血液検査でうつ病が分かる? 血中PEA濃度測定は、うつ病診断の新たな基準となるか

めまぐるしい環境の変化へのストレス、日々感じる仕事のプレッシャー、うつ病と診断される人が増えています。「働き方が変わる」といわれる今後を見据えても、現代人はうつ病と上手に向き合っていかなければいけないのかもしれません。

これまで、うつ病は医師による「問診」で診断してきました。その多くで適正な診断がされていますが、“客観的”な基準がなかったのも事実——。しかし、新たなうつ病診断の方法が誕生しようとしています。血液検査によって、血中の「PEA」という物質の濃度からうつ病を診断する方法です。それはいったいどのようなものなのか? 研究を進める川村総合診療院の川村則行理事長(医学博士)に話をお聞きしました。

血中PEA濃度測定による、うつ病診断とは?

——川村先生が研究されている「血中PEA濃度測定によるうつ病診断」とは、具体的にどのようなものか教えてください。

川村 私たちの血液の中には、PEAという分子(リン酸-エタノール-アミンが結合した分子)が存在しています。このPEA濃度を測ることで、うつ病かどうかを判断する、というのが私の進めている臨床研究です。2011年から本格的にPEA濃度測定によるうつ病診断の臨床研究を始め、具体的には当診療院に来院された方に採血にご協力いただき、「診断分類」ごとのPEA濃度測定を進めてきました。

——診断分類とは?

まずは、健常者ですね。次に、症状の程度で分類をしたうつ病患者、うつ病が部分的に寛解(※)している人、そしてうつ病が完全寛解している人……といった具合に14種類の診断分類を設けました。うつ病のほかに、気分変調症、双極性障害、統合失調症、発達障害、不安障害といった診断分類も設けています。

※ 病気の症状が治癒したわけではないが、一時的あるいは継続的に軽減・安定している状態

この分類から、「うつ病」「うつ病部分寛解」「統合失調症」、以上3群については、健常者よりもPEA濃度が低いことがわかりました。統合失調症に関しては、ほかの分類とそれほど数値差はないのですが、うつ病にかかっている人の場合は、はっきりとPEA濃度に差が表れました。PEA濃度「1.5μM(マイクロモーラー)」をうつ病診断のしきい値とし、それ以下の数値の場合、程度の差はあれ、9割以上の精度で「うつ病」と診断できるようになっています。

——うつ病が回復していくと、PEA濃度も上がっていくのでしょうか?

治療を続け、回復していくに伴い、PEA濃度の数値は上昇傾向を示します。実際に当診療院でうつ病の治療を行った患者は、2〜3カ月ごとに採血し測定をした結果、PEA濃度が1.5〜3.0μMのあいだで安定し始めました。1.8μMを超えると、健常者と変わらない程度に回復していると考えてよいと思います。併せて、うつ病以外の精神疾患とPEA濃度の因果関係も、研究を進めているところです。

——現在のうつ病診断は、基本的に医師の「問診」で行われています。血液検査による客観的数値でうつ病かどうかの診断ができれば、治療の方向性も大きく変わりそうです。

日本の場合は、世界保健機関(WHO)が作成した「ICD-10」(疾病及び関連保健問題の国際統計分類)がひとつの診断基準になっています。しかし正直なところ、診断は医師の経験や勘に頼らざるを得ない部分があると思います。それで患者のうつ病が治るのであれば、一概に悪いことだとは思いませんが、患者の体や脳の中で何が起きていて、たとえば「脳のどのへんがどうなったら、この人は落ち込むのか」といったところまでは、よほどの研究者レベルでなければわからない。普通に医学部を出た医師では、なかなかそこまでの問診はできないというのが実情です。

研究に関する文献も、もともと欧米から伝わってきたものを使っていますから、たとえば「抑うつ」という言葉は気分が落ち込んでいる状態ですが、日本語に無理矢理翻訳しているようなものです。たとえば、明らかにうつの症状がある患者に「抑うつの気分はありますか?」と聞いたら、「いえ、ありません」と答える。おかしいなとさらに話をよく聞いたら、「うつは抑えられていません」と勘違いしているなんてことが、実際にあるんです。それが問診の難しさですね。

川村先生

人間の精神を突き詰めたいという思い

——そもそも川村先生が医師を志したのはなぜでしょうか?

私は大阪出身ですが、生まれ育った地域では、貧富の差がとても激しかったんです。たまたま私は恵まれた家に生まれ育ちましたが、日頃の生活の中、そうした社会の矛盾に触れていたし、その後も自分が学生の時代に「あさま山荘事件」(1972年)などがありましたから、大人になるまで社会のさまざまな問題について考える時間が多かった。「私はなぜ私であるのか」なんて、哲学的なことまで考えていました(笑)。

一方で、あるときふと、お坊さんの姿を家のそばで見かけましたが、それを見て「お坊さん、格好いいな」と、子どもながらに思っていました。大学時代は学校へろくに行かずに、お寺にばかり行っていたし、23〜24歳くらいのときには出家しようとしたこともあります。家族の反対に遭って諦めましたが……。だから正直なところ、医学よりは仏教のほうに興味がありました。もしも前世というものが本当にあるのなら、私はきっとお坊さんだったのだと思います。家が医師の家系なので、医学の道へ進むことは当然の流れでしたが、根本には人間の精神を突き詰めたいという思いがあったのだと思います。

——東京大学大学院修了後、国立相模原病院(現:独立行政法人国立病院機構 相模原病院)の内科研修医を経て、1993年、国立精神・神経センター(現:国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター)に研究員として入所されています。うつ病の研究を始められたのは、いつ頃からなのでしょうか?

実際に研究を始めたのは2002年頃のことです。

1993年に国立精神・神経センターに入所し、1995年には心身症研究室長に任命されました。つまり、私はもともと内科医なんです。当時の心身症の分野では、「うつ病」は対象外でした。

——そこからなぜ、うつ病の研究に進まれたのですか?

入所後は内科医として、人間がストレスを感じてから病気になるまで、すべてのステップを追いかけていくような精神神経免疫学の研究を始めました。その中で、精神的な病気を患うと血液中の物質が段階的に変動することがわかってきた。そして、血液中の特定の物質を探すことによってうつ病を診断する、という今の研究に派生していきました。しかし、うつ病は専門外の内科医だったので、はっきり申し上げると、うつ病を研究レベルで診断したことがない中でのスタートでした。

——専門外の世界の中、どのようなプロセスでPEAという分子にたどり着いたのでしょうか?

2002年の段階で、血液中のなんらかの物質が影響していることはわかっていましたが、それを解析する方法まではよくわからなかったんです。そこでドイツにある、マックス・プランク精神医学研究所や、アメリカ国立衛生研究所(NIH)に研究員として勤め、試行錯誤しながら血液のプロテオミクス研究(タンパク質の解析)の方法を模索しました。

——現在の臨床研究では、血液のメタボローム解析(メタボロミクス)を行うバイオマーカーが使用されています。これは、山形県のバイオベンチャー「ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社」(以下 HMT社)で開発されたものです。どのような経緯でHMT社との取り組みを始めたのですか?

一大学機関、一研究所がメタボロミクスを行うのは、ほぼ不可能でした。メタボロミクスでは、質量分析計を用いて分子の質量を測定し、人間の体内にどのような代謝物があるかを分析します。しかし、分析するまでには、たくさんのデータベースが必要です。すなわち、その前段階で何度も実験を繰り返しておかなければならないのです。多額の費用がかかり、一大学機関、一研究所が本気で取り組もうとすると、データベースを作る準備段階で終わってしまう。バイオベンチャーと組むというのは、そうした事情もあるのです。

参考:川村総合診療院とHMT社の取り組み(HMT社サイト)

川村先生

血液検査による、うつ病診断の普及を目指して

——今は臨床研究の段階ですが、今後どのような発展が期待できますか?

2016年7月、公益社団法人日本精神神経学会が出している「PCN(Psychiatry and Clinical Neurosciences)」に、本研究の論文を提出しました。まずは、そこでの反応を探っている段階です。あとは年内にPEA濃度の変化についての論文、そして、投薬とPEA濃度の関係についての論文をまとめる予定で、それを書き終えたら、臨床研究としてはいったん完成すると思っています。

——この診断方法を日本全国の病院に普及させるとした場合、ハードルとなるのは何ですか?

一番は「血液検査料」の問題です。たとえば、この血液検査に40万円かかるとなったら、診察したいと思いますか?

——難しい金額です……。

今はまだ臨床研究段階のため、当診療院では無料で血液検査を行っていますが、実際にやるとなれば、40万円とはいかないまでも、血液検査料はかなり高額になると推計されます。現状の質量分析計で測ると、どうしても高額になってしまう。そのため質量分析計以外のより安価な方法によって、PEAの測定をするべきで、それを今、HMT社とともに突き詰めています。

どのくらいの金額になるかわかりませんが、もし医療保険でカバーできるものならば、社会への広がり方は、また変わってくるでしょう。保険が適用されて1,000〜3,000円くらいの金額でできるようになれば、誰でも気軽に検査してみようと思うだろうし、それを目指している段階です。

川村先生

現代社会で、うつ病が増加する要因とは?

——最近のニュースを見ていると、私たちは、「うつ病」が現代病であるかのようなとらえ方をしがちです。また、特定の条件でのみうつ状態を示す「非定型うつ」という言葉も出てきています。

精神医学には古くから「メランコリー」という言葉があります。これはもともと「黒い胆汁」という意味から来ていて、人体は血液・免疫・黄胆汁・黒胆汁で構成され、タウリンが少ないと、このうち胆汁が黒くなって、気分が落ち込む症状を呈するとされています。それを古来、メランコリーと呼んできました。このメランコリーが、今「定型うつ」と呼ばれているものです。

対して「非定型うつ」は、おそらく第二次世界大戦後に増えてきたのだと思います。かねてよりいわれていた「うつ病」というのは、食事ができなくなったり、眠ることができなくなったりといった症状を示していたのですが、非定型うつは、食べられるし、眠ることもできる。

定型・非定型の違いは、気分反応性があるかないかの違いがメインで、たとえば、誰かから「1万円あげる」と言われたとき、うれしさを感じるかどうか。あるいは、友人が死んで、それを悲しいと思うかどうか。定型うつの人だとそうしたことに反応しないんですが、非定型の人はうれしいとか悲しいを感じることができる。それが、現代うつ病のようなとらえ方をされているようです。

——では、どのような環境に置かれると、うつ病になりやすいのでしょうか?

私の経験からすると、1週間に55時間以上働いている状態が長く続くと、うつ病になりやすい傾向があると思います。

——1日8時間、週5日働いて40時間……。1日3時間残業すれば、55時間に到達する計算です。

意外と少ないでしょう? しかし、労働量が影響するのは間違いないと思います。それに、実際にうつ病になった人が、1週間に55時間以上働きながらうつ病を治せるかといえば難しいですよね。薬を飲んでいても、治療というよりはさらなる悪化を止めているだけと言ってよいのかもしれない。

治療という点では、アルコールを飲みすぎると、反応性が悪くなります。それから昼寝も治りを遅らせる。夜眠れないからと睡眠薬を飲んでいても、実際は昼寝をしていたりする。これでは治りが遅くなるのも当然です。結局は、普段の生活習慣の改善が、とても重要です。

——仕事の内容も影響するのでしょうか?

自分が得意としない仕事をずっとやらされ続けたら、やがてうつ病を発症します。競争が過度な現代社会では、これが多い。

たとえば、自動車メーカーでハンドルを扱う部門の人。これまでのハンドルは油圧で動くから流体力学の範疇だったのに、近年電子制御に変わった。流体力学の世界で仕事をしていた人が、専門外の電子制御をやらなくてはいけなくなる。それによって、うつ病患者が増加する——。これはあくまでたとえ話ですが、現代社会は適材適所で働ける環境が少なくなり、ものすごいスピードで競争している。これが、うつ病患者の増える大きな要因になっていると思います。

川村先生

——自動車メーカーの例のみならず、働き方が変わりつつある今の時代、うつ病になる危険性は誰にでもありそうですが、日常生活において、何に気をつければ予防できますか?

まずひとつは、運動をすることです。家でじっとしていて悩むくらいなら、外に出て散歩などをしたほうがいい。

あとは、頭の使いすぎを防ぐことです。たとえば、親指だけでずっと腕立て伏せを続けていたら、いずれ親指はつぶれますよね? だったら親指を休ませる判断をすればいいのです。しかし人間の「頭」はそう器用ではない。だって目を開いただけで、スイッチオンの状態がずっと続いてしまうのですから。

では、どうするか。それは「ほかのことをしなさい」ということです。気分転換がとても重要で、眠れないと悩む人も多いけれど、頭の中で自分自身が登場する事柄について考えるのを、一切やめてみるのがいいと思います。明日会社に行ったら自分はまずこの仕事を片付けて、次は誰に会ってなどといったシミュレーションはしないことです。私は今インタビューを受けていますが、昨晩寝るときには、今日のことを一切考えませんでした。自分自身が登場する話を、寝る前に考えるのをやめてみるんです。

寝る15分前くらいまでにはクールダウンし、大事なことは、それよりも前に考える。物事を考えるのは一定時間で区切り、それからは頭の中が「お花畑状態」でいいんです。まずは、このようなことに気をつけて、うつ病にならないための生活習慣を心がけてほしいですね。

TEXT:安田博勇

かわむら・のりゆき 川村則行 医師・医学博士 川村総合診療院院長

1961年、大阪府生まれ。1986年、東京大学医学部卒業。1990年、東京大学大学院博士課程修了。同年、国立相模原病院の研修医を経て、1993年、国立精神・神経センターに入所。1995年、同センターの心身症研究室長に就任。2011年、外苑メンタルクリニック開院。2013年、外苑メンタルクリニック改め、川村総合診療院院長に就任。現在に至る。