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WEBカメラやスマートフォンで撮影している人やモノ、場所など、現実世界の映像に対して、欲しい情報や関連する映像がリアルタイムに読み込まれて重層的に表示される。SFの世界の物語と思われてきたAR(Augmented Reality:拡張現実)はスマートフォンの普及により多くのシーンで活用されるようになった。雑誌とも違う、WEBとも違う、もちろんテレビとも異なるAR。
この新たなインフォメーションテクノロジーは既存のメディアに対してどのように存在し、また融合していくのだろうか。AR開発者の代表的な存在といえる川田十夢氏に、ARとの出会いとメディアの未来を尋ねてみた。

先端技術が必ずしも人間を幸福にするとは思わない

――川田さんは、どのような経緯でARというITに注目されたのですか。

川田 JUKIというミシンメーカーに10年間在籍していまして、ミシンとインターネットを接続するシステムで特許をとったり、海外に100社ぐらいあった関係会社からの発注を、CDN(Contents Delivery Network)と同期しながら国内で一手に引き受けられるシステムなどを、設計・開発してました。特許についてはうっかり発案者だったので、世界中を回り、自分の声で「将来的にこの技術は役に立つ」ということをプレゼンテーションして回ってたら、東南アジア諸国で「あなたがやっていることは確かにすごいかもしれないけど、今の私たちの生活には、なんのメリットもない!」ってひどく怒られたんですよ。「日本人……というか、先進国はいつもそうだ」と。

「そんなことよりもミシンの針が折れたときに分厚いパーツリストを開かなくても、型番を調べなくとも、誰でも簡単に発注できるシステムを作ってくれ。それが僕らの未来だ」といわれて、あっ、確かにそうだなと思ったんです。

またミシンとインターネットの組み合わせは、いってしまえば経験のコピー&ペーストで、誰でも綺麗な縫製ができる画期的なシステムだったのですが。それも現場からしたら、「私たち縫子(縫製工場で働くミシンオペレータさんのこと)まるごと、要らなくなっちゃうじゃないか。私たちの、現場で培った経験値はどうなるんだ」みたいに言われて、ショックでした。確かに、その通りだったので。

川田十夢氏他にも僕のシステムを使うと製造ラインが可視化され、どこで遅延が起きているか、誰が進行を遅らせているかが見えちゃう仕組みも作ったんですけどね。これも、合理化だけを考えればすごいけど、管理される側からすると地獄のようなシステムなんです。僕は確かにテクノロジーのみの側面で超すごい発明をしたけど、現場で働く人たちからしたら、何のメリットもなかったという。盲点でした。(笑)

そこで、現場で喜ばれる発明をしようと思って、折れた針をリアルカムで認識して、針の型番を呼び出して、すぐに注文できるような仕組みを考えていたら、画像認識技術に辿りつきまして、そこでARという言葉と出会いました。あれ? これ応用したらもっと凄いことできるんじゃない? 目からビームとか出せるんじゃない? ていうか鳩も出せるじゃん、と、だんだんそっちのほうが楽しくなっちゃって、すっかり今では、AR三兄弟が本業になってしまいました。(一同笑)。

他にもいろいろアイデア(例えば、ミシンにエレキギターのプラグを差して布に音楽を記録する仕組みなど)を形にしかかってたけど、当時の経営者に言ってもすぐにはわかってもらえないなと思って、だったら会社の外でいろいろ先に拡張して実績作って、理解してもらおうとしました。結局、それも叶わず。僕はチームまるごとリストラされる訳ですが、全体的にいい経験になりました。

感覚を奪い合わずに情報を補完する

――先日の情熱大陸(TBS)では、テレビとARを融合するといった実験にチャレンジされていました。この組み合わせが進化するとしたら、視聴スタイルの変化にもつながるのでしょうか。

川田 それに答える前に、まず僕の原体験から話させてください。

川田十夢氏少年時代に父親と野球を見にいったんですね。でも遠くのほうが見えないし、野球のルールもよくわかんないから、なんで周りにいる人たちが喜んでいるのかわからなくて。

ちょうど、前の席にイヤホンしながら球場を見ているおじさんがいた。あの人、何してるのって父親に聞いたら「あれはラジオを聴いてるんだよ」と。そう聞いて、自分もやってみたくなった、父親が持ってたラジオを借りて耳にした瞬間に、なんであのフライを見逃したのかとか、ファールがどれくらい際どいものだったかなど、今まで見えなかったものがパーッと見えたんですよ。足りない情報が補完されて、現象全てが把握できたんです。

あれは素晴らしい体験だったなと思って、家に帰ってもういちどテレビ観ながらラジオを聴いてみたら、今度は情報と情報がケンカをしちゃう。情報の密度が、視覚と聴覚で同じくらいだったんです。

その体験から、もちろん当時はARという言葉も知りませんでしたが、五感をそれぞれ奪い合うものであってはいけない、足りない部分だけを補い合えるメディアこそが正解だなって思ったんです。
川田十夢氏で、今のテレビがインターネットやARなどのテクノロジーをうまく使えてないのは、視覚情報を視覚情報で埋めようとしているからなんですね。チャンネル情報が一個増えちゃっただけで、完全なるナンセンス。古い考え方といってもいい。テレビと重複するだけのUST副音声にしても、単なる聴覚の奪い合い。テレビ+αでしか体験できない何かを、提供しなければいけない。

僕が情熱大陸でやったのは、普段テレビの枠に収まらないはみ出たものを、スマートフォンに収めることでした。視聴者は、局側の判断ではなくて、自分の見たいものだけを見たいし、他の視聴者がどう感じているのかも知りたい。スマートフォンは、スクリーンでありボタンでもある。これを再考して、テレビ放送を拡張した実験を行ったわけですが、大正解でした。露骨に、テレビの新しい時代の幕開けだったのだと思ってます。

text:武者良太

後編はこちらから

川田十夢氏

かわだ・とむ
川田 十夢

1976年熊本県生まれ。1999年メーカー系列会社に就職、面接時に書いた『未来の履歴書』の通り、同社Web周辺の全デザインとサーバ設計、全世界で機能する部品発注システム、ミシンとネットをつなぐ特許技術発案など、夢みたいなことをひと通り実現した後、うっかりリストラに遭遇。まるごと背負って独立。天才開発者としての顔を持ちつつ、独特の文体で作家としても活動。著作と連載をわりと抱えている。凄いと言われるより、おもしろいと言われたい。おもしろいというより、ユニークだと言われたい。最後は、やっぱり凄いと言われたい。
http://ar3.jp/


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