村松亮太郎

2012年に東京駅丸の内駅舎をキャンバスに展開した「TOKYO HIKARI VISION」をはじめ、アーティスト・村松亮太郎氏が次々と映像の演出を手掛けている3Dプロジェクション・マッピング(3DPM)。
ありふれた日常の世界が突然、非日常に変わる驚きや面白さ。それは時空を超えた別世界に観客をしばしいざなってくれる。
村松氏は映画・映像からキャリアをスタートさせ、テレビ、WEB 、3DPMなど、ジャンルを超えたアーティストとして高い評価を得てきた。20年前に仲間4人で始めた(株)ネイキッドは、今や100人規模のクリエイター集団に成長。山村辺地にも出かけて地方創生に取り組み、ひと味違う「村おこし」にも成功している。
デジタル技術の発達は多彩な表現を可能にしたが、一方でYouTubeなどの普及により、誰でも表現者になりうる時代をもたらした。クリエイターはこの危機をどう乗り越えるのか。常に新ジャンルに挑戦する村松氏に、ご自身の表現活動や今後の方向性について伺った。

都会の真ん中に出現した「日本一早いお花見空間」

インタビューに先立ち、2017年2月2日(木)から3月20日(月)まで日本橋三井ホールで開催されていた「FLOWERS by NAKED 2017-立春-」を鑑賞した。
会場に入ると、まずあたり一面に漂う魅惑的な甘い花の香りに包まれた。これから繰り広げられる特別な花の世界への期待がふくらむ。正面には花のオブジェとプロジェクション・マッピングで彩られた巨大な本のスクリーンが出迎え、咲きこぼれる花々が次々と華やかに映し出される。

都会の真ん中に出現した「日本一早いお花見空間」

風にそよぐ竹林を抜けると、そこはソメイヨシノや山形から取り寄せた啓翁桜が満開だ。月を模した丸いぼんぼりの柔らかい光が、まるでおぼろ月夜のよう。
バーカウンターでドリンクをたのんで、「日本で一番早いお花見」を満喫する。50台を超すプロジェクターが花々の豊かな映像を映し出す。都会の真ん中にいながら、しばし花の中に遊ぶ喜びは格別だ。
生け花、オブジェ、映像、香り、踊り、音楽、飲食など五感を刺激するこのイベントには、村松氏の総合演出の下に、いけばな草月流第4代家元の勅使河原茜さんら多彩なアーティストが参加している。

都会の真ん中に出現した「日本一早いお花見空間」

――「FLOWERS by NAKED 2017 —立春—」を堪能しました。この制作意図を解説していただけますか。

村松 長い冬が終わり、生命が芽吹く「立春」をテーマにしています。「秘密の花園」「魅惑の楽園」に続くシリーズ3つ目の作品で、シンプルに花は素敵だなという感覚で作りました。都会では「花のある生活」をしたくても、リビングにふんだんに花を活けることは少ないし、お金もかかる。そんな都会の人々に春の息吹を存分に感じてほしいという願いを込めています。
フラワーパークに行けば、いろいろな花を見られますが、都会で花を楽しめるフラワーパークってどんなものだろうと考えました。花が好きだから見に行くけれど、現代の都会人が本当に楽しめるフラワーパークは、残念ながらそこには存在しないのではないか。それを実現したところにFLOWERS by NAKEDの意味があると思っています。

都会の真ん中に出現した「日本一早いお花見空間」

村松さん

題材の普遍的価値にテクノロジーを異種配合する

――村松さんを一躍有名にした「TOKYO HIKARI VISION 」は、斬新なアイデアがいっぱいで、見る人の度肝を抜きましたね。

TOKYO HIKARI VISION 主催:東京ミチテラス2012実行委員会

TOKYO HIKARI VISION 主催:東京ミチテラス2012実行委員会

主催:東京ミチテラス2012実行委員会

村松 このアートは、東京駅自体が持つ価値や意味を包み込むことで成立しています。ちょっとした魔法を東京駅にかけ、いつもの日常的な姿とは違う世界を作り出しました。
とくに説明してはいませんが、量子力学に出てくる「光子」の誕生から現在に至るまでの物語になっています。ビッグバンで光子が生まれ、自然の光になり、火になる。電球として都市を照らし、色となって人間に寄り添う。それは文化や芸術になり、最後はまた東京駅に戻って来るという物語です。

東京駅には老若男女が集まります。皆さんに感動してもらうために、3DPMに映画的文脈、つまりストーリーや世界観をかけ合わせて提示したのです。こういうバックストーリーは説明しなくても観客に伝わるので、映画を見た後のようなカタルシスを味わっていただけたと思います。

同じように、東京国立博物館で「京都―洛中洛外図と障壁画の美」をやり、また水族館や夜景も題材にしました。オーセンティックなものが持つ普遍的価値に最新のデジタルテクノロジーをかけあわせる。つまり異種配合のアートなのです。

村松さん

夢の時間がどんどん長くなったディズニーランド

――村松さんは「日常が非日常に変わるところに面白さがある」と語っておられます。まさにそれを狙ったアートなのですね。

村松 そうです。例えばディズニーランドのように、初めからそこは非日常だと分かっている場所では意外性はありません。では非日常のサプライズはどこで起こせるのか。それは日常の中なのです。
経営面ではディズニーランドはとても面白い存在です。もともとは映画産業で1500円払えば2時間たっぷり夢の世界を見せてくれた。次にランドを作り1日5500円で楽しめるようにした。さらにリゾートを作り宿泊して楽しんでもらう、というように夢の時間がどんどん長くなり、ビジネスが大きくなっていきました。これはディズニーが誘導したというより、大衆のライフスタイルや価値観が変化したために、ディズニーのほうからお客に寄り添って行った結果だと思います。僕たちのアートもそれに近いと言えます。

現代まで残っているものには学ぶべき本質的なものがある

――デジタル技術はどんどん進化しています。未来のテクノロジーと、人やアートの関係はどのようになると考えておられますか。

村松 人中心に戻っていくと思います。僕自身も、テクノロジーを人の方に引き寄せたいと考えています。かつてテクノロジー・アートと言う言葉がはやり、僕もそのように言われました。テクノロジーの恩恵に大いにあずかっていることは否定しませんが、テクノロジーが世界を変えるとは思っていません。テクノロジーに使われるのではなく、人がテクノロジーを使う。人の感覚って軽視できないところがあって、僕は理屈よりそちらを信じていますね。

村松さん

――「京都―洛中洛外図と障壁画の美」も心に残りました。絵の中の人物が動き出し、中世の京都を漫遊しているような気分でした。

村松 あの屏風絵は当時から重要文化財指定で、2016年4月には国宝になっています。こんな宝物を勝手にいじるような大それたことをてしいいのかなという悩みがありました。でも当時の人々にとって、あれはアバンギャルド(前衛的)な絵画であっただろうと考え、その精神をリスペクトしつつ、3DPMで既成概念を壊すことに挑戦したのです。
絵は動かないので、絵の中の登場人物たちを狂言回しに使ってストーリー性を高めました。まず、「洛中洛外図屏風・舟木本」に描かれている2千数百人の中から500人ほどをピックアップ。個性豊かなキャラクターを2次元で制作し、建物や空間には奥行き感を出し、それを東京国立博物館東洋館の壁面いっぱいに映し出しました。

幕間では、人物が鴨川に落ちるという設定で一度現代に連れて来て、また過去の京都に戻すという、観客を飽きさせないための工夫をしました。映画で言う「ミッドポイント」で、テーマが浮き彫りになる場面です。登場人物を動かすことで、分かりやすいストーリーになったと思います。

屏風絵にしても歌舞伎にしても、現代まで残っているものは、そこに何らかの革新性や創造性があって長く支持されてきたからです。それがないものは途中で滅びています。今も学ぶべき本質的なものがそこにあると思います。

マーケティングに頼った仕事ではフォロワーにしかなれない

――村松さんは映画、TV、WEBなど多彩な分野に取り組んでおられます。表現ツールやフィールドに捉われることなく挑戦する意味はどこにあるのですか。

村松 ジャンルを分けるのは好きではありません。1997年にNAKEDを立ち上げた時から「コアクリエイティブ」「トータルクリエイション」「ボーダレスクリエイティビティ」の3つの方針は変わっていません。分野横断型であり、表現するメディアも手段も問いません。

当時、コンピューター・グラフィクスはCG屋さん、映画は映画屋さんというように住む村を分別していました。業界からは「NAKEDのような形態がうまくいくわけがない」と99%否定されていました。
しかし、もの事は本来あいまいなカオスです。「それを分別するのは愚か者だ」という仏教の教えを聞いたことがあります。僕自身もいわば空っぽのミキサーのような存在であって、いろいろなものを入れてかき混ぜると新しいものができる、といった感じなのです。
NAKEDはクリエイティブ・カンパニーです。何をテーマにするかは、あくまで自分の感覚が頼りです。マーケティングで情報を集めて仕事をしたのでは、しょせんフォロワーにしかなれません。創造的なことをやるには、データから答えを出すのではなく、真っ暗なところを自ら走ることで答えを見い出さねばなりません。

村松さん

プロとアマの境目がなくなり、誰でも映画監督になれる時代

――デジタル技術によって多彩な表現が可能になる一方、ネット上で誰でも表現者になれる時代になりました。デジタルによるアートの将来をどのように見ておられますか。

村松 これは僕たちクリエイターにとっては大変な問題です。プロとアマの境目がなくなり、誰でもクリエイターになれる。映画もiPhoneで撮れ、たちまち映画監督になれるのです。アートの意味も変わり、自己表現であれば、誰が撮ってもアートになりえます。正直なところ、プロとしてジレンマを感じています。

僕の作品はインスタグラムで爆発するので有名です。お客さんは僕のアートを写して2次加工し、別のアートに作り変えて投稿する。それがまたうまいのです。そこで僕はそれらの写真を題材にまた別のアートを作る。つまりコミュニケーションの循環がアートになっている。この共創の関係が新しい時代の表現なのかなと思います。

村松さん

長野県阿智村の活動が成功した第一の理由は、地元に熱意のある人がいたから

――地方創生の活動として、長野県阿智村で長期にわたり「村おこし」に取り組んでおられます。どのような活動をされているのですか。

村松 阿智村は人口6000人の山村ですが、いま訪れる人は夏だけで10万人を超える盛況ぶりです。地方創生の大成功例ではないでしょうか。阿智村は環境省から「日本一星空が輝いている村」に認定されていますが、次に目指すのは、ずばり「スタービレッジ阿智」です。

僕はブランディング・ディレクターとして関わり、温泉や自然を「星」でブランディングする10年計画を進めています。先ほどのディズニーランドと同じように、リアルな村をそのまま非日常の世界にするのです。
今年は「冬のナイトツアー」を始めました。スキー場の駐車場を8台のコンテナで囲み、阿智村の四季などをテーマにした3DPMを楽しみます。そこは、秘密のスペースコロニーという設定です。
そして光を落とした瞬間、上空に日本一の星空がどーんと広がります。皆さん感動します。僕の3DPMは前菜で、メインディッシュは星空なのです。

村松さん

――こういう成功例が出ると、地方にも元気が出ますね。全国の多くのプロジェクトの中で阿智村が成功した理由はどこにあるのでしょうか。

村松 何より地元に熱意のある人がいたことです。昼神温泉の企画を担当する若い方ですが、リーマンショック後に客足が落ち込んでしまい、頭を抱えていたのです。僕に相談のメールが来たのは2015年1月2日。「おー、正月にも働いているんだ」と思い、2日後には僕は阿智村にいました。

地方創生の関連では、佐賀県庁の展望台を使った「光るアート県庁『SAGA』」があります。昼は普通のまじめな県庁ですが、夜になると夜景を生かした光のアート空間に変わり、九州のゆるキャラたちも登場するという楽しいエンタメ会場です。県庁と県民の交流を深めることにも貢献しています。

ラブホテルの男女にはリアリティがいっぱいある

――ところで村松さんは2000年代に『LOVEHOTELS-ラヴホテルズ-』などの映画を作っておられますが、「イマドキの日本人」を描く舞台が、なぜラブホテルなのでしょうか。

村松 僕の人生キャリアは役者から始まりました。でも、タレントになりたかったわけではありません。自分で映画を作りたくて役者を辞め、短編映画を撮って世界の映画祭を回った時、『ボーダーライン』『シティ・オブ・ゴッド』など、現代の米国、メキシコ、ブラジルを舞台にしたすごい映画を見て、人が生きることに対する強烈なメッセージやテーマ性に圧倒されました。
ひるがえって日本は、ちょうどバブル崩壊後の「失われた10年」にあり、僕には描くべきテーマが見つかりませんでした。ただ、社会にドラマティックな物語がない中でも、ラブホテルの男女という小さな世界にはリアリティがいっぱいあると思ったのです。

その後ミニシアターが減って、インディペンデントな映画は作るのが難しくなりました。今の映画作りはコモディティ化されていて、決まったフォーマットの中で作るしかありません。3DPMのほうがクリエイティビティを発揮できるので、たまたま今はこちらに来ているのです。

――これからさらに挑戦したいと関心をお持ちの分野は何でしょうか。

村松 大きく分ければ3つあります。1つはショー。FLOWERSには歌手やダンサーも参加していますが、これをさらに深化させたショーにしたい。2つ目は都市や村のスケールで取り組む「まちづくり」。3つ目はもっと人に近いレストランでの非日常の試みです。「TREE by NAKED」という限りなくアート空間に近いレストランを展開しています。

村松さん

社員は素粒子。躍るフィールドを提供するのが会社

――1997年に村松さんを代表として4人で立ち上げたNAKEDは、今では100人規模のクリエイティブ・カンパニーです。この集団は今後どのような会社になっていくのでしょうか。

村松 うーん、これまでたまたま僕が代表としてやってきましたが、別に社長をやりたかったわけではなく、NAKED Inc.はいまだ社長募集中といった感じですね。社員一人ひとりを素粒子とするなら、それが躍るためのフィールドを提供するのが会社だと思っています。ジャズバンドに例えれば、ジャズセッションは誰が欠けてもだめだし、そこにトロンボーンやチェロも入って来て、いつの間にか100人のビッグバンドになってしまった。

でも、そのジャズセッションはまだ僕が行きたいところに届いていないと感じています。あいまいだけど確かなイメージがあるのに、それが思うような形にならないので、いつも「違う、違う」と。
ザ・ビートルズは、メンバーのソロもいいけど、それよりも、全員の演奏のほうがはるかに素晴らしい。あいまいさや混沌の中から何かを生み出すというNAKEDの在り方は、たとえ1000人の会社になっても変わらないと思います。

TEXT: 木代泰之

むらまつ・りょうたろう  村松亮太郎  アーティスト、株式会社ネイキッド代表。

1971年、大阪府生まれ。TV/広告/MV/空間演出などジャンルを問わず活動。長編/短編作品と合わせて国際映画祭で48ノミネート&受賞。主な作品に、東京駅「TOKYO HIKARI VISION」演出。東京国立博物館特別展「京都-洛中洛外図と障壁画の美」「KARAKURI」演出。山下達郎30周年企画「クリスマス・イブ」MV&SF&マッピング。星野リゾート リゾナーレ八ヶ岳「Gift -floating flow-」総合演出。「TOKYOガンダムプロジェクト2014ガンダムプロジェクションマッピング "Industrial Revolution"-to the future-」映像演出。auスマートパス presents進撃の巨人プロジェクションマッピング「ATTACK ON THE REAL」演出。NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」タイトルバック。企画/演出を手がけた「新江ノ島水族館ナイトアクアリウム」など。作品集&アーティスト本に『村松亮太郎のプロジェクションマッピング SCENES by NAKED』(KADOKAWA)がある。