い通りに動く「筋電義手」 ――軽量で低コスト、人間の脳と機械の融合でバリアフリー実現へ

「筋電義手」という言葉をご存じだろうか。
事故で腕を失ったり、生まれながらに腕が欠損していたりする人たちでも、これを装着すると、自分の意志で手首や指を本当の手のように動かすことができる。筋肉が発する微弱な電気信号をセンサーで感知し、制御マイコンやモーターなどのメカニズムを駆使して生活に必要なさまざまな動きができるのだ。
電気通信大学大学院情報理工学研究科の横井浩史教授は、一人ひとりの電気信号の特性を人工知能で解析し、義手に記憶させる技術を開発した。短時間で筋電義手の操作に習熟でき、動きはスムーズ。しかも軽量で低コストに抑える工夫が凝らされている。
傷痍軍人向けの筋電義手が発達している欧米に比べ、日本での普及は著しく遅れていたが、最近の労災保険制度の改正によって以前に比べ格段に求めやすい価格になったため、普及に弾みがつきそうだ。
「人間の脳と機械の融合によってバリアフリーの社会を作りたい」という横井教授に、筋電義手の可能性や、その技術を応用した脳卒中の新しいリハビリ方法など、今後の展開についてお話を伺った。

筋肉に発生する電気信号を解析し、事前に学習した記憶で自在に動く

――筋電義手は日本ではあまりなじみがありません。どのようなメカニズムで動くのか、分かりやすく説明していただけますか。

横井 人間が筋肉を動かそうとすると、脳から出た指令が神経を伝わって筋肉に達し、放電現象を起こします。そしてマイナス70mv(ミリボルト)程度の電気信号(筋電位)が筋肉の膜上を伝わり、筋肉を収縮させます。これを皮膚の表面に付けたセンサーで測定すると、手を握る、開く、手首を曲げるといった動作に応じて、周波数や振幅にそれぞれ違った特性が現れます。

事故で腕や指を失ったり、生まれながらにして欠損したりしている人の場合も、手首や指を動かそうとすると、脳の指令で筋肉に同じように筋電位が発生します。それをセンサーで捉え、内蔵しているマイコンで周波数などの特性を解析し、あらかじめ記憶させているパターンと比較します。パターンを識別したら、サーボモーター(位置や速度を自動制御できるモーター)を駆動してワイヤーで手首や指を動かします。

人間が筋肉を動かそうとすると「筋電位」が発生する。その信号を感知し、モーターで義手を動かす

人間が筋肉を動かそうとすると「筋電位」が発生する。その信号を感知し、モーターで義手を動かす

私たちが開発した義手は、学習機能を持つ人工知能を備えており、義手を装着する前に、その人の動作と筋電位の関係性をすべて記憶させておきます。パターンの数は子どもなら5種類ぐらい、大人だと多い人で15種類ぐらい記憶させます。いわば、その人の個性に適応したオーダーメイドの義手なので、自分の意志でスムーズにモノをつかんだりドアノブを操作したりできるのです。

パソコンを使って装着した筋電義手にさまざまな動きのパターンを記憶させる

パソコンを使って装着した筋電義手にさまざまな動きのパターンを記憶させる

個性適応機能を持つ筋電義手

個性適応機能を持つ筋電義手

5歳の女の子はわずか15分の訓練で義手を自在に操作

――その人工知能ですが、どのような方法で手の動きを学習するのでしょうか。

横井 実際の動画を見ていただくのが分かりやすいと思います。生まれつき左手の肘の3センチから先が欠損している5歳の女の子のケースです。

ここで、その女の子が初めて筋電義手に腕の動きを学習させる映像(一般には非公開)を拝見した。女の子は欠損部に筋電義手を装着し、手を「握る」「開く」「4指屈曲」「安静(手を自然に放置した状態)」などの感覚で筋肉に力を入れる。義手が意志通りに動いたら、その時の信号パターンをパソコン経由でマイコンチップに入力し記憶させる。これが終われば彼女の個性に適応した筋電義手が完成だ。そのあと彼女はわずか15分ぐらいのトレーニングで義手の使い方に慣れ、自在に操ることができるようになった。

次のシーンは、それから3カ月後の映像で、筋電義手を着けた日常生活の様子だ。驚いたことに、女の子は大きなバスタオルを両手でさっさと畳み、ペットボトルのフタを開け閉めし、兄弟と一緒に楽しそうに遊び道具を両手で操っていた。
文字通り「手」を手に入れた5歳の女の子。これからの長い人生、ハンディキャップを抱えながらも、筋電義手を使いこなすことでそれを感じさせず、自信を持って成長していくのだろうと胸が熱くなった。
試しに筆者も上腕部にセンサーを付けて学習に挑戦してみた。スマホのアプリを使った信号の入力・記憶作業はとても簡単。数分後、義手はまるで筆者の手と同じように動いてくれた。


横井
 手を欠損した子どもは幼稚園に通うようになると、自然と手を隠すようになります。これは良くないことです。しかし、筋電義手を着けると、逆にみんなに見せびらかしたりする。よく遊ぶほど義手が壊れるので、修理のために研究室に持ち込まれます。私はぜひ、こうであってほしいのです。
この人工知能を開発したのは1998年でした。2001年には特許を取り、一般に開放して誰でもこの技術を使えるようにしました。開放したのは、誰かが同じ技術で特許を取って他の人が使えないようにするのを防ぐのが目的でした。

横井さん

人工知能化を一般社会にそのまま持ち込むことの難しさ

――人工知能を使う義手に1990年代から取り組んでおられたとは驚きました。

横井 そのころ人工知能の研究はとても盛んだったのです。1960年代に米国のマービン・ミンスキーという科学者が人工知能の理論を示し、80年代には米政府が巨額の開発予算を付けました。しかし、多くのプロジェクトは失敗し、成果を出したのは、病状に応じて薬剤を選ぶシステムと、IBMが開発した人間のチェス・チャンピオンに勝ったコンピューター(ディープ・ブルー)ぐらいでした。これらはすべて、データベースの探索システムです。ともあれ1980~90年代は誰もが人工知能に夢を持っていたのです。

話がそれますが、そのブームが再び繰り返しているのが現代だと思います。例えばグーグルの自動運転車はグーグルマップ上の範囲であれば動きますが、もし地図がなかったらどうなるでしょうか。人間はいくらでも運転できますが、自動運転車はできません。
これについては地図の有無だけでなく、人間との知恵比べ(いたずらや当たり、テロなど)、センサーの故障検知など、すべては信頼に基づいて運営されている交通社会の根幹にかかわる問題であるため、信頼できるロボットカーが作れるかどうかが問題です。ましてや学習機能を持つようなロボットは、ヒトの考えているフレーム(枠)を超越して行ってしまう可能性が大きいと思います。つまりあるフレームが設定されているから人工知能化が可能なのであって、一般社会にそのまま持ち込むことは難しいものがあります。人工知能の高度化の最も難しい点は、「痛みを共有し、公共の福祉に資する行動規範を持つように誘導することが困難であること」にあると私は考えています。
話題のディープ・ラーニング(深層学習)も、従来研究されていた神経ネットワークを関数に用い、物理現象からルールを引っ張り出そうとする技術です。特に目新しいものではありません。

筋電義手の課題はチップの計算速度と電池の容量

――筋電義手の使い勝手をもっと良くするには、電子部品の改善や一層の軽量化が不可欠だと思いますが、どのような課題に取り組んでおられますか。

横井 マイコンのチップはまだメモリー量が少なく、計算速度が遅いのが難点です。今のレベルでも最低限の用は足りますが、もっと高速データ処理をして動きを速く、複雑化したい。外部のサーバーと無線でつなぎ、データ処理をサーバーにやらせて結果を返してもらうクラウドコンピューティングも研究テーマです。
電池の課題は容量です。もっと小型軽量化して持続時間を長くしたい。今は義手の中に入らないので、市販のUSBバッテリー(5ボルト)を腰などに付けてケーブルでつないでいますが、2日間しか持ちません。せめてスマホ並みに1週間ぐらい連続して使えるようにしたい。
皮膚に付けるセンサーは、表面が硬くて直接付けると痛みがあるので、柔らかい導電性シリコンで覆う工夫をしています。さらに、指先にも触覚センサーを付け、物を持った時の感触をマイコンにフィードバックさせ、モーターや関節の動きに反映させる技術も研究しています。
重さの点では、3Dプリンターを使うことにより、オーダーメイドで軽量の筋電義手を素早くかつ低コストで製作できるようになりました。

――義手は服の外に露出しますから、外観や質感が大事になりますね。手を覆う人工皮膚にはどんな工夫がされているのでしょうか。

横井 人工皮膚は、従来は塩化ビニールやシリコンを素材として使っていました。しかし、塩化ビニールは固くて指が動きにくいので電池を消耗します。シリコンも引き裂き強度が弱くて破れやすいという欠点がありました。

そこで今は、それらに代わる素材として、柔らかさや弾性、耐久性に優れたエラストマーゲル(ゴムの1種)を使っています。まだ肌の色合いが課題ですが、引っ張ったときに13倍も伸びる柔軟さは素晴らしいです。

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車の運転、パソコン、入浴、トイレ、炊事、洗濯など、生活の質を向上させたい

――先生は、節電義手を装着する人の「生活の質の向上」という観点を重視されています。具体的に目標とされているところをお聞かせください。

横井 私たちは国の研究予算を使っているので、「日常生活に利用できるレベル」が当面の目標です。車の運転、パソコン入力などの事務作業とか、入浴、トイレ、炊事、洗濯などの社会生活に必要な動作を優先してカバーしたいと考えています。パソコン入力のためには少なくとも指を1本他の指から独立して動かせる機能が必要になります。

成人義手

成人義手

小児用義手

小児用義手

就労機会の拡大も目指したいのですが、まだそこまでは義手のパワーが足りません。今の重さ(大人用で500g)を増やさずに握力を出そうとすると、モーターなどメカニズム全体をもっと強固な機構に変えないといけません。
これらの義手を実際に製造してくれているのは、お医者さんたちが立ち上げたNPO法人「電動義手の会」という組織です。関節の自由度を多くして趣味やスポーツに使える義手の開発も手掛けています。例えば財布からお札を取り出すには、3本の指を畳んで、残り2本の親指と人差し指だけでつまむという難しい動作が必要になります。

労災保険の緩和を機に価格をどんと下げて普及させたい

――筋電義手はもっと普及してもよさそうに思えるのですが、日本が欧米に比べて遅れをとった理由はどこにあるのでしょうか。

横井 理由は簡単で、長い間、労災保険の対象になっていなかったことです。両腕を失った人には片腕のみに試験的に認められていましたが、片腕だけ失った人は対象外でした。価格が150万円ぐらいするので、労災でカバーする費用の増大を懸念したのだと思います。
このため片腕の人が筋電義手を使う割合は、日本ではわずか数%なのに対し、米国は30%、ドイツは70%と大きな差があります。欧米には、昔から戦場で傷ついた傷痍軍人に義手を支給する制度があり、特に米国ではその予算を使って、先天的に腕のない子どもたちにまで支給するという手厚さです。

日本は年間30兆円を超す社会保障費を支出しているのに、なぜ筋電義手の数億円が出て来ないのか不思議でした。しかし、2013年に労災保険制度が改正され、片腕のみ失った人も試験的に対象に加えられました。これはみんなが長年待ち望んできた画期的な前進でした。
私たちはこの制度改正に加えて、筋電義手が障害者総合支援法に基づく「義肢装具等完成用部品」に指定されることを目指しています。2016年10月末に大人用38万円、子ども用24万円という安い価格で指定申請を出しました。

指定を受ければ国費から支給され、普及が大きく進むことが期待できます。最終的な目標は、装飾用の義手(動かない義手)が15~16万円で販売されているので、筋電義手もそのぐらいを実現したい。そのためには原価を5万円ぐらいに抑えなければならず、その場合、中国などでの生産が検討対象になってくるでしょう。

横井さん

脳卒中や脊髄損傷でマヒした手足を、電気刺激でリハビリする

――先生は「義手で開発したシステムを、ロボットの高性能化など他の機械にも応用したい」と語っておられます。具体的にはどのような産業分野を想定されているのでしょうか。

横井 「人と機械の融合技術」が私たちの主要なテーマで、以前から幅広く研究しています。具体的には知能機械・ロボットの分野では、人に装着して補助するパワーアシスト機器や、機能性衣服の開発などです。脳神経に関わる分野では、身体が出す生体信号に基づいて外部機器を制御するブレイン(脳)・マシン・インターフェース、感覚フィードバックのための電気刺激装置の開発などがあります。

このうち電気刺激装置のテーマは、脳卒中や脊髄損傷などで動かなくなった手足に電気刺激を与え、運動機能を回復させようという試みです。
電気刺激を使うリハビリには古い歴史があるのですが、私たちは50Hzと100Hzの周波数をいろいろな比率の強さで組み合わせ、患者さんの上腕部に刺激を与えてみました。すると7対3の比率で混ぜたときに、脳の活動が一番大きく変化することが分かりました。
実際に6年間も体の片側がマヒして手が動かなかった人に、その比率で電気刺激を10回繰り返したところ、驚いたことに、その人は電気刺激なしでも自分の意志で手を動かせるようになったのです。

高齢化時代、工夫次第でいろいろな応用の可能性がある

――不思議ですね。どういう理由で機能が回復するのでしょうか。

横井 腕や手の筋肉に電気刺激を与えると、筋肉は強制的に伸ばされます。その信号が脳に届いて脳が活性化する。つまり脳は自分が指令を出したかのように錯覚しているのです。やがて脳が自ら指令を出すようになり、筋肉を動かすのだと考えています。ただ、その効果は3日間しか持続しないので、これをさらに延ばして定着させることが今の研究課題です。

やはり脳卒中で足首がマヒして全く曲がらない患者さんも、電気刺激を繰り返し与えると、自分の意志だけで少しずつ足首が曲がるようになりました。また、別の脳卒中を起こした患者さんの場合、初めは人の支えがないと立っていられなかったのに、電気刺激のトレーニングを続けると、自分で歩けるようになりました。
脳卒中で脳幹部に近いところにダメージを受けた人は効果が限定的ですが、そうでない人ほど回復が見られることも分かってきました。
このように筋電位の研究は義手の開発にとどまりません。高齢化が進む社会では、工夫次第でいろいろな応用の可能性が開けてくると思います。

TEXT:木代泰之

よこい・ひろし 横井浩史

電気通信大学大学院情報理工学研究科教授、脳科学ライフサポート研究センター長兼務、博士(工学)。 1963年生まれ。北海道大学工学部精密工学科を卒業後、トヨタ自動車に入社。本社生産技術開発部、操舵系の設計及び生産システムに関する研究開発に従事。 2年ほどで退職し、1993年、北海道大学大学院工学研究科精密工学専攻後期博士課程修了。通産省工業技術院生命工学工業技術研究所(現・独立行政法人産業技術総合研究所)に入る。 95年、北海道大学大学院工学研究科助教授、2004年、東京大学大学院工学系研究科助教授などを経て、09年より現職。 軽量筋電義手の開発をはじめ、社会生活、とくに福祉分野で役立つ柔軟でインテリジェントな機械システムを目指し、人と機械の相互反応系をテーマに研究を続けている 。